注意には従おう
湿原で遭遇したワニのモンスター、ブレイクアリゲーターが粒子になって消えていく。
この辺りでは結構強めのモンスターで、厄介なのは物理攻撃や防御をしたら、武器や防具の耐久値が大きく減ること。
それもあって武器殺しやクラッシャーとも呼ばれていて、魔法攻撃が推奨されている。
ミミミさんからの情報でそのことを知っていたお陰で、私達の武器は壊れずに済んだ。
だけど……。
「うわあぁぁぁん! 盾の耐久値がすごく下がってるよ!」
ブレイクアリゲーターの攻撃を防いでいた、ダルクちゃんの盾は耐久値が大きく削れちゃった。
悲しむダルクちゃんにカグラちゃんはいつも通り、あらあらって様子で笑っている。
「仕方ないじゃない。やたらタフだし近接攻撃しかしないから、こうなることはわかっていたでしょ」
メェナちゃんの言う通り、ブレイクアリゲーターに関する事前情報にはそのこともあった。
そのメェナちゃんが回避盾でかく乱しようにも、湿地帯で足場が悪いから思うようにいかず、結果的にダルクちゃんの防御に頼っちゃった。
「わかっているけどさ、実際になると悲しいんだよ」
「とりあえず、応急処置する?」
「お願い!」
予備の盾もあるとはいえ、町へ帰る途中で壊れたら困るから私の応急処置スキルで耐久値を少し回復。
またブレイクアリゲーターと戦闘にでもならない限り、これでなんとかなるんじゃないかな。
「ところでドロップはなんだった?」
「狙っていた皮よ。これで新しい武器の素材が一つ手に入ったわ」
そう、わざわざ厄介なモンスターと戦闘していたのは、フォースタウンやその先へ進むために新調予定の武器の素材集め。
今回のブレイクアリゲーターの皮は、物理防御力を低下させる効果がある武器の素材で、それを装備予定のメェナちゃんが嬉しそうにしてる。
「これを使った武器で、相手の防御をガンガン下げてやるわ」
そうして紙防御になった相手を、連打のラッシュでノックアウトしたいんだね。
戦うのが大好きなメェナちゃんらしいよ。
できればザリガニみたいなのにもそうして欲しいけど、嫌いな物に対して無理強いするのは良くない。
私だって、虫と戦うことになったら絶対に逃げるもん。
「さあ、そろそろ町へ戻りましょう。たくさん戦って満腹度が減ってきたし、トーマ君がご飯用意して待ってくれているわよ」
あっ、本当だ。満腹度がだいぶ減ってる。
早く帰ってトーマ君のご飯食べなきゃ。
「くっそー! 耐久値削られた恨みは、揚げ物爆食いで晴らしてやるー!」
ダルクちゃん、揚げ物を作っているとは限らないよ。
仮にあったとしても、私も食べたいから一人で爆食いはさせないからね。
だってこっちなら、いくら揚げ物食べても罪悪感は無いもん。
気を付けるのはログアウトした後だけ。
大丈夫、もう部屋にお菓子は無いから大丈夫のはず。
もし欲しくなったら、私の言い方が拙くてトーマ君に迷惑を掛けちゃった、今朝の出来事を思い出してぐっと堪えてみせる。
「揚げ物が無かったらどうするつもりよ」
「その時はその時で、作ってくれたのを爆食いする!」
こういうのを行き当たりばったりっていうんだよ。
それと爆食いはしないで。私達もトーマ君もイクト君もミコトちゃんも食べるんだからね。
「トーマ君への連絡は、私が入れておくわ」
「お願い」
連絡はカグラちゃんに任せて、周囲へ目を配る。
警戒そのものはメェナちゃんがしているから、私がするのは警戒じゃなくて観察。
周囲、特に木の上とか地面をしっかり観察していると、木の根の傍から白くて傘の広いキノコが生えていた。
「ちょっと待って、あれ採取するから」
断りを入れて見つけた物を採取する。
これはどういうものかな?
スポンジダケ
レア度:2 品質:8 鮮度:100
効果:満腹度回復1%
湿気が多い場所で育つ柔らかいキノコ
水分が多く、軽く押すだけでも水が滴り落ちる
味はとても薄く、あまり美味しくない
握って水分を絞り出せば、その分スープをよく吸う
採取するために摘まんでいる茎を指で軽く押すと、それだけで水分が滴り落ちた。
握った感触は名前の通りスポンジで、強めに握っても水が出るだけ。
キノコ自体は握りつぶした状態から徐々に戻っている。
「そのキノコは美味しいの?」
「あまり美味しくないみたい」
今やったみたいに水分を絞り出せば、その分はスープを吸うから煮込むのには向いているだろうけど、味はとても薄いってあるもの。
「なんだ。じゃあ採らなくていいじゃん」
「ううん、一応採っておくよ」
ひょっとしたらトーマ君なら、何か使い道を見出すかもしれないし。
他に薬草や木の実の類は無さそうだし、せめてこれくらいは採っておこう。
だから道中で見つけたスポンジダケはできるだけ採取して、持って帰ることにした。
そうして町へ戻ったら、冒険者ギルドで依頼達成の報告をして報酬を貰い、武器屋でダルクちゃんの盾を修理してもらって耐久値を回復したら作業館へ。
今回のご飯は何かな?
「たっだいまー! トーマ、ご飯ちょーだーい!」
周りに他のプレイヤーが大勢いるのに、どうしてダルクちゃんはああも大声を出せるのかな。
視線が集まって恥ずかしいよ。
「はいはい、ちゃんと手洗いうがいしてこいよ」
「はーい、って子供を出迎えた母親かっ!」
「あんな声を掛けられたら、そんな冗談を言いたい気分になるって」
プンプン怒っているダルクちゃんには悪いけど、こればかりはトーマ君の意見に同意するよ。
しかも今のやり取りに、イクト君が触覚とレッサーパンダの耳をパタパタ動かしながらケラケラ笑って、ミコトちゃんはダルクちゃんへジト目を向けている。
もう、どっちが年上なんだか。
「それより座れ。飯を出すから」
「はーい」
ご飯が出ると分かるとダルクちゃんの機嫌は一瞬で直り、用意してくれていた椅子に座った。
その様子に苦笑しながら私達も椅子に座ると、トーマ君がアイテムボックスから出した料理を並べていく。
えっと、お肉とナスの炒め物、ストックしているパン、それと……なにそのお肉が入っている緑色のソース!?
赤か茶色ならともかく、緑って何を使ったの!?
「ねえ、その緑色のソースはなに?」
「エバーグリーントマトとブルットワインを使ったソースだよ。どっちも緑系だから、こうなった」
そういうことなんだね。
他には……ボーンスープ!?
色はなんか薄くて茶色っぽいけど、ボーンスープ!?
そうだよね、前にイクト君に迷惑を掛けたお詫びに骨を貰っていたもんね!
「あらあら、またボーンスープを作ってくれたの?」
「いいや、少し違う。これはスカルオークの骨を煮込んで作った、オーコツスープだ」
オーコツスープ?
豚の骨でとんこつだから、オークの骨でオーコツ?
まあいいや、情報はどうなんだろう。
オーコツスープ 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:4 品質:8 完成度:94
効果:満腹度回復3% 給水度回復19%
HP自然回復量+4%【2時間】 体力+4【2時間】
スカルオークの骨をじっくり煮込んで作ったスープ
脂っぽいことはなく、野菜も一緒に煮こんだので飲みやすい
少しばかり独特の匂いとクセがありますが、ハマると病みつき
*スカルオークの骨と野菜数種とジンジャーを一緒に煮こむ
*灰汁を取りながらじっくり煮込み、布で濾す
*出し殻と汚れを取ったスープを塩で調整し、刻みネギを浮かせて完成
へえ、これは楽しみだね。
ボーンスープがあれだけ美味しいんだから、このスープにも期待できるよ。
「豚骨スープとは違って茶色いのね。他にはないの?」
「あるぞ。これとこれな」
ステータス画面を操作するトーマ君が、アイテムボックスから出した料理は二つ。
一つは刻みキャベツ?
いや、ザワークラウトかな?
そしてもう一つは、表面を何かでコーティングした、一口大のフルーツだ!
「トーマ、これ何!?」
「キャベツはバチバチキャベツのザワークラウト。フルーツの方は、一口大にカットして飴で薄くコーティングしてみた」
りんご飴みたいなものだね。
どれも美味しそう。
バチバチキャベツのザワークラウト 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:7 完成度:93
効果:満腹度回復8%
俊敏+3【2時間】 知力+3【2時間】
弾ける食感のバチバチキャベツを、塩を加えて発酵させザワークラウトに
酸味と塩味がバチバチと口の中で弾ける、刺激的な漬物
発酵してバチバチ感が強まったので、一度にたくさん食べると大変な目に遭う
*バチバチキャベツを千切りにしてボウルに入れ、塩を加えてよく混ぜる。
*空き瓶に出てきた水分と一緒にぎゅうぎゅうに詰め、しっかり蓋をする。
*発酵スキルを使い、水分が全体を浸して白濁した細かい泡が出たら完成。
フルーツの飴コーティング 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:6 完成度:82
効果:満腹度回復4%
魔力+2【1時間】
リンゴ、梨、柿、ブドウ、サクランボ、バナナ、パイナップルに飴を纏わせた
薄くてバリっとした食感の飴と、それぞれのフルーツの味わいと食感のコラボ
噛むと口の中で飴とフルーツが混ざり合い、口福な時が訪れるでしょう
*鍋で砂糖水を煮る。
*各種フルーツを一口大に切り分ける、種があるものは種を取る
*砂糖水がドロッとしてきたら、フルーツを潜らせ薄くコーティング
*冷却スキルで冷まし、飴を固まらせる
炒め物と煮込みとお漬物とパンとデザート。
いつもながら、よくこんなにしっかりと作ってくれるね。
しかも美味しそうだから、頭が上がらないよ。
「甘い物、甘い物があるぅ」
甘いのが好きなカグラちゃんが、フルーツ飴を前にしてメロメロになっちゃった。
「ありが」
「うん?」
「おっと、ありがとね」
「どういたしまして」
一瞬トーマ君に抱きつこうしたけど、いい加減にしろとばかりにトーマ君が睨んだら、カグラちゃんは抱きつくのをやめた。
そうそう、何度も注意されてお説教もされたんだから、いい加減にしてよね。
特に、私には無いそれを押し付けるのは。
「ねえねえ、はやくごはんにしよう」
「お腹空いたんだよ」
それもそうだね。
イクト君とミコトちゃんに促されて椅子に座って、皆でいただきますをして食事開始。
「パンはそのままでもいいけど、切れ目に炒め物を挟んだり、すね肉を挟んでソースを付けてもいいぞ」
トーマ君が教えてくれた食べ方も美味しそうだけど、まずはオーコツスープにしようっと。
どんな味か気になる。
「それとザワークラウトは、一度にたくさん食べずに少しずつ食べろよ。でないと口の中が大変なことになるらしい」
さっき見た説明文にあったやつだね。
どうなるのか気になるけど、だからといって危ないことをするつもりは無いから、言われたとおりにするよ。
「そういうのを聞いたら逆に気になるから、やってみよ!」
あっ、ダルクちゃんがザワークラウトを一気に食べちゃった。
「おいやめ」
「ぎゃあぁぁぁぁっ!?」
ひっ!? なにっ!?
ダルクちゃんが急に悲鳴を上げたと思ったら、口を押えてん-ん-言いながらもがき苦しんでいる。
何々? ダルクちゃんの口の中で、何が起きているの?
「だから言ったのに……」
「だるくおねえちゃん、それだめ! くちのなかがどっかんどっかんするよ!」
どっかんどっかんって何!?
「イクトが味見でそれやっちゃって、床を転げながら叫んで泣いたんだよ」
「そう! だからあぶないの!」
よく分からないからトーマ君の方を見ると、説明してくれた。
なんでも味見の時、注意したにも関わらずイクト君がたくさん頬張っちゃって、今のダルクちゃんみたいになったらしいの。
「なんで注意されたのにやるのよ……」
「ダルクちゃんらしいと言えば、らしいけどね」
メェナちゃんが呆れるのにも、カグラちゃんが言ったことにも同感だよ。
「昔夏祭りで、店の人から熱いぞって言われたのに、熱々のたこ焼きを一口で頬張った時と同じだな。学習しろよまったく」
そういうことがあったんだね。
一口でたこ焼きを頬張って、熱さに悶えるダルクちゃんの姿が容易に浮かぶよ。
実際、目の前で悶えているしね。
「んぐー、んぐぐー!」
「口の中のやつは治まるまで待つか、飲み込むかしかないな。間違っても吐き出すなよ、周りに人いるから」
もしもここが現実なら、飲み込んだら今度は胃でどっかんどっかんしそおうだけど、ここはゲームの中だから安心だし、注意を聞いたのにやっちゃったダルクちゃんが悪いね。
さて、じゃあ改めてスープを。
「はうあぁぁぁっ!?」
今度はメェナちゃん!?
スープが入った器とスプーンを手に持って、目を見開いている。
「このスープ、ボーンスープに比べると幾分か大人しくて独特のクセが少しあるけど、凄いコクがあるわ」
「そうなんだよ。途中で味見した時はコクが弱いかなと思ったけど、完成したら凄いコクがあるんだよ」
そんなことを言われたら気になる。
もう邪魔されないよう、いそいそとスープを一口を。
ふわぁっ、本当に凄いコク!?
見た目は茶色交じりの黒で醬油ラーメンのスープみたいで、香りはやや大人しめの豚骨スープだけど、味は良い意味でどっちとも違う。
確かに独特のクセが少しあるけど、凄く美味しい。
これはダメ、スプーンで飲んでいられない!
スプーンを置いて器を両手で持って持ち上げて、口をつけて直接飲んじゃう!
「んぐっ、んぐっ! ぷはぁっ! へあぁぁ……」
一気に飲んじゃった。
しかも美味しくて表情が蕩けているのが自覚できる。
「はふぅ……」
「ほわぁ……」
メェナちゃんとカグラちゃんも表情が蕩けている。
仕方ないよね、こんなに美味しいもん。
「あの子達、すげぇ顔蕩けてるな」
「それだけ美味いってことか」
「私、気になるわ」
ふう、やっと余韻が弱まってきたよ。
「はあ、はあ。死ぬかと思った」
ダルクちゃんはやっと、口の中がどっかんどっかんしていたのから解放されたんだね。
勢いそのままにトーマ君へ文句を言っているけど、言いがかりだから反論されて言い返せなくてうーうー唸ってる。
そこからのやけ食い発言で、炒め物や煮込みを食べだした。
やめて、本当に一人だけ爆食いしないで。
私達も食べるから!
それを見て、一緒になって蕩けていたメェナちゃんとカグラちゃんも復活して、食事を再開する。
「うわ、なにこのドクモドキナスって。すっごいトロトロで肉とも合うわね」
「煮込みも美味しいわ。お肉がソースを吸っているし、ソースにはお肉から染み出た旨味が加わっているわ」
「トーマ君が言った通り、お肉をパンに挟んでソースを付けても美味しい!」
「この炒め物、パンに挟んでもおいしいけど僕はやっぱりお米が欲しい!」
無いものねだりはしない方がいいよ。
で、問題のザワークラウトは少しだけ……。
「ふわっ!?」
驚いて思わず声を出しちゃった。
だって口の中でバチバチどころか、バッチンバッチンに弾けて酸味と塩味とキャベツの旨味が広がるんだもん。
味が良いのは当然として、こんな刺激があるものを口いっぱいに頬張ったら、イクト君がどっかんどっかんって表現するのも分かるよ。
「ひゃっ!?」
「きゃっ!?」
そうだよね、メェナちゃんとカグラちゃんも驚くよね。
でも、一度に食べる量にさえ気をつければ美味しいよね。
「うぐう、なんで誰も僕みたいに食べないのさ」
「あんなに騒いでおいて、その原因も分かっているのにするはずがないでしょ」
そうだよ、注意を聞いていたのにやっちゃったダルクちゃんが悪い。
「だるくおねえちゃんがわるいー」
「イクト、お前もやったんだから人のこと言えないぞ」
「……うん」
これこそまさにブーメラン。
イクト君、元気出して美味しいの食べようね。
あっ、トーマ君。スープのおかわりはある?
夕ご飯にも使うから、おかわりは一人一回だけ?
じゃあちょうだい。




