案件85:わたしが先に好き
その後も競技は続き、イトの知るアイドルたちは各所で輝きを見せた。
15mスイカ割りで謎点数100点をゲットしたのはキリン。
「なっ、何も見えませんわ! 葵お姉様ぁ!? どこにいらっしゃいますのぉ!?」
二人一組になって15m先から目隠しされた相手を誘導するという、鬼のような競技だ。
目を塞がれた途端、体操服のキリンが怯えておろおろし出した様子が、採点者たちの奥底に眠っていた邪な何かを直撃。この競技唯一の満点を叩き出した。ちなみに着順ポイントの方は0だった。
「何で手を後ろで縛られないといけないの?」
「まあまあそういう競技ですから。一緒に頑張りましょう」
「イトと一緒に縛られるなんて、もっと自由な勝負がしたかったわ」
「それにしても何でわたしたちだけガチな手錠なんですかね。何か悪いことしましたかね……」
パン食い競争ではイトとアビスが対決。見た目そっくりで色違いの二人による直接対決に会場中の注目が集まった。
他の参加者たちが可愛いシュシュで手首をロックされているのに対し、イトとアビスだけがなぜかゴツい手錠という奇妙な現象が起きていたが、二人並んでぴょんぴょんパンに飛びついているうちに、我慢しきれなくなった何者かがフライングで謎採点を開始。少数の特定アカウントによる執拗な連投に、エージェントPが身の危険を感じて100点の判断を下した。
カラオケ大会でセツナが競技でも謎採点でも圧巻のW満点を弾き出せば、屋上綱渡りレースではノアがバランス棒すら使わずにゴールまで駆け抜けて会場の度肝を抜いた。
それぞれがそれぞれの分野で活躍、かつ競技を楽しみつつ、大会は後半に控える全員参加のビッグイベントを前に休憩時間へと移行する――。
※
各テントには公式から無限お菓子と無限ドリンクが配布され、参加者たちはこれまでの健闘を労っていた。
「皆さん、盛り上がってますかー? 後半も張り切っていきましょー!」
ウオオオオオオオオオ!!!!
そんな休憩タイム中、イトたちはこれまでの応援の感謝を込めて、各所に声をかけて回っていた。三人揃ってチアリーダーのコス。ポンポンも完備で、それを振りまきながら人々の前を通過する。
グレイブアイドル恒例の挨拶回り。各事務所の代表たちも同じように会場を巡っているはずだ。
「イトちゃ~ん!」
「チョコちゃんレース良かったよー!」
「烙奈さんあなたは天使だ」
客席も参加者のテントも、分厚い熱気で〈ワンダーライズ〉を迎えてくれた。
自分たちの人気、さらにはこの運動会におけるパフォーマンスが、皆を満足させられていることが実感できて、イトはより元気いっぱいに感謝を振り撒いて回った。
続いて〈西の烈火〉や〈破天荒〉といったクラン、セントラルや大剣クラスタのテントなど、これまでお世話になった人々のところにも顔を出す。どこも大歓迎で、誰もが物販で買ったグッズを見せてくれた。
本当にみんなが今回の〈HB2M〉を楽しんでいる様子だ。
「いやあ愉快愉快! こんなにぶっ飛んだ大会は初めてだぜ!」
と大笑したのはクラン〈破天荒〉のリーダー、破天コウ。
彼の言い分を要約すると、こんなにハメの外れた大会はこれまでなかったとのこと。
前回までのアイドルはもっとアイドルらしく(?)可愛くお茶目に立ち回っていたが、今回は素も地もはみ出てて意外な一面が山ほど見られているらしい。
特に目立っているのがグレイブアイドルの頂点、月折六花ちゃん。これまでの大会では明るく可愛く元気なヒロインだったのが、今回はそれを突き抜けて大自然の六花ちゃんとなっているそうだ。言葉の意味はよくわからないが、自然体を通り越して野性を感じるとかそういうことらしい。
しかしそんな意外な一面も参加者たちには総じて好感触。つまるところ彼女は裏も表も人から愛される天性のアイドルなのだった。
休憩時間の終わりにはアイドル一同によるスペシャルライズも予定されている。中心となるのはもちろん彼女。イトは参加する側だったが、間近で感じられるそのパフォーマンスを、誰よりも期待している一人だった。
方々への挨拶回りを終えて、事務所のテントへと戻る。すると、
「おっせーぞイトちゃん!」
ちょっと口の悪い、しかし悪意のない爽快な声が、屋根しかないテントを吹き抜けて飛んできた。
「あれっ、モズクちゃん?」
イトたちは驚いた。〈大剣クラスタ連合〉のテントにいるはずのモズクが、自分たちのテントでお菓子を食べているのだ。そして彼女だけではない。
「あっ、みなさん。おかえりなさい」
「待ってたよ!」
「千夜子、こっち来てこっち!」
セツナもユラもアビスもいる。セントラルの面々や、黒百合でさえも勢揃いだ。
「みんな遊びに来てくれたんだよ」
目を丸くするイトにそう説明してくれたのは、この直前まで葵と話をしていた六花だ。
「でもきっと、理由の半分くらいはイトちゃんと話したかったからだと思う」
「わたしですか?」
集まったみんながこちらに手を振って来るのが見えた。
意外な組み合わせがちらほらある。
セツナと〈ハミングバード〉のアイドルたちは、キリンと一緒にお菓子とジュースを囲んでいる。お互いの土地の話題で盛り上がっていたのだろうか。
モズクがいるのは黒百合とノアのところだ。なんかモズクの素顔に黒百合が反応してたし、動画出演のオファーでもしていたのかもしれない。
ユラはなんと結城姉妹と一緒。しかも笑い合っているあたり、不穏な意気投合を感じる。アビスもそこにいたが、呼び寄せるなり即座に千夜子に飛びついてきたあたり、彼女にとっては圧を感じる席だったのだろう。わかる。
「みんなイトちゃんを待ちかねてたの。話をしてあげて」
六花にそう促され、イトは嬉々としてそれぞれのグループに分け入っていった。
大会での活躍から始まって、これまでのこととこれからのこと。誰とも話題が尽きなかった。思えば、こうしてただただ雑談に花を咲かせるという機会はなかなかなかった。みんな、いつでも何かの渦中で出会っていたから。
それらが済んで、今はこうして気楽に話し合える。良き出会い――そんな言葉が、確かな感触となってイトの体を巡っていた。
一通りみんなと話し終え、ちょっとスペシャルライズについてスパチャに聞いておこうと席を立った時、テントの外に出ていく六花が目に入った。
何とはなしについていってみると、彼女は特に何をするでもなく、〈HB2M〉の舞台であるスカイグレイブ〈古かりし蛮殻〉を眺めている。
「六花ちゃん?」
「あ、イトちゃん」
「すみません、休憩中でしたか?」
「あー、うん。でも気にしないで」
何だか六花が目で隣を促したように見えたので、イトは大喜びで並んだ。
「すごいね、イトちゃんは」
「へ?」
出し抜けの話題に早速ついていけず、ぱちぱちとまばたきする。
「あんなにたくさんの人を自然と引き寄せちゃうなんて」と彼女が振り向いた先にいるのは、まだまだ雑談で盛り上がる友人たちだ。
「いや……六花ちゃんが一声かけたら、それこそ地区中の人たちが大喜びで押し寄せてきますよ」
「それはそうかもしれないけど、イトちゃんがみんなを呼んだわけじゃないでしょ?」
「それはまあ……」
普通に考えたら、ある意味公式である事務所のテントに押しかけて居座るのは、あまりお行儀のいい行為とは言えない。普通は遠慮するところだ。
「でも、みんな同じことを考えて集まってきちゃった。それってイトちゃんの魅力だと思う」
「魅力、ですか……。みんなが自由すぎるの間違いでは……」
「うん、自由だね」と六花は笑い、「そんな自由な子たちに例外なく好かれてるのがイトちゃん」との自説に繋げ直す。
「ただのファンとか友達じゃないんだ。それ以上の繋がりがあるからこそ、会いに来たくなる。遠慮がなくなる。そんなのもうずっと後ろに置いてきてるから。羨ましいな。わたしにはそういう友達いなかったから」
少ししんみりした語り口に、イトは少し慌てながら応える。
「そんなことないですよ。ただ、六花ちゃんは押しも押されぬトップアイドルですから……。変なことして迷惑かけちゃいけないって、おいそれと近づけないのはあります」
「そうだね、わかってる。だけど一人くらい、そういう友達がほしかったかなって」
「あはは……六花ちゃんはノンストップで駆け上がってきましたから。多分、誰もついて来れなかったんだと思います」
「ノンストップかぁ……そう見えるんだね」
前髪と重なった六花の目が、少し陰ったように見えたのは――気のせいだろうか。
「ど、どうしたんですか。何かイヤなことでもあったんですか? わたしでよければ何でも相談に乗りますよ」
イトは心配になってそう呼びかけた。すると六花は少しだけ笑い、
「ううん。ちょっと複雑な気持ちだなって。少し目を離した隙に、イトちゃんがこんなに人気者になっちゃって。それは全然、嬉しいことなんだけど……」
それから明後日の方を向いて、無意識のように小さく、
「わたしが先に好きだったのに……」
「……!」
イトは目を丸くし、しかしすぐにこう返していた。
「違いますよ」
六花が口元を押さえて大慌てで振り返る。
「い、今の聞こえてっ……!? いやそれより……違うって……?」
恐る恐る聞いてきた六花に対し、「はい」とうなずき、真っ直ぐ相手を見つめる。
「わたしが先に、あなたを好きだったんです」
「ふえっ……!?」
「だから六花ちゃんが先じゃありません。わたしです」
それがすべての始まり。一番最初、今に続く何もかものスタート。
知ったその時には、彼女はもう大きな一番星だった。
「六花ちゃんがいたからわたしはアイドルと出会えたし、それを目指そうと思いました。それだけじゃなくて――」
「…………」
「……? あれ? 六花ちゃん?」
昔語りをする中でふと、イトは違和感を覚えた。
驚いて固まっているかのように見える六花だが――よく見ると本当に一ミリも動いていない。まるで張り付いた一枚絵のように完全に停止している。
ピーココココ……キューキュロキュロキュロ……。
「アナログな感じの謎の音が!? これはまさか、デバイスが六花ちゃんの中身を処理しきれていない!?」
実際、六花の頭上にスカグフ上で一度も見たことのない読み込みマークが現れていた。こんなこと不具合報告にも一度も載せられたことがない。完全に異常事態だ。
「イト、どうした?」
「あっ、なずなさん!」
ふらっと現れたなずなに、イトは助けを求めようとした。瞬間。
ガシッ! と、いきなり手を掴まれた。六花だ。
「あっ、六花ちゃん、読み込み終わったんで――」
ほっとした瞬間、カタカタと奇妙な音を聞いた。思わず自分の足元に向ければ、地面の上に、まるでひとりでに積み木が積み上がっていくように、金色の何かが構築されていく。
「なっ、何ですかこれ!?」
「! それは“アマテラスの神坐”だ! 六花から離れろイト!」
「ええ!?」
しかしすでに、うつむいて表情の見えない六花がしっかりとこちらの腕を抱き込んでいた。もぎ離すなんて乱暴なことできるわけがない。
そうしている間にも、イトのまわりには構造物が出来上がっていく。
座席、手すり、そして後光のような立派で複雑な背もたれ。豪華で神秘的な椅子が形を成した次の瞬間、イトは突き上げられるように六花もろとも上空へと連れ去られていた。
「ほわあーっ!?」
大きな神坐は、巨大な柱のように底部を伸ばしながら、ぐんぐん天へと迫っていく。
そして空墓を一望できる高さまで来ると、そこで燦然たる輝きを周囲に放ち始めた。
「なっ、なんだあっ!?」
「鬼レア家具のアマテラスの神坐だ……! バザールで億はするっていう……!」
「上にいるのは……六花ちゃん!?」
「高すぎんだろ……」
下界の人々の困惑の声がなぜかこの玉座から聞こえてきた。どうやらこのウルトラレア家具の機能らしい。確かにこんなヘンテコなオプションでもないと、椅子に座っただけでまわりと音信不通になってしまう。ていうかどう使うんだこの家具!?
「やっと二人きりになれたね……」
甘く囁くような声がして、イトは振り返った。
鼻と鼻が触れ合いそうな距離に、高揚した六花の顔があった。その瞳にはただならぬ妖しい光が、湖面に反射するように揺らめいている。
「ここならもう誰にも邪魔されないよ……」
まるで天の毛布のように、六花がふわりと覆いかぶさって来た。両脚の間に入り込んできた腿が、最初から一つのものであったかのようにぴったりと重なり合う。
「ひゃおおおう!? ダメですトップアイドルがこんなことしちゃあああでもすごいいい匂いするのおおおおおおん……」
イトは悲鳴を上げつつも、甘い香りのする人肌に何一つ抵抗できなくなる。
潤んだ瞳の六花と互いを見つめ合わせ、熱い吐息が混じり合う距離まで顔が近づいた――その時。
ズビービビビビ……!!
地上から多数の怪光線が、トンデモ家具“アマテラスの神坐”の頂上に向かって伸びていくのを、多くの人々が目撃した。
怪光線は神坐を直撃。支柱の先端からポロリとそれをもぎ落とした。その上の二人もろとも。
――かくして神の住まいから「椅子」という道具が初めて人の世にもたらされた。以降、世界中のあらゆる場所へと伝わる中で神話自体は忘れられていったが、この顛末を表す故事成語『嫉妬堕雲』が英語圏にて座ることを意味する「シットダウン」の語源となったことはあまりにも有名。(筆剣書房『誰にも言えない起源の話』より)
こ、これも百合営業の一環だから……(震え)
※お知らせ
次回投稿は8月16日となります。




