案件82:競技開始と謎の点数
〈HB2M〉は三人一組のチームで行われる。
参加ルールはそれだけでジョブやレベルの制限はない。というのも、このイベント期間中に限り、各ジョブが持っている特性やスキル等のメリットは大きく減じられ、全員がほぼ均一のステータスでスタート地点に立つことになるからだ。
ただ、有利不利がないわけではない。
たとえば走る時のフォームやジャンプのタイミング、メンタリティに至るまで多数の数値にボーナスが加算され、これは普段から機敏な動きに慣れているローグ職が圧倒的に優位であることを示していた。しかしその他の戦士職でも似たような動きができれば互角の勝負ができ、頑張れば魔法職も十分に勝ち目はあるということでもあるのだった。
「それではみんな、楽しくがんばろー!」
おおー!!!!!!
そんな基本ルールの説明があった開会式を、選手兼大会アンバサダーの六花が拳を振り上げて締めると、参加者たちから元気のいい掛け声が返った。
拍子に少しだけめくれたスコートは、彼女が魅惑のチアガールコスであることを如実に表している。
別に応援団というわけではない。このイベント中、参加者たちには特別コスチュームとして、体操服、チアガールコス、ジャージが貸し出される。男子はほぼジャージ。女子は大多数が体操服かチアコスを選択している。
したがって、
「むほほ……。チアガールコスの六花ちゃん……イイ!!」
などと鼻の下を伸ばしているイトも今はブルマ姿だった。チーム内では千夜子がチアガール、烙奈が体操服となっているが、このコスは気分で替えていいので、アイドルたちはファンにアッピルするためにガンガン衣装替えしていくのが通例だ。
「開会の挨拶お疲れ様です六花ちゃん!」
イトはステージ台から降りてきた六花に呼びかけた。すると彼女はこちらを見るなり目を丸くし、
「イ、イトちゃん、体操服にしたんだ……」
「はい! どうですか似合ってますか?」
「もちろんだよ! すごく可愛い!」
「えへへ……ありがとうございます。六花ちゃんのチアコスも最高です!」
「体操服……体育倉庫に閉じ込められて……お互いを励ましあう二人はいつしかマットの上で……じゅるり」
「六花ちゃん?」
「な、何でもない! ほこりっぽい臭いが逆に興奮するとか思ってない!」
「このトップアイドル様はそのうちBANされるのでは……」
烙奈が横からぼやいたところで、「皆さん、お疲れ様です」と礼儀正しい声が横から入ってきた。
水色ブルマ姿のセツナだった。体操服の基本色は紺色なのだが、キャラクター性を押し出すためか、髪などのカラーリングが勝手に反映されることがある。これらはいつでも変更可能だ。
セツナの後ろには彼女より少し年上の少女が二人いた。同じ事務所の先輩だろう。彼女たちも「お疲れ様です」と美しい声で挨拶する。
「おおー、セツナちゃん。今日はお手柔らかにお願いしますね。後でジュースを奢ってあげますので」
「会って早々中学生に懐柔策とは情けないイトさんですね……。競技は真面目にやらないとダメですよ」
と途端に呆れ目になったセツナの横を、
「その通りですわ!」
突如として金色に輝く髪が横切った。
「勝負する! 前から! 負けることを考えるなんて? てんでお話になりませんわああああああ!」
一節ごとに目の前で高速の反復横跳び+指さし確認を披露してきたのは、イエローのチアコスに身を包んだセントラルの自称麒麟児アイドル――。
「今川キリンちゃん!?」
「お疲れ様です、みんな」
続けてブルマ姿の城ケ丘葵、そしてノアまで現れる。
「わっ、わっ! セントラルの連合チームですか!?」
「わたしたちはソロユニットが多いから、この三人で組むことにしたの」
あどけないブルマ姿に似合わぬ、凛とした直立不動で葵が説明する。と、その背後でまたしても金色の髪が軽快に跳ねた。
「ぷぷぷ……。中学生のセツナさんを買収しようとするその姑息さ。競う前からわたくしたちの勝利は確定的に明らかですわね」
「なにィ!」
「うちは葵お姉様とノアさんのダブルエース。優勝もガチで狙えるメンバーですの!」
葵とノアは体の動かし方という点では一級品だし、キリンは、ともすれば寡黙になりがちなチーム内を上手く盛り上げてくれるだろう。セントラルからの参加者もいるとは聞いていたが、まさかこの三人とは。強力なライバル出現!
しかしそれ以上に、イトは彼女たちが仲良くチームを組んで来てくれたことが嬉しかった。〈百合戦争〉で繋いだ縁を、そのまま大事にしてくれていたのだ。
「ボクらもガチで優勝狙えるチームだけどねー」
またまた新たな声が割って入った。
「ユラちゃん!」
振り向いた先にいたのは、ボロ魔女のローブ以外を着ているのは極めて珍しい、体操服姿のユラだった。そして残りの二人はなんと、
「アビスちゃんにモズクちゃんも!?」
体操服のアビスに、それからなぜかまだ鎧姿のモズクだ。このチームは一体……?
その答えをくれたのは、偉そうに腕を組んだアビスだった。
「わたしも参加しようと思ったらチームじゃないと受け付けてくれないっていうし。ちょうどユラも相手を探してたみたいだから、捕まえて組むことにしたの。モズクは適当に引っ張ってきたわ」
「い、いちおー、大剣クラスタの仲間だからな。しゃあねえ」
モズクも渋々といった様子で認める。なるほど、一匹狼が多いように見えてしっかり大剣クラスタという強い繋がりがあったわけだ。しかし、
「モズクちゃんはその格好でやるつもりですか?」
「いや……走る前には着替えるよ。別に今じゃなくてもいいだろ……」
どこか歯切れ悪く答えるモズク。開会式の段階でほぼ全員がコスチュームチェンジしているため悪目立ちしてしまっているが、確かに急ぐ話でもない。
周囲を見回せば、コウとリナ率いる〈破天荒〉チーム、ジェネラル・タカダが指揮する〈コマンダーV〉など見知ったチームが、早くもチームを鼓舞して盛り上げている。
どれも手ごわそうな面々。知らない相手ばかりだったら、きっと大層緊張したことだろう。
しかし、どこかでなぜか一緒に戦った人ばかり。すると途端に、この大会が、ただただみんなで楽しむばかりのものに思えてきた。
誰が勝っても笑い合えるし、讃えられる。悔しいも悲しいもいらない。そんな楽しい運動会になると、イトはこの時確信したのだった。
※
《えー、ただ今マイクのテスト中です……。大丈夫そうですね。プレイヤーの皆さんお疲れ様です。ペンがなければ権力を握ればいいじゃない。クラン〈ペン&ソード〉の謎のエージェントPです。本日はなぜか実況を任されましたので、よろしくお願いします。そして、お隣の解説席には、芋焼酎“暗刻者”で買収されました――》
《黒百合でーす。どうぞよろしくグヘヘ》
《すでに出来上がっておりますが、この人はセントラルで〈百合戦争〉を引き起こした張本人の一人。大変な有名な方となっております。本日はどうぞよろしく》
《よろしくねPちゃん!》
《さて、早速最初の種目〈走りビル飛び〉が行われますが、これは廃ビルの屋上に設置されたジャンプ台を使って、ゴールを目指す競技です。落下した場合は失格、下は湖となっておりますので、びしょ濡れのおまけつき!》
《女子のみんなは気をつけろよー?》
《それでは早速いってみましょう!》
※
ノアがいたからもしやと思ったが、やはり黒百合まで来ていた。しかも実況席でへべれけている。
「酔ってる先生、可愛い……」などとうっとり視線を投げているノアのことはひとまず置いといて、イトは最初の競技の応援に集中する。〈走りビル飛び〉に参加するのは千夜子だった。
「ふええええ……。いきなりわたしからなんて……」
「思いっきりジャンプ台を踏めば大丈夫ですから、怖がらずに行ってください!」
「そうよ、わたしがついてるから! 千夜子ならできる!」
応援席から声援を送るイトの横では、同じくアビスが盛んにエールを送っている。
大剣クラスタ連合の出場選手はモズクのはずだが、アビスは千夜子と神でも千夜子の方を選ぶだろうから、ここはモズクに涙を飲んでもらうしかない。
《さあ、この競技は選手一人一人がそれぞれのコースを走ることになります。第一レースの注目株は――出ました、〈サニークラウン〉のいづな選手!》
エージェントPがこなれた様子で紹介すると、スタート地点に立ついづなが応援席に向かって手を振った。
「オレは応援を行う!」
「了解!」「了解!」「バイノハヤサデー!」
と、途端に賑わうファンたち。さすがは〈HB2M〉の常連、落ち着きつつファンサも忘れない余裕っぷりだ。
《しっかし、相変わらず高校生とは思えない色気ねえ。ブルマ姿が何かちょっといけない格好みたいに思えてくるわ》
《アーハハ、わかりますわかります。でもれっきとした高校二年生ですから、体操着はノーマルですよノーマル!》
「おいあの実況席なんかオッサンくさいぞ」
「このまましゃべらせて大丈夫なのか?」
などと心配の声がイトの耳にも届く中、雷管が打ち鳴らされ第一レースがスタート。
「はいっ!」
威勢のいい掛け声と共に、いづながジャンプ台を踏みつける。その反動で大ジャンプ。隣のビルまでは余裕で十メートル以上はあるがひとっ飛びだ。
おおー……。とどよめく客席。
《大型機が飛んでいくわ。みんな、揺れにご注意よ》
《ちょっと何を解説してるんですか黒百合さん! いやしかし見事ですねえ……》
「先生……大きくて揺れるのが好きなの……(ギリッ)」
「ノアちゃん、横で闇のオーラを発さないでください……」
レースの第一組ということもあって、勝手がわからず不安そうな女性プレイヤーもいたが、先頭を行くいづながまるで「ついて来なさい」とでも言うようなお手本のジャンプをしてくれるので、周囲も安心してそれに追従。
最後は接戦にもつれ込んだものの、いづなが持ち前の度胸と身体能力の高さで堂々一位でゴール。観客を沸かせた。
《いづな選手、一位のポイントゲットです! ではここで〈HB2M〉恒例の、交流サイト採点を見てみましょう》
《Pちゃん、なーにそれ?》
《視聴者からゴール後に投稿される謎の点数です。まあ特に何を採点してるとかもなく、お気持ち発表みたいなもんなんですが。今のレースは……10点9点10点10点9点……はい、だいたい目分量で合計97点! こーれは、さすがいづな選手、いきなりの高得点をマーク!》
これが〈HB2M〉伝統の謎の採点システム。明文化はされていないが、主にアイドルに対しての満足度として使われている。これを見れば自分がどれだけファンサできているかが一目でわかるということだ。
《続いて第二レースが始まります。黒百合さん、選手の方はいかがでしょう?》
《はいはい、目ぼしい子は、と……あら、あのツーサイドアップの小柄な子、可愛いじゃない。ちょっと緊張した様子で初々しいのもグッドよグッド!》
《あー、あれですね。はい、とても可愛いですけどもー。えー、あれは実はクラン〈ホスピス騎士団〉の団長にして、現大剣クラスタ代表のモズクさんですね。モズクさん、可愛いですってよー! よかったですねー!》
「うっせええええ! 真面目に仕事しろおおおおお!」
マイクなしでも響くモズクの大音声に、客席がどよめいた。
「え、あれレスキュー隊の隊長なの?」
「あたしこのあいだ助けてもらったばっかよ?」
「中身あんなに可愛かったのかよ!?」
ウオオオオオオオオ!
普段の格好とのギャップにやられたプレイヤーたちがたちまち歓声を上げる。
『カ・ワ・ヨ! カ・ワ・ヨ!』
「普通に応援しろい普通にいいいいい!」
ブルマ姿のモズクの顔がどんどん赤くなっていく。
イトは反省した。何ということだ。いかつい鎧姿に惑わされて、あの可愛さに気づけなかったとは。今度百合営業のオファーしなくちゃ。
「モズク、頑張んなさいよー!」
「気楽に気楽にー!」
アビスとユラ、チームメイトたちに正しく応援されながらレーススタート。
「どりゃああああ!」
度胸ならいづなにも引けを取らず、思い切りも人一倍いい。変な応援から逃げるようなヤケクソぶりで、モズクはすべてのジャンプを成功。普段の鈍重な鎧姿とは裏腹の俊足で一位を獲得する。
『せーの、だいひょー!!』
応援席から黄色い声援を飛ばされ、モズクは痛し痒しの顔で一位のフラッグを掲げた。キャーとさらに沸く少女たち。新たに大剣女子となったメンバーだろう。これは彼女も邪険にはできない。
「うちの代表が可愛すぎる件について!」
「デュフフ、あの鎧の中にあんな可愛い女の子が入ってるなんて、次から探索どころではござらんなぁ、フォヌカポォ!」
ただ少々変わった人物たちのようだ。
そして第三第四と競技は進み、第五レースはいよいよ千夜子の番。
《さあ来ました、今大会大注目の〈ワンダーライズ〉から、千夜子選手の登場です》
《あの子は実り多いわねぇ》
《はいー、いつ見ても大変豊作です》
「そうよ! わたしの千夜子は超えろいんだから! すごいでしょ!」
「ちょっとアビスちゃん!? 実況席と張り合わないでください!」
応援席から乗り出してわめくアビスの胴体を捕まえつつ、イトはふと、レースコースとなっているビル群の下に、多数のボールカメラが漂っていることに気づく。
大半が個人所有のボールカメラだ。遠すぎてよく見えない人などが、自前の視界を確保するために浮かべておく。
ただ、それらは大抵がビルの上、コース上空に置かれている。下にあるのは落ちてきた選手がびしょ濡れになるのを待っている邪悪なカメラだ。
「むか! チョコちゃんは落ちません! 頑張れチョコちゃーん!!」
レーススタート!
千夜子は出鼻から後れを取る。口元を隠したニンジャマスクの少女が先頭を切った。あれは本職だ。圧倒的に速い。
千夜子は四位で最初のジャンプ台へと到達。
そのままの勢いで飛び乗れば、余裕で先のビルまですっ飛ばしてくれるのだが――。
「あわわわ……」
次のビルまでの遠さが思った以上にプレッシャーになったのか、ここで大きくブレーキをかけてしまう。しかもそんな中途半端なままジャンプ台に飛び乗る。
まずい! これだと飛距離が足りない!
「ひゃあああー!」
!?
会場がどよめいた。
加速が足りなければビルの谷間に落ちてしまう。すでに何人かがそうして落下していた。
が、千夜子の場合は、加速が足りないなんてレベルではなかった。ほぼ止まっていたのだ。
結果として、彼女は同じジャンプ台の上で何度もびょんびょん飛び跳ねることになってしまった。
「たっ、助けてえええ~!」
《oh……》
《えっど……》
千夜子が跳ねるたびに、彼女が搭載するムチプリもよく跳ねる。
しかもチアコスだったので、タンクトップやスコートが翻ってあれやこれやがチラチラ見えてしまう大変な事態に。
ビル下で待機していたボールカメラたちが、遠くにいる主人の指示に従って慌てて急浮上、ジャンプ台に翻弄される千夜子に熱視線を注ぎ出す。騒ぎは実況席にも伝播した。
《おーっと、ここで交流サイトに異変です! レースが終わってから始まる採点がすでに行われているう! 10点10点10点10点10点10点20コレ10点10点10点――ジャンプのたびに点数が追加されていきますッッ!》
《無限1UPかいっ!》
《千夜子選手、古のダイギリンに手を出してしまったー! これはいけませーん!》
盛り上がる一方の会場だが、本人はもちろんそれどころではない。ジャンプで生まれた位置エネルギーがまた次のジャンプを生み、逃げられなくなっている。
「だ、誰か止めてえええええ~」
「いかん落ち着け千夜子! 冷静に一旦後ろに戻るのだ! イト、アビスも声を出せ!」
千夜子の窮地に烙奈が慌てて助言を投げる。が、その時イトたちは、
「10点10点10点10点10点……!」
「10点10点10点10点10点……!」
「連投をやめろぉ!」
その後、千夜子は自動発生した折り鶴によって後ろに押し戻され、仕切り直して無事にゴールした。順位は湖に落ちた失格者がいたこともあって四位と健闘。入賞は三位までなのでレースポイントは付かなかったものの、
《えー、集計の結果、千夜子選手の獲得した謎点数は、12000点となりました!》
《あの子、二分で一スレッド使い切ったわ……》
《ゼロ年代では盛んに見られたという“祭り”でしょうか!? さすがは裏コード〈ヴァンダライズ〉、早速やってくれました!》
《祭りだワショーイ!》
会場では惜しみない拍手がまだまだ止みそうにない。
こうして異次元のリードを獲得し、〈ワンダーライズ〉の運動会は始まった。
チョコちゃんは本当にあざといお方……。
それはそうと、
ニコニコ復活おめでとうございます!




