案件86:女の子になったアイドルは
休憩を終えてついに始まる〈HB2M〉最大のビッグイベント。それは――。
〈怪盗と警部のクロスカントリー〉!!
説明!!
参加者はチームごとに怪盗と警部に分かれ一つのマップに放り込まれる。警部は怪盗をタッチしたら逮捕――ポイントとなり、反対に怪盗側はマップを渡り切って端までたどり着けたらポイントゲット。さらにマップに隠された秘宝を持って脱出できれば追加ボーナスだ。
怪盗の全員脱出か逮捕、もしくは時間経過で自動的に次のマップへ移行。逮捕状態と秘宝所持をリセットして再スタートとなる。全六ステージにも及ぶ長期戦、男女混合全員参加の、変則ケイドロゲームなのである!
AIによる緊張のチーム分け……。
結果、イトたちの周辺はこうなった。
怪盗:〈ワンダーライズ〉、〈大剣クラスタ連合〉
警部:〈サニークラウン〉、〈ハミングバード〉、〈セントラルユニオン〉
武闘派二チームが怪盗側に偏るという結果に、会場からは不安の声が上がったものの、
「イトお姉ちゃんにこれまでの罪を償わせます……」
「イトは先生に色目を使った。許されない」
「イトさんには少々反省が必要だと思いますわ!」
インタビューで謎のやる気を燃焼させる少女たちに、一方的な展開を心配したファンたちの懸念は一瞬で払拭された。
ただ、一番に注目されるであろう月折六花がこのインタビューに、
「精一杯楽しみたいと思います」
とだけ笑顔で短く答えたのに対し、解説の黒百合が、
「ん? 月折ちゃん、ちょっと変じゃない?」
との意味深な発言をしたことが交流サイトでもちょっとした話題となった。
※
「一緒に怪盗側ですね、ユラちゃん」
怪盗待機エリアにて、イトは最後まで本大会での直接対決にこだわってきたユラにそう呼びかけた。
「結局、直接対決はありませんでしたけど、みんなで協力してお巡りさんから逃げましょう」
「――ん? 何言ってんのイトちゃん」
返された回答には、ユラの不穏な微笑が絡んでいた。
「怪盗同士が協力なんてありえないでしょ。怪盗はお宝を奪い合い、一人勝ちを目指すに決まってるじゃん」
「な!?」
「そうよ」とすぐさまこれに同意したのはアビス。
「わたしは一番のお宝である千夜子をさらって逃げるから。後はよろしくね」
「おい待てこら! ちゃんと競技に参加しろ! ユラも仲間同士で争ってどーすんだ! まずは脱出を優先、その上でお宝が回収できたら回収するってスタンスが一番安定するだろーが!」
一人だけ真っ当な(?)怪盗道を提示するモズクだったが、チームメイトの熱意は明後日の方角だ。
「はあーモズク堅いよ、堅い。そんな手堅いゲームより、いつもハラハラできるプレイの方が絶対楽しいって」
「そうよ。鎧の中身はこんなに柔らかいんだから、もっと柔軟になりなさいよね」
「も、もがー!! はにをふるひさまらぁー!」
二人からほっぺをぐにぐにされ、モズクの意見は見事に封殺された。チームとは言え二匹の一匹狼を抱えた〈大剣クラスタ連合〉は行動原理もプレイ方針もバラバラだ。しかし個々の高い技量がそれを補って余りある。ライバルとなるなら当然、手強いに決まっていた。
――怪盗はお宝を奪い合い、一人勝ちを目指すに決まってる。
ユラの言葉は、果たして彼女だけのものだろうか。
イトは怪盗エリアに集められた参加者たちを見回す。チーム同士で楽しげに「一緒に走ろう」と歓談するところもあれば、少し離れた場所から全体を静かに見据えるチームもある。
得点を一気に稼げるこの種目。総合得点で上位にいるチームは、ここで一発逆転を狙ってくる可能性は高いのではないか――。
「セツナやキリンはともかく、結城姉妹と葵は要注意だ。動きは素早いし率先してこちらを狙ってくる可能性が高い」
一緒に怪盗たちの様子を眺めていた烙奈が、早速チーム方針を打ち立てにかかった。
「秘宝周辺は特に危険だな……。怪盗同士で足の引っ張り合いも無益だ。よって、わたしたちは最速で脱出ポイントを目指そう。脱出の順位にもボーナスは付く」
『おー』
ファンサービス的には、多少無茶をする方がお客さんも盛り上がる。しかしこの勝負……通常プレイがすでに危険域で、多少の無茶は“冥途の土産”レベルな感じがしてならない。
なぜだろう。首筋のあたりがざわざわしている。組織戦に長けた〈コマンダーV〉が警部側にいるからだろうか。いや、もっと警戒すべき怪物が、あちら側にいるような気がしてならないのだ……。
答えを見つけあぐねているうちに、スタートを知らせるブザーが鳴り響いた。
世界を股にかける怪盗と、それを執拗に追い続ける警部。スカイグレイブを舞台にした大ケイドロゲームの幕開けだ。
※
視界の暗転と同時にイトは第一ステージへとワープした。
広がった景色に怪盗たちから感嘆の声が上がる。
「あっ、ここは……」
見覚えがある。苔むした廃ビル群に、そこに絡みついた巨木。スカイグレイブ〈恩情の都〉――の風景を切り取った特殊マップだ。
現在地は傾いたビルの屋上。正面に見えるビルには、怪盗全員に配布されている「鉤縄」のツールで楽に渡れそうだった。右方向にはツタの道が下方向に伸びているものの、霧の渦巻く見通しの悪い地上方面へ向かうのは心理的ハードルが高い。
スタート地点はプラスチックの箱のようなバリアが張られていた。壁面にびっしりとスタートまでのカウントダウンが表示されている。この間にプレイヤーはどの方角へ向かうかを決定しなければならない。
「まずは正面のビルへと渡り、以降は北西を目指そう」
烙奈の即断にイトも千夜子もうなずいた。右のツタはやはり危険。コースアウトは即ステージ失格だ。
3、2、1……《ゲーム開始!》
マシンボイスのアナウンスが響き渡った直後、イトはすぐさま鉤縄を発射した。
レーザーポインターが狙いを表示してくれるため、誰でも簡単に扱える怪盗側の文字通り命綱。
他にも多くのチームが、最初の足掛かりとなる正面ビルの屋上へと飛翔していく。案の定、ツタの道を選んだのはわずか。
イトは無事、ビルの屋上に着地。千夜子と烙奈も一瞬遅れて隣に到達した。
瞬間。
《秘宝、ゲット!!》
機械的なアナウンスが響き渡り、唐突にイトの手元に七色のモアイ像が出現した。
「……へ?」
イトは唖然としてそれを見、そして仲間たちを見やった。二人ともぽかんとして立ち尽くし、何が起こったのか理解できない様子。
周囲から叫び声が爆発したのは、もう一瞬後。
『宝あああああああ!!!!』
直前まで仲良くビルを渡っていた怪盗たちが、一斉にイトへと殺到してきた。
「ほわあああああああ!?」
押し寄せてきた人々に呑まれる寸前、ジャンプでの回避に成功する。一瞬ですし詰め状態になった怪盗たちの肩や背中を踏みつけ、どうにかそこから逃れようと駆けた。
事前の説明によると、秘宝がどこにあるかは怪盗も警部も知らない。
つまり――スタートのすぐ近くにあってもおかしくはないわけだ。
このゲーム中、相手にダメージを与えるような行為には(そして当然センシティブ行為にも)一瞬でシールドが発生し、効果がない。ただ両手を広げて道を塞いだりすることはできる。足を止めたら一瞬で強奪だ。
秘宝レインボー・モアイは、何をどうやってもイトの荷物入れの中には納まらず、常に肩の上あたりに浮いていた。それ目がけて怪盗たちが次々に腕を伸ばしてくる。イトは上手い具合にそれらをかわし続けたものの数が多すぎる。この場から逃れることも難しい。どうすればいい!?
「イト、秘宝を捨てろ!」
「! はいっ!」
人波のむこうから聞こえた烙奈の助言に即応し、イトはモアイを怪盗たちの中に投げ込んだ。手を伸ばしてキャッチした幸運な男性プレイヤーが、他の屈強な衆にたちまち押し潰されるのが一瞬だけ見えた。
「イトちゃん、こっちこっち!!」
ビルから生えた太い枝の先で、千夜子が必死に飛び跳ねながら両手を振っていた。後ろで始まったモアイ争奪戦第二ラウンドを振り返りもせず、そちらに駆け込む。
「急げ!」
人混みは離れたというのに、烙奈はあくまで迅速にこの場から離脱しようとしていた。イトも賛成だった。何かやばい。モアイは手放したのに、肌の上で危機感が泡のように弾けている。
ビビビビビーッ!
突然、多数のビープ音が後方から背中にぶち当たってきた。
思わず振り返れば、ビル上で争奪戦を続ける怪盗たちの頭上に多数のバッテンマークが表示されている。
「隠れろ!」
烙奈と千夜子に続いて、イトは木の陰に滑り込む。
そして枝葉の隙間から見た。群がる怪盗たちを次々にタッチし、逮捕していっている、風のように素早い人影。
それは――。
「えっ……!?」
事前の要警戒リストには入っていなかった――月折六花だった。
※
《六花選手、秘宝争いで夢中の怪盗たちを一網打尽だーっ!》
エージェントPの実況に、観客席が炒られた豆のように跳ね上がる。
《ビッグプレイが出ました! 一人で十人――いや二十人はいったか!?》
《お宝に目がくらんで怪盗側が自滅したってのもあるけど、月折ちゃんの躊躇いのない動きがすべてだったわね。警部側は怪盗から少し遅れて別ポイントからスタート。じゃれあってる怪盗たちを見つけられたのは単なるラッキーだけど、そこからは完全に実力よ》
《六花ちゃんはこういうの得意だったんですかね? あまり聞きませんでしたけど》
《んー、多分そういうんじゃないと思う》
黒百合は少し間を置き、ややトーンを下げたマジな声でこう続けた。
《Pちゃん、ちょっと面白い業界話教えてあげる。“女の子になったアイドルは無敵”――そういう言葉が、プロデューサー界隈にはあるの》
《? それはまた矛盾しているというか、不思議な言葉ですね。それって普通に女性アイドルに対しての言葉なんでしょう? 元から女の子ですよね?》
《詳しくは商売に差し支えるから教えられないけど……。でもね、この種目、一番ヤバイのはイトや痣宮さんじゃなくて、月折ちゃんかもしれない。楽しみにしてて》
モニターでは、逃げ惑う怪盗たちを次々にタッチし、捕縛していく六花が映っていた。
彼女は混じりけのない、どこまでも純粋な、とてもいい笑顔を、していた。
思えばファミコンって友達なくしそうなゲーム多いな……。




