案件64:スキャンダルルルル!
翌日。
イトは上機嫌でスカグフにログインした。
あれから、大剣PV撮影はそれまでの不協和音がウソのように滞りなく完了した。
黒百合も含めて動画をチェック。プロの目から見てもOKが出るほど、見栄えのいいものとなった。
後はAIに編集を任せ、当日中に配信してもいいくらいだったが、バックにとある音楽を流したいとのモズクの要望から正式なリリースは後日となった。
とはいえ、そうかかるものでもないという。音楽はすでに知り合いに発注しており、早くて翌日か明後日か、その程度で完成するとのことだった。
つまり今日、ユラとアビスと一緒に撮った力作が、第十七地区中に配信されるかもしれないということ。装備も出演者も豪華なこの動画がどんな反響を巻き起こすのか、あるいはもうすでに吹き荒れ中なのか、楽しみでしかたなかった。
それによって今日も新たな案件が舞い込み、事務所からの評価も鰻登り、日々のお小遣いも上級ガチャ二回分にグレードアップッ……そんな夢を描きつつ、開けた赤レンガホームの光に元気よく挨拶する。
「おはようございます! イトちゃんインしたお!」
<〇><〇><〇><〇> ドオオオォォォォン……!
「えええええええ……」
いきなり濁った眼の出迎えに、イトは危うくタイトル画面にバックステップするところだった。
いつもと変わらぬホームのリビング。雑然としたハズレガチャ品に囲まれた部屋で、千夜子と烙奈がなぜか暗黒瞳孔を開眼している。
「ど、どうしたんですか二人とも。何かあったんですか……?」
イトが恐る恐るたずねると、「イトちゃん、これ……」と神妙に千夜子が紙媒体のジャーナルを差し出してくる。普段から烙奈が読んで情報収集しているやつだ。
それに目を通す――までもなく、その見出しは飛びかかるように特大のフォントをこちらに突きつけてきた。
『〈ワンダーライズ〉のイト、深夜のキス魔行!!』
『スキャンダル発覚!? 被害者複数!!』
『人気爆発からの大炎上。ハイになって灰になったアイドル』
「ほえやっ!?!?!?」
思わず奇声をほとばしらせ、イトは記事内容へと眼球を食いつかせた。
それによると昨日の深夜帯、とある女性プレイヤーが町中でデイリーを消化していたところ、PKプレイヤーから襲撃を受けたという。あわやダウンというところで現れたのが話題沸騰中の〈ワンダーライズ〉のイト。つまり自分だ。彼女は悪質なPKプレイヤーを成敗すると、感謝を述べる女性プレイヤーを突然抱き寄せ、なんとほっぺにチューをしたという。
「な、何ィ!?」
しかも事件は一件だけにとどまらず、その直後、また別の町でも似たような事案が発生している。こちらは耳にチュー。
どちらも女性プレイヤーで、本人たちは驚きつつも「イトちゃんにキスされちゃった」とはしゃいでいるため、AIからもお咎めはない模様。ただ、一部では最近の活躍によって調子に乗りすぎているのではという懸念もあり、イトちゃんの今後の動向が注目される――。
「こ、これ絶対ウソです! わたしこんなことしてません!」
「……うん、だよね」
「だろうな。安心した」
慌てて釈明すると、暗黒瞳孔を見開いていた二人はすんなりと納得し、闇の力を閉じてくれた。
「変だと思ったんだ。その時間帯ならイトちゃん絶対寝てるし、ちょっとやそっとじゃ全然起きないはずから」
「あ、ありがとうございます! ……?」
何だか妙に実感のこもった千夜子の発言だったが、そんなことより安堵が勝る。仲間に信じてもらえないのが一番つらい。
「しかし世間はこの話題で持ちきりだ」
烙奈がウインドウを展開、交流サイトのホットニュースタブを開示する。
そこには、イトが深夜にPKKしながら女性を物色しているという話が、まことしやかに語られていた。
「何ということを……!」
「イトちゃん……」
「気にするなよイト。この手のスキャンダルは、普段は見向きもしない部外者が騒いでいるだけだ」
気遣ってくれる仲間たちに、イトは力強くうなずいていた。
「ええ、でもわたしがこんな誰彼かまわずコナかけるような女子だと思われていることが一番の心外です! これは確かに普段からわたしを見てすらいない人の発言に違いありませんよ!」
「えっ!? ……あ……そ、そう……だね?」
「う、うむ……。そう……だな?」
ここでも同意してくれる二人。やはり持つべきものは友であり仲間だ。
しかし、それでこの事態が好転するわけでもない。そもそも一体何が起こっているのか――。
と。
不意に窓の方から物音がした。どこかから飛んできたグレイブの破片でもぶつかったのかと、イトが何気なく振り向いてみると――。
<〇><〇><〇><〇>
「ぎょええええええ!?」
そこには室内に暗い視線を注ぐ二対の淀んだ瞳が!
イトは思わずひっくり返りそうになりつつも、窓に張り付いているのが六花とセツナであることに気づき、慌てて中に招き入れた。
「何やってるんですか二人とも! そんなところにいて危ないですよ! 来るなら普通に玄関から来てください玄関から!」
「イトちゃん……」
「イトお姉ちゃん……」
ゴゴゴゴと暗黒星雲を渦巻かせる瞳の二人の手には、さっき見ていたのとは別のジャーナルが握られている。
「それは誤報です!」
イトは手のひらを向けてビシッと断言した。実際まったく身に覚えがないのだから、変に言い淀む必要もない。幸い、さっき千夜子と烙奈に同じことをされたので対応は慣れていた。
「うん。イトちゃんはそんな時間に起きてないよ。わたしが保証する」
さらに後ろから千夜子が援護射撃が加わり、
「飯塚さんがそう言うなら……」
「チョコさんが言うなら間違いないですね……」
ようやく二人の目から深宇宙の闇が去っていった。
何やらすごい信頼度である。自分の証言よりも説得力があるようでちょっと妬ける。
「はあ、よかった。イトちゃんがどうかしちゃったかと思ったよ……」
「じゃあ一体何なんですか、この記事は。全部ウソってことですか。とんでもないです」
胸をなでおろす六花に、ジャーナルに対し憤りを露わにするセツナ。フレンド欄からの通信でも話は十分にできただろうに、直に確かめに来てくれたことに気持ちの強さが表れている。
「複数のジャーナルが取り上げているということは、ソースは同じところのようだな。単なる愉快犯か、それとも組織的な妨害か……。何にせよ悪質だ」
「心配かけてごめんなさい。根も葉も種も土壌もない話ですよ、まったく。わたしが人にキスして回るなんて、どうしたらこんな不埒な発想が出てくるんでしょうか」
「えっ。あっ……うん……」
「そう……ですね……」
激しく同意してくれる二人。やはりちゃんと近しい人ならわかってくれるのだ。
しかし……そうか。これがアイドルのスキャンダルというものか。しかも捏造。リアル世界ではいまだに絶えない話だが、まさか自分に降りかかるとは思っていなかった。
結城姉妹はこの一件をどう思っているだろう。ユラは。黒百合にノア、これまで関わり、ライズに来てくれた人たちは……。
それに事務所。
セントラルでの一件から所内でも注目が集まっているという話は、スパチャから聞いている。今の注目度を活かし、いかにアイドルとしての足場を築けるか。そのために向こうも何か考えてくれているらしいが、それがまだなのは今回はいい方に転がった。もっと有名になった後では、こんな荒唐無稽な話でも大騒ぎになっていたかもしれない。
「お嬢様、問題はご友人内だけにとどまらないようでございます」
ペタペタと足を鳴らしてスパチャが現れる。きっちり五人分のレモンティーをトレイに載せつつ、その脇には彼の判断でデータベースから切り出したデジタルブロックが一つ。
軽く指先でタップしてみると、メールが一件開封される。
「あ、大剣クラスタのモズクちゃんからです」
目を通してみて驚いた。
そこには何と、昨日撮影した大剣PVの配信延期が記されていたのだ。
理由は当然、今回のキス魔スキャンダル。周辺がざわついている今、迂闊にイトを露出させると騒動は倍化、方々に飛び火する可能性もあることから発表を先延ばしにしたという。PV自体は極上モノだから絶対にお蔵入りにはしない、と明言してくれているものの、ここで迷惑をかけるのはイトとしても本意ではない。モズクの判断を支持したかった。
「それと〈ペン&ソード〉のケンザキ社長から、今回の騒動について至急話したいことがあると――」
「わあ、早い……」
「事務所より対応が早いような……」
「あの男ならこの手の話は放ってはおかないだろう」
〈ペン&ソード〉は今回のキス魔騒動についてまだ記事にしていない。身内びいきなところはあるものの、事件にはしっかり乗っかるタチだ。すでに何かを掴んで報道を抑えているのかもしれない。
そんな考えのイトを前に、スパチャがこんなことを言う。
「氏から、戸惑っているだろうからひとまず一番重要な事実を先に伝えておく、とのことです。以下、文面通り読み上げます。――“イト君の偽物が出た”」
〈ワンダーライズ〉のイトのニセモノ……もしかして〈ヴァンダライズ〉。




