案件67:夜は悪の女王様
「ニセモノの方がイイとは!?」
「落ち着いてくれたまえ。今、協力者に詳細を探らせている」
詰め寄るイトに、内心の焦りを抑えた声でケンザキが返したちょうどその時、ポーンとエレベーターの到着音が鳴る。
「社長さん。ただ今戻りました」
イトが振り返ると、ケンザキの言った協力者らしき人々が部屋に入ってきた。クラン〈西の烈火〉のクラン長モモと、元メンバーのカジとサダオミ。エンドコンテンツ〈絶滅地帯〉の救出部隊で一緒になった顔ぶれだ。
こちらの顔を見たモモが、特に驚いた様子もなく親しげに笑いかけてくる。
「久しぶりですねー、イトさん。今どっちです?」
「ヴァンダライズじゃありません!」
「わかりました、〈ワンダーライズ〉」
「なんだこの神対応!?」
おいおいって言われないだけなのに、この人が神的に良識人に見える。
「モモさんたちがケンザキ社長の協力者だったんですね」
「ええ。いやぁ、クランの宣伝記事の見返りにあれこれ手伝いを頼まれまして」
「オレはクラン〈破天荒〉を紹介してもらったお礼に……」
「オレは小遣い稼ぎっす」
モモ、カジ、サダオミがそれぞれの事情を打ち明けてくる。〈絶滅地帯〉の時の連帯でかつてのわだかまりは完全に解けたのか、皆お互いを尊重しつつ自分の道を歩いているようだ。
それにしても、この三人とちゃっかり縁を作って即座に手配しているあたり、ケンザキ社長、わりと真面目にフィクサーをやっているのか……? ちらと見たことに対し、「フフ……」と素直に嬉しそうにしてしまうあたり、“大物”の肩書きは乗ってなさそうだが……。
「大活躍中ですねイトさん。ここにいるみんな話は聞いてますよ」
「セントラルとの橋渡し役までしてしまうとは、驚いた……」
「クランで内輪揉めとかオレら何やってたんだろって、ますます目が覚めたっすよね」
三人から褒められ、イトは「えへへ……」と照れ笑いでごまかした。
かつては敵対、それから共闘し、今は何だか持ち上げられる立場に。環境の変化に中身が追いつかないのが実感だ。そう。自分はちゃんと評価されているはずなのだ。
「それで社長、データはこの中に。複数の傭兵クランに顔出してあれこれ聞いてきましたよ」
モモがデジタルな光を放つデータボックスを執務机の上にコトリと置く。するとカジとサダオミも、
「モモほどではないが、できる限りのことはした……」
「同じく……」
やや気後れしながらそれにならう。
「中身を確認する前に言っちゃいますけど、概ね社長の予想通りでした。ニセモノを取り巻く状況はもう変わりつつあります」
「ううむ、やはりか……」
ケンザキが顔をしかめてうなる。
「状況って?」とイトがたずねると、彼は「いや、交流サイトでも時折見かける意見ではあったんだが」との前置きをして話し始めた。
「まず前提の話として、ニセモノは、イト君のなりすましとは思えないような性格をしていることを伝えておこう」
「!」
「非常に高慢というか、高飛車というか、悪役令嬢とか悪い女王様みたいな少女なんだ」
「なっ、何ですと……!」
一番難しい外見のコピーは成功しているというのに、人のフリすら満足にできないというのか。
「彼女は自分のことを世界一可愛いと断言して憚らないそうだ。実際、助けられた女性プレイヤーたちは口を揃えて、そう言った瞬間の彼女は世界一可愛かったと証言している」
「う、そ、それは何だか、悪く言えませんねえ……」
不満にも喜びにも振り切れない顔をしつつ、イトは歯切れ悪い感想を吐いた。ニセモノや女性プレイヤーたちがこぞって称賛しているのは、つまりこの顔なのだ。そういう意味では敵はどこにもいないように思える。
「でもそんな性格なら、ニセモノってこともすぐにバレちゃいませんか」
「うむ……。そうなんだが……そうだったんだが……。世間は“それでもいいや”という考えにシフトし出している」
「なにィ!?」
「やっていることは普通に人助けだからね。キスはしてくるが……された方も悪い気はしていない。端的に言うとね……強いんだ、個性が。単なるニセモノとして排除するにはもったいないほど」
「……!!」
「彼女はニセモノというより、イト君の対となるキャラみたいな存在として認識が確立されつつある。白い髪に褐色肌、瞳はグリーン。服装は初期コスだが、武器は何だか見慣れない異様な大剣――ヴィジュアルだけでのインパクトだ。そこに偉そうだけどちゃんと人助けしてくれる女王様気質なんて加わったら、そりゃ人気出るよね」
「な、何てこと……」
イトはがっくりとその場に膝をついた。
ニセモノの方がお得。つまり、そういう流れからの発言だったのだ。
ニセモノの方が……本家アイドルより目立ってるなんて!
「く……確かにわたしは、王道をいくスタンダードタイプのアイドル。全部がハイスペックなら六花ちゃんになれますけど、そうでなければこれといって特徴のない地味系普通アイドル止まり……」
「ふ、普通? あれで……?」
「そ、そうっすかね。そうかもっす……」
カジとサダオミが何かを囁き合っているが聞こえない。
「でっ、でも、わたしだって最近結構目立ってきましたよね?」
「そうだ。君の頑張りはみんなが知っている。しかし、ある意味で凄すぎたんだ。最近では城ケ丘葵とのライズに、セントラルに乗り込んでの大活躍――次は裏人格キャラぐらい実体化しても不思議はないだろと、人々は思い始めている」
「そこは不思議がれよぉ!」
「アイドルはどうしても非現実寄りな存在だからね」
そうケンザキは苦笑いで言い置いた。
「あり得ない設定でも、そういうものと飲み込んで推すのがファンの嗜みだ。仮にもしこれが君のとこの事務所の仕込みなら、私だって脱帽ものだよ」
「……!」
事務所……。いや、まさかそれはさすがに。何か企画してくれているとは聞いていたが。
しかし……そういうことか。バスターソード仮面だって一種の劇のようなもの。演劇。シアター。ニセモノという迷惑プレイヤーかと思いきや、見た目そっくりで性格は反対の謎の裏キャラ参上。さあ本物はどうする……そういうヒーロー活劇として、ユーザーはこの状況を楽しんでいるのだ。
それなら、ニセモノがこちらの評判を落とすようなことはあまり考えられない。もう別物として切り離されているから。しかし……。
「ニセモノは“ダーク・イーターちゃん”の愛称で呼ばれ、ファンクラブもすでに存在しているそうだ」
「はあああああ! うちにはまだないのにぃ!?」
「実際に助けられた女性プレイヤーや、その活躍に共感する女性たちからの強い支持を得ているようだ。それから、今のところキスされたという男性プレイヤーは存在しないが、うら若き女王様に優しく踏まれたいという正直な男たちも結集しつつある」
「何それ怖と言いたいところですが、わたしも六花ちゃんのお尻に踏まれたいので人のことはとやかく言えません!」
ニセモノ――いやダーク・イーターの注目度は爆上がり中。元キャラとして自分が負けることは絶対に許されない。まさか、単なるニセモノ騒動がこんなことになるとは。
社長は手をガシンと組むと、ニヤリと笑った口元をそれで隠した。
「この状況、果たして偶然なのか、それとも相手の目論見通りか……。次は何が起こるやら、我々もせいぜい駆けずり回って備えるとしよう」
※
その日、千夜子は一人、〈ワンダーライズ〉が本拠を置くタウン6のバザールへと向かっていた。
イトや烙奈はいない。
最近のイトは夜回り活動のため、雑事をログイン前に片づけており、その間のユニットはフリータイムとなっている。こういう時は大抵、ガチャカタログを見たり烙奈に学校であったことを話して時間を過ごすのだが、今日は違った。
バザールにて前々から目を付けていたコスチュームがセールしているという情報をゲットしたのだ。どれくらいセールかと言えばケタが一つ違うくらいの大サービス。ガチャを封じた今、このグレートチャンスを逃すわけにはいかなかった。
バザールがやっている広場が見えてくる。もう少しだ、と購買欲に火を点け直したその時。
「ちーよこ。何してるの?」
いきなり陽気に、それもイトにもされないほど親しげに呼び止められ、千夜子は思わず足を止めた。
そして振り返ってみて、混乱を上限までぶち上げられる。
「……えっ? えっ、えっ!?」
そこにいたのは、こちらを見てくすくす笑う、白髪褐色肌の、イト――。
次回の予告メニューはチョコレートサンドとなります。




