案件83:貴女に支えられて
《一種目目からアイドル同士の直接対決となった第八レース! 勝ったのは〈セントラルユニオン〉の今川キリン選手ーっ!〈ハミングバード〉の愛川セツナ選手は胸の差で惜しくも二位。お互いに健闘を讃え合っています。美しい光景です》
《キリンちゃんはよく頑張ったわ。また黒百合動画に出てね!》
《この二人は〈百合戦争〉の時にはあまり絡みがありませんでした。が、どちらもまだ蕾の時期、これから綺麗な花を咲かせてくれるでしょう! さあ気になるお客さん満足度は……10点9点9点9点8点……多分91点くらい! おおっとやや渋めですが、黒百合さんこれは?》
《そうね。二人のパフォーマンスはもちろんよかったし、真剣な姿は好印象だったけど、前のレースであんな大型機が暴れちゃうと、どうしても比べちゃうわよね》
「あんな大きく育つのが一般的だと思わないでくださいまし!!」
「そうですそうです!」
《おーっと実況席、キリン選手とセツナ選手から怒られてしまった! 黒百合さん早く謝って!》
《ごめんちゃい》
《中学生アイドルに怒られるとかご褒美でした~! それでは次のレースです――》
※
最初の種目、〈走りビル飛び〉が終わったことを受け、会場上空に浮遊している特大モニターに、各チームの点数状況が表示される。まだまだ最初の種目、ここでの差は大して意味はない。
が――。
観客たち息を呑んでいるのは、実況席付近の空に浮いている「謎の点数」掲示板だった。
トップは〈ワンダーライズ〉。他が律義に100点満点でやっている中、驚異の12000点というバグった数字を叩き出している。これはもう向こう十回大会分の得点を前借りしても超えられないとんでもない大差だ。
「これはもう勝ったも同然です……!」
「イ、イトちゃん、わたしのさっきの恥ずかしい動画がもう切り抜かれて拡散してるんだけど……」
「どこ!? 千夜子それわたしもほしい! リビングで一日中流す!」
「やめてよアビスぅ!」
そんなこんなで早くも勝利を確信しつつ、第二の種目が始まる。
《第二種目は運動会の定番、障害物競争! しかしスカグフの障害物競走は一味違います。レースが行われるのは先ほど屋上で競技が行われていたビル群の内部! そして障害物は破壊可能! 得点すら入ります!》
《壁を乗り越える必要などない。ぶっ壊せ!》
実況席がノリノリで解説してくれたレースの流れはこう。
ビルの通路を進む途中、あちこちから複数の障害物がにょっきり出てくる。この障害物にはそれぞれ得点が設定されており、最初に破壊した分のポイントをゲットできる。が、一方で破壊せずに隙間を上手くすり抜けることでもボーナスが入る。そうして得点を稼ぎつつ、ゴールを目指すのだ。
《破壊かスルーか、その判断が重要なレース! 大雑把な破壊力では難しいぞ!》
《バスターソーコ、聞いてたー?》
「何でわたしを引き合いに出すんです!?」
チームテントの近くを飛んでいた〈ペン&ソード〉のボールカメラに叫び返しつつ、イトは手元のウィンドウに目を向け直した。そこにはすでに出場者待機所にいる仲間の顔が映っている。
「頼みましたよ、烙奈ちゃん!」
ビーッというアラームと共に待機所の地面に赤いラインが走り、参加募集が打ち切られた。それからAIが即座にレース組を抽選し、発表する。
会場が組み合わせ表を見守る中、その結果にいち早く反応したのは実況席。
《注目の第一レース! おっとぉ! 早くも〈ワンダーライズ〉から――烙奈選手です!》
《あら、イトじゃないのね。壁をぶっ壊して進むのはあの子の仕事だと思ってたんだけど》
《小柄なこともあってユニット内では少々控えめな烙奈選手ですが、公式プロフィールによると、なんと身長体重3サイズまで“謎”となっております! 非公開ではなく謎です! 何で!?》
《んー、じゃあ小学校時代から鍛えてきたわたしの目測力で測ってみましょうか? スリムなブルマ姿だからわかりやすくていいわー。えーっと……見えた! 身長142センチ、体重36キロ、3サイズは71、52、72ってとこね!》
《小学生の頃から何やってんですかアンタ!? でもその情報は頂いておきます! それでは、ここで応援席にいる〈西の烈火〉のクラン長モモさんと通信が繋がっています! モモさーん、どうぞー》
特大モニターが切り替わり、どこか薄暗い部屋にいるモモが現れる。無数に点灯するモニターが、暗闇の突破口のように輝いていた。
《はいこちらバイトのモモです。烙奈選手の投入について、さっきからしきりにうなずいているここの人たちに話を聞いてみましょう。よろしくお願いします》
《よろしく》
しれっとインタビューに答えているのは、観客Aどころか〈コマンダーV〉のクラン長ジェネラル・タカダだ。いきなりの有名人の登場に客席もざわつき始める。
《〈ヴァンダライズ〉の破壊の権化はイト君と千夜子君で間違いないが、二人が心置きなく大暴れできるのは参謀たる烙奈君の存在が大きいと我々は見ている。――おいおい》
《おいおい? 何です?》
《いや失敬、イト君が〈ヴァンダライズ〉じゃありませんと言ってる頃かと思ってね》
《おいおい》
「おいィ!?」
イトはモニターに向かって叫び、しかもその様子がワイプで実況されて会場の笑いを誘った。
《話を戻すが、数値上の強さというのはいずれは誰でも達成できる。しかし、相手のどこを打撃するかの判断力――そして何より、そこにいるだけで仲間を安心させられる存在感は、特定の資質がなければ実現できない》
《なるほど。目立つ二人ばかりでなく、彼女も注目に値するソルジャーであると》
モモのインタビューはまた別の観客へ。
《ワレワレハ、ラクナサンヲ、タカクヒョウカシテイマス》
《ウチノ タイニ コナイカ》
《ツッコミヤク トシテ ゼッタイ、イル!》
《――と、かなりの高評価です。皆さんご協力ありがとうございました。以上、応援席からでした!》
《モモさんありがとうございます! いいコメントだったんですが、何でタカダさん以外の人の顔にモザイクがかかって声も加工してあるんですか!? わたしは怖いです!》
《あー、裏稼業系のクランっていつでも指揮官不足なのよねー。暴れたいだけのゴリラは大勢いるんだけど》
一体モモはどんな局地的な客席でインタビューをしていたのか。疑問は尽きないものの、しかしここでそれらを吹っ飛ばす新たな事実が判明する。
《ああっと、すみません! 烙奈選手に気を取られてわたくし見落としておりました! 何と同じレースに〈大剣クラスタ連合〉のアビス選手がいます! ヒュベリオンの魔手、黒き花嫁ダーククイーン! 第三支援砦の再戦勃発か!?》
『イエス! マイ! ダーク! クイーン! イエス! マイ! ダーク! クイーン!』
アビスがクローズアップされるのを待っていたように、会場のあちこちから湧き起るダークコール。モニターに移し出された彼らは、物販行きましたと言わんばかりに〈ワンダーライズ〉のグッズを掲げている。
「む……」
イトが見る映像の中で、烙奈がアビスに静かな目を向けた。対するアビスも優雅かつ挑発的な上から目線だ。
「烙奈、わたしが一位になってあの子にアピールさせてもらうから。悪く思わないでね」
「アピールは好きにすればいい。しかしポイントはこちらが頂く」
「ダメよ。ポイントも多い方がアピールできるし。でも烙奈はそういうの興味ないだろうから、いいわよね」
「……よくはない」
このバチバチなやり取りに客席からも「おおー」と期待に満ちたどよめき。実況席も緊張した様子で、
《第一種目のドタバタがウソのようにガチなレースが期待できそうです! それではスタートです!》
選手たちがスタート位置に着く。
廃ビルの通路をそのままコースにしているので、途中で曲がり路や破損している箇所などもある。コースは選手ごとに別々。しかし向かう方角は同じなので、破壊音である程度の順位は把握可能となっていた。
レース開始!
《好スタートを切ったのは烙奈選手! バ火力な二人に囲まれて少々地味な印象を受けますが、戦場では相手の急所を的確に射抜いて回る無言の死神です! 動きも素早い!》
《フォームも思い切りもいいし、優秀なサブアタッカーね。……アイドル? ああそうだっけ》
ブルマ姿の烙奈が狭いビル内通路を駆けていく。足元には瓦礫や植物のツタなどもあるが、彼女の小さな運動靴はそれらを上手く避け、しかも速度は落とされない。
「すごいです! 烙奈ちゃん、いけー!」
「あわわ……烙奈ちゃん頑張って、アビスも頑張れー……」
テント内からの応援も白熱する中、やがて烙奈の進路を塞ぐように、三枚のパネルが飛び出した。
パネルにはペンギン、ゴブリン、豪華な宝箱の絵柄。
ペンギンは味方なので攻撃すると0点。ここはゲーマーの眼光が勝手に宝箱へと向かってしまうところだが――。
バン!
烙奈の愛銃が吠えた直後、ゴブリンの図柄に穴が開く。
《烙奈選手、ゴブリンを狙った! ああっとこのゴブリン、背後にこっそりと豪華な宝箱を持っていました! 経験値とアイテム総取り、走りながらこれを見切っていたかあーっ!》
実況に沸く客席。しかも烙奈が撃ち抜いたのは、ゴブリンの背からちょっとだけはみ出た宝箱の絵をダイレクトだ。見逃さんと言わんばかりのパフォーマンスに、別モニターに映されているタカダと謎の勢力が腕組みしつつ、しきりにうなずく。
《さっき対抗意識を燃やしていたアビス選手はどうか!? おーっとこちらは!?》
選手別モニターに会場中の注目が集まる。
そこには、縦横無尽にヒュベリオンを振り回して突き進むアビスの姿!
《これは! 猛スピードで直進しながら、目に付くものすべてを破壊しているうーっ! 得点と関係ないものまで木端微塵です!》
《あー、PV撮影でも見たけど、あの子〈アクセルブリンガ〉なのよね。止まったら死ぬビルド。そういうこと》
《アビス選手、こんな横暴なランながら順位は現在一位です! 何も考えないからこそのスピードか、そしてそのままゴオオオオオオル! まずはレース一位のポイントゲットオオオオ!》
『イエス! マイ! ダーク! クイーン! イエス! マイ! ダーク! クイーン!』
《応援席からヤバいタイプの声援が聞こえてきています。さて交流サイト上のファンの満足度は――!?》
『イエス!』『ダーク!』『マイ!』『クイーン!』
『クイーン!』『イエス!』『マイ!』『ダーク!』
《点数を書き込めもまえらああああ!》
《ダークコールの一文、完成ならずね。まあ爆速すぎて拾えないだけで、どっかでは完成してそうだけど》
一着ゴールのポイントはアビスに取られてしまった。が、本レースで肝心なのは道中のポイント。これは全員がゴールするまで公表されない焦らしプレイ仕様だ。
やがて最後の選手がゴール。スコアボードには各選手が破壊したパネルの一覧とそれら一つ一つの詳細な得点、そして最後に順位得点との合計が表示される。
合計得点は――烙奈が一位! 二位のアビスとは5ポイントの僅差!
うおおおおお! 沸き立つ客席。イトも千夜子と抱き合って喜ぶ。
《烙奈選手ここで逆転ンンンン!! やはりあの勢いで細かい絵柄を確認している余裕はなかったかー!?》
《一応、高得点もそこそこ狙えてたんだけどね。あのスタイルって手を出さずに素通りができないから、そこが急所になったわ。烙奈さんは美味い獲物がなかったらちゃんとスルーして、スルーボーナスの方をゲットしてたのよ》
《なるほどぉ……って、本当にガチなレースをするヤツがあるか! しかし見応えは十分でした! それでは第二レースが始まります。お次の注目選手は――》
※
第二種目のすべてのレースが終わり、烙奈たちが〈ハニービスケット〉の合同テントに戻って来る。
《先生。わたし頑張りました。一位です。褒めてください》
《おわっちょ! ノア、ここ実況席よ!? もうっ、わかったわかった。頭を撫でてほしいのね、はいはい偉い偉い》
《へへへ……》
実況席に飛び込んでいったノアと黒百合のイチャコラがモニターで放映される中、
「千夜子ぉ~。あとちょっとだったのにぃ~」
早速千夜子に抱きつくアビス。彼女のテントは別のところなのだが、このためについてきたらしい。座っている千夜子の太ももを勝手に枕にしながら、
「千夜子にカッコイイところ見せたかったの。悔しいわ」
「十分カッコ良かったよアビス。お疲れ様」
「ほんと!? へへへ、嬉しい~」
とだらしない笑顔になって、スコートから伸びた太ももに頬ずりを始める。千夜子もそんな甘えん坊を優しく褒めてやっていた。
「烙奈ちゃん、お疲れ様でした。やりましたね!」
イトは、アビスにかかりきりになっている千夜子の分まで烙奈を労った。
〈ワンダーライズ〉初のポイントゲット。終始0点で終わるチームも少なくないと言われる中、その壁をまず破ったことは大きい。彼女がユニットの屋台骨という評価はまったく間違っていない。
が。
烙奈はどこか落ち着かない様子で、千夜子に甘えるアビスや、モニター内でイチャつく黒百合とノアの様子を振り返っては、胸の前で組んだ手をもじもじさせている。
「烙奈ちゃん?」
奇妙だ。普段の彼女であれば、こうした大手柄の後でも澄ました顔で紅茶をすすっていそうなイメージがある。不思議に思って呼びかけると、彼女は珍しく頬を赤く染め、視線を足元に落とした。たどたどしい口調でこんなことを言ってくる。
「わ、わたしなりに頑張った、つもりだ……。だからイト、その、わたしも、あの……。たまには、あの二人ほどでなくてもいいので……そのあの……ほ、褒めて……ほしいなと……」
必死にそう言い切った後、烙奈は恐る恐るの上目遣いでこちらを見つめてきた。
(ほ、ほおおおおおおお!?)
豪奢なドレスでも純白のユニフォームでもなく質素な体操着姿。加えてスーパーロングヘアーを運動用にポニテにした彼女は、いつもよりずっと華奢で、儚いものに見えた。
普段は気まぐれに飛びついては軽く窘められているというのに、今の彼女は何か、不純な動機で触れてはいけないような、そんな清らかさ、いじらしさが感じられる。こんな姿は初めてで、イトは自分の顔まで熱くなるのを感じた。
「な、なんか、改まってそうお願いされるとすっごい照れますね……あ、あはは……。ああっ、でっ、でも、もちろん喜んでそうさせてもらいます! それじゃあ……烙奈ちゃん、えらーいえらーい……」
何だか自分まで恥ずかしくなりながら、烙奈の頭をナデナデする。烙奈の方も耳まで真っ赤にしながら、黙ってそれを受け入れていた。
気まずいような、しかし胸が高鳴る、特別な時間。
どちらも何も言えないまま、ただイトが撫でる烙奈の美しい銀髪がさらさらと鳴っていた。
この二人のぎこちなく初々しい様子は、テント内に設置された事務所公式ボールカメラによってリアルタイム配信された。
実況席にもカウントされない謎点数が、この間、ひたすら爆速で積み上がっていたとイトが知るのは、少し後のことになる。
マスターリード組は好きな子にしか興味はないのか(呆れ)




