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案件94:たまには普通の案件をせよ!

「うーん。ううーん……」


〈ワンダーライズ〉のお膝元、タウン4バザールの入り口にて。

 全商品を一気見できる総合ポータル前で、千夜子はさっきから同じ唸り声を繰り返していた。


「ダメだったの?」とたずねてきたのは傍らに佇むアビスで、「……うん」との冴えない返事をした千夜子は、未練がましくまた更新のパネルをタッチし、先ほどと何ら変わりなく表示された商品一覧表に最後のため息をついた。


 探していた商品が安値で出品されたという噂を聞きつけ、赤レンガホームの窓からすっ飛んできて早五分。到着した頃にはその価格の商品はすでになく、画面に表示されているのは無微課金には到底手が出せないバカみたいな高値がつけられたもののみ。


「遅かったか、それともウソだったか……」


 仁義なきバザールでの争奪戦ではありがちな現象。無念を込めてつぶやいた千夜子は、「付き合わせちゃったのに何もなくてゴメンね」と、ホームからついてきてくれたアビスに一言詫びを述べた。


「どうして謝るの?」


 黙っていれば凛々しいとさえ思える顔を、可愛らしくきょとんとさせる彼女。


「わたしが勝手についてきたんだし、わたし千夜子と一緒にいるだけで楽しいし。なんならここ、わたしたちが初めて会った場所よね。わたし好きよ、ここに来るの。千夜子との思い出がいっぱいあるから」

「ううっ……」


 とんでもないことをサラッと真顔で言われ、千夜子は顔が火照るのを感じた。

 イトと同じ顔。声は違うけれど、言動が重なって見えてしまうことは今でも多々ある。

 そんな彼女に真剣に今みたいなこと言われたら、頭のどこかが混線してしまうのも仕方のない……はず。


 アビスの好意は、本物だ。

 それがどれくらい強く深いものかは、自分だって同じことをしているからわかっている。

 こんなものを、一方的に受け取っていいのかどうか。

 彼女は絶対にいいと言うだろうけど、お返しがあったならそれもきっと絶対いいはず。


 だからこれからすることは単純な好意。恋愛感情的な意味じゃなくて、友達として、いや人として好きだから、するだけ。


「ね、ねえアビス、もしよかったら、せっかく来たんだし前みたいにお店見て……回る?」

「!! うん!」


 すると彼女は、イトがする一番嬉しい時の笑顔でそう返してきた。

 思わずドキリとした。


(ちっ、違う。これはそういうのじゃなくて純粋な友情! 親愛なる友だから!)


 誰だってそうなる。こんな真っ直ぐで無邪気な笑顔を見せられたら。

 そういう言い訳を千夜子が自分にこいていた、そんな時だ。


「あの、もし。ひょっとして飯塚千夜子さんやありまへんか?」


 フルネームで呼ばれ、千夜子は驚いて振り返った。そんな呼び方をする人はいないし、知らない声だとすぐにわかったからだ。

 見たことのない女性がそこに立っていた。


「は、はい。そうです……けど」


 ひとまず肯定を返すと、女性は頬に手を当てて朗らかに笑い、


「ああ、よかったわぁ。人違いでしたら、えらい恥かくところでした」


 西方面のイントネーションが含まれた口調だ。とはいえ、ガーッと早口でしゃべるタイプではなく、ひどくおっとりしてのんびりした話し方。


 表情もまた陽だまりのようで優しい。目は細く、いわゆる糸目。顔立ちは整っていて、間違いなく美人だ。

 背丈はそこそこあり、派手さはないがかえってそこに高級感が漂う着物姿。黒に極めて近い緑の髪は後ろでお団子にまとめられ、さりげない金のかんざしで留められていた。


「あっ、アイドル職の子を呼び止めるのはマナー違反でしたん? それなら堪忍してくださいなぁ。そのへんの事情よう知らんもんで」

「いっ、いえ、そういうわけじゃ……」


 まじまじとこちらが見返しているのを不審と受け取られたらしい。確かに、アイドル職にはそういう特殊な事情はある。たとえば月折さんがいちいち声をかけられていたら十メートル移動するのに一時間くらいはかかってしまうだろう。けれど少なくとも、今の自分にそうした心配はなかった。


「あっ、あのう、どちら様でしょうか……」


 千夜子は勇気を出して自分からたずねた。普段、こういうことはあまりできない。それでも相手の話の流れを切って自分の言葉を口にできたのは、隣にアビスがいるからか。


「あらぁ、一人ではしゃいでしもうて、えろうすみません。うち、カサネといいます。タウン8で細工物を扱わせてもらとります。こんなふうな――」


 短く自己紹介した彼女は、ハンディサイズのモニターを差し出してきた。

 千夜子とアビスが画面のぞきこむと、カラフルな紐をあやとりのように複雑に絡ませた、こぢんまりとしつつも特徴あるアイテムが表示される。


 これは“飾り紐”と呼ばれる、プレイヤーが一から自由に創作できる珍しいアクセサリーだ。素材となる紐と染色剤さえ用意すれば後は思うがまま。既存の形をそうそう変えられないゲームの中では稀有な存在となる。


「可愛い……」


 千夜子は素直にそう評した。飾り紐は独創性が発揮できる分、競争は熾烈だ。しかし千夜子がこれまで見てきた中でも、これは相当にレベルが高いアイテムだった。


「そう言ってもらえると嬉しいわあ。実はこれから〈ワンダーライズ〉さんにこれの案件をお願いしにいくところやったんですよぅ」

「えっ」


 案件!? それはもちろん大歓迎だ。……主にイトが喜ぶから。


 自分の勝手な本音を白状させてもらうと、案件は緊張するし、責任重大だし、知らない人とも大勢会うしで正直苦手だ。バフライズでのファンとの交流は短時間で終わるからまだいいけれど、案件では打ち合わせや動画撮影など、長い間、見知らぬ人々と一緒にいないといけなくなる。これまでひっそりと生きてきた自分には、あまりにも刺激が強すぎた。


 けれど、目の前の女性はおっとりした様子だし、飾り紐も間違いなく可愛い。

 これなら、自分も積極的にやれるかもしれない。


(それにしても案件って、直にホームに届けに来るものだったっけ……?)


 普通はメールで済む話。熱心にお願いする時は、こういうアプローチの仕方もあるのだろうか? そんなことを考えているうちに、カサネがモニターの画像を一枚切り替えてくる。


「ちなみに、この商品を〈ワンダーライズ〉さんに紹介してほしくてですねぇ……」


 そう言って見せてきたのは、シンプルな形だが色合いが綺麗で、帯の長さも絶妙にいい手首用のアクセサリー――しかしそれより千夜子の目を引いたのは、モデルとして映っている女の子……の着ているコスだった。


(こっ、これはっ……!)


 高原の避暑地が良く似合うサマードレス。透き通るような白さとささやかなフリルが可愛らしく、コス単体で見ると少々華やかさには欠けるのだが、これを超えると次は超フリフリで気合の入ったものになってしまうため、控えめにオシャレを楽しみたい女の子たちに大人気のコスチュームだ。飾り紐との相性も抜群にいい。


 千夜子がさっきバザールで探していた商品が、正にこれだった。

 じいっと見入ってしまう。やっぱり……イイ!


 しかし今バザールにあるのは実に八百万グレブンを超える高額出品のみ。なぜならこのコスが排出されるガチャはもう結構前に終わってしまっている。バザールでの取引もだいたい一段落し、欲しい人の手にも渡り終わって、残っているのは誰も手を付けなかった高額品だけ、という塩梅なのだ。


「そんで、もしよかったらですけど――」


 画像から目が離せないでいる千夜子にカサネはそう言って、白く繊細な指先に小さなデジタルブロックを発生させた。


「この子が着てはるコスを、皆さんにも着てもらいたいんです。このコスに合うようにデザインしたもんで……。もちろん、皆さん分の衣装はうちが用意します。こちらからお願いするもんなんで、使い終わった後はご自由に処分してもろて構いません」

「ぷおっ!?!?!?!?!?」


 千夜子は目を白黒させた。

 このサマードレスが? 案件と一緒にもらえる? しかも全員分!?


 突然降ってわいた幸運が信じられず千夜子がプルプル震えていると、カサネははっとしたように口に手を当てた。


「あっ、えろうすんまへん。うちとしたことが、つい嬉しくてこんなところで仕事の話をしてまいました。お二人の邪魔をして……そちらのお嬢さんはアビスさん……ですやろ?」

「そうだけど」

「ああ、やっぱり! ということは、お二人はデートの最中……だったりしはりました?」

「!!!!」


 ビイイイインと、アビスの頭の上にケモミミが立つ。あまり知られていないが、彼女の頭にはケモミミがあって、物凄く気になることがあると突然立ち上がるのだ。どういう方式でセットしたらそうなるのかは、千夜子も知らない。


「そうよ。わたしと千夜子はデートの最中!」

「ア、アビス……!」


 千夜子は我に返って話を訂正しようとした。が、


「あらぁ、それはえらい野暮なことをしてまいましたわ。堪忍してなぁ。お詫びにアビスさんにもこのコスをプレゼントしますさかい」

「えっ、それってこの画像のドレス?」

「せやよ~。アビスさんにも似合うと思うで~」

「!!??」


 このサマードレスを、アビスにも!?

 千夜子がまたまた度肝を抜かれる中、カサネはニコニコしながら、


「女の子のデートを邪魔するなんて何人たりとも許されんことですやん? これくらいはせえへんと、うちの気が済まん」

「これ着たら、千夜子とおそろいってこと?」

「千夜子さんが案件受けてくれたら、そうなるなぁ。受けてくれたら、やけど……」


 そう言って、糸目が静かにこちらに向く。


「千夜子! その案件とかいうの受けて! 絶対!」


 アビスがグリーンの瞳を爛々と輝かせながら腕を掴んできた。

 案件がもらえて、コスがもらえて、そして、アビスも大喜びする。ちょうど彼女にお礼がしたかったところでこれは正に渡りに船。

 受けない手は、なかった。


 ※


「どうもー視聴者の皆さん! わたしたちは――」

『〈ワンダーライズ〉です!』

「ヴァンダライズじゃありません! この前の運動会からまた何か間違われるようになったんですけど、〈ワンダーライズ〉ですから!」

「なぜか強奪任務の依頼が増えてな……」

「どうしてだろね……」


 そんなふうに始まった〈ワンダーライズ〉の配信チャンネルでは、三人が三人とも涼しげなサマードレス姿を披露していた。

 背景にはスカグフの高原の壁紙を張り付け、「風」という看板を持ったスパチャが、時折右へ左へと忙しなく走っていく。


「本日は、クラン〈雅ケ原〉からのお仕事で、こんな可愛い格好をさせてもらっています! しかし実はこのコスはオマケ、本命はこちらのアクセサリーになります!」

「きょ、今日から少しの間、ライズでもこの格好でやらせてもらいます。皆さん、ぜひ見に来てください……」


 案件を一番に受け、そしてそれをイトと烙奈に自ら売り込んだこともあって、千夜子もいつになく積極的に発言した。この飾り紐が良いものでサマードレスに合うのは間違いなく本当だったからだ。

 この配信の直後、


「あっ、六花ちゃんからコールが来ました。なんでしょう?」

《いっ、イトちゃん!? そのサマードレス、わたしも持ってるの……》

「おおっ。さすがは六花ちゃん、オメガ高い! すっごく可愛いですよねこれ」

《うっ、うん。そ、それで、これから少し時間あるんだけど、よかったらおそろいのコスでちょっとお散歩しない……?》

「もちろんいいですよ!!」


〈ワンダーライズ〉と月折六花、そしてアビスというネームドのプレイヤーが揃って町を練り歩く様子は瞬く間にアウトランドに拡散された。


 しかしそれは、イトと六花というある意味アイドル職の二枚看板と化した二人だけに焦点を当てたものではなかった。もう一組――先の運動会で謎得点の歴代最高記録をマークしてしまった千夜子と、彼女と手を繋いで幸せそのものの笑顔でいるアビス。この二人が尊すぎると多くの人々及び一部の団体から多大な関心が寄せられたのだ。


 案件は、大成功となった。


 その数日後――。

 とある用事でバザールの近くまで来た千夜子は、もう用はないと知りつつも、ちょっとした邪な優越感からサマードレスの検索をかけてみた。


「あれ……?」


 奇妙なことが起きていた。

 サマードレスが多数出品されている。


 価格はだいたい三百万から五百万グレブン。今までの超高額売れ残りからしたら、明らかに安い。

 実際の値段感覚としては――ギリ許容範囲、といったところ。


 配信中のガチャアイテムは、人気のものでも上手くいけば百万まで値下がりする。ガチャを引く人が多ければその分出品も増え、早くグレブンに換金したい人たちの間で価格競争が起こるからだ。


 千夜子の肌感覚ではこの百万が現実的な底値。これが配信期間が終わってすぐだと三百万くらいまで跳ね上がる。次いつ手に入るかわからないので、一気に値がつり上がるのだ。旬の時期を逃したのは自分の責任なので、誰ももんくは言えない。


 ただ、配信を終えて結構たっている今では、この価格帯はむしろ望外の幸運と言えた。

 さっきは許容範囲なんて偉そうなことを考えてしまったが、間違いなく買いだ。

 三百万は無微課金者でもデイリーを二カ月頑張れば届く金額で、イベント報酬やバザールを活用すればもっと短縮できる。


 五百万の方はちょっと高い……が、今後金策を頑張ることを自分に約束させれば、払えない額ではない。それでもだいぶお財布と相談が必要だろうけど……。


 しかし。

 更新パネルをタッチしてみて、千夜子はまた驚いた。

 三百万が速攻で売り切れたのは当然として、五百万のものまでばんばん商品リストから消えていっている。


 今、案件の効果でサマードレスの人気は非常に高まっている。だから、五百万というちょっと躊躇ってしまいそうな額でも買ってしまうのか。


 でも、なぜ突然このタイミングで商品が復活した?

 今まで値段にかかわらず商品自体がバザールに流れてこなかったのに。


「イエス! マイダーククイーン!」


 不意に、後ろで威勢のいい声がした。


「あら、どうしたの?」とアビスが対応しているのは、黒子のコスに身を包んだ謎の人物。多分彼女の信奉者だ。


「イエス、イエスイエスイエス……イエスイエス」

「ふむふむ、ふーん……?」


 その人物が、小声でアビスに何かを伝えている。

 それが終わると、やおら彼女がこちらに向き直り、


「ねえ千夜子。そのサマードレスの出品者、一覧にしかお店がないそうよ。どういうことかわかる?」

「!?」


 千夜子は硬直した。


 バザールにある商店(テント)とポータルの明確な違いは、商店はお店を訪ねるもので、ポータルは商品を直に訪ねるもの、という点だ。

 ポータルに一括表示されるのは商品と価格のみで、出品者をチェックするには少し深い階層を掘らないといけない。しかし、リアルなネット通販と違ってアイテムの品質は変えようがないし、もし詐欺的な行為をすればこれまたAIが黙っていない。出品者が誰かなんて気にする必要はまったくないのだ。


 バザールにテントを置かないという方法は、一応普通に正攻法としてある。客商売に興味がないとか、テントを用意するのが面倒くさいとか理由は色々。しかし。

 あまり特定されたくないから――そういう理由で店を置かない者も中にはいるという。


 千夜子は残っているサマードレスの出品者を調べた。


「……!!」


 全部、同じだった。


 同じプレイヤーが出品している。

 問題は、なぜこの人は、今までずっとこんな大量の在庫を抱えてきたのか。

 そしてなぜ、こんな時期外れの流行に都合よく乗っかることができたのか。

 出品者の名前は――『カサネ』。それが、答え。


「…………」


 自分はとんでもない悪事の片棒を担がされたのかもしれない。

 千夜子は真っ青になって、ホームへと飛んで帰った。


ヨシ! 普通の案件だな!

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[良い点] イエス、マイダーククイーン!(人語版) タダより高い物はない 糸目は信用してはいけない ミロクもそう言ってる >「そうだけど」 胡散臭さに加えデートを邪魔されて不機嫌な我らが女王 そう…
[良い点] なんてこった…ほのぼのエピかと思ったら今までで一番悪辣な案件じゃった… やっぱ糸目の関西弁キャラは信用ならないな!(偏見 しかしこれ六花ちゃんまで片棒担いだみたいになってるから事務所激おこ…
[良い点] イエス、マイダーククイーン! イエスイエスイエス イエスイエスイエスイエス イエスイエスイエス >「そうだけど」 イエスイエスイエスイエスイエスイエス イエスイエスイエスイエスイエスイ…
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