案件66:あの子は噂の秘密のヒーロー
『謎のPKKヒーロー現る! 一体イ何トちゃんなんだ……』
『【至急】バスターソード仮面の対策について教えてください!【次は俺】』
『深夜帯プレイヤーは夜行クランに入ろう。バスターソード仮面もそう言っている』――。
交流サイトの日々の話題に交じってちらほらとその名前が見え、イトは思わずほくそ笑んだ。
「よしよし、いい感じに広まっているようです」
赤レンガホーム、日中。
リビングのソファーには〈ワンダーライズ〉のメンバーに加え、今日はこれからクラン案件だという六花とセツナも腰かけている。二人ともケンザキ社長の“いい考え”がどう動いているか確かめたくて、現場入り前に立ち寄ってくれた形だ。
夜のタウンを守る謎のヒーロー、バスターソード仮面。
それはPK絶対許さないガール。活動はリアル夜間に限定され、得物はバスターソード“ガローラ”。決め台詞は開幕の「狼は断罪を所望した!」と、別れ際の「PKとニセモノにご注意を!」だ。
これまで三日間活動し、助けた女性プレイヤーは四名。見返りなど当然求めず、颯爽と去っていく。もちろんキスなんてしない。
「自由なスカグフにおいても、かなり奇矯な行動として人々には認知されているようだ」
紙製のジャーナルを読んでいた烙奈が、該当記事を指で弾くような仕草を見せながらそう述べた。
PKはゲーム――すなわち世界によって認可された正当な行動。悪い行いだとするのなら、そもそも開発側がシステムを作らなければいいだけのこと。したがってPKプレイヤーを言葉で批難する権利は誰にもない。
ただし、直接ぶっ殺すのは可。
これまでPKKは、どちらかと言えば治安維持や賞金稼ぎの領分だった。狩る側はPKを公然と楽しめ、かつ報酬や名声も手に入る。趣味でやっていたことに実益がついてくるのなら、わざわざ断る者はいない。
それを、このバスターソード仮面は正面から放棄している。もらえるものを敢えてもらわないというのは、無欲というより逆に欲望に忠実なフェティシズムの世界だった。
「イトさんのニセモノへの対策が、夜回りだとは思いませんでした」
イトの隣に行儀よく座ったセツナが、トピックスのページを上から下へとスライドさせながらぽつりと言った。しかしイトはすぐさま、
「セツナちゃん、それは違いますよ」
「はい?」
「あの謎のヒーローはバスターソード仮面。わたしじゃありません」
「はぁ……」
したり顔で言うイトに、セツナは目をすいと細め、
「そういえば出会った頃、そうやって〈ヴァンダライズ〉だってこともわたしに隠してましたもんね」
「あ、あれはマジで違っただけです!」
傭兵扱いはカンベンだが、夜の町を守る仮面ヒーローガール、これはYES。
日中はアイドル、夜は謎の正義の味方。その組み合わせがなんとも王道で、クラシカルで、まるで伝統芸能を体験しているみたいにワクワクする。曾祖父の時代にはそういう実写ドラマが流行っていたとよく聞かされているので、その影響もあるかもしれない。
「でも、夜遅くの活動で大丈夫? 寝不足になってたりしない?」
そう気遣ってくれるのは六花だ。どれだけ仕事が忙しかろうと眠る時間だけは取れ――それが事務所のおかんこと結城いづなの教えであり、彼女に真横に張りつかれている六花にとっては人として守るべき最終ラインとなっている。
「そこは大丈夫です。深夜の見回りといっても十二時までですから」
普段のイトの“上がり”は十時か十一時くらい。それを一時間延長しているだけなので、睡眠のサイクルはほぼ変わってはいない。せいぜい、いつもはログアウト後にやっていることを、ログイン前に終わらせておくくらいの変化だ。
「でも、これで本当にニセモノを捕まえられるんでしょうか。確かニセモノって、もっと遅い時間帯に出没してるんですよね」
「ああ、それはですね……」
セツナの言う通り、ニセモノの活動時間は、こちらとはかすりもしない二時から四時の間だ。彼女のキス魔行はバスターソード仮面が出現した今もまだ続いている。
「イトが彼女と接触する必要はないのだそうだ」
ジャーナルに目を落としていた烙奈が、再び紙面から目を外して彼女の疑問に応えた。
「わたしも同じことを思って後で聞いてみたが、ケンザキ社長の考えでは、あくまであれがニセモノだということが世に浸透すればいいらしい」
「どうやって?」
「明らかにイトっぽいバスターソード仮面が、その直前の時間帯に似たようなことをして、だ」
『あっ』と声を上げたのは六花も一緒。
「違います烙奈ちゃん、あれはバスターソード仮面なんです」
「わかった、わかった。ともかく、それまで仮面までつけて活動していた謎のヒーローが、ある時刻になったら突然顔出しOKになるなんて不格好な話はない。ケンザキ氏曰く、ゲーマーが一番嫌いなものの一つが、ごちゃごちゃしたUIだという。ユーザーインターフェースとは人の目に見えているもののこと、つまり今回の、イトが溜め込んだ百合ゲージを深夜に解放しているという事件そのものだ」
「百合ゲージ!?」
イトが鼻白んだが、烙奈は気にせず続けた。
「キス魔がイトなら盤面はすっきりしていた。だが、似たような活動をしているバスターソード仮面がここに入ると、一気にグダグダした内容になる。そしてこう考えるのだ。どっちかでよくね? と。そうなったらこの件は無害化されたも同然だそうだ」
「つまりね、どっちかがニセモノかも、ってみんな自然に思うようになるの。当然、怪しまれるのは過激なことをしてる深夜帯の方」
千夜子も口添えする。この情報は〈ワンダーライズ〉内でもつい昨日、共有されたばかりのものだ。
ニセモノがイトのアバターそっくりだという事実は、かなり強い。本物がニセモノの注意喚起を“ただ”したところで、裏アカやセカンドアバターの疑いはどこかに残されてしまうだろう。
だから、イトが真夜中にはっちゃけているという構図自体を崩す。
「やたら遠回りだが、直進路がアテにならない以上はそうするしかない。ケンザキ社長の仕掛けは今のところ、内密に上手く働いているようだ。人々は対面的な部分――深夜のイトはイトじゃないかもしれないというところだけ、すくい取って見ている」
深夜帯ニセモノだという認識が一度広まれば、それはもうただの迷惑プレイヤーになる。言動の責任はすべてむこうに集中し、こちらになすりつけられることはない。
「後は、どこかでニセモノが捕縛されて正体が判明するか、あるいは本人が飽きて撤退するかを待てばいい」
「そんな意味があったんですね……。ケンザキ社長って頭いいんですね」
セツナがほうっと感心したように息を吐く。本人が聞いたらその日はずっと有頂天で、まわりから変な目で見られていただろう。気づかぬところで父を救う娘だった。
「それならイトちゃんも無理しなくていいし、いい案だね。それと実は警備クランの人たちからも助かってるって声が挙がってるんだよ」
六花がそんなことを言ってくる。
「警備クランからですか?」
「うん。セントラルの自治ほどじゃないけど、アウトランドでも夜警くらいはしようって人たちがいて、そこによるとイトちゃ――バスターソード仮面と、あとニセモノさんの夜回りのおかげで、ここ最近夜のPKが減ってるんだって」
「おおー! それはいいことです!」
「えへへ、実は今日はそこからの案件で、いづ姉たちと注意喚起のPVを撮りにいくんだ。コスチュームもほら」
六花がメニューからコマンドを実行すると、ガチャ産のカーテンエフェクトがシャッと閉じて彼女を隠し、それからすぐに開く。早着替えのオシャレな演出だ。
現れたのはミニスカポリスの六花。
「エッッッッ!?」
「どうかな……? 似合ってるかな……?」
「似合ってるなんてレベルじゃ――婦警さんの方が逆に犯罪でしょ!」
イトが興奮しながら本心を述べると、六花は少し恥ずかしそうに微笑んでから、
「イト君、キミを逮捕するっ。なんちゃって」
「はああぁぁっっ……!! 六花ちゃんポリスになら黙ってタイーホされるしかない……。大人しく手錠を頂戴いたします……」
観念して両手を差し出すと、突然六花の動きが停止した。
「あれ? 六花ちゃん?」
「手錠……。イトちゃんに手錠……。動けないようにして……二人きりの取り調べ……ウフフ、ダメだよ逃がさないんだから……」
「六花ちゃん!?」
「この娘はもうダメなのでは……」
烙奈がそうつぶやいても、六花はどっかの世界にお邪魔したまま帰ってこなかった。
「……まあトップアイドル様のことはおいといて、こうして予防線を張れた以上、事態は鎮静化していくだろう。セツナ、心配してくれてありがとう。イトお姉ちゃんはもう大丈夫だ」
「そっ! ……そんな心配、してませんでした……よ。イトおね……さんなら、絶対誰にも負けないってわかってましたから……」
ビクンと肩を跳ねさせたセツナが、しどろもどろになりながら答える。そんな様子を、烙奈と千夜子が微笑ましそうに見ていた。
イトはすぐ隣に同じものを感じながらも、まだ気がかりなことがあった。
ニセモノの目撃例もそれなりに増えてきてわかったことがある。
彼女の対人戦技術が相当なのはわかっていた。それに加え、どうやらかなり特殊な大剣を使っているようなのだ。
PKプレイヤーを倒すほんの短い時間しか見せないのと、助けられた女性プレイヤーが大剣に対しての知識が乏しいということもあって、正体はまだわかっていない。
しかし何か特別強力な武器を所持していたら――いや、PKKなんて危険な行為をしている以上、その可能性は高い――、夜警の人々が行動を阻止するのは難しいかもしれない。万が一、ニセモノがヤケを起こしてバスターソード仮面に突っ込んできたりしたら……。
だからこそバスターソード仮面にはガローラを用意した。
撮影で使われたあれを、武器工房クラン〈槌の音〉のメナにかけあって、またレンタルさせてもらったのだ。
「もしもの時の備えも万全。さあ、今日も張り切って町の治安を……! あっ、いえ守るのはバスターソード仮面ですけど!」
「わかったわかった。その前に我々もライズに出るぞ。注目のスカイグレイブがシンカーたちの活動圏内に入る頃だ」
「そろそろ鎖上りから卒業したい……」
「みんな、まだゴンドラ用意できていないんですね……」
「うふふふ……ネタは上がってるんだよイトちゃん。正直に白状すれば、婦警さんが優しく可愛がってあげる……」
何やら一人ほど悪徳警官に堕ちている者がいたが、その他はおおむね健全な現在の状況に満足し、それぞれの活動場所に向かうのだった。
しかし、事態は意外な方向へと動く――。
※
「スナッチャーは無条件に滅びろ!」
「ぎゃあああああ明日への活力がぁ!」
ガローラ一閃。相変わらずの、気づいた時には敵の体に勝手に食いついている剣筋に、被害者だった女性プレイヤーからも拍手が上がる。
イトはガローラを背中に収めると彼女に近づいた。
「お怪我はありませんか」
「はっ、はい……どうもありがとうございます」
まだ十代、少し年上に見える魔法使いスタイルのシンカーだ。もっともアバターの外見だけで実年齢を判断するのは不可能だが。
「PKとニセモノにはご注意を。それでは、ごきげんよう」
「えっ」
「えっ」
なぜか女性が驚いた顔を見せたので、イトもつい、返しかけたきびすを戻してしまう。
「あの、何もしないんですか……?」
もじもじと手を揉み合わせながら、ちらちらとこちらを見てくるプレイヤー。
「何もって? ??」
「……だからその、ほっぺとか、耳とかに……」
「???」
ここで突然、女性が何かに気づいたように「あっ」と声を上げた。
「あっ、あ、そっか、本物の方……! ご、ごめんなさい、何でもありません。助けてくれてありがとうございました……!」
そのまま顔を真っ赤にして、路地の彼方へと逃げ去ってしまう。
「…………。え”っ……?」
浮かんだ一つの疑念を胸に、イトは翌日、大慌てでケンザキ社長の元を訪ねる。
「社長! なんかちょっとイヤな予感がするんですけど! この計画って上手くいってるんですよね!?」
執務机の奥にいる社長は、あっちを向いたりそっちを向いたりと、ひたすらこちらと視線を合わせることを避けていたが、とうとう根負けして、最後はテヘと笑った。
「実は……助けられた上にキスもしてもらえるってので、ニセモノの方がイイんじゃ? ってことになっちゃった」
「はああああああああああああああああ!?!?!?」
UIがゴチャゴチャしてるのって、ロボットのコックピットなら憧れるのにゲーム画面だと死んでしまいます。




