案件93:幸せだから手を繋ごう
《総合優勝チームはぁ~……》
ドラムロールがテンションを持ち上げる中、ファンファーレと共にエージェントPが読み上げたのは、
《チーム〈アサシン・キルト〉オオオオオオ!!》
ヴォオオオオオオオ!!!!!
《ローグ職専門クランの面目躍如だわね。このチーム、実はケイドロでも逮捕数を常に第二位につけてて、ポイント荒稼ぎしてたのよ》
中央のお立ち台に姿を現す、シノビ・ボディスーツに仮面の女性三人。
普段は光の裏側に潜み、勝利の瞬間にのみ姿を現す。正に影の生き方。
実況やメインモニターではあまり取り上げられなかったチームだったが、観客からの歓声と拍手はとどまるところを知らなかった。この信じられない事態が何度も起きた大会で、実力通り、狙い通りに勝利するということがどれほど難しいことか。
ここに集ったゲーマーたちは誰もがそれを理解していたのだ。
そして、観客や参加者テントに向かって手を振る彼女らは、なんと優勝賞品の一万コアグレブンを使って、今この場で二十連ガチャを回すというサービス精神を発揮した。
どよめきの中、メインモニターに映されるいつもの憎い抽選画面。
その結果は……レア予告のレインボーフラッシュ!
《『は?』》
会場の声は今再び一つとなった。
しかもレアボックスの中から出てきたのは、現在バザールで人気爆発値段沸騰中の和装“白美神”。ニンジャスタイルの彼女たちにとっては確実に欲しかったであろうコスだ。
妬みに満ち溢れたブーイングの中、〈アサシン・キルト〉はホクホクな様子で投げキスを振り撒きながら、壇上を降りていった。
《はいこれだからガチャの神は討滅しないといけないんですねー。それでは皆さん、その他の順位を見てみましょう。盛大な拍手をお願いします!》
続いて男女別の得点順位。
会場中の目を集めたのは、女子の部六位にある〈サニークラウン〉の名前だ。これまでの競技でもいづなとなずなの活躍があったが、特に大きかったのはやはりラストの六花。第一ステージと第二ステージで見せた異次元の動きで、チームを一気にここまで押し上げたのだ。
そして今回が初参加となった〈セントラルユニオン〉も八位入賞と大健闘。こういうイベントでアイドルチームが入賞圏内にいるのは珍しいので、観客は大いに健闘を讃えた。
ただ、そこに〈ワンダーライズ〉の名前は――ない。
「最後、ちゃんとゴールできてればワンチャンあったのにねえ」
〈ハニービスケット〉事務所のテント内でそう呼びかけてきたのはユラ。
「仕方ありません。あれだけやって負けたら、もう完全に負けです」
僅差。本当に僅差だった。
イトがゴールラインを越えた瞬間に点灯した逮捕マークは、後に精密なビデオ判定を大モニターに映して公表しなければならないほど、会場をどよめかせた。
時間にして、0.0001秒の先行。
六花の指先がイトの腕に触れていた。
惜しかったでも、あとちょっとで勝てたでもない。
死力を尽くして、みんなにも協力してもらって、なお届かなかった。
それが――月折六花という少女。
人気者だとか、リアルでも有名人とかいうふわっとした評価ではない。厳然たる物理力としてこの十七地区に彼女が存在していることを、誰もが理解したのだ。
その、偉人とも言っていい少女は今。
「えへへ……へへ……イトちゃん……」
イトの腕を抱きしめ、にっこにこのまま、ずっと隣に座っていた。
まるで成立初日のカップルみたいに。
ランナーズハイになっているということでひとまずおかれているが、腕が当然“当たっている”……とうか押しつけられ……いや擦りつけられているので、その感触でドキドキが収まらないというのがイトの正直な気持ちだった。
お胸に貴賤はないが……それでもこれはスーパーアイドル六花ちゃんの貴重で高貴なモノ。チアコスの薄い布越しに伝わってくる六花の鼓動に合わせて、イトの心臓もまた小動物並の心拍数を発揮していた。
「優勝は逃したけど、思ったよりはるかに楽しめたから、ま、いいか」
〈大剣クラスタ連合〉の五位入賞を確かめたユラは、頭の後ろで手を組んで、ぞんざいな動きで後ろにひっくり返る。
「おい、何でぇ」と、ユラに寄りかかられたモズクがもんくを言うも、あえて押し戻したりはしない。「別にぃ」との返しをするユラも、すっかり砕けた態度だ。
テント内では、よそのアイドルだったりチームだったりする面々が平気で全員集合し、無限配布のジュースとお菓子で結果発表後の時間を楽しんでいた。
いづなとなずなから、こういうイベント時のファンサを教わるセツナとキリン。ノアと一緒になんかダレソレの防衛戦がどうとか話し合っている千夜子と烙奈。〈ハミングバード〉の女の子たちに大剣はいいぞと宣伝するモズク。自分を磨く方法について話し込む葵とアビス。
彼女たちは、すべての競技が終わり、後は結果発表を待つだけというところで自然と集まってきた。
最後の勝負を終えて、より親密に。この大会を通じて、より強くなった繋がり。
遠慮なんてしない。してられない。それくらい一緒に今を楽しみたい友達がいる。きっとみんなそうだった。
これはきっと失われない繋がりになる。
今日別れても、また明日、この空の下で。
そんな風に思えるくらい、強い絆になった。
勝負には負けてしまったので、六花との百合営業はナシ。
でも明日からは、昨日よりもっともっと頑張れる。
「ありがとうございます、六花ちゃん。本当に、本当に楽しい運動会でした……」
体を預けてくる六花にそう囁き、イトも体重を預け返した。
※
「――それで、どういうお仕事なんでしょうね?」
激動の〈HB2M〉から早二日。
あれだけ持ちきりだった大会の話題はすでにトピックス欄の下の方に追いやられ、配信された大会動画のリピーターが慎ましく楽しんでいるだけ。動画の再生数自体は、ゲーム外の視聴者が続々と入って来てエグいことになっていたが、アウトランドの心はもう次の冒険へと切り替えられている。
そんな中、イトは案内状を頼りにタウン2に来ていた。
コラボ企画を受けたのだ。
案件元は――何と六花。
〈サニークラウン〉ユニット単位ではなく、彼女単体のお仕事。イトも〈ワンダーライズ〉ではなく一個人として一人でここを訪れていた。が、
《仕事の内容を教えてくれないなんて、なんか怪しいね》
千夜子の声で話すボールカメラは、赤レンガホームにいる彼女との直通。
《まさか、彼女の名を騙ったダマシテ案件でもないだろうが……》
そのすぐ横に浮かぶボールカメラも、烙奈の代わりについてきている。
これで一応、一人ではあるでしょという体だ。別に一人でも現場にたどり着く自信はあったのだが、二人が頑として譲らなかったのでこうなった。
タウン2は、取りたてて目立ったものもない町だ。
ただ少しセントラルと近いので、“都落ち”してきたプレイヤーの豪邸が目につく。それくらい。
「あー、ここかな? ここですね」
ハンディサイズのモニターに映した地図を見つつ、イトはその場に立った。
《これって……》
《教会か……》
ボールカメラの千夜子と烙奈が言う通り、小さな、しかし可愛らしい教会だ。
「何でしょう。ヒーラーとかクレリックの宣伝とか?」
ごめんくださーいと明るく呼びかけ、扉を開ける。
内部は別の空気を思わせる静謐な礼拝堂。
そこに一人のシスターが立っていた。
「ようこそおいでくださいました……。白詰イト様ですね?」
「はっ、はい」
少しか細いが、本職を思わせるしっとりとして穏やかな語り口。
思わず背筋を伸ばしたイトは、すぐさま「あのう、月折六花さんに言われてここに来たのですが……」と用件を打ち明ける。
「はい。六花さんの準備できています。こちらへどうぞ……」
奥の小部屋へと案内される。
この時点で、ボールカメラの二人からどこかほっとした空気が流れていた。
《第三者もいるし、まあ……》
《さすがに大丈夫だよね……》
二人のそれが何の心配かはわからないが、イトはとりあえず女性に続いて部屋に入った。
そこには純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁がいた。
「わっ、綺麗……。……ん……?」
振り向いた花嫁を見て、イトは目を丸くする。
「ほあっ、り、六花ちゃん!?」
「えへへ……そうだよ」
少しはにかむようにして彼女が微笑んだ。
スカート丈の短い前衛的なドレスに、リボンのついた可愛いヴェール。極精緻なレース編みのニーソ。アイドル月折六花を、かつてないステージへ持ち上げる愛らしくも美しいコスだ。
「キャワ!? わっわっ、すっご……! すっごい可愛いです六花ちゃん、ヒューッ! 見ろよこの完璧な女の子を……!」
「あ、ありがとう……」
六花は照れたように上目遣いになる。その様子も、本当にお嫁さんみたいで無限に可愛い。
「もしかして、ブライダル関連の案件だったんですか? 新商品の宣伝の!」
「うん。まあ、それもあるかな」
「わあ、憧れます! それじゃあ、わたしはこれのお手伝いをすればいいんですね?」
「そんなところ……いいかな?」
「もちろんです! どんな内容かと思ったらこれは嬉しいサプライズです! こういうのを待ってたんですよ、ダマシテ案件じゃなくてぇ!」
「じゃあ、イトちゃんも着替えてね」
「はい! あれ? ……でも、わたしは何の格好をすれば……?」
瞬間、背後に気配を感じた。
思わず振り返ると、グポーンと双眸を光らせるシスターの顔がそこにあった。
そこからは一瞬の早業。
気づけばイトは、六花とはまた違った――しかし実に可憐で愛らしいウェディングドレスを着せられていた。
「お、おっほおおお!? なるほど、わたしはこちらのモデルの宣伝ということですか!? やったー!」
「よかった。喜んでもらえて」
そう聞こえた直後だった。
六花がいきなり体当たりをしてきた。
「おわっぷ!」
完全な不意打ちで、倒れ込んでしまうイト。しかし、痛打を覚悟した背後には柔らかな布と優しい弾力が広がるのみ。個室に置かれていたベッドの上に押し倒されたらしい。
「イトちゃん……」
上から溶けたカラメルのような声が落ちてきた。
「り、六花ちゃん……?」
六花の頬は紅潮し、目は潤み、唇は甘い吐息を繰り返している。
「エッッッ!?」
《こ、これ、一体何を……》
《月折さん、何して……!》
慌てて飛んでくるボールカメラ。しかし、後ろから伸びたシスターの手が小包用の段ボールをかぶせてしまい、互いにあえなく衝突。墜落する。
「そのまま動かないでね……。全部わたしがしてあげるから」
ふわりと覆いかぶさって来る六花に、イトが声にならない声を上げた瞬間、カシャリとシャッター音がして二度驚かされた。
思わず目線を向ければ、何だか拠点防衛用に改修されたようなゴツいボールカメラを構えたシスターの姿。
「おお神よ……このゴッドアングルをご照覧あれ……! フヒヒ……いいですよ六花ちゃんスゲーいいです……!」
シュバババとサイドステップを踏みながら、さらにシャッターを切るシスター。
カメラがぐっと近づくと、六花も目線をそちらに向けた。
その表情がいつにも増して真剣で、イトは息を呑んだ。
「り、六花ちゃん、これは一体……それとこの人は……?」
イトは六花に組み伏せられたまま、シスターについてたずねた。
「この人は、リアルでもお世話になってるカメラマンのフミエさん。今日は撮影のためにインしてもらったの」
「普段、ゲームでの撮影はあんまりしないのですが……その価値は百万倍ありました……。攻めっけたっぷりの六花ちゃんに、タジタジの白詰イトさん……でも六花ちゃんにも緊張と恥じらいがあって……。フヒヒ、トップアイドルのこんな甘美な写真が撮れるチャンス、そうそうないですぅ……!」
か弱いというか、どこか病弱そうな声がそう語る。しかしその瞳には、何かが猛々しく燃えているのだ。
「今度ね、わたしのミニ写真集が出るの」
「しゃ、しゃしんしゅう!?」
「うん。グッズの特典で。テーマは、“月折六花とまわりの人々”。わたし個人の写真だけじゃなくて、スカグフでわたしが誰かと一緒にいるところを映すっていう……」
それはすごい切り口だ。六花一人どころか、彼女がいる空間そのものに商品的価値があると事務所が判断した結果というわけだ。
「まあどうしても、アイドル職の子と一緒なのが多くなっちゃうんだけどね……」
「それは確かに……あっ、だっ、だから同じ事務所のわたしと……」
「イトちゃんは特別」
はあー、と窓に吹きかけるような熱い吐息が、イトの首筋にかかった。そこから体温が二度は上がる。
「イトちゃんとは特別な写真が撮りたかったの」
「あっ、あああ、あのっ……!」
たまらず、声を上げた。
「それはわかりましたけど、こ、こんな体勢、大丈夫でしょうかぁ……!? さ、さすがにセンシティブすぎるのでは……!? ああゲーム的にはセーフみたいですけど事務所的にぃ……!」
「大丈夫だよ」
六花の目に妖しい光が灯る。
「事務所とはもう“話し合った”から」
「ヒエッ……!?」
「“イトちゃんと”。“ゲームの中でなら”。……いいって」
「は、はわわわ……」
「だからね」
溶け合ってしまいそうなほど近くで、彼女の唇が囁いた。
「いっぱい、色んな写真撮ろうね……」
「ひょ……ひょああああああ――!」
このあとめちゃくちゃ撮影した。
それと普通の写真も何枚か撮って――。
写真集には、その二人で肩を寄せ合っているKENZENな写真のみが掲載された。
この写真集が発表された後、交流サイトには「結婚おめでとう」のメッセージが溢れたという……。
※お知らせ
次回投稿は9月2日を予定しています。




