案件77:ワンナイト・ウォー(前編)
「こんのおおおおおおおおっ!」
大振りの一撃がサイバネコートのプレイヤーを弾き飛ばす。
対人戦にフル特化したガローラの威力が相手を枯れ葉のように吹っ飛ばして、お隣の民家の壁に激突させた。だが、足の裏からだ。受け身を取っている。手応えもどこか、暖簾に腕押ししたようなものしか返ってこない。
「強いですよ、この人たち!」
アパートの屋上に陣取ったイトは、周囲で戦う仲間たちに警句を投げた。
上から見ると長方形の赤レンガアパートは現在、四方からの攻撃に晒されている。対する防衛班はイト、ユラ、烙奈、ノアの四人。一人が一面を守り切るのは難しいものの、襲撃者たちもPKを優先するように動いているためまだ何とか保っている。
どうやらホームへの攻撃は、相手にとってもかなり特殊な行動らしい。
数人が一か所に集まらないと、パワーが足りないのか、実行できないようだ。それらを上手く散らすように。そして決して孤立しないように、全身を目にしてアパートの周囲を防衛する。
とりわけ優秀なのは――。
「あはははッ! 楽しーなあ! 次から次へと強いヤツが湧いてくる!」
危ない笑みを浮かべて魔法剣の軌跡を夜空に引いているユラだ。
この防衛戦に飛び込む直前、烙奈が全員に告げていた。
――「相手は現代の対人トレンドを無視した一撃必殺の特殊なビルドを組んでいる。そこらのスナッチャーとはまったく別物と思え!」
事実そうだった。攻撃性能もそうだが、一対一でも常にこちらが手を出しにくい角度から斬り込んでこようとする。下がる時も同様に。
とにかく戦い方がイヤらしく、そしてタフ。まるでPVPをするためだけにこのゲームを選んだような、そんな徹底された動きをしてくるのだ。
「まるで古参の対人勢みたいな動きするじゃないか! だけどね!」
ユラが吠えて、エメラルドグラットンの切っ先に相手の体を引っかける。刃の部分はしっかり相手にガードされてるものの、彼女はお構いなしに相手を剣ごと隣のアパートの壁に叩きつけた。
「ボクはイトちゃんに負けてからシーズン・ウォーの古戦法を一から勉強し直したんだ。こんな教科書通りの動きじゃ、百手先でもお見通しだよ!」
そこから神速の武器チェンジ。壁に張りつけた相手に向かって、赤光のロッドによる至近魔法弾連射を敢行する。
「うわぁ……」
味方であるはずのイトもこれには絶句。
さすがのサイバネコートもダウンし、仲間の救援も待たずに消滅。ホームへと帰還していく。
「ね、イトちゃん! ボクとの再戦、楽しみだねっ!」
「は、はいぃ……」
グルンと首をこちらに向けてギンギンに目を輝かせるユラに、イトはその場しのぎの生返事をするしかなかった。
しかし、ユラのおかげで一つわかった。どうやらこのサイバネコートたちは、古い時代の対人ビルドで武装しているらしい。ホームの壁を破壊してしまうような、未知のテクニックではない。そう思うと自然と相手を落ち着いて見られるようになる。
(そういえば……)
相手の動きをどこか知っている。
そうだ、これはシショーの実践動画で見た。それなら……。
イトは意識的に動きを切り替える。動画の中で見たシショーの動きにできるだけ寄せるように。
現実ではそんな器用なことは絶対にできない。自分ではイメージ通りにできてるつもりでも、傍から見たら全然なんて普通。しかし、ゲームの中であればイメージの具現化をAIがサポートしてくれる。元より対人戦なんてシショーの動きしか知らないのだから、思い描く自分はどこまでもクリアだ。
パーソナルグレイス〈フロートラッカー〉も全開!
「でやああああっ!」
クリーンヒット。ガローラが相手の胴体に食らいつき、悲鳴も上げさせずに豪快に弾き飛ばす。今度は背中から壁に激突させた。ダウン!
「やりました! でもこれは……」
何という……針の穴を通すような繊細な戦いか。
大剣なんて見るからに大雑把な武器なのに、シショーの動きを本気で真似ようとしたら、その神経は毛先まで伸ばす必要があった。そうして全身をくまなく掌握し、相手の技量を一ミリくらい、ほんのちょっとだけ上回る。そして決着がつく。
わずかな差が圧勝と惨敗を分けるのだ。こんなデリケートな戦い、いつまで続けられる?
「夜明けまで……夜明けまで保てば……!」
二丁拳銃で相手を牽制する烙奈の繰り言が聞こえる。
彼女は何かを確信している。夜明けまで。一体そこで何があるというのか。
その言葉を信じたいが――それって後どれくらい!?
「――――」
焦りをくすぶらせ続けるイトの周囲で、蛍光色の発光ギミックが乱舞した。
サイバネコートの動きはある意味で淡々としている。
仲間がやられても動揺しない。逆に発奮もしないので、攻撃の波は常に一定だ。良く言えば冷静で規律的、悪く言えばマシーン。リーダーのような人物もおらず、そういえば声を一度も聞いていない。
イトはだんだん相手が怖くなってきた。このプレイヤーたちは何だ? 本当にこのアバターの奥には、自分と同じ人間が詰まっているのか?
「あっ……!」
気づいた時には目の前に曲刀が迫って来ていた。
まずい、当たる!
「イト!」
目の前で二つの花火が弾ける。こちらに伸びて来ていた曲刀の軌道が大きく逸れ、相手はすぐさま距離を取る。
「た、助かりました!」
振り下ろされんとする剣を直接狙うなんて神業でフォローしてくれたのは烙奈だ。彼女は両手の拳銃を左右前後と忙しなく向け直しながら、こちらに駆けてくる。
「イト、相手は手練れだ。一人で戦おうとするな。仲間を頼れ」
「はい。わかってるんですが、それだとアパートが」
相手は二十人以上はいるか。何人かダウンはさせているはずだが、数が減った感じはしない。気を抜くとすぐにアパートを狙い始めてしまう。
そう話している間にも、アパートの壁に、巨大なハンマーを持ったサイバネコートが取りついた。
「しまった!」
あいつは何かやばい。そう感じた神経を証明するかのように、ハンマーの一撃でアパート自体が激震し、壁の一部に穴が開く。
しかし二撃目を受ける前に、嵐のようなレーザーがその穴から吹き出した。たまらず後退するサイバネコート。今のは〈絶対防衛ミストレス〉!
「中には千夜子がいる。彼女のパーソナルグレイスはフルオートだ。最後の砦は任せられる」
「……ですね!」
そう言いつつも、このままではじり貧だ。相手は無数にいて、こちらは一人のワンダウンも許されない。
「クッソ、まだこれからなのになぁ……!」
――どれくらい時間がたったか。ユラからそんな悔しげな声が漏れた。
それまで最大級の活躍を見せていた彼女のライフバーは、その奮闘に相応しく大きく削られていた。手持ちの回復アイテムはとっくに使い切っている。
この時点でも相手の数は少しも減っていなかった。明らかにおかしい。しかしどうにもできない。
「ユラちゃん、アパートに下がってください! 外は何とかします!」
「イトちゃんの頼みでもお断りだね。ボクが下がったら外がどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。最後までやらせてよ」
イトの言葉にもユラは首を縦に振らない。彼女の見立ては正しいからだ。
一人減ればこの防衛ラインは崩壊する。
しかしユラが落ちるのも時間の問題。
夜明けはまだか。一分一秒が長い――!
「ヒイイイイイル!!」
ズガン! と道路工事のような音がして、淡い癒しの光が足元を駆け抜けた。
『!!??』
直後、グンと回復するライフバー。
「ヒール! ヒール! ヒイイイイイル!!」
ガンガンと立て続けに響く轟音。そして誰かの叫び声。
「なっ、何ですか!?」
「これは……! 打ヒールだイトちゃん!」
打ヒール。武器を強く地面に叩きつけることで広範囲に回復を撒く、物凄く変な魔法だ。
正式名称は“グラウンド・アタック・ヒール”。本当は敵を殴ることでパーティを回復する魔法だったのだが、何か適当に壁とか殴ってもヒールが広がることがバレて以降は、そっちの方が定着してしまった。
イトはユラと一緒にアパート屋上から身を乗り出した。
下にいるのは――。
「間に合ったか、おまえらぁ!」
まるで立派な騎士の石像のように、両手持ちの剣を地面に立たせたモズク!
さっきからガンガン聞こえていたのは、彼女がああして地面を叩いてヒールを広げていた音だったのだ。
ウオオオオオオ!!!!
そしてこのうるっさいのは間違いなく大剣クラスタの面々。突き上げられた特大武器が、イモ洗いされているみたいに盛んに揺れ動く。
「モズクちゃん!? どうして!?」
「配信だ、配信! 謝罪配信見てたらなんかイトちゃんたちがやべーことになってたんで、急いで仲間をかき集めてきたぜ! 他の奴らもすぐに来るぞ!」
そういえばあの謝罪配信、切った覚えがない。ずっと生配信されていたのだ。ホームが攻撃されたところも。アパートの外で自分たちが戦っているところも。
『イエス!』
モズクの言葉を追認するが如く。
『イエス! マイ! ダーク! クイーン! イエス! マイ! ダーク! クイーン!』
アパートの西側から熱狂的なコールが沸き起こる。
この掛け声を上げる集団は一つしかない。
「〈ルナ・エクリプサー〉!? フレンドに怒られて解散したんじゃ……!?」
「我々は不滅だ! 何度でも蘇るさ!」
「次から約束の順番はちゃんと守るから!」
アビスの信奉者たち。今度はちょっと人の道を弁えたバージョン2。
聖句を唱えながら行進してくる彼らは、さらに声高に言う。
「謝罪配信をしているダーククイーンは正直、おどおどとして弱々しかった……」
「まるで囚われの女王――」
「ちょっと興奮した!」
……いや、更生したのではなく別の道にはみ出しただけかもしれない。
オ~オオ~オオ~、ン~ンン~、ン~……!
「何です!? 歌!?」
東から突如聞こえてきたのは野太い鼻歌だ。
「いや、イト、これは……」
烙奈に言われてはっとなる。この音程、リズム、知っている。この鼻歌は……バフライズの初期曲『草原を駆ける』!
声のする方に目を振り向ければ、暗い町の街路を、月光を受けた白い鎧がやって来る。
「みんな歌え! 我らが推しの歌を響かせろ!」
「ぼくはチョコちゃん推しだけど……チョコアビはNTRRで潤いました!」
「烙ノアはまだその時ではない……」
セントラルアーマーの皆さん。間違いなく彼らだった。わざわざあんな遠くから駆けつけてくれたのだ。
「来たぜイトさん! ホームを破壊するなんてチーターに違いねえ。そんなヤツらに負けねえぞ!」
「スカグフは遊びじゃねえんだよ! 思い知らせろ!」
鼻歌の合唱を鬨の声に変えて、重鎧の一団が雪崩れ込んでくる。
大剣クラスタと〈ルナ・エクリプサー〉も同時だ。
サイバネコートたちが一気に飲み込まれる。
「みんな、気をつけてください! この人たちはとても強いです!」
イトは急いでアイドル職特有のステージマイクを召喚し、アパート屋上から号令を発した。
「動けば隙を突かれます! 無理に攻撃しないでアパートの防御を固めてください! 夜明けまで耐えれば何とかなるそうです!」
「おお! AIが対策してくれるってわけか! なるほど、それまで耐え抜くぞ!」
誰かが上げた応答に、イトははっとなる。
そうか。夜明けまでとはそういうことだったのか。このサイバネコートたちは明らかにおかしい。ひょっとしたら純粋なプレイヤーではなく、チーターとか不正なプログラムとかが人の形に見えているだけかもしれない。夜明けはその対策が終わるタイミング――!
押し寄せた援軍は、サイバネコートたちを一旦素通りしてアパートを堅守。
しかし相手も、まるでこちらに呼応するように数を増して猛攻を開始する。
近年のアウトランドでは稀に見る、大人数による市街戦が勃発した。
これまでがミツバチの小競り合いに思えてしまうほど、アパートの四方で壮絶な押し合いが巻き起こる。
地上は五分。ついにサイバネコートを数で上回ったこちらが、複数人で連携してガッチリとホームを守ってくれている。
ただ、地上が硬いと見て、相手も狙いを空中戦に変えてきた。アパート壁面での戦いとなると、重武装多めの援軍には不向き。依然としてイトたちが主力となる。増大した敵集団を前に、四人での立ち回りは少し厳しいか――。
「イト、わたしもやる」
「わたしたちも参加させて」
「アビスちゃん、チョコちゃん!?」
呼びかけに振り向けば、屋上入り口にアビスと千夜子が並んで立っていた。
「ダメですよ、相手の狙いはアビスちゃんなんですから!」
「中に入り込まれたら一緒よ。それよりみんなと戦った方が安全」
「わたしも全力でフォローするから」
二人の目には決意が宿っていた。どうすべきかの結論は出し終えてしまったのだろう。
確かに、お城の奥に隠れさせておくには二人の戦力は破格。活用した方が勝ちの目は圧倒的に広がる。
「わかりました。みんなで戦いましょう!」
夜明けまでの最後の戦いが始まる。
百合カプを守るためなので第二次百合戦争といっても過言ではない。




