案件70:彼女の武器は
「おはようございます!」
「お、おはようイトちゃん」
「おはようイト」
元気よく赤レンガホームに出勤したイトに、千夜子と烙奈の笑顔が返事する。
いつものリビング。いつものゲームスタート。
「二人ともいつも待たせちゃってすみません。ひょっとして時間を持て余しちゃってますか」
夜中に長く活動するにあたって、ここのところイトのログインは一時間ほど後ろにずらされており、その間、二人のメンバーはずっと待ちわびているというイメージがある。そのことに対する謝罪のつもりだったが、
「だっ、大丈夫! ちゃんと有効活用してるから……!」
真っ先にあたふたと反応してきたのは千夜子だった。烙奈もしとやかな笑顔で微笑み、
「そうだな。千夜子は最近よくバザールに出かけている」
「ギクーッ!」
「何で今ギクっとしたんですか? 別に悪いことじゃないと思うんですけど」
バザールの商品は、実はホームのポータルからでも確認できる。ただしこちらは更新が遅く――どうやら意図的にそうされているらしい――、リアルタイムで掘り出し物をゲッチューしたければ直接出向くのが一番だ。
ちなみに、バザールの入り口にもポータルがあり、こちらで検索すれば商品入れ替えのタイムラグはなくなる。わざわざ中を歩き回らずとも、ちょっと出品を確かめるだけならこれで十分。ただ、AI様はプレイヤーが出歩くことを求めている模様。
「そっ……そうそう。悪いことなんかしてないよ。色んな商品を見て目の保養――じゃなくて感性を磨いておこうと思って」
「えらっ! 偉すぎですチョコちゃん! 何か良さそうなのありましたか」
「これ全部」
「うおっ……すごいまとめ……。しかもノータイムで提示してきました……」
商品名とそのグラフィックがびっしり並んだ資料は、千夜子が独自に作成したプレイヤーノートのようだった。確かにセンスフルなコスや小物ばかり。ただ……。
「な、なんか普段はあまり着なさそうなトガった服が多いですね……」
「でもね。イトちゃん絶対似合うから。今度試着してみて」
「は、はい……」
いつになく迫力と確信に満ちた押しに、イトはうなずくしかなかった。
「さて、それじゃあ早速ライズに出かけましょうか。今日行くのは〈幸せな大王子〉。ここはなんと、飛来したばかりなのにもう入場整理が起きてるっていう素材ウマスギグレイブで……」
「ドキーッ!」
今度は烙奈がソファーの上でちょっと浮いた。
「何で今ドキッとしたんですか。人が多いところでライズをやるのは経験値も貯まるしいいことだと思うんですが……」
「う、そ、そうだな……。間違ってはいない……」
やけに落ち着きなくソファーの上で体を揺らす烙奈。普段は小さな重石のように泰然と構えている彼女にしては珍しい反応だ。
「だが、その……不特定多数の人間が大勢集まるわけだろう? 我々も知名度が上がったので、それなりに見に来てくれる客は多いはずだ……」
「ええ! 噂によると、セントラルからも来てくれる人がいるそうですよ。もう二つの土地の壁は取り払われたって。これに応えないわけにはいきません!」
「う……そうだな。その通りだ……。しかし、それだと警戒すべき相手がさらに多く……」
「? スナッチャーの心配をしてるなら、逆に手出しは難しくなると思います! セントラルってスナッチャーいないそうですよ。PKできないし、誰が何してるかってご近所にすぐバレるから」
「うむ……。ただ、何だ。今はちょっと控えておかないか。人が多いところは。相手の顔が一人一人よく見える小規模なグレイブの方が」
「もしかしてダーク・イーター関連で何か……?」
「ビクーッ!」
烙奈が変な声を上げてまた数センチ浮く。どうやら図星だったようだ。イトはぐっと拳を握り、そんな彼女を勇気づけるように告げた。
「心配ご無用! ニセモノが人気だからってわたしは気後れしたりしません! むしろ闘志が湧いてきました。むこうの勢いに負けないように、わたしもどんどん露出を増やしていかないと!」
ニセモノ裏アカ説は完全に下火になり、もう悪評を心配する必要はない。その代わり、人気者の座を賭けた新たな勝負がすでに幕を開けていた。こっちは正統派アイドル。純粋な人気競争で後れを取るわけにはいかない。日中のライズはニセモノにはない本家の強みだ。ここで大きく突き放す!
が。
「露出!? う、うん。イトちゃんなら全然OK! 際どいのもいける!」
ここでいきなり千夜子がソファーから立ち上がって吠えた。
「大胆な水着ならね、これとこれ! イトちゃん的には無いかもしれないけど、意外とこれが合うの!」
「あの……チョコちゃん? 露出って、別に肌面積を増やすって話じゃなくて、世間への出番を増やすって意味ですけど……」
「すいませんでしたぁ!」
立ち上がった勢いを綺麗に反転させ、千夜子はダンゴムシみたいに丸くなった。
「?????」
何だか様子がおかしい。千夜子も、そして烙奈もだ。
具体的に何かが悪いというより、普段はないものが外部から入って不具合を起こしているような感じ。
(もしかして……!)
イトははっとなった。
(この二人も〈ワンダーライズ〉を取り巻く環境の変化に思うところがあったのかもしれない……!)
まわりの見る目が変わり、しかし自分は変わっていないことへのちょっとした焦り。こういう時、大物アイドルなら「自分がやってきたことは正しかったんだ」と自信に変えられるのだろうが、これまでが紆余曲折ありすぎてどうにも受け止め切れない……その気持ち、よくわかる!
しかし、ならばこそ向かうべきはライズ会場だ。
正解も間違いも全部あそこに埋まっている。だから自分の足でそこに行って、直に掘り起こすのだ。
「さあ、それじゃあみんなで〈幸せな大王子〉に出発です!」
イトたちはソファーを立ち、第一歩を踏み出した。
全員が、バラバラな方へ。
「なんか……。合体に失敗したロボットみたいな動きですけど、大丈夫ですかね……?」
誤魔化す笑みに玉の汗をいくつも浮かべた仲間たちは、答えてこなかった。
※
「みんな、来てくれてありがとうございました! グレイブ探索頑張ってくださああああああい!」
マイクに向かっての大絶叫に、〈ワンダーライズ〉前のバフエリアは煮え立つ泡のように弾けた。
客の入りは……まあまあ!
しかもこれは一般のアイドルを基準にしての算出だ。これまでの〈ワンダーライズ〉のステージからしたら満員御礼レベルの大繁盛。
「うおおおおおお! 推しのバフ! 推しのバフ!」
「ウオオオオオオ! ウオオオオオオオオオ!(野生言語)」
特に盛り上がってくれているのは、セントラルから来てくれた白いフルアーマー軍団。それとPV撮影で縁ができた大剣クラスタの面々だ。この二集団が歓声の八割くらいを占拠している。
「っしゃ! これで精神的動揺によるミスは一切起こらねえええええ!」
「ウオオオオオオオオ!!」
蛮族の群れとなったお客さんの一団が、グレイブの入り口へと殺到していく。他のステージでライズバフを受け取ったシンカーたちが何事かと目を丸くしているのがちょっと嬉しい。
推しのバフに守られているのが一番アガる。その極意のようなものを教わってから、何だかライズですべきことが見えてきた気がする。だが、それはさておき……。
イトは千夜子へと急いで振り返った。
「チョコちゃん、どうしちゃったんですか!?」
「千夜子、どうしたのだ?」
「えっ、ええっ……」
イトだけでなく烙奈からも詰め寄られた千夜子が、驚いて体を縮こまらせる。
「な、何か、ダメ、だった……?」
恐々とたずねてくる彼女に、イトは声を大にして告げていた。
「いいえ――すっごく可愛かったです!」
「うむ!」
「ええっ……」
そうなのだ。ダメなんてわけがなく、今のライズでの千夜子が良すぎた。隣にいてキラキラした光の粒子が漂ってきたほどだ。お客さんの視線の多くが彼女に注がれていたことからも、それが勘違いでないことがわかる。
「か、可愛かった……わたしが?」
「はい! それはもう!」
「うむ。何というかだな……」
イトは烙奈とうなずき合い、
『超あざとかった』
「えぇ……」
「いやこれはいいことですよ!」
イトは拳を握って力説する。
「さっきのチョコちゃんは、チョコちゃんの一番可愛いところを遺憾なく発揮できていました。言わば100%カカオです!」
「それはただの豆なんだよ……」
「つまり千夜子の魅力を十全に引き出すことができていたということだ。これは自分の何が武器になって、何がそうならないかを理解していないとできん。これもバザールでの修行の成果か?」
烙奈がいつになく感心した様子でたずねた。
無理もない。千夜子はいつだって控えめな女の子だった。ダンスにしてもあまり強いパフォーマンスはできない。しかし先ほどの彼女は違った。何というか、自信のようなものが感じられた。まるで熱心なコーチに、「ここは良いよ」「ここはそうでもないよ」というのをつきっきりで指導してもらい、己を磨いた後のように。
「ううっ……こ、これはその……」
嬉しいような、何とも気まずいような顔で、千夜子はあちこちに視線を散らした。どうにも不思議な反応だが、もしかしたら自分の思わぬ成長に戸惑っているだけかもしれない。
「すごいですチョコちゃん! これは確実にレベルアップですよ!」
仲間の成長が嬉しくて、イトは思わず千夜子に抱きついた。
「よーし、わたしも負けていられません! 次のステージでは、アレンジをたっぷり込めたダンスでいってみます!」
「ふえええ……。ごめんなさい、ごめんなさい、わたしは心の弱いあざとい女の子ですうぅぅ……」
「エッッッッ!?」
その後も客足は順調に維持され、なんとバフではなくパフォーマンス目当てのお客さんさえ現れた。洒脱な服飾からセントラル出身者らしい。そんな人たちからも、千夜子は熱視線が注がれていた。
自分がニセモノ騒動に気を取られている間に、千夜子はしっかりと勉強していたのだ。彼女がアイドルとして一歩リード。イトはそれが嬉しくてたまらなかった。
※
「成敗!」
「グエーッ! 三つ編み図書館JK眼鏡の曇り顔が見たい人生だった……」
ガローラに汚れた魂まで食い破られたスナッチャーが、塵と消えてホームへと退散していく。
まとわりついた邪気を払うように血振りをくれながら、バスターソード仮面は油断なく周囲を見据えた。仲間はなし。単独犯だ。
「今宵のガローラは邪に飢えている……」
そんなことをつぶやきつつ、剣を月光に浸す。
謎のヒーロー、バスターソード仮面の活躍は順調だった。
ダーク・イーターが女子を助ける見返りとしてチューを頂戴していくのに対し、お子様にも安心してオススメできる健全健康な平和活動。話題性としてはやや押されがちだが、常に火種になりかねないあちらに対し、安定した人気を獲得できている。夜の治安も見違えるほど改善されており、自警クランやジャーナル各誌での取り扱いも好意的だ。
ただ、交流サイトではとうとうファン同士の対決トピックが立てられるほどになっても、本質的な状況は一歩も前に進んでいないことを、イトは自覚していた。
すなわち、ダーク・イーターの真意だ。
彼女は本当にこんな裏キャラのロールプレイを望み、楽しんでいるのか。どうも違う気がする。烙奈がここ最近、妙に心配性になっているのもそのためか。今日なんて、いよいよこの見回りにもついてこようとしていたほどだ。
バスターソード仮面に新たな相棒が追加されるのは、それはそれで新しい展開っぽかったが、彼女の焦りの混じった様子はどうもそんな浮いたラインの話でもなく思えた。たずねてもはぐらかされてしまうため、こちらの真意もわからないままだったが。
まあ、それはそれとして……。
(なんか今日は人が多いな……)
イトは今夜の成果に戸惑いを覚えていた。
助けたのは、もう三人目になる。
今までは約一時間の活動で一件あればいい方。空振りの時もあった。なのに。
「お怪我はありませんでしたか」
疑問をマスクの内側に隠し、イトは路地の隅に座り込んでいた女性プレイヤーへと声をかけた。すると彼女はわたわたと立ち上がり、
「た、助けてくれてありがとうございました。それでは、これで……」
と、すぐさまその場を離れようとする。
「ん? ちょっと待ってください」
「ぴっ」
イトが呼び止めると、相手は肩を縮こまらせて立ち止まった。そろそろと振り向いてくる。ゆったりとしたニットの長袖に、丈の長い清楚なサロペットスカート。大人しそうな三つ編み眼鏡の女性プレイヤーに不審な点は見受けられない。しかし、
「あのう、あなたさっきも、違うところで襲われてませんでしたか?」
「そっ、それは」
眼鏡と髪型と服装は違う。が、月明かりに照らしてみれば、顔は確かに最初に助けた女性プレイヤーのものだった。
「ごっ、ごめんなさい。すいません……」
観念したのか、女性はぺこぺこと謝り倒してきた。
「いえ、別に謝ることでは……。二度もスナッチャーに目を付けられるなんて、不運でしたねと……」
「いえ、あの、実は……わたしどうしてもダーク様に会いたくて……」
「な!?」
別に黙っていてもよかったろうに、彼女は正直に白状してきた。まさかダーク・イーターに助けてもらうために、わざわざ何度も危険に身を晒していたとは……!
「ひょっとしてダーク・イーターのファンクラブの人……!?」
「あっ、違います違います。そっちじゃなくて、わたし大剣クラスタのファンで」
「えっ」
これは意外な返事だった。女性はポンと手を合わせると、どこかうっとりとした表情で続ける。
「大剣って、自分で使うのは難しいですけど見てる分にはとっても良くて……。だってホラ、大きくて逞しくってぇ……。今度出る新しいPVも楽しみっ。あっ、もちろんイトちゃんが今使ってる剣も珍しくて綺麗だなって思いますけどね」
「バスターソード仮面です」
「でも、ダーク・イーター様が使ってる剣ってもっとすごいらしくて。実は友達がつい先日助けてもらって、その時に見た剣の特徴を教えてくれたんです。そこから推理してひょっとしてあれかなって思ったら、是非とも実物を見たくて……。お手数をおかけして申し訳ありませんでした……」
「いえ、それはいいんですが……」
ゲームの楽しみ方は人それぞれだ。わざと夜に出歩くスタイルがあっても、最終的にそれを誰に咎められるものでもない。治安クランでも、注意を呼びかけているだけで「やめろ」とは言っていない。それにだ。
「あの、ちなみにニセモノさんが持ってる大剣って何なんですか?」
「興味ありますか?」
眼鏡の奥の目をキラキラさせながら、話題に食いついてくる女性。
「はい、是非とも知りたいです」
もしかしたらニセモノの正体を知る重要な手がかりになるかもしれない。そう思って、イトも前のめりになりつつ問い直した。女性はすっかり気を良くした様子になり、
「ムフフフ、わたしの予想ではですねぇ……。ダーク様のはすっごいレアものですよ。大剣クラスタのPVでも一度も見たことないくらい。その剣はぁ、なんとぉ、ヒュベリオンっていいます!」
女の子(の武器)を知った千夜子ちゃん。




