限定型ペナルティ回避
麺とパンのストックを作り終え、明日の約束を交わしたまーふぃんと天海を見送り、後片付けをしている時にダルク達は帰ってきた。
早速飯にしようかと思ったら、その前に獲ってきたっていうトライホーンブルの肉や、移動中に入手したハーブや薬草を作業台の上に置いた。
「どう? 良いお肉でしょ!」
熊なのに褒めてほしい犬みたいに見えるダルクが、作業台越しに身を乗り出して肉の山を自慢してくるのはいいとして、問題はその肉なんだよな。
「確かに品質と鮮度は良い。ただ……」
「ただ、どうしたの?」
首を傾げるセイリュウを始め、職業スキルの食材目利きを持っていないダルク達は気づいていない。
「この肉、半分以上がすね肉だな」
トライホーンブルの肉【すね】
レア度:3 品質:6 鮮度:92
効果:満腹度回復2% 病気状態付与
運動量が多い部位で、そのため脂肪がほとんど無くて筋が多い
ゼラチン質が多く、肉の味が濃厚なので出汁をとるのに最適です
時間を掛けて煮込めば柔らかくなり、美味しく食べられます
説明文にある通り、美味いけど調理には時間が掛かるのが難点だ。
半分ぐらいがこれなんて、運が良いのか悪いのか。
「それっておでんとかにもある部位よね? だったら美味しいんじゃない?」
「確かに美味いぞ。でも下処理が必要だし、煮込むのにも少しばかり時間が掛かるんだ」
「じゃあ、すぐには食べられないの?」
「圧力鍋があるから時間は短縮できるけど、少し手間が掛かるのには変わりない」
カグラとメェナの質問に答えると、ダルクは「えー」と言いながら拗ねた。
だけど残り半分は肩ロースやバラやランプといった、すぐに調理できそうなものだと教えたら即復活。
現金な奴だよ、ホント。
「まあこれについては後々使うとして、それよりも晩飯にしよう」
積まれた肉や薬草を俺のアイテムボックスへ入れ、晩飯を取り出す。
フライの山にダルクが暴走しかけたのを顔面わしづかみで止め、千切りキャベツとくし切りトマトと一緒に皿に盛り、タルタルソース入りの瓶とスプーンを置いて小皿に乗せたパンを添える。
「はいよ、お待たせ」
「わーい! いっただっきまー」
「皆が準備するまで待て」
顔面わしづかみ再び。
皆の分が準備できていないのに一人だけ食べようとするんじゃない、この揚げ物狂いが。
ダルクを抑えるのは皆に任せ、手早く全員分の盛り付けを進める。
途中、明日はまーふぃんと天海に協力してもらってフルーツを使った甘い物を作ると伝えたら、カグラが喜びのあまり抱きついてきて久々にハラスメント警告を鳴らしてくれた一幕はあったものの、無事に盛り付けは完了。
無論、カグラにはしっかり注意をしておいた。
全員が着席し、フライはおかわりがあることと、タルタルソースは全員分だから取り合いにならないように考えて使えと伝えて食事開始。
それと同時にダルクは猛烈な勢いで食べだした。
「うぉぉっ! トーマ、フライ追加! 勿論、ソフトサーモンとレッドバス両方!」
「はいよ」
多めに作って正解だったと思いながら、食事開始数分でフライをたいらげたダルクの皿へ、おかわり用にフライを置いてやる。
揚げ物狂いだからこうなると分かっていたけど、わずか数分で暴走状態か。
瓶詰めタルタルソースをスプーンでフライへ掛け、何故か雄叫びを上げながら猛烈な勢いでフライを食べ進めていく。
「おーいしー!」
何度も美味しいを連呼するのは嬉しいけど、口の周りがタルタルソースだらけだぞ、イクト。
「ソフトサーモン、美味しい」
「レッドバスも良いわね。タラのフライに似た食感だわ」
「どっちも美味しいんだよ」
フォークで一口分を切り取り、そのまま食べたり添えたパンにキャベツと挟んで食べたりするセイリュウとメェナとミコトだけど、食べるペースは割と早い。
こっちもおかわりが必要みたいだな。
「はぁ……。ミルクセーキ、甘くて美味しいわ」
ミルクセーキを飲んでうっとりしているカグラが、やたら色っぽい。
口の端から垂れたのを舐め取ってこっちに微笑んだのは、わざとか?
「ほほろでふぁ、ひょうふのはほなんはへほ」
「ダルク、食いながら喋るなんて行儀の悪い行為をするなら、また揚げ物禁止にするぞ」
そう言ったら猛烈な勢いでフライを噛んで飲み込んだ。
ったく、こう言わないと治さないんだな、そういうところ。
「ところでさ、今日の宿なんだけどアレ使ってみない?」
「宿? アレ?」
「ほら、教会に泊まれるっていうやつ」
教会に泊まれるっていうと、聖泊許可証か。
しかし、どうしてそれを使う必要があるんだ?
まさか無駄遣いでもして、宿に泊まる金が無いんじゃないだろうな。
「なんでよ。お金ならまだあるじゃない」
疑いはメェナのお陰で晴れた。
だったらどうして、そんなことを言いだしたのやら。
「だってさ、いざ泊まる時にどんな感じなのか知っておいた方がいいじゃん?」
ああ、そういうことか。
つまり使ったらどんな感じで泊まれるのか、確かめておきたいってことね。
それに関しては賛成かな。
要は初めて扱う食材がどんな味なのか、試食するようなものだろう。
「言われてみれば、そうね」
「いざ使った時、思っていたのと違うじゃ困るしね」
「あらあら、ダルクちゃんにしてはまともな意見ね」
「どーゆー意味さ!」
言葉通りの意味だと思うぞ。
「ますたぁ、ふらいおかわり!」
「私もおかわりなんだよ」
「はいよ」
俺達の話なんか全く聞かず、おかわりを要求してきたイクトとミコトの皿へ追加のフライを乗せてやる。
するとイクトがタルタルソースをフライだけでなく、少しだけ残っている千切りキャベツにも掛け、ミコトもそれを真似した。
よほど気に入ったんだな、タルタルソース。
「じゃあ、教会に泊まるってことでいい?」
「「「賛成!」」」
今のやり取りの間に、ダルク達の方で聖泊許可証を使うことが決定していた。
一応、持ち主は俺なんだけど?
それと大事なことを一つ忘れていないか?
「教会に泊まるのはいいけど、問題が一つあるぞ」
「問題って何?」
「人数だよ。あれで泊まれるのは、テイムモンスターを含めて六人までだ」
首を傾げるセイリュウの疑問に答えるように伝えると、ダルク達は「あっ」って顔になった。
ここにいるのはイクトとミコトを含めて七人。
つまり誰か一人は泊まれないってことだ。
「持ち主のトーマ君は確定だから、イクト君とミコトちゃんも一緒よね」
「つまり枠は残り三つね」
「僕達は四人。一人は外れるわけだ」
「あらあら、困ったわ。皆で泊まれないなんて」
そういうルールなんだから仕方ないだろう。
というわけで食後にダルク達が話し合い、一人だけ除け者なのは悪いからという理由で、誰か一人が俺達に同行することになった。
決め方は勿論、じゃんけんだ。
「「「「最初はぐー! じゃんけん、ぽん!」」」」
結果、勝者はメェナ。
洗い物をしながらその様子を見届けた後、明日の朝飯の集合時間を決めてイクトとミコトとメェナと教会へ向かう。
それをダルクとセイリュウは悔しそうに見送り、カグラはそんな二人をクスクス笑っていた。
提案者のダルクが悔しがるのは分かるけど、なんでセイリュウも悔しがっていたんだろう。
「興味があって参加した上に勝っちゃったけど、向こうは大丈夫かしら」
「心配し過ぎだって。少なくとも俺よりはゲームに慣れているんだ、馬鹿な真似はしないだろう」
「……そういうんじゃないのよね」
じゃあ、なんだっていうんだろうか。
気になるけど尋ねる前にイクトとミコトに両手をそれぞれ握られ、早く行こうと引っ張られたからタイミングを逃した。
そのまま四人で教会へ向かい、出迎えてくれたシスターへ聖泊許可証を見せる。
「まあ。あなた方は教会に貢献してくれた方々なのですね」
微笑みながらそう言ったシスターに中へ通され、聖泊許可証を貸してほしいというので渡すと、近くにあったペンで裏に何かを書きこんだ。
聞いてみると、ここへ泊まった記録を記したそうだ。
一度使った教会では使えないっていうのは、こういう記録を残して調べるんだな。
感心しながら返却された聖泊許可証を受け取り、泊まる部屋へ案内される。
通されたのは六つのベッドが置いてあるだけの質素な部屋で、本当に泊まるだけの部屋って感じだ。
それでもイクトとミコトは楽しそうに、それぞれベッドへダイブした。
こら、行儀が悪いぞ。
「すみません、騒がしくて」
「いいえ、構いませんよ。子供は元気なのが一番ですから」
そう言ってもらえると助かります。
「それでは、宿泊の対価となる労働について、お話させてもらってよろしいでしょう?」
そうだった。
あれを使って教会に泊まる時は、何かしらの労働をするんだった。
「何をすればいいんですか?」
「今日はもう遅いので明日の朝で構いません。礼拝堂にある銅像を全て磨くか、裏の墓地の掃除をお願いします」
銅像磨きと墓地掃除の二択か。
もう暗いから明日の朝でいいのはありがたいけど、どっちにしよう。
「どっちにする? 私はどっちでもいいわよ」
メェナはどっちでもいいんだろうけど、不安要素があるとすればイクトとミコト。
大人しいミコトはともかく、イクトは何かしでかしそうという不安要素が拭えない。
そうなると万が一にも銅像を壊したら大事だし、墓地の方がいいかな。
シスターに掃除の内容を確認すると、敷地内に飛んできたゴミを全て拾えばいいらしい。
朝なら変なのは出ないわよって言うけど、夜だと何か出るのか?
一抹の不安を抱えつつ墓地掃除を選び、その日は早めに就寝。
翌日の日が昇り始めた頃に起き、既に起きていたシスターからゴミを入れる麻袋とゴミバサミを借り、裏手の墓地へ移動。
敷地は結構広く、全体を見渡していると五十分の零って表示が映った。
「どうやら、この敷地内に落ちているゴミを五十個拾えってことみたいね」
「集合時間に間に合うかな?」
遅れたらダルクが煩そうだ。
「危なそうなら連絡を入れればいいわよ。さっ、始めましょう」
「了解。行くぞ、イクト、ミコト」
「はーい!」
「分かったんだよ」
『レエェェェイッ!』
『レッサーァッ、パンダアァァァァッ!』
触覚とレッサーパンダ耳をピコピコ動かし、元気よく手を挙げるイクトはよしとしよう。
でもミコト、無表情なのはともかく、なんでグローブを鳴らしたんだ?
相変わらずイマイチ掴みどころが無いミコトに首を傾げつつ、ゴミ拾いを開始。
広いからどうなるかと思ったけど、四人で手分けしているからか、思ったよりも早く回収が進む。
「この調子なら間に合いそうね」
「だな」
これならダルクに騒がれずに済みそうだ。
「ますたぁ、あそこ。いぬいるよ」
「犬?」
空き瓶を持ってきたイクトが指差す先を見ると、赤い目をした黒い犬がいる。
離れた場所からこっちをジッと見ていて、何故かミコトがその犬をジッと見ている。
「なんだあれ?」
「さあ。野良犬かしら? ここからじゃ、マーカーの色しか分からないわ」
「マーカーの色は……橙か」
ということは、ノンアクティブモンスターかテイムモンスターか、敵性の無いモンスターということか。
でもここは町中だし近くにプレイヤーの姿は見えないから、敵性の無いモンスターか?
なんでそんなのがいるんだろうと思いつつ、足元にあった布切れを拾って袋へ入れていると、黒い犬はそっぽを向いてどこかへ行ってしまった。
「なんだったんだ? あれ?」
「トーマ、まさかとは思うけど変なフラグ踏んでないわよね?」
「どうして俺が原因のように言うんだよ」
「星座チェーンの発見といい、色々とやっているからよ」
くっ、否定できない。
「みことちゃん。あのいぬずっとみてたけど、どうしたの?」
「よく分からないけど、なんだか私と似たものを感じたんだよ」
首を傾げるミコトの言っていることも、よく分からない。
変な事が起きないことを願い、ゴミ拾いを続けること約数十分。
余裕で集合時間に間に合うぐらいで、作業を終わらせた。
「お疲れ様でした。これで墓地に眠る死者も喜んでくれるでしょう」
そりゃあな、ゴミだらけよりもしっかり掃除してある方がいいもんな。
「では、俺達はこれで」
『待て、そこの者達』
うん? 今の声は誰だ?
聞いたことのない声に、俺だけでなくメェナとイクトとミコトも周囲を見渡す。
『こっちだ、こっち』
再度声が聞こえ、その方向を見るとさっきの黒い犬がいた。
「さっきのいぬだ」
「えっ? ひょっとして今の声って」
『いかにも、我だ』
犬が喋った!?
いや、ゲームだから別に犬が喋っても不思議じゃないか?
「まあ、チャーチグリム様ではありませんか」
感激したシスターは胸の前で十字を切り、両手を組んで祈りだした。
チャーチグリム? なんだそれ。
「チャーチグリム様は墓守の守護霊で、私達からすれば死者が眠る墓地の守護者なのです」
祈りを捧げたシスターの説明通りなら、ただの黒い犬じゃなくて墓地の守護霊ってことか。
ということは、ミコトが似たものを感じたっていうのは、そういうことか?
死を察する妖精と、死者の眠る場所を守る守護霊。
どちらも死に関係するから、何かしら通ずるものがあるのかもしれない。
「それでチャーチグリム様、何かご用でしょうか?」
『なに、そこのサラマンダーが死の力を放つ物を持ってうろついているものだから、てっきり墓荒らしかと疑ってしまってな』
じゃあさっきのは見ていたんじゃなくて、墓荒らしをしないか観察していたのか。
それにしても、俺が持っている死の力を放つ物って何だろう。
「死の力を放つ物って、何なの?」
『アンデッド系の素材か、死霊魔法に関する物だ。持っているだろう?』
「そんなのあったっけか? ……あっ」
一応アイテムボックスを調べてみたら、それっぽい物があった。
以前にタウンクエストをクリアした時に入手して、調べもせずにそのまま放置して忘れていた、死術の石板っていうのが。
「これのことか?」
ポケットブックくらいの大きさに、よく分からない文字が刻まれている黒い石の板を取り出して見せる。
『うむ、それだ。どういう物かは分からんが、強い死の力を感じる』
やっぱりか。他にそれっぽい物は無いもんな。
「ちょっとトーマ、それいつの間に手に入れたの?」
「タウンクエストで入手したんだよ。すっかり忘れてた」
「大事な物かもしれないじゃない! すぐに言いなさいよ!」
「悪い悪い」
ちょうどいい機会だから、どういう物か調べておこう。
死術の石板
レア度:5
効果:この素材で強化した装備品に、死霊魔法の効果を上昇させる効果を付与
他にも何かに使えるかも?
死霊魔法向けの素材ってことか?
というか、他にも何かに使えるかもってなんだ、どうして疑問形なんだ。
一応内容をメェナに伝えたけど、メェナもよく分からず首を傾げるばかり。
『いずれにしろ、我が疑ったことには違いない。すまなかったな』
「そういう役目を担っているんだから、気にしなくていいぞ」
墓守が墓荒らしを警戒するのは当然だ。
『そう言ってくれると助かる。しかし我も墓守として、墓地を掃除してくれた相手を疑っておいて謝っただけでは気が済まん。詫びと言ってはなんだが、我の祝福を授けよう』
祝福?
なんのことかと首を傾げていると、チャーチグリムが空へ向かって遠吠えをした。
すると俺とメェナの体が光に包まれ、それが消えると俺とメェナの前に何かが表示された。
プレイヤー・トーマが墓守の守護霊より祝福を授かりました
デスペナルティを三回まで無効にできます
ええと、これはどういう意味だ?
唯一頼れるメェナの方を向くと、名前以外は同じ内容の表示を見て、目を見開いてワナワナと震えている。
「どうした? これ、そんなに凄いのか?」
「凄いなんてものじゃないわよ!」
おぉっと、戦闘でもないのに凄い迫力で迫ってきた。
そのままの勢いでメェナが口にした説明によると、デスペナルティは町の外での戦闘で死亡した時に発生するもので、一時的にステータスが下がったり所持金が減ったりアイテムボックスから何かしらの物が消滅したりするそうだ。
「三回までとはいえ、それが発生しないのは嬉しいわ。死に戻った後、ステータスが下がっていたり稼いだお金が減っていたりしたら、テンションが落ちるもの」
「お、おぉ……」
要するに戦闘に負けた時に発生するペナルティを三回まで回避できるのか。
戦う気が無い俺には無用っぽいけど、戦闘好きなメェナには凄く貴重なものなんだろう。
『我にはこの程度しかできぬが、どうか有効活用してくれ。では役目に戻る故、これで失礼する』
「ばいばーい」
「頑張るんだよ」
墓守の仕事に戻るチャーチグリムを見送るイクトとミコトが、弟妹可愛くて表情が緩む。
「それにしても凄いものを入手してしまったわ。これで一回か二回なら、戦闘で多少の無茶ができるわね。ふっふっふっ」
無茶ができるのと、無茶していいのは違うぞ。
やらなくていい無茶を闇雲にやったら、それはそれで痛い目に遭うんじゃないか。
「これもトーマのお陰ね。ありがと!」
ニカッと笑うメェナを見て、まあいいかと思った。
痛い目に遭ったら、それはそれで無茶をしたメェナ自身の責任だからな。
「さーて、そろそろ作業館へ行ってダルク達と合流するか」
「そうね。今から間に合いそうね」
「ますたぁ、あさごはんなぁに?」
「何を作るんだよ?」
前にハムとベーコンと一緒に買った干し肉を使う予定だ。
あと、ダルク達が外で食べる用の昼飯も仕込まないとな。




