案件80:狼の帰還
「なんでアビスはそんなにカチコチになってんだ?」
応接間兼憩いの場兼ハズレガチャ置き場のリビングに通されたモズクが発した第一声はそれだった。
彼女が座った正面、二人掛けのソファーには、面接試験に臨むみたいに四角くなったダーククイーンの姿がある。
イトもこれには不思議だった。前回のPV撮影では主役を分捕る気概すら見せていた彼女だ。むしろ今回の意向を受けて女王様気質200%でふんぞり返ってくるかと思ったが。
「あのね、アビスって、自分から言い出したことはすごく自然にできるけど、他人から頼まれると変に緊張する癖があるの」
横からそう説明してくれたのは、アビスの取説役を務める千夜子。
少々複雑なメンタリティではあるが……わからなくもない。多分、アビスは結構繊細な心の持ち主で、行動を起こす前にある種の「覚悟」が必要なのだろう。自分から言い出す時はそれがすでに完了している状態なのだ。
「ははっ、何だ可愛いとこあんじゃねーか」
「うっ、うるさいわね。それよりその人、どうしたの?」
アビスがちょっと赤面しつつ、モズクの隣に腰かけるメナへと視線を投じる。
これにはイトも、そして他の面々も同じ疑問を持っていた。彼女が来ることは誰も聞いてはいない。
「突然お邪魔してしてまって、ごめんなさい
」
メナが柔らかく頭を下げ、突然の来訪を詫びる。下手すれば十は年上の女性の所作はとても落ち着いていて社会人の風格が感じられた。
「どうしてもイトちゃんにお話ししたいことがあって、団長さんに無理言って連れて来てもらったんです」
「いや別に、そこまで無理を通されたわけじゃねーけどよ。他ならぬメナさんの頼みだし」
少し照れくさげに言うモズク。確かに、知らない仲ではない――どころか、ガローラを何度も貸してくれている親切なオーナーであるわけだから、飛び入り参加くらい全然OKではある。
と、ここでイトははっとなった。
「も、もしかしてこのガローラに買い手がついたとか……!?」
装備のレンタル期間中に裏で売買の取引が成立してしまうのは、ある種のマナー違反となる。量産品と違ってここまで鍛え上げられた武器は正にマスターピース。代わりに別のものをお出ししますねと言われても決して同じにはなれない。
ただ――このガローラを、イトが買う気がなかったというのも事実だ。
最初は、買おうと思ったのだ。アイドル職に強い武器なんていらないというのはよくわかっているが、ここまで相性がいいと何だか一目で通じ合ってしまったペットのような愛着がある。
しかし。
クラン〈槌の音〉が誇る最高傑作ガローラの値段――。
実に6666万グレブン!
最新の極レア装備にも引けを取らない超高額商品!
この値段をつけたのはガローラを鍛えた親方自身。そしてその後すぐに引退してしまったので、以来遺言としてずっと変わらずこの価格なのだという。これは今さらメナにも変えることはできないそうだ。
果たして、メナはおしとやかな笑みを浮かべてうなずいた。
「はい。そうなります」
「!! そうですか……」
イトはショックを受けつつも、仕方ないと唇を結んだ。
メナは筋を通すために直接ここに来て説明してくれたわけだし、正式な代金を払って手に入れる以上、正当性は間違いなく新オーナーにある。
アイテム欄からガローラを取り出し、両手でしっかりと持ちながら狼の意匠を見つめる。
「今までありがとうございました。本当に大活躍でしたよ」
刀身をそっと撫でる。
この剣なくしてはバスターソード仮面の活躍もなく、〈ルナ・エクリプサー〉との戦いも、『セイブ・ザ・ダーククイーン作戦』にも生き残れなかっただろう。
「お返しします。どうもありがとうございました」
イトは恭しく、王に献上するかのようにガローラを差し出した。
「いいえ」
返事は、柔らかく向けられた手のひらだった。
「その子の嫁ぎ先はあなたです。イトさん」
「へ? いやでも、6666万とかさすがに……」
「もう頂きました」
「!?」
イトは驚いて、咄嗟にモズクを見た。もしかして彼女が立て替えてくれたとか――しかし、青十字の紋章が入った鎧の少女は、薄く笑って首を横に振る。
「ヒントはこれな」
そう言って一枚浮かせたSSは、ジャーナルの一ページだった。
『歴戦の名剣ガローラに復活の動き。最強のカスタマイズ性が現代で再評価』
「ガローラが、復活……!?」
「はい……!」
メナは大人びた目元に、少女のような光を散らしながら言った。
「イトちゃんたちのPVを見て大剣を始めようと思ったプレイヤーたちが、一番扱いやすい大剣を探し始めたんです。そこでガローラが、最新のスキル環境なら大剣のデメリットを大きく緩和できることが判明して、入門書としてうってつけだと――」
ガローラは大剣の中では最大級の拡張性を持っている。カスタム部分を利便性に全振りすれば大剣特有の窮屈さは大幅に軽減され、初心者にも扱いやすい……ということらしい。
何より、ガローラはイトが、そしてバスターソード仮面が使っていた。そのおかげでとてつもない宣伝効果が生まれていたのだ。
「今、PVを見て大剣女子になったプレイヤーが真っ先に欲しがるのがガローラだ」
と、モズクから楽しそうな注釈が入る。
「需要が一気に高まったんで、噂を聞きつけた業者クランがまたガローラを掘り始めた。そんで市場に数が出回れば、次に必要になるのはスキル付け職人――」
イトはピンときた。
「まさか……メナさんのところに?」
「はい。PVに提供としてテロップを出していただけましたので、物凄い数の依頼が」
あのPV――バトルシーンはほぼガチだったというメイキングで、さらなる話題を呼んでいた。後に雌雄を決することになるガローラとヒュベリオンの前哨戦。特に装備強化ガチ勢が、このガローラの特異さに真っ先に気づいたのだという。
「でもよ、〈槌の音〉ってもうメナさんしかメンバー残ってねえんだよな。どうしたと思う?」
モズクが悪戯っぽい顔で聞いてくる。
そうだ。メナは言わば一人親方。しかも今はヒーラーをやってるくらいだから、鍛冶屋としてのスキルは伸びていないはず。完全にオーバーワークだ。そうイトが疑問に思って彼女に目を向けると、
「実は、噂を聞きつけて〈槌の音〉に新規メンバーが来てくれたんです。どうせやるなら“あのガローラ”を作ったとこでやりたいって、ベテランから最近始めた人まで何人も……」
ほろりと涙するメナ。もう解散秒読みだったクランが息を吹き返したのだ。それも、ずっと守り続けてきたガローラの導きで。これほど運命的で、喜ばしいことはないだろう。
「そのことのお礼をどうしても言いたくて。イトちゃん、どうもありがとう。本当にありがとう……」
「いえ、いいんです。よかったですねメナさん、本当によかった……」
涙を落とすメナに感化され、イトもつい涙ぐんでしまった。
狼は蘇り、狼の巣穴に職人たちが戻ってきた。
再び槌の音が工房に響く。あのガローラを目指して。あのガローラを超えろと。
PVの発表からたった三日の出来事。しかし人の数だけ時間はあるもの。千人が三日を過ごせば、それは三千の日があったも同然なのだ。
これから〈槌の音〉からはガローラの子供たちが沢山生まれるだろう。そして様々な人の元で物語を紡いでいくのだ。その始まりに自分が立っていることの不思議さ、誇らしい気持ちがイトの中に芽生えた。
眠っていたもの、また一つ、見つけた。
「まあなんだ。ここに来るまで色々あったが、終わりよければすべてよしってな! わっははは!」
モズクがガシンと腕を組んで高笑いする。
それぞれがそれぞれのものを得て、今回の案件は収束した。
多くのプレイヤーにサイバネコートの謎を残したまま、また『スカイグレイブファンタジア』の無数の一日が始まる。
※
「マスターリードは二人いる」
光の落ちた赤レンガホームのリビング。
カーテンの隙間から差し込む月光の中にアビスが吹き込んだ一言が、烙奈とノアの体を小さく揺さぶった。
ここには、ある意味で誰もいない。
イトも千夜子も、昼間の賑やかなメンバーも。誰も。
「ゴーストの正体はウイルスよ。約四年前に仕掛けられたウイルス」
「……!」
続く衝撃に、烙奈は膝の上に置いていた小さな拳をさらに握り込むことになった。
二人のマスターリード。
「マスターリードと……ゴースト……ライターか」
烙奈の言葉に小さくうなずいたアビスが忌々しそうに頬杖をつく。
「ゴーストはマスターリードとは真逆の性質を持ってる。プレイヤー……人間に対する加虐性をね」
「心当たりがある」
かつての出来事を思い出しつつ、烙奈は相槌を打った。
「以前、破棄されたイベントエネミーが月折六花を襲ったことがあった。まだ整合性の取れていない不完全なデータ体のままでだ。あれではまだ、プレイヤーに触れることさえできなかっただろうに」
あの時覚えた違和感はこれだったのだろうか。マスターリードが容認しないはずの強い加害性。ゴーストはそれを拾い上げ、使い捨てた。
「その一方で、ゴーストはマスターリードと同じく、人間に対する知識欲を持っている。サイバネコートの……“ブランク”の集団にアバターデータを盗み取らせようとしたのもその一環。わたしは千夜子のおかげでそこから抜け出せたけど、そうじゃなければわたしがイトに成り代わって、彼女をこの世界から追い出すところだった。冗談じゃないわよ、そんなの……」
アビスは背を丸め、忌々しそうに吐き出す。
彼女がイトに対して憧憬にも似た感情を持っていることは、烙奈も気づいていた。だからこそ模倣先として選んだのだ。それはきっと彼女の意志。しかし途中でゴーストの目論見は崩れる。アビスが恋をしたから。
「イトを追い出すのはマスターリードを欺くためか」
「ええ。同じデータが二つ同時に存在したら、さすがにマスターリードに気取られる」
ゴーストライターのライティングは、なぜかマスターリードのチェックに検出されない。
あの夜――『セイブ・ザ・ダーククイーン作戦』でも、烙奈が目視で不整合を確認、主筆に通報しまくってどうにか対処してもらえたのだ。
ちなみに、ゴーストからすでに半分切り離されていたアビスを保護してもらったのもこの時。裏でスパチャのリソースまで借りての突貫工事だった。
「そこからわかるのは、力関係においてゴーストライターはマスターリードの下位であるということだ。同等の力を持っているのならコソコソ隠れる必要はない。だが、なぜそんな昔のウイルスがまだ活動している?」
外部から危険な因子が送り込まれれば、マスターリードは攻性防御を使ってそいつらをバラバラに分解してしまうはずだ。それに四年前ともなれば、マスターリードの安定性の方が恐らく保たない。
「ゴーストから生まれたわたしにはわからないわよ。ノアもわたしと同じなんでしょ」
頭の後ろで手を組みつつ、アビスはソファーの背もたれに体を預けた。
「わたしはいち早く先生への愛で自己に目覚めた。アビスの先輩」
なんかちょっと偉そうにグッと親指を立てるノア。
「ただわたしは最初から目的意識が薄かった。先生になろうなんて考えもしなかった。ゴーストとの繋がりは弱かったんだと思う」
「ふうん。プロトタイプか何かってこと? そういうのもあるのね。ま、この中では烙奈が一番の古株なんだから、あなたがわからなきゃ誰もわからないわ」
「ふ、古株とか言われてもだな」と、烙奈は唇を尖らせた。
「わたしだって環境リソースから人の形にしてもらったのはつい最近だ。それまでは風を吹かせたり水となって流れたりしてたのだ。ゴーストがどうやって生き延びたかなんて複雑なことわからんよ」
「へえ……。烙奈ってそんな地味なことやってたんだ。今はそんな偉そうなのに」
「貴女に言われたくないが!?」
それがある瞬間からマスターリードに見出され、イトと千夜子とアイドルなんてことをしている。これが“人生”……なるほど。わからん。
「ただ、“瞳”としての役目は果たせる。何か異変があれば直通でマスターリードに通報できる。ひとまずはそうしてゴーストの動きを抑えていくつもりだ」
言葉と共に決意を投じると、ノアとアビスは誓いを立てるようにうなずいた。
「大切な人を守るため」
「愛する人のため……ね。烙奈はイトでいいのよね?」
少しニヤリとしながら聞いてくるアビス。
「うっ……うるさいな。そういうのはみだりに人に話すものではない」
「何よ、むっつりえっち」
「違う」
「なにそれ詳しく」
「聞かんでいいノア」
「それがさー、烙奈ってばわたしの裸Yシャツに――」
「わー! わー!」
「急に大声出さないで! ペンギンが起きてくるわよ!」
「いいから裸Yシャツ詳しく。色、サイズ、靴下――」
「――! ――!」
「――――!」
「――」
本日のプログラムはこれにて終了です! お疲れ様でした!




