案件84:借りてきたイト
《さて、最終レースを終えて振り返ってみると、意外とガチでゲームスキルを競うことになった第二種目でしたが、結果だけ見るとやはりローグ職優勢でしょうか?》
《そうね。速さって大抵の競技の根幹だから。バトルだとどんなステータス傾向にも役割があっていいんだけど。速く、軽く、コンパクトに。向かう先は結局これよね》
《しかし、時には大きくてボリューミーなものがほしくなるのが人の性!》
《その通り。ちっちゃいのも可愛くていいんだけどぉ……やっぱ見ごたえってダイナミックな動きの中から生まれてくるものだからぁ……》
《えーっと黒百合さん何の話してますか?》
《んー? Pちゃん何の話?》
《《わはははは!》》
「おい実況席がなんかゲスいぞ!」
「摘まみ出せ!!」
※
実況が実況される愉快なスタンド席はさておき、第三種目。
内容は――借りもの競争!
これもまた運動会では定番の競技だ。
ルールも本質的には大差なく、まず一組の全員が同じところからスタート。四方に散っているお題カードを拾い、そこに書かれているものをグレイブ内から見つけて戻って来るだけ。
至ってシンプル、求められる技量もない。強いて言うなら簡単なお題を引くリアルラックと、ものを迅速に借りられるコミュニケーション能力だろうか。
「レースの組み合わせは……ユラちゃんとは別々ですね」
「ちぇ、直接対決はお預けかぁ。まあいいけどね、なら順位で競おうよ」
選手待機所で組み合わせ表を見ていたイトは、ユラとそんな言葉を交わした。
千夜子、烙奈と出走して、今回は自分の出番。同じ競技には、勝負とあらば即参上の破壊の魔女も出場する。
と。
「イトさん」
「あれっ、セツナちゃん?」
呼ばれて振り向いてみれば、そこにいるのはチアコスにチェンジしたセツナだ。
「おっほおおおお……。チアセツナちゃん可愛いナリィ……」
「ま、待ってください、出会って一秒でなんて……」
早速彼女を捕獲してスリスリし始めたイトは、蝶のように弱々しい抵抗を見せるセツナに対し、ふと疑問を抱く。
「って、あれ? セツナちゃんて第一種目に出てませんでしたっけ?」
「は、はい。それが、先輩たちがカード運に自信ないって……それでわたしが。わたしも全然自信ないですけど」
チーム内で選手が均一に出場しなければいけないというルールはない。むしろ出番が増える方がファンサができるので、もしかすると事務所の先輩たちがこういうプレッシャーのかからない遊戯的な種目を率先して回してくれたのかもしれない。
「借りものってどんなものになるのか想像もつかなくて……」
不安そうにするセツナ。そんな妹分にイトは優しく笑いかけ、
「大丈夫、わたしも初めてです! 変なものが出たらそれはそれで面白いと思って、寄ってきたカメラに見せびらかして楽しんじゃいましょう!」
「そんな変なものは出ないはずだから、安心していいよ」
そう言いながら湖の浜辺を歩いてきたのは六花。そしてその隣には、六花とアイドル人気を二分するセントラルアイドルの盟主、葵がいる。
おおお……と参加選手たちからおののく声が湧き上がった。
〈百合戦争〉でより一層存在感を高めた二人。特に鉄百合と黒百合陣営に分かれて争った構図は印象的で、この組み合わせだけで露骨にキラキラした目を向けてしまう女性ファンが出るほどだった。
「そうなんですか六花ちゃん!」
「うん。簡単なアクセサリーとか、すぐ拾える素材とか。よくわからないものがあったら、チームのテントに戻れば大抵誰か持ってるから」
〈HB2M〉の経験豊富な六花のアドバイスに、セツナもほっとしたようだった。
しかし……ユラ、セツナ、そして六花に葵。ある意味各チームの顔とも言える面々がここに集結してしまった。このレース……かなりの激闘が予想される。
イトのその印象は間違いではなかったらしく、会場もどこか期待が渦を巻くような気配があった。
その撃発は早くも訪れる。レースの第二組。出走者は自分。
《話題のエースたちが一堂に会してしまったこの借りもの競争! その初陣を飾るのは〈ワンダーライズ〉の総大将にして斬り込み役、イトちゃんだー!》
《出たわね》
《抽選表ではエース同士の直接対決はありませんが、順位でのポイント差は明確! 謎採点も熾烈な戦いになるでしょう!》
《みんな100点じゃちょっと面白みに欠けるものね。尖ったジャッジをよろしくぅ!》
二人の無責任実況も熱を帯び、それが客席をさらに加熱させていく。
スタート地点でその様子を眺めていたイトは、ふと目が合った大モニター用のボールカメラに、バスターソード仮面時代の決めポーズを披露してみる。打てば響くように応援席から大歓声が沸いた。
(こっ、これは……無様なレースはできません!)
未知なる感覚にぞくぞくしつつもレーススタート。
自前のサブモニターに表示された俯瞰マップに、カードのありかを示すアイコンが一斉点灯する。
スタート地点は湖の浜辺となる。泳ぎが得意な者は湖側に飛び込んでカードを探し始めた。こちらの方が距離としては近いが、大半の参加者は取りやすい陸地のカードを求めて湖を離れていく。
カードのお題は拾った瞬間にランダムに決定されるので、何を選ぶかなど考えるだけ時間の無駄。とにかく近いところだ。
イトはあえて険しい岩場へと進んだ。ここなら誰かと一枚のカードを争うこともない。案の定、付いてくるのは実況用のカメラのみ。
マップと現在地を照らし合わせながら一枚のカードをゲット。さて肝心のお題は――。
「これは!」
イトはニヤリとしながら、すぐ後ろに浮いていたボールカメラにカードを見せた。
《イト選手のお題が判明しました!“眼鏡”です! これはかなり調達性が高い!》
《眼鏡が似合う子はね……大抵えろい。間違いないわ》
黒百合発言の信憑性はさておき、これが当たりカードなのは真だ。テントに戻ればいづなあたりが山ほど持っているに違いない。
イトは大急ぎで事務所のテントに戻った。すると、
「イ、イトちゃん、眼鏡、探してるんだって?」
「ほあっ!? 六花ちゃん、なぜ!?」
なんと、なぜか選手待機所にいるはずの六花がテントで待ち構えていた。思わず目線で状況を問いかけたいづなとなずなは、やれやれという半笑いで肩をすくめ返してくる。
「め、眼鏡が必要ならわたしの持ってるのを貸せるよ」
「本当ですか六花ちゃん! 助かります、何でもいいので一つ――」
六花がここにいる理由なんて詮索する必要なんてなかった。何か忘れ物があって取りに来ただけかもしれないし。それよりもこのレースに勝利することが肝心だ――ったのだが。
「何でもいい?」と、オウム返しにした六花の口から温度が消えた。
「ダメ」
「えっ」
「せっかく眼鏡イトちゃんが見られるのに、適当なやつなんて許されない! 待ってて。こんなこともあろうかと厳選してたセットの中から一つ一つ審査して確かめるから……!」
「何を想定してそんな厳選してたんですか!?」
「いいから顔出して、はい!」
イトはその場に座らされ、それから六花主催による唐突な眼鏡ファッションショーが始まった。
話題を察知して駆けつけた多数のボールカメラにガン見される中、一番の熱視線――というか、とろけたべっこう飴みたいな眼差しの六花によって「ちょっと違う」「ミリ惜しい」「ピコグラム微妙」と厳しい審査が続く。
そのたびに会場からは「おおー」とか「これでもダメなのかー」といった感じのため息が聞こえ、そしてついについに彼女は一つの正解にたどり着いた。
「これ! 色、レンズの形、フレームのデザインとツヤ、これがベストッ!」
六花が目を爛々と輝かせた眼鏡は……可愛いには可愛かったが、正直他の眼鏡との違いはイトにはよくわからなかった。どれも良かったし、なんならバザールで結構値が張るやつ。
しかし匠の鑑定眼を発揮した六花はSS用のボールカメラを片手にうっとりとこちらを見つめ、
「あふぅ……眼鏡イトちゃん……。マジでダメだよぉ……可愛すぎるってばぁ……エヘッエヘッ」
「マジでダメなのはあなたのその顔よ」
今にもヨダレを垂らしそうな六花の顔を、武士の情けといづなが狐のお面で隠す。イトはお礼を言って、眼鏡着用のまま急いでスタート地点に駆け戻った。
結果は――ビリ!
「それはそう!」
《ですよね》
《あれだけ時間かければねぇ》
自分も実況も納得の惨敗。どころか、大会への遅延行為にも等しい。イトは遅くなったことをその場の全員に詫びたが、「いーいー、気にしないで」と参加者全員からなぜかほっこりした顔で許された。
《いやー、いいもの見れましたねえ! 眼鏡イトちゃんに、トロ顔の六花ちゃん。これは相当にアピールポイント高かったのでは?》
《体操服に眼鏡って、なんかこう、コスとしてもアンビバレンツな魅力があるのよね。運動する時に邪魔でしょっていうのと、でも外したらよく見えんわっていう生々しさが混じってさぁ……》
《えー、これまでの話は全部黒百合さんの個人的な感想なので、眼鏡を愛用されてる方は気にしないで今後もお使いください。それでは謎採点見ていきましょう! 10点10点10点9点10点……うおっと概算99点初っ端からいったぁ!》
おおお……とどよめく会場。
《他のアイドルとの兼ね合いで安易に満点が出せない状況でこれは、実質100点みたいなものね。相対評価ではなく絶対評価をさせた。ファンのハートをがっちり掴んだ結果よ》
「やったか……!?」
その成果を見ながらイトはつぶやいていた。
レースポイントは言い訳不能に0点なので、トータルでやったのかやってないのか、いまいち自信がない。
「あはっ、片方0点で片方100点なんてイトちゃんらしいや。じゃあレースポイントではボクがリードさせてもらうね」
そこにフラッと現れたユラが肩を叩く。
彼女のレースは次だ。確かに順位で言ったらビリに負けることはあり得ない。そして彼女のことだ。こんな運ゲーでも敢然とトップを取りにいくだろう。
第三レース、スタート。
ユラはガチっぽいダッシュでカードに向かって走り、なんとローグ職さえ振り切って一番近いそれを奪取してみせた。
《地上でも速いぞ! 破壊の魔女!》
《あの子の闘争心。ホント、もうちょい早くこのゲームを始めてたらなと思うわ。もったいない……》
実力一つで会場の度肝を抜く中、しかしユラはそこからなぜかこちらに駆け戻ってきた。
「えへへ……イトちゃん、ちょーっと一緒に来てくれる?」
落ち着きなく体を揺らし、頬をほのかに赤く染めながら頼んでくる。
「へ? わ、わかりました」
そうして一緒に手を繋いでゴール。カード取得から借り物完了までもんくなしの一位だ。
勝者を映し出すボールカメラに、ユラがへらへら笑いながらピースを繰り出しているところに、イトは疑問をぶつけた。
「あのう、それでユラちゃんのお題は何だったんですか?」
「んー?」
ユラはもったいぶるようにカードを後ろに隠し、それからぴょんとこちらの腕に飛びつきながら、お題を種明かししてきた。ボールカメラと一緒になって中身を確かめると――。
「嫁」。
ビキイイイイィィ!
大モニターに大写しになったそのお題に、なぜか会場全体を斜めに引き裂くような緊張感が走った。
「よ、嫁ですかぁ……。へええ~……そんなお題もありなんですねえ」
イトが目をぱちくりさせていると、ユラはよりねっとりと腕を絡め、
「ボクの嫁って言ったらイトちゃんしかいないよね。ボクが嫁でももちろんいいんだけど。へへっ、借り物だけどお返ししませーん。いぇーい、みんな見てるー?」
そう言ってカメラに向かってさらに親密さをアピールする。
ビ、ビビ……、ビービビビビ……!
「ヒイ!? 会場のどこかから圧を感じるビーム音が!?」
聞き覚えのある怪音がイトを委縮させつつも、ユラは他の走者たちがゴールするまで“借りもの”の腕を一切手放さず、その感触を堪能するようにひっついたままだった。
そして次のレース。今度はセツナの出番となる。
彼女はカード争奪戦をあえて避け、残りものに福を願う作戦に出た。そして――。
「イトおね……さん、一緒に来てください」
「えっ!? セツナちゃんもですか!?」
再び借り出されるイト。手を繋いでゴール。他の選手に少々レアなお題が出たこともあり二着という大健闘。貴重なポイントゲットだ。
「それで、セツナちゃんのお題は何だったんです?」
「ひ、秘密です」
カードを平坦な胸に当てて隠すセツナ。しかしボールカメラが寄って来ると、これもファンサービスだと勘違いしたのか、真っ赤な顔を隠すようにそのカードを開示した。
「カッコイイお姉さん」。
「おっほおおおおお……!! 嬉しいですセ~ツナちゃぁ~ん」
「か、かか、勘違いしないでください。年上の女の人で一番近くにいたのがイトさんだっただけです」
「やです勘違いしまーす。ほーれ、すーりすーり」
「あっ、やっ、ちゅ、中学生相手ですよっ……」
ビービビビビ……。
「びゃおおおお……!」
《えー、ただいま、会場を謎の怪光線が複数横切っております。見かけた際は触れないようお気を付けください》
《変ね。このグレイブに攻撃してくるようなモンスターはいないはずなんだけど》
まさかの二回連続での貸し出し。しかし、この奇妙な現象は、それだけでは収まらなかったのである。
「イト、一緒に来てもらえる?」
「葵さん!? 一体何のお題で……!」
「特別な人。みんなが特別だけど、多分、みんなから特別だと思われてるのはあなただから」
ビービビビビ……。
「あ、あのぉ、大剣クラスタの者なんですけど、よかったら一緒に来てほしくて……。お題が、髪が肩より長い人なんです」
「あっ、はい。喜んで!」
ビービビビビ……。
「イ、イトちゃん、お疲れ様です。アイドル仲間のよしみで手を貸してほしいんですけど……。お題は、一際輝く原石で……」
「はいはい、ただいま!」
ビービビビビ……。
《おーっとこれは何事でしょうかあ!? ほぼ毎レース、イト選手が適当な口実で誰かに借りられていきます! そして回を追うごとに増える謎のビーム!》
《ホント愛されてるわね、あの子。まあ、わたしも好きだけど》
ビービビビビ……。
《ふぎゃあああああ!》
《あッ、黒百合さんが撃たれたッ。まあ何か無神経なことでも言ったんでしょう! さあ、いよいよ次がレース最終組! 我らが〈サニークラウン〉から月折六花ちゃんの出番です! スタート前から何やらすごい気迫! 各自一斉にスタートッ……! そしてカードをゲットしッ……! そのお題を確認――おおーっとぉ!? どうしたんだ六花選手! トップアイドルにあるまじき、お尻を立てたへっぽこなポーズで砂浜に倒れました!》
《な、何かろくでもないお題でも引いたのかしら。カメラちょっと寄ってもらえる?》
《黒百合さん生きてました! そして六花選手のお題は……ふむ……直径三センチ以下の〈湖水石〉……? ふ、普通うううう! いやトゥ・イージー! どこにでもある! 今六花選手が倒れてるところにもぽこじゃか落ちています! なのにどうしてショックを受けて倒れているんだー!?》
《月折ちゃん、倒れながらどこか指さしてない? あっちの方向は――あー、イトがいるわ》
《あーっ、つまりそういうことですか。ここまではっきりとお題を限定されては、どう解釈しても彼女は借りられません! そのイト選手は別のオンナにドナドナされていきます! これは無念!》
《あの……これだけは言っておきたいんだけど、オンの月折ちゃんはホント真面目で、礼儀正しくて、仕事にストイックな女の子だから。こんだけ安心して起用できるアイドルはそうそういないって、業界でも評判だから》
《そんなパーフェクトアイドルのダメそな姿が見られるのは第十七地区だけ! サーバー引っ越しの際はどうぞ十七地区へお越しください!》
その後、何とか自力で立ち上がった六花は、悔しそうに砂を握りしめ、トップアイドルの意地だけでゴールへと走った。
結果は奇跡の三位入賞。テントに引き上げていくその悲壮な背中に、交流サイトの謎採点では、
「泣かないで」
「応援する」
「幸せになって」
などといった励ましの言葉が、得点の代わりにいつまでもいつまでも投稿されていたという……。
恋の行方を応援される六花ちゃんもかなりの愛されガール。




