案件79:勝利の大剣聖女
高層建築の隙間から、裂けるような光が走った。
すでに薄布のようだった夜気を破り、柔らかな熱に頬を照らされたイトは、
「朝だ……」
と思わずつぶやいていた。
劇的な変化が起こる。それまで無機質に戦い続けていたサイバネコートたちが、地面を照らす光を避けるように一斉に身を翻したのだ。
今、プレイヤーにとどめを刺そうとしていた者も、逆に徒党に追い詰められていた者も、まるで何かの力に吸い込まれていくかのように、一気に。
「すごい。何これ……」
イトのそばにいた千夜子がそうつぶやいた、きっかり一秒後。
そこには、赤レンガホームを守り切った仲間たち以外、誰も、跡形もなくなっていた。
「本当に……終わったんですか……?」
「そうみたい……」
イトの疑問に応じたアビスも、半信半疑の顔を方々に向けている。
最後の切り札とも呼べる破壊槌を砕かれてもまだ戦いをやめなかった相手だ。それが起きがけの夢のように綺麗さっぱり消え去ったことに、誰もが安堵よりも驚きを露わにしていた。
「何やってんのさ二人とも!」
そこに勢いよく飛び込んできたのは、ホウキで空を回っていたユラ。
彼女はイトとアビスの背中をパンと叩くと、元気よくエメラルドグラットンを背中から引き抜いた。
「今こそ勝利宣言だ。ボクたちがやらないで誰がやる?」
イトは周囲を見回した。この勝利をいまだ信じられない人々が、戸惑う視線を周囲に飛ばしながら答えを求めている。
ならば、やるべきことはただ一つ。
イトはバスターソード・ガローラを天高く掲げる。
すると、ユラも腕を伸ばしてエメラルドグラットンの切っ先を合わせてきた。
「ほらアビス、キミもやるんだよ」
「! ええ!」
最後にヒュベリオンがそこに重なり、朝一番の光を受けて輝く。
誰もがその力強い光に気づき目を向ける中、イトたちは「せーの」で声を張り上げた。
『わたしたちの勝ちだあああああああああああああああ!!!』
ウッッッオオオオオオオオオオ!!!!!!!
地面が一気に沸騰したように、人々が拳を、武器を振り上げる。
『〈ワンダーライズ〉!〈ワンダーライズ〉!』
『ウオオオオオオオオオオオ!!』
『イエス! マイ! ダーク! クイーン! イエス! マイ! ダーク! クイーン!』
様々な絶叫はやがてこの三つに収束していった。朝から突然のフェスティバル。たった今ログインしたらしいタウン6の住人が、すわ革命かとホームの窓を開けてあたりを確認するのが見える。
カシャリとシャッター音が鳴った。
思わず目を向ければ、そこにあるのは「P」のパーソナルマークが入ったボールカメラ。宙に浮いていたそれを小脇に抱え直し、燃えるような朝日に身を晒したのは、サングラスにスーツ姿の女性だった。
「エージェントP!」
「皆さん、お疲れ様でした」
彼女はニコリと笑い、ボールカメラの撮影記録を確認。
「完璧な構図です。次のジャーナルの一面に使わせてもらっていいですよね?」
「もちろんです!」
ケンザキ社長の部下がどうしてここに――と思ったが、聞けばエージェントPはこの町にホームがあったとのこと。とんだご近所さんだったわけだ。
「さ、わたしなんかのことより、下の皆さんに何か声をかけてあげてください。みんな待ってますよ」
そう促しつつ、ボールカメラをSSからムービーモードに切り替えているあたり、「特ダネのためにそうしてほしいなあチラッチラッ」という魂胆が透けて見えたが、提案としては何より正しい。
イトは笑顔でマイクをひっ掴むと、アパート屋上の縁を駆けだした。
「みんな、助けに来てくれてありがとうございました!! みんなのおかげでアビスちゃんを守り切れましたああああ!」
ヴォオオオオオオ!!!!!
イトの声にホームの基部を揺さぶる大声援が返る。それに笑顔で手を振った後、今度はアビスの手を取って「ほらアビスちゃんも挨拶、挨拶」と彼らの前に引っ張り出した。
「な、何を言えばいいのよ。わたしが……」
「思ったことを言えばいいんですよ。素直な気持ちを」
「~~~~っ……」
アビスの言葉を待って人々が静まり返る。
すべての目線が自分に一点集中していることを理解したアビスは、顔を赤らめながら、ぎゅっと目を閉じて叫んだ。
「優しくしてくれてありがとう! 昨日の夜のことは一生忘れないわ!」
『エッッッッッ!!!!????』
ゴオオオオオオオオオ――!!
激闘で疲れているはずなのに新たな力に目覚める人々。特に〈ルナ・エクリプサー〉の面々。
アビスがヤケクソで手を振ると、イトの時以上の反応がアパートの周囲で巻き起こった。彼女がプレイヤーであること、人々に認められた存在であることを示すようなワンシーン。ボールカメラ君はそれを余すところなく見ていた。
「烙奈、これ」
そんなアビスを後方本物面で見守っていたイトは、ノアが烙奈に何かを呼びかけているのを聞く。
彼女が指差しているのは、度重なる叩きつけ攻撃でベコベコになっていたアパートの屋上が、まるでゲームが描画をし直すみたいに元に戻っていく様子だった。
「使ったアイテムやMPも元に戻ってるぞ」
よっこらしょと屋上によじ登ってきたモズクが伝え、イトをさらに驚かせる。
「ど、どういうことですか?」
「戦闘ログやプレイヤーレコードにもさっきの戦いが残ってねえ。ってことは部分的なロールバックが起こったんだ」
日々ガシガシと何かが作られているスカグフにおいてもロールバックの話はとんと聞かない。不具合が発覚すれば生成AIはすぐさまパッチを作成し、クリエイトと並行して修復を行うからだ。しかし今回はそれが起こった――。
「あの集団は、何かとんでもないバグか何かだったんでしょうか……?」
「そういうことになんだろーな。わたしらの記憶までなかったことにはできないから、詫び墓石くらいは出してもらわねーと」
詫びコアグレブン……! 運営がやらかした後のみんなのお楽しみだ。アビスを守ることで頭がいっぱいだった、これが運営側の不手際ならそういう補償もあってしかるべきになる。
モズクは鎧姿のまま大きく伸びをした。
「何にせよこれで、ようやくあのPVを配信できそうだぜ」
「モズク、まだそんなこと言ってたの?」
人々の熱狂に応え終えたアビスが、驚いた様子でこちらに歩いてくる。
「誰のおかげでここまで揉めたと思ってんだ! わたしは最初っからそれが第一……って、ああ!?」
「ど、どうしたんです? まだ何か問題が……?」
モズクは何かとてつもないことに気づいてしまった顔で、手をプルプル震わせた。
「イトちゃんとユラとアビスが協力して大きな敵に勝つって、PVのラストそのものじゃねーか。やべー! この話題が冷めないうちに大々的に宣伝しねーと! こうしちゃいられねえ、それじゃあまたな! お疲れ!!」
「あっ、ちょ……。た、助けてくれてありがとうざいました!」
イトがお礼を言うよりも早く、モズクはファストトラベル機能で姿を消してしまった。せっかちな女の子だ。ちゃきちゃきの江戸っ子とはああいうのを言うのかもしれないが。
「途中まで敵対しておきながら、最後は一緒に戦う、ね。最初は意味わかんなかったけど実際起こってみると……」
アビスがぼんやりと言いながら、周囲の面々を見回す。ユラ、烙奈、ノア、千夜子。最後にイトを見て、朝日のように微笑んだ。
「嬉しいね」
※
その夜明けから、第十七地区はポップコーンを作るようなお祭り騒ぎとなりました。
まず謎のサイバネコート集団とお嬢様方の戦いでございますが、これはマスターリードによってロールバックが起こされたため、ゲーム内では記録のない幻の決戦として、ゲーム内外の多数の媒体に取り上げられることになりました。
とりわけ張り切ったのは、サービス初期から手製の歴史書を延々と作り続けてきたセントラルの方々でございます。その一幕をご紹介いたしましょう。
「そこで我々は勇敢にも凶悪無比な破壊槌に立ち向かった! いや、推しのバフが、オレたちの勇気を支えてくれたのである!」
「しかしあなたはその後、一人ホームに戻ってきたとの話がありますが、それは……?」
「そっ、それは……。仕方ねーだろ! 推しがオレの手を取ってくれたんだぜ!? パニクってつい“ホームへ戻る”をしちまったんだよ!」
「以上、シャイなハートは推しのバフでも克服できなかったアーマー氏へのインタビューでした――」
「おいやめろォ! 推しのバフは何にでも効くんだってぇ!」
決戦に志願兵として参加されたセントラルアーマーズが精密な記述を残し、自治クランや歴史編纂クランがそれにお墨付きを出したことで、この戦いはプレイヤーの皆様だけが語り継げる伝説となりました。
センターナ劇場の常連である歌劇クラン〈ポエッタ・エクス・マキナ〉は早くもこれを舞台化する動きを見せており、何でも主役は助っ人の城ケ丘葵様が務めるという噂もあるとかないとか……。脚本次第ですが、もしその主役というのがイトお嬢様のことでしたら、とんだ役不足で――いえ何でもございません。我が主は詫び墓石にも勝る輝きを持った女性でございます。
一方、この戦いを宣伝のダシにしようとした大剣クラスタ様のPVでございますが――。
「代表、大変です! 再生数のカウンターが……!」
「どうした!? ついに一万の大台に乗ったか!?」
「そんなんとっくに超えてますよ! 十万……二十万……まだ増えていきます!」
「おっほおおおおおおお……再生数しゅきぃぃぃぃ……(ビクンビクン)」
……などということがクラン〈ホスピス騎士団〉であったそうで。
よくてギリギリ四桁が関の山だったスコアは、最終的に百万再生越えをマーク。これは六花様効果で五桁再生をキープしていたソードクラスタをぶっちぎる、武器クラスタPVの最高記録となりました。
特に地区のニューフェイスであり、一連の騒動の発端でもあるダークお嬢様の登場シーンは、めでたく一番リプレイされたシーンに認定されたとのことです。これによって『ルナ・エクリプサー』再興がにわかに現実味を帯びてきたのは、また別の話……。
最後に、サイバネコートたちについて。
これは交流サイトでも様々な意見が飛び交っておりましたが、最終的には外部からの不正な侵入という説で一応の決着を見ました。
彼ら(あるいは彼女ら)が使っていたビルドがいずれもシーズン4近辺のものであったことから、過去の戦争の亡霊たちが再入場してきたという噂もありましたが、証拠が防衛戦の参加者たちの主観しかない今、詳細な解析は不可能でございます。
後は運営からの公式発表を待つという形になりましたが、訴訟などが絡む可能性もあり、アナウンスがいつになるかはわからない――というのが、交流サイト民の出した結論でございました。
このことについて、烙奈様、ノア様、そしてダークお嬢様が何かを知っているようなご様子ですが、スパチャは何も見ておりません。
夜明けとともに襲撃者たちが去り、そして今日に至るまで再び現れてはいない――。その事実だけで満足でございます。
さあ、本日もお嬢様方がお見えになりました。そろそろ仕事を始めませんと。
※
「おはよーございます! お疲れ様です!」
「おはようございます。お疲れ様――」
イトと千夜子は揃って赤レンガホームに到着した。
赤レンガホーム決戦――〈ペン&ソード〉のジャーナルの名付けによると『セイブ・ザ・ダーククイーン作戦』からリアル時間にして三日たっている。
決戦明けた朝はこの話題が凄すぎてライズ活動どころではなかった。〈ペン&ソード〉の独占となったあの三剣を掲げるSSはゲーム内でガンガンに拡散され、「大剣聖女」なるワードが交流サイトのトレンド入りを果たしたほど。「聖」の部分がどこにもないんですが……という返しが総コメントの一割にも及んだそうだが、多分どこか別のトピックの誤爆だろう。
そんなこんなで、ライズ会場に行ったところでとても大人しくバフを受けてもらえる状態にはなく――そしてイトたちも外出している暇はなかった。
何しろ、前々から事態を気にかけてくれていた〈サニークラウン〉やセツナがホームに押しかけてきて、その説明にログイン時間を丸々使い切っていたからだ。
それ以外にも〈ペン&ソード〉の取材、セントラルの〈モカ・ディク〉に出向いて防衛戦の聞き取り調査に協力、などなど、とにかく振り回されるままに過ぎた三日間だった。
「あっ、千夜子! おかえりなさい!」
『ブーッ!?』
おかえりという独特な挨拶の先にあったものに、イトと千夜子は揃って噴き出した。
それは、トレードマークのポニテをしどけなく解き、裸にYシャツ一枚みたいな格好をしたアビスだったからだ。
イトは慌てて駆け寄る。
「なっ、なっ、なんて格好してるんですかアビスちゃん!」
「何って? これ?」
二人掛けのソファーに物凄くだらしない格好――そしてある意味とても煽情的なポーズでひっくり返ったアビスは、大きめのシャツの裾をかすかにめくり、妖艶に笑う。
「千夜子に喜んでもらおうと思って?」
「そんな悦びをチョコちゃんに与えてはダメです! センシティブ! BANの危機!」
「……だからよせと言ったのだ。そんなはしたない格好をするのは」
一人がけのソファーから、ジャーナルに目を落としたまま烙奈が言ってくる。
するとアビスはムッとした態度で身を起こし、
「なによ。烙奈だって新聞読むフリしながら、わたしのことチラチラ見てたじゃない!」
「ちっ、違う! わたしは断じてそんなことしていない!」
「ウソばっかり。イトにこういう格好してほしいと思ってたんじゃないの? むっつりえっちね!」
「やめんか! わ、わたしはただ、貴女はいつになったら着替えるのだと気になってだな……」
「フン、結局見てたことに変わりはないじゃない。というわけで千夜子、どうする?」
鼻で笑ったアビスが、今度は女豹のように四つん這いのポーズを取りながら千夜子に問いかける。
「どっどど、どうするって……何を……?」
「ソックスの長さと有り無し、好きなの選べるけど。わたしの予想では、千夜子はショートのが好きかなって」
「しょ、しょれわあああああ……」
千夜子はへなへなと床に座り込み、そして天井から柔らかな光が降り注いだ。
Ha-llelujah Ha-llelujah……!
「何か神々しい音楽が流れ出したんですけどぉ!? アビスちゃん普段着に戻してください! チョコちゃんが羽の生えたやつらにつれていかれる! あとそれわたしの姿でもあるんですよ!?」
「イトはこの前、イベントで水着のSS撮ってたんでしょ。それに比べたら全然肌面積少ないわよ」
「それはそれ! 考えてみてください! チョコちゃんの水着姿とYシャツ一枚どっちがえっちいか!」
「千夜子は全部えろいわよ!」
「それはそう!」
「そこ、意気投合するでない!」
アビスとはこの三日、ずっとこんな感じだ。
いつログインし、何時にログアウトしているのかわからない。しかしインすれば必ずいる。六花たちが押しかけて来た時も、隣に平気で座っていたほどだ。
彼女の素性については一切が不明なまま。そんな相手がホームに入り浸っていることは、イト個人としては別に大して気にしなかったが、この状況を一番強く容認しているのは意外というか何というか、烙奈だった。
アビスの保護を最初に訴えたのも彼女だったし、何か思うところがあるのかもしれない。サイバネコートの集団はあれ以来どこにも現れておらず、しかし完全にブロックしたとのアナウンスもない。ホームにいれば、アビスはひとまず安全だ。もう、多分。
「まったく……今日はお客さんが来る日なんですからね。少しは人目を気にしてください」
どうにかアビスをへそ出しのシャツにホットパンツというラフな格好に戻させ、イトは雑に詰み上がっていたガチャ景品を収納に隠す。
ちなみに千夜子は電車の中で芸術的なポーズで居眠りしているリーマンみたいな姿のままだ。
「客? 誰?」
頬杖をついて足を組み、貧相なホームのリビングでも自然と女王様みたいな貫禄を出してくるアビス。
「モズクちゃんです。大剣PVがヤバイ勢いで伸びたから、個別のショートPVを追加で撮らせてほしいって。わざわざ打ち合わせに来てくれるんですから、ちゃんとお出迎えしないと」
「ふーん」
「ふーんって、今回の目玉はアビスちゃんですよ」
「えっ。な、何で?」
「PVのコメント欄でも一番人気でしたから。交流サイトとか見てないんですか」
「見てない……。イトたちのイベントSSばっか見てたから」
などと話しているうちに、ピンポーンとチャイムが鳴る。
どうやらモズクが来たようだ。
「じゃあアビスちゃん。お行儀よくお願いします。主役ですよ主役」
「わ、わかってるわよ。こ、子ども扱いしないで」
などと途端にカチコチしつつ返してきたアビスに微笑みかけ、玄関へ。
しかし、開いたドアの向こうにいたのは意外な人物だった。
「あれっ、モズクちゃんと……メナさん?」
ヒーラー職の物静かな女性プレイヤー。そしてイトが現在レンタル中のバスターソード・ガローラの正式なオーナーであるメナが、モズクの隣に立っていた。
半端なところですが一旦切ります。もう勝負ついてるので波乱はないです。




