案件95:バザールの“指し手”
「カサネさん!!」
案件の際に提示されたホームの所在地、タウン8の町の一角にその建物はあった。
周囲の高層建築の平均身長を一人で下げる古風な和風平屋。その引き戸を盛大に開けた千夜子たちを待っていたのは、広々とした三和土と一段上がった床の間と、その上で木枠に囲われた帳場席につくカサネだった。
「あらぁ〈ワンダーライズ〉の皆さんじゃあらしまへんか。先日はおおきに~。おかげさんで、商品の注文がぎょうさん来ましてなぁ。もう材料素材の方がなくなってまいそうですわぁ。またフィールドに採取に行かな~」
「売れたのは……アクセサリーだけですか?」
ほくほく顔のカサネに千夜子が呼びかけた途端、彼女の雰囲気がすっと変わった。
それまで半日干した布団のようにぽかぽかした空気だった周囲が、突然ひっくり返したように寒風を流し始める。
「もしかして、もうバレてしまいましたん?」
表情はそのまま。口調ものんびりとしたものだが、その中に入っている芯は明らかに違う。もっと狡猾で、凄みのある――。
千夜子が思わず後ずさると、代わりに烙奈が一歩前へと踏み出した。
「話は千夜子から聞かせてもらった。我々が案件を終えた直後に、宣伝用に贈られたサマードレスが大量にバザールに出品され、高額にもかかわらず瞬く間に売り切れたという」
「それは、思わぬ宣伝効果でしたなあ」
「最初からそれが狙いだったのではないか? と我々は疑っている。つまり貴女は……転売屋ではないか、ということだ」
自分たちは案件を隠れ蓑に転売の片棒を担がされたのではないか。
千夜子はすぐさまこの不安を仲間たちに伝え、そして直接カサネに問いただす道を選んでここに来ていた。
手製のポーションやアクセサリーと違って、既存のガチャ景品の宣伝を案件として依頼するのは、公式以外からはルール違反だ(自分でオススメするのは可)。カサネからの案件もあくまで飾り紐が本命。サマードレスは着用例の一つにとどまらなければいけないはずだった。
しかし一着二着ならまだしも、カサネがバザールに出したドレスの数はかなりのものになる。
価格的にも“ついで”では済まない額だ。
幼くも怜悧な眼差しで射抜く烙奈に対し、それまで安穏としていたカサネは、初めて眉を不服そうに持ち上げた。直前までとは重みの違う声で告げる。
「転売なんて人聞きの悪い。これは仕手というものです」
「仕手……!?」
知らない言葉に目を丸くする千夜子に、カサネの視線が再び戻る。「さいです」と相槌を打った顔には、もうさっきの厳しさは残っておらず、彼女は落ち着いた所作で席から立ちあがった。
「立ち話も何です。どうぞこちらにお上がりください。今、うちの“エチゴヤ”にお茶を持って来させますさかい……」
千夜子は仲間たちと顔を見合わせ、うなずき一つで彼女に続いた。
案内された奥の小部屋は、和風小物に溢れた趣のある空間だった。小さな可愛らしい引き出しの上に折り紙で作ったくす玉が置いてあるのが、千夜子にはちょっと好印象だった。
書きつけのメモ帳ウインドウが、メニュー欄に収納されずに目に見えるところに張り出されているあたり、完全に応接間というわけでもないらしい。仕事部屋兼私室といったところか。
「まず、うちがアクセサリーを拵えとるのは本当です」と、カサネは部屋にあるちゃぶ台の向こう側に座りつつ前置きしてきた。
「ここで取り扱こうてる商品は、すべてうちのデザインです。せやけど、皆さんの疑いも的外れじゃあらしまへん。これは、古くからスカグフのバザールにある“指し合い”なんです」
「指し合い……?」
千夜子、イト、烙奈、アビスの四人は、飛び乗れば跳ね上がれるくらい柔らかな座布団を与えられ、カサネの話に耳を傾けていた。すぐに半纏を着たペンギンが現れ、ちゃぶ台にお茶を置いて退出していく中、千夜子は今言われたばかりの聞き慣れない単語の続きを耳にする。
「千夜子さんはよくバザールをのぞいてるようですけど、値下がりを待って、待って、いざ買うたろと思った時に、商品がごっそりなくなるような目に遭うたことあらしまへんか?」
「あ、あります……!」
身に覚えがありすぎて、思わず腰を浮かせてしまう千夜子。
そんな態度にカサネは満足したように微笑み、
「それって何でやと思います?」
「え? それは、みんな値段が下がるのを待ってたから一斉に買って……」
「だからって、ごっそりなくなることないでっしゃろ? 最安値が百万グレブンになった途端、百三十万グレブンの商品までが一気に売り切れるなんてあります?」
「そ、それは、みんな焦ったり、値下がりを諦めたりとかで……」
「純真やなあ千夜子さんは。――ちゃいます。うちのような指し手が、ごっそり買い占めたんです」
「……!」
「そんで、ガチャの配信が終わってから少しして、バザールに流す。ちょっぴり手間賃を載させてもらって」
「それってやっぱり転売なんじゃ……」
「もう、ちゃいますよぉ~。あんな私利私欲にまみれた刹那的な商いと一緒にされたら困ります。うちらには長期的な視野と、バザールの秩序を守るっちゅう信念がありますさかい」
頬を膨らませる態度でカサネはさらに念を押してきた。
「うちらかて、商品を根こそぎもっていくわけじゃあらしまへん。値段が下がったものをまとめ買いしていくだけで、その前でなら、誰でも、いくらでも手に入るわけですやろ。リアルの転売屋は発売日に殺到して、手に入りさせすらしませんやろが」
「う、ううん……でもその……それは誤差というか」
「それに、配信期間を過ぎた人気商品がどんな値で売られているか、わかります?」
「三百万くらい……?」
「それらの大半はうちらの出した商品です。普通の人らは五百万くらいはつけはります。余裕のある人はそれくらいでも買うてってくれるからです。けど、安い額やありません。せやから、うちらはガチャの配信期間を逃した人用に、手の届く値段で商品を提供する役目を果たしとるんです。スカグフのデータの海の中に沈んでしもうたら、もうプレイヤーがどう頑張ったところで商品を手にできひんことは、千夜子さんならようわかってらっしゃるんじゃありません?」
「うっ……」
痛いところを突かれた。
「言われて……みれば……。配信期間をすぎて、誰もバザールに出してくれなかったら、幻のアイテムになっちゃう……。ガチャ景品の小売店と思えば……」
「せやろ? そうですやろ? 小売店! 言い得て妙ですやん。いや~千夜子さんは賢いなぁ。物分かりが良い子、うちは大好きやで~」
途端にシュバババと畳の上を滑り寄り、頬ずりを始めるカサネ。「何してんのよ!」とアビスが押し返すと、「あれぇ」のふざけた悲鳴を上げて彼女は元の位置へと戻っていった。
「でも、だとしても、五倍――五百万は高すぎじゃないですか……。ちょっとくらいは、儲けてもいいと思いますけど……」
スカグフのプレイスタイルは自由だ。リアルなら犯罪まがいのことで金策をする者もいれば、人と関わらずデイリーのみで資産を築く者もいる。どんなやり方も、ゲームの仕様が許可するのならそれは“有り”なのだ。もちろん、それで敵が生まれるのもまた自由だが。
「うぅ~、それはしゃあないねん」
カサネは少し困ったように眉を八の字にして答えた。さっきのやり取りを境に、口調は打ち解けたものに変わっている。
「指し手はうちだけやあらへん。もっとあくどい連中がぎょうさんおるんよ。うちかて、百万で買うたら三百万くらいで出したい。三倍とかもう十分やん。けど、そうするともっとアコギな連中に儲けられてまう。そうしたら次の仕入れに使うお金が弱うなって、バザールは高い商品ばっかにされてまう。それって千夜子ちゃんも困るやるるぉ~?」
「こ、困ります……」
千夜子はうなずくしかない。バザールは微課金の最後の砦なのだ。それがなくなったら、天井までハズレを引き続ける地獄のマラソンという極端な選択肢しか残らなくなる。
「特にな、オウミヤっちゅう指し手が厄介なんよ。うちのライバルやねんけど、この人めっちゃぼってくるんよ。儲け第一~! ってな感じで。しかも最近、変な噂が流れとるんや」
「変な噂……ですか?」
「よその地区から来たプレイヤーと手を組んで、何かを企んでるっちゅう……。それに対抗するためにも、今はちょっとでもグレブンを貯めときたいんや。そのせいで簡単にバレてまうような売り方をしてもうたんは、今回の反省点やけど……」
ここでパン、と拍手でも打つようにカサネは手を合わせた。
「だから堪忍やで〈ワンダーライズ〉さん。別にみんなを騙してオイシイ目を見ようとしたわけやないんよ。これは仕方のない稼ぎ、いわゆる、こらえてくれだめーじというやつにすぎないんやぁ~」
「む、むむむ……」
千夜子は困ってイトたちに視線を投げた。イトはバザールのことはだいぶチンプンカンプンで、烙奈もどう判断していいか迷っている様子だ。アビスはさっきの一次接触以来、いつでもヒュベリオンでの大立ち回りができる態勢に入っている。ちゃんとした相談はできそうにない。
そもそもこの案件を持ってきたのも、疑いを抱いたのも自分。だから、最後の結論くらいは自分が出さないといけなかった。
別に、何かカサネを咎められるわけでもない。ここはアウトランドだから、PKは、そりゃあできるだろうけど、そんな意地悪をしても何かが変わるという気分でもない。
ただ、大切な友達を巻き込んでしまったのなら――それは謝らないと、と思っただけだ。
「わかりました――」
少し間を置いてから、千夜子がそう口を開こうとした、次の瞬間。
「大変でございます、オダイカン様!」
「! なんやエチゴヤ、どないしたん?」
突然、半纏を着たペンギンが室内に飛び込んできた。
「“ハイランド・サマードレス”の売り上げが急速に落ちています! 予想をはるかに上回る下降曲線で……!」
「なっ、なんやて~!?」
「原因はこれだと思われます! あっ、しかし部外者の方には……!」
エチゴヤがこちらを見て躊躇するも、「かまへんから、はよしい!」の主人の一声を受けて、大きなウインドウが開かれた。
「こ、これは!」
イトたちが驚きの声を上げる。
千夜子も目を見張った。これは〈ペン&ソード〉の裏稼業向けジャーナルだ。端っこにそう書いてあるので間違いない。そして肝心な記事の見出しは――。
『人気のサマードレス狩り横行か。アウトランドのPK分布にやや不自然な傾向アリ』
プレイヤー商店はゲームに対してかなりのモチベになってくれると思います。




