案件91:怪盗団長
第四ステージ結果発表――。
怪盗突破率69%
警部逮捕率31%
総合得点一位:〈ワンダーライズ〉
最優秀選手:白詰イト
この結果がイカサマだとみんなわかっている、と黒百合は踏んだ。
最優秀選手にイトが選ばれたのは、他の怪盗たちがこぞって彼女に秘宝を譲渡したからだ。しかし、それが人気をかさに着た虫のいい要求でないことは誰の目にも明らか。
今の六花は、どういう原理か異様に鼻の利く高機動型逮捕マシーンだ。彼女を引きつけてくれるのなら、秘宝を探し出して献上する程度安い安い。
そして観客、警部サイドでさえ、この競技がすでにイトと六花の直接対決であることを認識していた。二人の勝負――そして勝利には、ステージ中の秘宝をすべて合わせただけの価値がある。その考えに誰もが納得している。だから、客席に白けた顔をした者は一人も見えない。
《あの二人じゃなきゃ、こんなゲームは許されなかったでしょうね》
《ですね》
黒百合のつぶやきにエージェントPが反応する。彼女も同じことを考えていたに違いない。
今をときめくあの二人だからこそ、この全員参加のゲームをたった二人で占有しても許される。その結末を誰もが見たいと思ってしまうから。
《ただこうなると、怪盗と警部の有利不利の均衡は大きく崩れるわ》
《と言いますと?》
《このケイドロ、怪盗側が内部競争を起こすことを前提に警部側のパラメータが決められてるらしいのよ。でも、イトがそれを一つにまとめてしまった。怪盗たちは一つの巨大な怪盗団――とまではいかないけど、怪盗同盟としてチームプレイをしてくるかもしれない。囮と秘宝回収係なんていい例ね》
《イト選手はあの傭兵団の団長でもありますからねぇ……これはダマシテ産業も注目の奇策が飛び出てきそうです!》
彼女が次に何を仕掛けてくるか。〈百合戦争〉での驚きと呆れを思い返し、黒百合はこっそりと六花にエールを送った。
※
「うおっしゃあああああ! 生き延びたァ!」
「怪盗側の突破率もいつも通り! つまり六花ちゃんマジやべーってこと!」
「その六花ちゃんの相手をしてくれてるイトさんには感謝してもしきれねーっす!」
第五ステージ、スタート地点。前ステージで犠牲になった仲間たちを迎え入れ、自勢力の復調に沸く怪盗たちの姿を、イトは見つめていた。
「まさか今のあの子に勝っちゃうとはね。さすがはボクの愛するイトちゃん」
そう言って横に並ぶユラに、控えめな微笑みを向ける。
「へへへ……。でもまだ一回だけです。ポイントでは六花ちゃんが断然リードしてるはず。あと二ステージ、協力お願いします」
「もちろんさ。ボクも目を覚まさせてもらったしね」
パチリと可愛らしくウインクしてくるユラ。彼女の完全復活は、前ステージで三つもの秘宝を集めて馳せ参じたことからもうかがえる。そんな彼女が、少し頬を赤くしながら耳元に顔を寄せてきた。
「ねえ、もしホントに総合得点で月折六花に勝てたら、リアルでボクのこと好きにしていいよ」
ビービビビビビ……。
「あっぶな!」
即座に横から迫ってきたビームを、ユラは大胆にのけぞってかわした。
「へ、変なこと言ってイトちゃんの気を散らさないで」
そのビームの発射台――ふくれっ面でもんくを言う千夜子の目に対し、ユラはヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべる。
「邪魔なんてしてないよ。その方がモチベ上がるかなって思っただけ。ねーイトちゃん。ご褒美はいっぱいあった方が燃えるよね」
「それが余計なことだって言ってるの!」
「そ、そうだぞ。今はそんな……へ、変な冗談言ってる場合じゃねーだろ」
今の話題に少し顔を赤くしたモズクが割り込んでくる。
「前のステージじゃ巨人を上手く利用できたみてえだけど、次はそういう派手なギミックはねえ」
彼女につられてイトが視界を動かすと、そこにはごくありふれた商店街が広がっている。
第五ステージのテーマは、タウンだ。
赤い屋根やレンガの壁が可愛らしい、ごくありふれたアウトランドの町並み。表通りは昼の買い物に出かける住人たちで溢れ、裏の細道にはひっそりとした暗がりが待っている。
屋根の上でも民家の裏でもルートは自由。今回はここを駆け抜けていく。
「六花ちゃんも次は初っ端からフルスロットルで来るだろうし、何か考えはあんのか?」
「もちろんです」
イトはすぐさまうなずいた。
「しかしそれには、ちょっと協力してもらいたいことが……アビスちゃん」
「え、わたし?」
色違いの自分がきょとんとした顔で返してくる。イトは仲間たちと顔を並べると、そこで今回の作戦について話し出した。
※
ピピーッ! という警笛が警部側のスタートの合図だ。
怪盗側が長細いマップの例えば西端から競技を始めるとしたら、警部側は北端か南端からの開始となる。
ゴール方面を塞ぎに行くか、スタート方面に攻め込むか――ここがまず一つの選択肢。
「六花、イトちゃんは任せたわよ」
「存分に暴れてこい。他はこちらで逮捕する」
チームメイトであるいづなとなずなに左右から呼びかけられ、すぐさま「うん」と返した六花は、怪盗のスタート地点への進撃を選んだ。
真っ先に彼女を見つけなければいけない。そして他の誰よりも早く捕らえるのだ。
「六花ちゃん、ファイト!」
「次はいけるよ!」
道中ですれ違った参加者たちが声をかけてくれた。
不思議な感じだ。今まではこちらが声をかける側だったような気がする。みんなを盛り立てようと、楽しませようとして。
でも今は逆。背中を押されている。みんなの中に入って、みんなと同じ場所で。
「ありがとう! 絶対イトちゃんを捕まえるね!」
また一つ殻を落としたような気持ちが、風のように体を町中へと進ませた。
第五ステージ、タウン。
最大の障害はこの人混みとなる。
お昼の買い物時という設定なのだろうが、それにしても混雑している。
怪盗と違って、警部には鉤縄のように高低差を即座に克服するツールはない。手錠はなんか伸びるには伸びるけど移動用には使えない。
六花の軽快なフットワークも、すぐにこの雑踏に捕まった。
こういう時、怪盗たちは屋根に上ってすいすい先に進むだろう。それが鉄板のルート。――か、もしくは裏をかいて人混みに身を隠すか。彼女はどっちを選ぶだろう。
六花は周囲の気配に意識を凝らした。前のステージではその場を流れる色んなものが、望む結果に導いてくれた。が、さすがにここでは雑音が多すぎる。NPCたちの賑わう声が、足音が、世界の囁きを吸収してしまう。かすかな予兆を頼りに足で地道に回るしかない。
「おわっ!?」
不意に、横道から声がした。
ツーサイドアップの小柄な女の子が、こちらを見てのけぞっている。
怪盗側の――モズクさん。ダンジョンレスキューをしている彼女とは、グレイブの前で何度も会っている。直接話をしたのは昼休みが初めてだったけど。〈大剣クラスタ連合〉が近くにいるのか。
六花はすぐにその場を離れた。ターゲットはイトだけ。他はその後だ。
か細い気配を辿って進むと、そこからまたいくつかの怪盗チームを発見した。皆一様に驚き、震え上がっている。でも、違う。この人たちじゃない。あの子はどこ?
ただのポイント勝負をするであれば、彼らは捕まえるべきだった。でも、この勝負はそんな安っぽいものじゃない。体の一番奥にあるものが告げている。直接……奪いにいかないと!
「……!」
町中を猟犬のようにうろつき、そしてついに六花はその影を捉えた。
〈ワンダーライズ〉の一人――千夜子だ。
彼女は特別だ。とても特別な存在だ。イトといつも一緒にいて、リアルでも同じ学校に通い、もしかしたら親友の間柄。自分が持っていないものをたくさん持っている。
だから、いる。標的も。
「いた……え……!?」
発見の喜びも一瞬、六花は目を見開き唖然とする。
果たして彼女はいた。烙奈も一緒にいる。これで〈ワンダーライズ〉はフルメンバー。ただし……。
「肌が、濃い……?」
そのイトは、白髪褐色肌をしていた。
これは……これは彼女ではない。そっくりなアバターを使う、アビスという子だ。
(でもっ……)
本当にそうだと言い切る自信が、なぜかなかった。
気配を辿った先に彼女はいたのだから。
イトは率先して人を騙すような女の子ではない。
しかし、出し抜くことはする。裏をかいて急所を突きに来る。〈百合戦争〉で九栗山さん――黒百合を仕留めた時もそうだった。
カラーパターンの変更は本当に簡単だ。前もってパレットに保存しておけば、コスチュームチェンジと同じくらい素早く呼び出せてしまう。
あれがアビスを装っているイトだという可能性は捨てきれない……。
確かめる方法はあった。アビスという子がそっくりなのは、外見だけだ。声は違うし、表情や仕草も異なる。当然だ。アバターはパラメータで再現できても、内面まで模倣するなんてことは、特殊な訓練でも積んでない限りきっとできない。
しかし――これは緊張する。
月折六花が最初に捕まえるのは白詰イトでなければならない。こだわりであり、制約だった。
間違えてニセモノを捕まえてしまうなんて不実、絶対にやらかすわけにはいかない。特に千夜子の前では。
(イトちゃんって……結構イジワルだ……!)
それすらも甘い棘に感じつつ、六花は褐色のイトを見極めにかかった。
屋根の上に逃げられたら追いつくのは難しい。人混みに紛れながら慎重に様子をうかがう。
しかし――。
「うう……ホントに人が多い」
そもそも〈ワンダーライズ〉自体が、雑踏に身を隠すルートを取っていた。
行き交う人の隙間から見えるイトはほんの一瞬。細かく観察しようとすればするだけ、目の前を横切る影に邪魔される。
ここまでの観察では――彼女は非常に、イトだ。
腕の振り方、歩幅、どれもイメージ上の彼女と一致している。
それでもなぜか不安が拭えない。あと一押しがほしい。
顔だ。相手は本物とそっくりなアバターを持っているというのに、なぜかそう確信できた。正面から見ればきっとわかる。今の自分にわからないはずがない、と。
ここまでは横顔までしか見えなかった。他の二人はちょくちょく背後を確認しているのに、彼女だけは一度も後ろを振り返らないのだ。
偶然なのか、狙ってやっているのか。
もう少し待てば自然とチャンスが訪れるかもしれない。しかし、あれがニセモノだった場合、すでに時間を取られ過ぎている。
「直接確かめるしか……ない!」
一か八か。
六花はトプンと人混みに潜ると、石畳に黄金の軌跡を描いて〈ワンダーライズ〉怪盗団の前へと回り込んだ。
正面は完全に彼女たちの視界内。少しでも目立った動きをすれば、目ざとい彼女たちにあっという間に見つかる。
仕掛けるのは一瞬!
六花は人混みを割って飛び出した。
一直線にイトを目指す。彼女たちがこちらに気づいて身を固くする。逃げる隙は与えない。手を伸ばす。肩まであと数センチ――!
「違う」
口が勝手にそうこぼした。
手は彼女に触れる寸前で止まっていた。
はっきりと見た。驚いた表情のイト。その顔がイメージとわずかにズレた。少し攻撃的で負けん気の強い――この子はアビスだ!
六花は一瞬できびすを返した。黄金が飛沫となって散る。
時間を稼がれた。本当の彼女はどこに?
※
「……っ何よっ!」
現れた直後に姿を消してしまった六花に、アビスが不満を吐き出している。
本当に、いた。
烙奈から「すでに尾けられている」と暗黙の内に示された時は半信半疑だったけれど、本当だった。
そしてもう、いない。一瞬の幻のようにいなくなってしまった。
「違うって何よ。わたしだってイトに負けないくらい可愛いでしょ!」
「月折さんはそういうつもりで言ったんじゃなくてね……」
緊張を肩から下ろしながら、千夜子はぷりぷり怒っているアビスをなだめた。
彼女にしたら確かに災難だったと思う。スタート地点で「わたしになってください」といきなりイトから身代わりを頼まれ、それらしく振る舞っていたら、六花から「違う」の一言だ。愚痴の一つも言いたくなる。
「でもすごかったよアビス。ちょっと本当にイトちゃんが隣にいるみたいな感じがした」
「ホント?」
途端にぱあっと笑顔になるアビス。
「まあ、伊達にイトのニセモノやってなかったわよ。中途半端に終わった技術だったけど、千夜子が喜んでくれたならわたしも嬉しい」
早速こちらの腕を取って頬ずりを始める。この子供みたいな切り替えの速さが、彼女の可愛い所に違いない。
「それにしても、何かすごい変わりようねあの子。月折六花って言ったっけ」
ふと、アビスが言った。
「ちょっと尋常じゃないブーストかかってるっていうか……むしろあれが本来の姿なんじゃないの?」
「こ、怖いこと言わないでよ。普段でさえまぶしいくらいキラキラしてる人なんだから……」
「でも、パワーに振り回されてる感じしないし……」
「ひっ、やめやめ! それよりほら、一緒にゴール目指そっ。今はアビスがうちのチームだよ」
「……! うん! 行こう! ほら烙奈も! どうせまた辛気臭い事考えてるんでしょ!」
「こ、これ。失礼すぎるだろう。わたしはただ全員がゴールできる計画をだな……」
「そんなの別にいらないわよ。だってわたしがいるんだから!」
アビスに手を引かれ、千夜子は烙奈と一緒に駆け出す。多分、今のアビスはイトの真似はしていない。彼女の本来のもの。でもなぜか同じものを手のひらに感じた。
願うことは二つ。イトちゃんどうか無事で。それから、
月折さん、どうかこれ以上変身を残してないで。
※
見つからない。どこを探しても彼女がいない。他の怪盗チームはいくらでも見つかるのに。
とっくにゴールまでたどり着いてしまったのでは――いや、それはない。
彼女にも制約がある。ステージ中の秘宝をゲットしないといけないという。
怪盗仲間に集めさせるにしても時間がかかる。その間、彼女はゴールできない。……できないはずだ。ここでも裏をかいて……ということはあり得ない。ここだけは。
しかし、不安には勝てなかった。
六花は町の端、ゴール方面へと向かった。
無意味なことだとはわかっている。
もし彼女がそこにいるのなら、このステージでの自分の負けが決まる。その時点でもうどうしようもないのだから、そんな確認に時間を使うくらいなら遮二無二相手を探している方が正しい。
それでも耐えられなかった。
もう彼女がいない町を、彼女を求めてさまよい歩くなんて。
ゴールエリアには、目に見えてわかるライトブルーの脱出ラインが敷かれている。
その手前に、秘宝を持って集まっている怪盗たちがいた。
こちらを見てぎょっとしているが、彼らを捕まえることはできない。彼らはただの運び屋だ。いざとなったらさっさと脱出ラインを越えてしまうだろう。イトもそこまで非情な要求はしていないはず。
彼女は――やはりまだ来ていなかった。
ここで待てば確実に会える。そしてそれが一番簡単な方法でもある。
でもそれは、彼女に“応えない”やり方だ。
ただ勝てるだけ。ゲームでも何でもない。
彼女に応えたい。勝つために知恵を絞ってくれる彼女に。彼女をきっちり上回って。もう一度抱きしめたい。
イトはまだ町中にいる。けれども、あれほど駆け回っても見つからなかった。怪しいと感じた場所は見て回って、そして確かに怪盗はいた。彼女以外の。
今の自分は勘が当たるのだ。なのにどうして見つけられない。
彼女はどこに消えてしまったのか?
そう思った時。
すっ、と春風が背中を抜けていった。
「え?」
思わず振り向いた六花の視界の真ん中に、まるでコースの左右に集まった観客とのハイタッチをするようにゴールラインを踏む少女の背中があった。
「えええええーっ!?」
《秘宝、ゲゲゲゲゲゲゲゲのゲーット》
イトだ。今度は間違いなく本物の。怪盗仲間が集めた秘宝に囲まれ、満艦飾の笑顔を咲かせている。
「六花ちゃん警部、今回もわたしの勝ちです!」
その彼女から声高らかに宣言されても、六花は目をぱちくりさせることしかできなかった。
「イ、イトちゃん、どこに隠れてたの? 全然見つからなかった……よ……?」
どうにかそれだけ吐き出す。
隠れられそうなところはあらかた見て回ったのだ。そのはずなのに。
「ふふふ……確かに六花ちゃんは的確に隠れられる場所を見て回っていました。しかしずーっと探さなかった場所があります。一か所だけ!」
「そ、それはどこ……?」
イトはビシッとこちらに指を突きつけてきた。
「えっ?」
六花は思わず自分の胸を見つめ――それからはっとして振り返った。
「後ろぉ!?」
「大正解です!!」
呆気に取られてしまって、どうしようもなかった。
後ろ。背中。背後――。彼女を追いかけているつもりが、追いかけられていたのだ。
前のステージで言われたみたいに、本当に。
前しか見ていなかった。だって彼女を見逃すなんて思わなかったから。今の自分なら、そばにいれば何か感じるはずだったから。
「違う……」
――本当は……ちゃんと感じ取れていたのだ。彼女の存在を。
ただそのこと自体に気づかなかっただけ。“そばにいない”という感覚の方を忘れさせられていた。
いつからだ。多分、アビスに気を取られている時だ。
あの子はニセモノだった。でも同時にホンモノも後ろに張りついたのだ。そこで気配の感じ方を狂わされた。何か感じるはず、を、もうずっと感じている、に上書きされた。そこから先はずっと一緒。
それにしても鬼ごっこで鬼を追いかけるなんて、そんなやり方……。
「ずるいよ、もおおおー!」
六花は頬を膨らませ、そしてすぐに笑いだしていた。
ああ、楽しい楽しい楽しい。
負けて悔しいのはある。でもそれ以上に、楽しくて仕方ない。
どんなことがあってもこの子はついてきてくれる。置き去りにもされない、離れていきもしない。最後はこうしてすぐそばで笑ってくれる。
ほしかった。必要だった。こんな友達が。こんなひとが。
残りあと一ステージ。
でも。
この子を手放しちゃだめだ。
もう一生、手放しちゃだめだ。
そのためには、
できることは何でもしなきゃいけない。
次がラストマッチとなりまーす。




