案件72:墓狩り
スカイグレイブの一角を占拠し、そこから個人を名指しした大々的な挑戦状叩きつけ。
自由無法なアウトランドでもまず聞かないような椿事に、元から大人気であった空墓〈幸せな大王子〉の前にはさらに多くの人が詰めかける事態となった。
「彼らが占拠しているのは、我々が第三支援砦と呼んでいるポイントだ」
そんな野次馬たちの群れの横。急遽建てられた簡易テントの中で、ガチャ産の説明用ボードに自前のウインドウを重ねたジェネラル・タカダがそう説明する。
大型攻略クラン〈コマンダーV〉が現着したのは、砦を占拠した首謀者アビスによる宣戦布告が、配信チャンネル〈モーニング墓〉によって盛大に告知された直後だった。なんか攻城戦の臭いを嗅ぎつけてウッキウキで集結したものらしい。
「あの砦は今いるここを基準に約十メートル上空に浮いている。この高さはいわば天空の城壁だ。グレイブ捕獲用のチェーンを撃ち込んでよじ登ることができるが、その間、敵から一方的に攻撃を受けることになる」
アビスたち武装蜂起集団〈ルナ・エクリプサー〉には多様なジョブが集まっている。女性陣に多いとされる遠距離魔法職は特に充実しているため、鎖をよじ登っているうちに滅多打ちにされるのはほぼダウンを意味した。
「もう一つのルートは、周囲を浮いている小岩塊を経由する迂回路だ」
ジェネラル・タカダの持つ指示棒が、別窓に表示された岩塊群を指し示す。
スカイグレイブは本体ダンジョンがある主岩塊の周囲に、そこから剥離したと思われる小岩塊を大量に引き連れている。第三支援砦もこうした小島の一つだが、画面に映されているのはさらに小さい岩の破片だ。
「これらを伝っていけば、安全を確保しながら確実に接近できる。ただし、グレイブ内に徘徊しているモンスターも出現するため、静かに素早くとはいかない」
ううむ、とテント内の寄せ集めシンカーたちから唸り声が漏れる。
どの攻略ルートも一長一短。PVPに慣れたアウトランダーでも、それはあくまで平地での殴り合いの話だ。こういう、地形や防御拠点まで含めた集団戦など誰も経験がなかった。少なくともこの場では。一人を除いて。
その貴重な一人であるジェネラル・タカダは、様々な理由でここに集まった面々を前に、厳粛な咳払いを一つ見せ、悠然と告げた。
「よって、今回は今の二ルートを同時に使った挟み撃ち作戦とする!」
おおっとざわめくテント内。
「ただし、実質的な攻撃部隊は迂回する側が担う。正面から鎖で上る部隊は囮だ」
「フッ……! ならその囮役はオレたちに任せてもらおうか」
ずん、と一際鈍重な存在感を解き放ったのは、アウトランドでは見ない純白の鎧を着込んだ一団だ。
「貴官らは――その白……セントラルのプレイヤーか」
「ああ。推しのバフが欲しくて朝一で来てみたら、どういうわけか別カラーの推しが推しに勝負を申し込んでいた。何が何だかわかんねーがオレは本推しを貫くぜ!」
「わたしらもそっちに参加させてもらうぞ!」
威勢よく声を繋げたのは、テントの端にいた青い十字のマークが入った鎧の少女。そしてそれに連なる重厚な装備の戦士たち。
「貴官は〈ホスピス騎士団〉の団長モズク」
「おう、いつもご利用ありがとうございますだぜタカダの大将」
「来てくれていたのか。普段から戦場救護隊をやってくれている貴官らがいるのは心強い」
「いや、それがよぉ……」
モズクは気まずそうに頬をかき、
「アビスに協力してる連中の中に、大剣クラスタのメンバーが多くいてな。アビスの方も、PVの撮影所で会った仲なんだ。こんだけ身内が不始末やらかしたら、わたしが出ねえわけにはいかねえだろ」
「ふ……相変わらず若さに似合わぬ律義さだ。しかし存分に使い倒させてもらうぞ。〈ホスピス騎士団〉のフォローがあれば、囮部隊はかなり長い時間持ちこたえられる」
一番イヤなボコられ役が早々に決まったことで、残りの攻撃部隊はすんなりと選出された。いずれもアビスに仲間と、それからごく稀に恋人を取られたプレイヤーたち。
人々の心は一つ。
バスターソード仮面を待つまでもない。彼女の到着前にケリをつけてくれるわ!
※
「構え! てぇー!!」
〈ルナ・エクリプサー〉が占拠した小島の底近くに、本来ならスカイグレイブの導線として使われる鎖が撃ち込まれる。
「さすがは本職。いい腕だ」
ジェネラル・タカダの称賛にビッと親指を立てたのは、これまで数多くの新規グレイブに進入路をぶち込んできた職人クラン〈墓銛〉のメンバーだ。彼らの本領はごく稀、それもほんの一瞬しか発揮されないが、それでも伝統的な技を継承し、今なお全プレイヤーからの尊敬を一身に集めている。
「いくぞみんなァ! オレに続けぇ!」
「わたしらも遅れんな! いっそこっちから攻略する気でやるぞ!」
セントラルアーマーの集団と、クラン〈ホスピス騎士団〉&大剣クラスタ連合が威勢よく鎖をよじ登り始める。
案の定、砦からは火や雷が驟雨のように降り注いだ。
「わははは! そんなもんでオレたちの鎧は破れねえぞ! 我らが鉄壁ここにあり!」
白く分厚いセントラルアーマーたちは、魔法弾を真正面から受け止めつつ鎖を登っていく。
クランで長く継承されてきた伝統の鎧だ。新防具が出るごとにリニューアルされてはいるが、カラーリングと施す防御スキルのコンセプトは変わっていない。
すなわち、総員、鉄壁前進あるのみ!
「鎖の位置もいい。タカダの大将、やらしいとこ狙わせたもんだぜ」
一方、アーマーたちに続いて鎖を上るモズクは、微妙に狙いをはずして飛んでいく魔法弾のカラクリに気づいて舌を巻いていた。鎖は砦のほぼ真下へと続いている。つまり、砦の狙撃台からはちょうど死角になっているのだ。そうなるようタカダが仕組んだ。
上へ行けば行くほどより安全になる。これは前進する側のモチベーションとしても大きかった。
「こりゃマジで、こっから攻略できちまうかもな――」
モズクがわずかに希望的な考えを頭に流した、その時だった。
「ぬわーっ!」
「ぎょえーっ!」
突然、上から純白の高級アーマーたちが降ってきた。
「なにっ! どうしたんだ!?」
手を滑らせたなんてマヌケなオチはない。しかし、彼らを短時間で撃墜できるほどの猛攻の兆しもない。
なら一体――。
「騎士団長! あれを!」
「代表、鎖の上に何かいますぜ!」
クランメンバーやクラスタの面々が大声で注意を呼びかけてくる。モズクは目を凝らして見た。
垂直に垂らされた何本もの鎖。それらの間を、軽やかに飛び回る影がある。
鎖に腕を絡め、時によじ登るプレイヤーを第二の足場にして舞う――黒い花嫁の姿!
「アビス!? 総帥自らだと!?」
間違いなかった。飛び道具ではらちが明かないと早々に判断し、大胆にも大将自ら乗り込んできたのだ。
バスターアックスソードの最上格となるヒュベリオンを軽々と操りながら、彼女はお城に迫る革命の民衆を一人一人踏みつけるように、地上へと叩き落として回っていった。
一歩間違えば下まで真っ逆さまだというのに、とんでもない胆力だ。
こんな場所で、あんな高火力武器を持ったままローグ職顔負けの動きをされたら、こっちとしては対処のしようがない。叩かれるのを待っているワニワニと同じ。
「あんにゃろ――アビイイイイス!!」
モズクが大声で怒鳴ると、たった今一人のセントラルアーマーを足で踏み落としたアビスがこちらに急旋回してきた。まるで背中に羽かブースターでも付けているかのような機動力。まさか、PVの時に見せた動きでさえ本気じゃなかったというのか。
「誰かと思ったらモズクじゃない」
「ああそうだこのヤロウ、好き勝手やりやがって何の真似だ!」
隣の鎖に優雅に止まったアビスに、モズクは声を張り上げる。
「イトちゃんそっくりのアバターを使って、クラスタのメンバーまで引っこ抜いて! 事と次第によっちゃ、ただじゃおかねーぞ!」
「なるほどね。言いたいことはわかった。でも、こっちにもそれだけの理由があるの」
「何だってんだそりゃ! 言ってみやがれ!」
「愛する人のため」
「えっ……!?」
意外な答えにモズクが思わず顔を赤くした瞬間、アビスの手が目の前まで迫ってきた。
「こ、こいつっ……!」
掴みかかる手をすんでのところでよけ、逆に相手に向かって飛びかかる。命綱である鎖を手放した格好になったが、これでいい。むこうの大将共々一緒に墜落してやる!
が。
「甘い」
兜の上に手を置かれ、アビスの黒ずくめが視界の上方向へと消えていく。こちらが伸ばした腕は空を切り、「モズク、人を好きになったことある?」との質問が、置いてきた命綱の方から流れてきた。
「うっ、うるせえうるせえ、そんなこといちいち人に言うもんかよおおお!」
赤くなりながらそうがなり立て、モズクは真っ逆さまに振り出しへと戻っていった。
※
囮部隊が敵大将の猛襲にあって次々と落下している最中――。
主力を任された攻撃本隊は、浮遊小島を慎重に渡りつつも、思った以上に数多く生息していたモンスターたちに手を焼いていた。
本来なら来る必要のないエリアだ。よほどサブルート探索に意欲がある者以外は近づかないため、自然とモンスターの数も増えていたのだ。
そしてこの高低差のある地形。登攀ルートはずっと昔に確立されているとはいえ、装備も経験もバラバラのシンカー集団が足並みをそろえて進むのはやはり難しかった。
「まずい、これでは囮部隊が全滅する……!」
攻撃部隊の指揮を任されていた〈コマンダーV〉の副長は、そうなれば砦への接近はほぼ不可能だということを理解していた。
正面がすっきりすれば、敵の総帥アビスは容赦なく遠距離攻撃でこちらをハチの巣にしにくるだろう。防衛役がモンスターなのだから一切の遠慮はいらない。
危険を承知で足の速い部隊を新たに選出し、先行させるべきか。
そう考えた矢先。突然、ピィィィとトンビの鳴き声を持つ何かが飛んできて、副長の足元に刺さった。
「!? これは、鏑矢……!?」
音の鳴る矢だ。矢じりの近くに笛のような機構があり、風を受けて甲高い音を立てる。
どうやら砦の方向から飛んできたようだが――一体何のために?
「副長、モンスターの群れが! これまでで一番のデカさです!」
「ちいっ! 総員迎撃態勢!」
そう指示を出す間に、二本目三本目の鏑矢が地面に突き刺さる。
「副長、モンスターがさらに集まってきています! 一体どうして……!」
「こ、これはまさか……!」
副長はぞっとなった。
「音だ。音におびき寄せられた。〈ルナ・エクリプサー〉は、ここで我々を仕留めるつもりだ! 今、味方の数を減らしては意味がない! 焦らず慎重に戦え!」
その指示が攻撃隊に広がり切った直後、グレイブ探索では考えられないほどのモンスターの大集団が彼らに襲いかかった。
敵の予想以上の勢いに盾役となる前衛がぶち抜かれ、一気に乱戦に陥る。
まずい。乱戦というのはクソデカ範囲の個人戦闘だ。仲間と連携が取れなければ、弱い者からどんどん削られていく。
「タカダ、これは一時撤退するしかないか……!?」
定年を迎えてもゲームは卒業せんぞと誓い合った中学時代からの友に、副長がつい音を上げかけた、その時。
狼が吠えた。
ザン! と目の前に迫っていたモンスターが斬り捨てられた後に現れたのは、大剣の鍔部分に施された狼の意匠。
これはなんと懐かしい……バスターソード・ガローラのデザイン!
その奥に見えた端麗な人影は、こちらの無事を見届ける間もなく身を翻すと、人魔の争いの中に躊躇なく突入していった。
敵の死角に上手く身を隠しながら、次々に闇討ちしていく。
立ち回りはまるでローグ職。しかし、大剣でもそれが行われ得る環境を彼は知っていた。
シーズン・ウォー。戦争の季節!
あそこでなら誰もがこうした動きを求められ――そしてたどり着けなかった。
誰にも捕まらず、誰も逃がさず。死神が吹かした風となって戦場を駆け抜ける。
「ここまでやるか、〈ヴァンダライズ〉――いや、バスターソード仮面!」
彼女はプレイヤーを支援する動きを見せつつも、あくまで直進していた。狙いは本丸である第三支援砦一つということか。それでいい!
今この時より、本攻撃部隊は第二の囮部隊となる。
ここで大きな花火を上げているうちに、最強の刺客を砦の中に潜り込ませるのだ。
若い頃は仮面のヒーローになりたかった。
だが、それを支えるただの男の役回りというのも、今なら悪くない。
「頼むぞヒーロー。今がニチアサ9時20分だ!」
みんな本気でゲームを楽しんでいる模様。




