案件98:復活のサマードレス
「いけませんねぇ……」
着流し羽織にカンカン帽、下は草履という妙に時代がかった男の一声に、集まったガラの悪いプレイヤーたちは委縮するように首をすくめた。
「ここのところ立て続けに襲撃を失敗しているそうじゃありませんか皆さぁん……」
ゲーム時刻における、今は夜。場所は町の一角、人気のない空き地。
積まれた土管の上に腰かけ、細い月を少し丸めた背で受け止めた男の顔は、すぐ近くで向き合う襲撃部隊長からも暗く陰って見えた。
適度な大きさの目と鼻と口があり、どこがどう凶悪という印象はない。しかし大した自己主張もないそれらが集合した結果、どこか人間味のない酷薄な貌を作り出している。
年齢不詳。リアルでの生活などもっと不明。
特徴のない顔を美形とも言うらしいが、それは間違いだと部隊長は思った。本当に特徴のない顔は、その人をのっぺらぼうにさせる。どこを見ても感情がうかがい知れず、平準顔よりさらに無味乾燥している。ただただ不気味、だった。
「いいですか。金は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず。高貴な者が払った千円も貧しい者が払った千円も、共に千五百円の買い物はできなぁい! 言葉も、行動も、その人次第で価値が変わってしまうというのに。金は、金だけは、いつでも公平! 平等! 博愛! なのです!」
大きく腕を広げて一席ぶつと、クラン〈ギガ=マンエン〉の長、禍沢不吉は長い背を屈め、かしずく部下たちにニンマリと笑顔を振りまいた。
「マネーしてますか? 皆さん」
『ハイ!』
「よろしい」
全員からの呼応に不吉は満足げにうなずいた。
「しかしでヤンス禍沢先生……」
ここで部隊長の隣に控える太鼓持ちが蚊の鳴くような声を絞り出した。この圧のかかった中での反論に全員がぎくりとするが、それは同時にありがたいことでもあった。誰かが何かを言わなければいけない時、彼は持ち前の腰の低さで弁明の言葉を放ってくれるのが常だった。
「サマードレスの女子たちは、相変わらず例の狂暴なライズステージの回りに集まって、毎日パラパラを踊っているでヤンス。このままではいずれ誰かが扇子を持ってお立ち台で踊り始めるでヤンス……」
「ナメやがって……平成初期かよ……」
部隊長も思わず痛恨の呻きを漏らした。
あのヘッポコアイドルに扮した傭兵たちの実力は本物だ。あれから二度、ステージを襲撃したものの、いずれも完膚なきまでに跳ね返されている。
いい装備を使ってるとか、いいスキルを持っているとか、そういう数字上の強さではない。もっと根本的な、プレイヤーサイドの苛烈さ、無慈悲さがあれらにはある。たとえば、よく知らないがシーズン・ウォーにいたという対人狂いの連中のように……。
「ではサマードレス狩りはもう限界だと?」
念を押すように降ってきた声に、部隊長と太鼓持ちは揃って肩を寄せ合わせた。
有体に言えば、そうなる。サマードレスの女たちがあのライズステージの前にいる以上、手は出せない。出したところで余計に安心感を与え、サマードレスを復活させるだけ。
狩りは終わりだ。
しかしせめて、ここまでの努力は認めてほしかった。
地区移動してから間もない今、どこに人が多く集まるかもわからないまま、町から町へ転々として標的を探した。エサを求めて見知らぬサバンナをさすらうチーターの気分だ。プレイ時間の大半が徒労に終わるこの作業は、やった者しかわからない疲れがある。
土管の上から、直立する不吉の眼差しが冷たく見下ろしてくる。
果たして色のない唇が開いた。
「ではここまで上げた成果分で評価しましょう。――皆さん、よくできました」
『先生!』
襲撃部隊のメンバーは揃って顔を輝かせた。
「目標まで万端に行き届いたとは言えませんが、サマードレスブームの終焉には持ち込めました。オウミヤさんも我々がここで止まったことにある意味安堵しているでしょうから、ケチをつけてくることはないでしょう。ただ……〈雅ケ原〉のカサネさんといいましたか。あの人を野放しにしておくのはよろしくないですねェ……」
あごをさすりながらねっとりと目を細める。一応こういう時は、悪ィ顔してんなあと素直に思えるのでむしろほっとする。
「じゃあ、オウミヤにさらに指し合いを仕掛けさせるんで?」
「違いますねェ……」
さらに粘性の強い笑顔が返ってくる。
「ここがどこだかお忘れですか部隊長さァん? 暴力と暴力が夫婦になったアウトランドですよォ……」
「!! そいつぁつまり……!」
不吉な目を細めてにっこり笑い、うなずいた。
「襲撃でヤンスーーーーッ!!」
『ヴォーーーー!!』
実行部隊の面々から雄叫びが上がった。必ず勝てる相手をボコボコにする。負けが込んでストレスが溜まっている今、これほど安全で楽しいゲームはなかった。
クランメンバーの怒号が響く中、不吉が音もなく土管を降りて歩き始める。それを見た部隊長たちは驚き、慌てて彼に続いた。
「この時間帯、カサネさんは一仕事を終えて、ホームの近くにある甘味処で買い物をするようです。出迎えにあがりましょう」
「先生自ら!?」
「サスガダァ……!」
淡泊な外見に見えて、クランの最高戦力はこの男だ。前の地区ではバウンティハンターの集団をたった一人で撃退したほどの使い手。これでますます負ける理由がなくなった。
不吉を先頭に〈ギガ=マンエン〉の襲撃部隊はぞろぞろと移動を開始する。
ここはすでに標的の住むタウン8町内。集合場所をここに指定されたのは、すでにこの行動を見越してのことだったか。相変わらず抜け目がねえ!
「恐怖を植えつけるのが目的ですからねェ……くれぐれも一発で終わらせることがないように気をつけないといけませェん。的確にゴアカウンターを織り交ぜて、脳に痛みの感覚を想起させて……キヒヒヒッ……」
「き、きめえ!」
「笑い声が超キモいぜ先生!」
「ウフフフッ……仲間たちが普通に失礼ですねェ……」
そう囃し立てながら、一行は目的の路にやってきた。
高層建築に挟まれた和風の平屋。そのはす向かいにあるスイーツショップから、ちょうど出てくる人影が一つ。
整った顔立ち。地味ながら高級感のある着物に、糸目。間違いない、標的だ。
ブオンと不吉が広げたPKエリアに呑み込まれた瞬間、カサネが動揺するのが目に見えてわかった。
慌ててホームへと駆け込もうとする経路を、素早く回り込んだ太鼓持ちが塞ぐ。
「ヘヘヘ、通さんでヤンス」
「な、なんやの、あんたら……」
間延びした声を目いっぱい強張らせ、カサネが問いかけてきた。
「どうも初めましてカサネさん。私はクラン〈ギガ=マンエン〉の長、禍沢不吉といいます。このたびはサマードレスの需要回復、おめでとうございます」
「……!」
不吉の挨拶に、ますます顔面を蒼白にするカサネ。これは、こちらのことをもう十分に把握している反応だ。自分がこれからどうなるのかも。
「つきましては、我々からもささやかな贈り物をしたいと思いましてね。夜分遅くに申し訳ありませんが、少しだけお付き合い願えませんか。表通りにはしたない姿を晒したいのであれば、それはそれで構いませんが……」
最後通告というより死の宣告。相手にとっては理不尽すぎる一声だ。それでもこの状況、選択肢が一つ与えられるだけまだ幸せか。
追い詰められたカサネが、胸元に這わせた手を強く握るのが見えた。覚悟を決めたらしい。しかし部隊長は見逃さなかった。その手の震えを。
それでわかった。気丈に振る舞っているように見えるが、この女はPKに慣れていない。今はまだ何も起こっていないから覚悟をした気でいられるが、周囲が本当の悪意と暴力に閉ざされた時、どこまでもつか……見物だ。
――などと部隊長が考えた、その時。
「ま、待ていっ!」
「なにっ!!」
突然響き渡った制止の声に、部隊長たちは慌てて周囲に視線を飛ばした。夜の闇を張りつけたストリートに人影はない。
「どこにいる!」
「あっ! あそこだ!」
一人が指さす先は三階建てのビルの屋上。
夜風にハイランド・サマードレスの裾を翻す人影が、そこにあった。
「何者です?」
一人落ち着いた口調で不吉が呼びかける。
「わっ、わたしは……」
サマードレスの人影は一瞬言い淀み、それから謎のポーズまで添えてはっきりと告げてきた。
「わたしは町の平和を守るサマードレス仮面! その女の人から離れなさいっ!」
続きが長くなっちゃったので一旦ここで切り!




