案件81:ファン感謝祭で勇躍せよ!
「お嬢様方、一大事でございます! 一大事でございます!」
扉の奥からスパチャの絶叫が聞こえたので、たまたま近くにいたイトが扉を開けてみた次の瞬間、黒い塊が飛び出してきて壁のコルクボードに突き刺さった。
スーパーハードを貫通させてビイインと震える彼に、居候のアビスが素っ気なくたずねる。
「何かあったの? ペンギン」
「はい、それはもう! ええと…………これを」
もがいたものの結局抜けなかったため、そのままの姿勢で手元にデータブロックを出現させ、後を託してくるスパチャ。
イトがそれを指でつついてみると、中から一通のメールが飛び出てきた。
差出人は――〈ハニービスケット〉……うちの事務所!
咄嗟にビキーンと硬直するイトたちを見て、アビスが首を傾げる。
「どうしたの? 何でみんな硬くなってるの?」
「い、いや、最近ちょっと世間をお騒がせしていたので、何かお叱りの言葉かなーって……」
「そう。大変ね」
「原因はアビスちゃんなんですけどお!?」
叫んだイトに「ご安心ください。大変朗報でございます」との声を投げたのは水平なままのスパチャ。あの速度で突き刺さるほどの喜びようなら、これは確かにそうなのかもしれない。
不安半分で本文を取り出してみると、そこには――。
〈ワンダーライズ〉様――。
日々のアイドル活動お疲れ様です。
たゆまぬ努力と研鑚により、皆様が『スカイグレイブファンタジア』のユーザーから多くの支持を受けていることを事務所も大変嬉しく思っております。
それに関しまして先日の企画会議にて厳正な話し合いの結果、一週間後に行われるゲーム内イベント〈ヒート・ブラッド・ビッグラック・ムーブメント〉(通称HB2M)の事務所代表枠に〈ワンダーライズ〉様が選ばれたことをここにお知らせいたします。詳しくは後送する資料にて――。
『〈HB2M〉ううううううう!?』
「今度は何? すごい何かなの?」
〈ワンダーライズ〉フルメンバーのハモり声に、耳を塞いで呆れ目を向けてくる。
イトはグインと首を回転させて彼女を見、
「いいですか、アビスちゃん。〈HB2M〉……正式名称〈ヒート・ブラッド・ビッグラック・ムーブメント〉とはですね……」
「ヒート・ブ……。何そのすごい言いにくい名前。直訳したら、ねっけ……」
「それは違います」
「でも、ねっけt……」
「それは違うのですアビスちゃん」
大事なことなので二度注意した後、説明に戻る。
熱血ビッグラック・ムーブメントとは、数多のプレイスキル向上用施設を載せたスカイグレイブ〈古かりし蛮殻〉で行われるゲーム内公式イベントだ。
参加者は三人一組のチームでエントリーし、様々な競技で得点を競う。最終的に合計得点の多かったチームが優勝となり、豪華賞品をゲットできる。
賞品コースは二つ。主に男性用アイテムと女性用アイテムの傾向があることから、出場チームも男子と女子に自発的に分けられていた。
以前の海水浴イベントと同じく、グレイブアイドルを有する事務所各位は、早くからのスポーツイベントに目を付けていた。今シーズンが始まってまだ間もない時期ではあるが、現時点で特に推されているアイドルを各社二チームまで参加させ、プチ感謝祭にしようというのである。
プレイヤーにとっては、日頃バフライズで世話になっているアイドル職との交流ができ、そして当のアイドルたちにとっては今期のエースを任されるような、極めて意義のあるイベントとなっているのだった。
「ふーん。それってすごいの?」
「当然すごいです! うちの事務所は六花ちゃんたちが絶大すぎるので実質一枠、そこに、並みいる先輩たちを押しのけて新人アイドルのわたしたちが選ばれたんですよ!」
「どっ、どうしようイトちゃん。一週間後に風邪をひく練習をしとかないと……」
「なぜ辞退する方向に行くのですか!」
途端に弱気になる千夜子を、イトは拳を振って鼓舞する。
「これはわたしたちの勢いをアッピルする絶好のチャンス! 加えて、ここまで支えてくれたファンたちに感謝を示す格好の機会ですよ!」
「だ、だ、だって、運動会だよ? そんな子と仲良くなれたことなんて一度もなかったよ……」
千夜子の弱気の理由をイトは知っている。リアルでの彼女は運動が苦手なのだ。不真面目なわけではないが体の使い方がイマイチで躍動感がない。いや、躍動してるところはしてるのだが……。
「大丈夫です、チョコちゃん。このイベントはファン感謝祭。順位とかよりも、お客さんと一緒に楽しめることが何より大事なんです」
「楽しむ……」
「そうだ千夜子。もしこのイベントに負けがあるとしたら、それは貴女が楽しめないことだ。何か失敗してもてへぺろして笑ってやればいい。ファンはそれで喜んでくれる」
烙奈も優しく千夜子の肩を叩く。
「ちなみに一位の景品は10000コアグレブンだが、これはそうそう取れるものではないし、気にしなくていいだろう」
『いちまんっ!?』
イトと千夜子の目に高額紙幣の偉人が宿った。
「10000コアグレブンは、高級ガチャ二十回分です……!」
「十回引いてもまだもう一度チャレンジできる……そんなドリームみたいなことが……!?」
「チョコちゃん」
「うん、イトちゃん」
『勝つ!!』
ガシイ! と二人はマッシブな握手を交わした。
「はぁ……。それならそれでかまわないが、わたしたちは競技のみに集中していればいいわけではないぞ。ほれ」
ため息をついた烙奈が、新しいメールをフォーラムから取り出した。
差出人は再び事務所で、どうやら本メールにもあった後送分の資料らしい。
「これによると、会場では物販コーナーが設置されるそうだ。我々のグッズも作られているようだぞ」
「えっ!? わたしたちの!?」
イトたちは色めき立った。
メールの添付画像には、イメージ図としてのアクスタやキーホルダーが表示されている。
「なっ、何これ。千夜子のもあるじゃない! 絶対買う!」
とアビスが目の色を変える隣で、イトもまた、自分のアバターがこうしてグッズ化されていることにある種の感動を覚えていた。
まるで自分の小さな分身がそこにいるかのようだ。アクスタの中に“奇跡の一枚Ver.”とかいう余計な異物が紛れ込んでいるのが気になるが、どれも可愛らしく魅力的なアイテムばかり。
「あれ、でもこういうグッズって……」
ここでイトははたとなる。
アイドルのデジタルなグッズは、その気になれば自分たちで業者クランに頼んで作ってもらえないこともない。が、素材には有償のコアグレブンが必要になるし、ここで勝手をさせればわりと仁義なき戦いになるのは目に見えているので、人気が一定の水準に達してからでないと作ってはいけないのがグレイブアイドルの習わしなのだ。
ファン感謝祭出場はその条件の一つとなる……が、越えるべき山は他にもたくさんある。これはどういうことか。
訝しむイトに烙奈が笑顔で答えた。
「セントラルでの活躍に事務所側も何かご褒美を考えていると言っていたからな。これがその答えなのだろう。まあ確かに、前祝いという意味あいはあるのかもしれん。これからの活躍の期待も込みで商品化だな」
「き、期待されている……!」
事務所内ランキングでは下位を斜め方向に独走していた自分たちが、正統派アイドルとして高く評価されているということだ。これは間違いなく、躍進!
「我々も売り子として参加するようだ。一つのファンサービスだな」
「おおー! じゃあ、六花ちゃんたちも一緒に?」
「いや、さすがにあの三人が出てきたら混雑どころでは済まなくなる。AIマスコットが代わりを務めるだろう」
「そりゃそうですね。でも、六花ちゃんたちのグッズの横についにわたしたちの商品が……! いっぱい売れるといいなぁ……」
「あ、あんまり期待しない方が、もしもの時にダメージ少ないかも……」
「そ、それもそうですね。ここは謙虚でナイト……」
「ちなみに、売り上げの半分が我々の取り分となるそうだ」
「イトちゃん!」
「チョコちゃん!」
『勝つる!』
ガシイ!!
※
そんなこんなで、〈HB2M〉当日はあっという間にやってきた。
各事務所から代表が発表される中、〈ワンダーライズ〉は、同じく初参加の愛川セツナを凌ぐ一番の話題枠となった。
まだ早い、といううるさ方の意見もあれば、当然との声も多く。受け止め方は多々あれど、鳴り物入りでの参加となったことは間違いなかった。このニュースを受けてセントラルからも大会参加者が多く名乗り出ており、大会はかつてない規模になるとジャーナル各誌は人々の期待を煽った。
そんな当日、舞台となるスカイグレイブ〈古かりし蛮殻〉――。
中央に大きな湖を湛えたドーナツ型の空墓で、山あり谷あり廃ビルありと、とにかく限られた範囲に色んな地形がびっしり詰め込まれた場所だ。古のシンカーたちはここをグレイブ探索の修練場とし、各種スキルやビルドの研鑚に励んだ……という設定が公式から掲げられているものの、最大の存在理由はこの大運動会で間違いない。
その入り口から少し進んだ先に設置された物販コーナーは、熱気に満ちた賑わいを見せていた。
〈HB2M〉はアイドル要素をちょっと含んだスポーツのお祭り。この日のためにひたすら腕を磨いてきたなんて殊勝なスタイルはなく、誰もが気楽に、笑いながら競技と結果を楽しむ、そういう催しとして広く認知されている。
イトたちが売り子を務める〈ハニービスケット〉の売店は、さっきから行列が途切れずに続いていた。
さすがは天下の〈サニークラウン〉。どこへ行っても彼女たちのグッズは一番人気――というわけでもなく……イトは目の前で起こっている恐ろしい現象に、まだ理解が追いつかないでいた。
「これとこれと、あとこっちの全部ください!」
「はっ、はい、ありがとうございます!」
「いつも応援してます。競技頑張ってくださいね」
「ふぁ、ふぁいいい……。ありがとござますうううう……」
〈ワンダーライズ〉のグッズが、〈サニークラウン〉に負けない勢いでモリモリ売れていたのだ。
アクスタ、キーホルダー、チャームにうちわ……特に三人が揃って映っているアイテムは種類を問わずほぼ売り切れ状態。それじゃ仕方ないと個別のアイテムを三人分まとめ買いしていく猛者も平気でいる。
一つ一つの価格は中級ポーションくらいなので、気兼ねなく買えるというのはあるだろう。しかしたとえ安かろうといらないものはいらない。みんな〈ワンダーライズ〉が好きだから買ってくれているのだ。
また初グッズ化というのも大きかった。〈サニークラウン〉のグッズは今回のための新規アイテムではあるものの、彼女たちの商品はもう十分すぎるほどに世に出回っている。それに対し、〈ワンダーライズ〉は初の公式アイテムだ。この機会に手に入れておこうという人間は確実にいた。
もちろん、最近伝統の鎧に狼や折り鶴のマーカーを入れ始めたセントラルアーマーの皆さんや、近くを通りかかるだけで挨拶してくれる大剣クラスタのメンバーなど、縁のある人々もこぞって買いに来てくれた。そして忘れていけないのが――。
「イエスッ!?!?!?」
今、店の前を通り過ぎたプレイヤーの一人が、奇声を上げてこちらを振り向いた。
彼が凝視しているのは、販売ブースに売り子として立つ黒い花嫁――アビスだ。
彼は「イエスマイダーククイーン!」と早口に叫ぶと、行列最後尾にダッシュしていった。彼と共にいたプレイヤーたちは唖然としつつ、
「おまえ〈ルナ・エクリプサー〉だったのか!?」
「何で黙ってた!」
と追いかけるハメに。
「いらっしゃい。何にする? ――ありがとう。これからも応援よろしくね」
「は、はわわダーク様ああああ……」
アビスから接客された女性プレイヤーが、優雅なクイーンスマイルを受けてどろでろに溶けていく。後ろに並ぶ客たちも、皆がその笑顔を自分に向けられるのを想像し、そわそわしっぱなしだ。
アビスが売り子をやりたいと言い出したのは当日の朝になってからだった。
一応、本物の企業のブースなのでどうかなとは思ったのだが、スパチャに確認を取ってもらったら秒でOKが出た。あくまでゲーム内でのイベントの話、お客とトラブルを起こさないのなら、ある程度は緩く運用していい――とのことだったが、彼女の場合、さっきから女王への忠誠心を盾に無限の集客力を発揮している状態だ。
しかも接客が上手い。――いやこれは上手いのか? 丁寧にしかし特段愛想よくするでもなく、悠然と受け答えしている。それでお客は満足そうに、とろけながら店を後にするのだ。
何というか……闇の女王が売店で売り子をしているのは反則だなと、イトはつくづく実感した。
お客さんの勢いがようやく少し収まってきた頃――。
「こ、こんにちは」
イトの前に一人のお客さんがやって来た。
麦わら帽子、サングラスに、マスクに、マフラーに、厚手のコート。そこにハズレガチャ筆頭の「ヘリウムボイス」まで使っているときたら、もはや隠蔽を通り越して一つの物的証拠だ。しかしそれでも、体格や仕草から自分と同い年くらいの女の子だろうということは何となくわかる。
「ここにあるの、全部ください」
落ち着かない様子でおどおどしながら、彼女はそう言った。
「はい、ありがとうございます!」
イトは元気よく答え、グッズを一つ一つ丁寧に手で集め、データブロックの中に収めた。ゲーム内でのやり取りに硬貨や紙幣は現れない。この取引用のブロックをお客が承諾すれば、自動的に取引がなされる。
謎の少女がそれに承認のタッチをしようとした時、
イトはそっと両手でそれを包んだ。少し身を乗り出し、囁くように告げる。
「機織り星さん、ですよね?」
「!!!!!!!」
麦わら帽子から垂れていた二つのおさげが、左右にビーンと伸びた。
その反応で確信する。間違いない。
「ありがとうございます。会いに来てくれて。あなたがずっと応援してくれていたわたしたちが、ようやくここまで来れました。……本当にありがとう」
感謝を込めて手を握り、離すと、機織り星はしばし呆然とそこに立ち尽くした。
いきなり手を握るなんてイヤだったかな? とイトが不安になっていると、彼女は突然全身から金色の光を放ち始めた。
「なっ、なんだぁ!?」
「おい無敵になってるやつがいるぞ!」
「並んで買えたら嬉しいもんな!」
近くのお客さんたちが騒ぎ出し、触れるとダメージを受けると思ってか距離を取る。
実に数秒間、少女は煌々と輝きを放った後、
「こっ、これからも、ずっとずっと応援します! 頑張ってください!」
と力強く発言し、逃げるようにして駆けていってしまった。
その元気な後ろ姿に、どこか見知った誰かの影を見たような気がしたが……さすがに思いすごしだろう。
でも、やっと会えた。
まったく目立てなかった頃からずっと見守ってくれていた第一のファンに。
これまで多分色々訳あって直接会いには来てくれなかったが、ついに。
彼女が駆けて行った先に、ちょうど行列の最後尾がある。ちょっと前まではそこに冴えない自分がいて、プラカードを掲げて立っていた。
あの場所ではなく、ここで彼女を迎えられたことが嬉しい。成長した姿を見てもらえた。応援にちょっとでも応えられた。
次はもっと長く話したいな。その次はもっともっと長く。
そしていつか、アイドルでもファンでもないただの二人になって、おしゃべりしたり、ショッピングに出かけたりしたい。今の関係もとても嬉しいけど、機織り星さんとは、何となくそういう仲になれるような気がするのだ。
最後尾のプラカードを持って立つペンギンを見ながら、ふとそんなことを考えるイトだった。
グッズ完売!(情報戦)




