案件63:悪魔の剣に舞い
「イメージはアニメのオープニングだ」
イトたちPV出演者を前に、モズクは動画の方針をこう切り出した。
「まずイトちゃんが草原を歩いてて、はっと振り返ると後ろからユラが飛びかかって来る。んで、何度かやり合ったところでユラがアビスと交代。アビスとも同じようにしたら、どこからともなく巨大なモンスターが現れて、三人は突然一致団結。一斉に敵に向かって駆け出したところでフィニッシュだ」
「何で?」
説明の終わりに間髪入れず投げかけたのはアビスだった。
「何がだ?」としたモズクに、「何で今まで戦ってたのにいきなり協力してんの?」との素朴な疑問が投げかけられる。
「それは、そういうもんなんだよ」
「そうですね。やっぱアニメのオープニングと言ったら、主人公がカメラに向かって飛びかかって剣を振り下ろすシーンと、本編には出てこない謎のモンスターとの戦いは欠かせません!」
「そーだね。おまえ結局誰なんだよってのいるよね」
モズクの力技な返答に、イトとユラも言葉を揃えて同調する。
「は? 意味わかんない。ツッコミどころ満載じゃん」
「細けーことはいいんだよ! とにかく大剣カッケー! 女の子可愛いー! ってとこだけしっかりしてりゃそれでよしだぜ!」
これまでの大剣PVは一人ないし二人のプレイヤーが武器やスキルを披露するだけだった。それが今回は、大剣ユーザーの女の子三人という異例の豪華さで、対決シーンを演じるなんて凝った作りまである。しかしそれに浮かれてあれもこれもと細部を詰めていたら、いつまでたっても撮影が始められないだろう。アッピルポイントさえブレなければ、後は見ている側が勝手に想像してくれるのだ。
「殺陣のとこは自由にやっていいの?」
今度はユラがたずねる。
「ああ。リハーサルはしてもらうけどな。短い時間でカッコイイ画を撮るためには、それなりの動きってもんがあるからよ」
「へへ、任せて。ボクそういう派手なの得意」
「わたしも登場シーンについて聞きたいんだけど」
またアビス。自分から売り込みに来ただけあって積極的だ。モズクもやる気のある相手は歓迎らしく、「おう何でも聞け!」という態度で質問に応じていた。
意見や質問が多く出せる関係というのがイトは好きだった。何か不満があるのかと穿った見方をする人もいるかもしれないが、チームプレイにおいてコミュニケーションは必要な儀式。特に今日会ったばかりの人間同士なら、なおさらお互いの性質や性格について知らせ合っておかないといけない。
が、この二人の場合、少し風向きがおかしかった。
「何かそれじゃわたしの方が白詰イトより弱いみたいなんだけど」
少し棘のあるアビスの声に、空気にわずかな緊張が混じる。モズクもやや苛立った様子で、
「そうじゃねーけど、イトちゃんは主役なんだよ。主役は真ん中にいてナンボ。強さは関係ねえ」
「倒しちゃダメなの?」
「いいわけねーだろ!」
二人のやり取りを聞いていたクラスタメンバーも苦笑いを浮かべる。
アビスはどうやら自分の立場が不満らしい。黒いウェディングドレスにバスターアックスソードの組み合わせは、ヴィジュアルとしての点数は非常に高いものの、控えめに言って悪役のスタイル。PVに独特なカラーが付いてしまうことは確実。邪神騎士クラスタへようこそとかだったら間違いなく主役だったのだろうに。
「ちぇ、つまんないの」とアビスが引き下がったところで、イトが挙手する。
「モズクちゃん、わたしも一ついいですか」
「なんでぇイトちゃん。まさか主役をコイツに譲るとか言い出さねえだろうな」
「いえ、それは譲れません。それよりこのPV……わたしがイイモノってことでいいんですよねっ!?」
「へ?」
「騙して悪いがとか、本性表したねとか、そういうんじゃなくて、ちゃんとイイモノ属性の主役として撮ってもらえるんですよね!」
「どういうこったよ……」
「ほら、あれじゃないっすか代表」
しかめっ面で首を傾げるモズクに、クラスタのメンバーがこっそりと助け船を出す。
「前にあった〈奇跡の一枚コンテスト〉で、〈ワンダーライズ〉が滅茶苦茶悪役面してたやつ」
「ああ! あのイカしたやつか! あれ全然よかったけどな。うちのクラスタでもだいぶ盛り上がったし」
「アイドル的には全然よくないです!」
「ハハッ、まあそうか。今回はそういうんじゃねえから安心してくれよな。ちゃんとイトちゃんの可愛いところ撮って、女子ユーザー増やすんだからよ」
「よーし頑張るぞ!」
実はセントラルの一件を経ても『〈ヴァンダライズ〉また壊す』とか『奇跡(本性)の一枚を忘れるな』とかのトピックがたびたび立てられ、ダーティなイメージが居残り続けている。ここで清純派かつヒロイックなところを見せられればそうしたイメージも一掃できるに違いない。
それから立ち位置や殺陣の際の動きを確認するリハーサルを行い、いざ本番へ。
空にはほどよい感じにグレイブの破片が来ており、今のうちにOKを決めたい。
「多少しくじってもAIに任せりゃどうにでもなっからよ! 楽しくいこうぜ楽しく!」
「みんな頑張ってね」
「リラックスよ、三人とも」
千夜子たちや黒百合陣営からも応援されつつ、ボールカメラに録画開始のランプが点灯するのを見届けたイトは、途端に腹の底で緊張が膨れ上がるのを感じた。
セントラルでのスペシャルライズでも、わけわかんないくらい緊張したが、あちらのダンスにはまだAIのサポートが付いていた。今回は一挙手一投足が全部自分のもの。それに千夜子も烙奈もいない。ある意味、動画の全責任がのしかかっているようなものだ。
平常心と何度も自分の内側に響かせながら、やけにガチガチになった手足で草原を歩く。
(普通に……普通に……普通ってどんなだっけ……!?)
次の瞬間にもモズクからの「カット!」の声が飛んできそうでビクビクしているうちに、ユラの来襲シーンがやって来る。
飛びかかりからの一撃をガローラで受け止めた瞬間、間近にあった彼女の顔がふと何かに気づいたように微動し、すぐにパチッとウインクしてきた。
(あ……)
それで、体を縛っていた見えない鎖が解けた。
台本にはないウインク。けれどこんなもの、カメラの向きやエフェクトの追加でいくらでも修正できる。
何よりユラは楽しんでいた。そしてそれが、今は一番の正解だと。
エメラルドグラットンの手応えは、以前戦った時と同じものだ。そして自由気ままなユラ。いつも通りがここにすべて詰まっている。
つい口元に浮かんだ笑みに任せ、押し返すようにガローラで払いのけると、後は自然に体が動いた。
ユラがエメラルドグラットンを振るって優美な攻撃スキルを披露。ガローラでそれらを受け流しつつ、こちらも反撃。手順はあらかじめ決めてあったので流れはスムーズだ。
最後はお互いに剣をぶつけ合い、ユラが押されるようにして交代。
撮影範囲から上手く退場する彼女に、イトは感謝の目線を送る。
次は、アビスが走ってくる番――。
「……ッッ!?」
来た。来はしたが。
それはリハーサルで見せた普通のアクションではなかった。
まるで棒切れのように引きずって駆けてきたヒュベリオンを、片腕を目いっぱい伸ばし、遠心力全開のまま振り下ろす!
「ぐっ……!」
ガァン! と巨大な鉄扉同士が激突した轟音がまき散らされ、周囲の草花が同心円状に薙ぎ倒される。頭上で受け止めたガローラから、悪魔の剣の超重量級の一撃が、足元まで貫通した痺れとなって伝えられた。
仮面に隠れていない唇がニヤリと笑う。
「予定通りなんてつまんない。盛り上げちゃおうよ白詰イト」
今度は横からの薙ぎ払い。これも片手での最大リーチ。まるで本人が剣に振り回されているかのような奇妙な体勢だ。しかしこれはデタラメな打ち損ないではない。彼女は完全にこの攻撃をコントロールしている!
瞬間、手元で何かが吠えた。
イトは受けるはずだったガローラを即座に構え直し、斬り上げで迎え撃つ。
梵鐘同士で殴り合ったかのような音と衝撃。今度は、ヒュベリオンの勢いに任せていたアビス側が弾き飛ばされた。
しかし彼女もタダでは転ばない。地面に剣を突き立て、本人はその上でプロペラのようにクルリと一回転して衝撃を殺し切る。
イトは即座に追撃に走った。もちろんこれは予定にない。しかし、そうしないとヤバイという感覚が体内で燃え盛っていた。
それを見て、受けに回るどころか逆に距離を詰めに来るアビス。
剣を構えたまま激突。鍔迫り合いの形になる。
「ねえ、あなたって、パーソナルグレイスで相手の動きが読めるんでしょ?」
「……!? な、なんでそれを……」
突然問いかけられ、イトは鼻白んだ。
パーソナルグレイス〈フロートラッカー〉。力の動きが見えるようになる特別なスキル。しかしこれはユニットのメンバー以外の誰にも話していない。ユラがわずかに勘づいているだけだ。
「これから大技いくから、それやって見せてよ」
「いえ……あれはユラちゃんとやった時しか使えてなくて……」
あれ以来、一度もスキル欄の名前が点灯していたことはない。
「簡単じゃない。自分と互角以上の相手とガチった時だけってことでしょ」
断言すると、アビスが突然猛回転しながら剣を振るった。
自身が支点となり、重さのままにヒュベリオンを独楽のように振り回す。
横、縦、斜め、ありとあらゆる角度から高速かつ最重量級の斬撃が飛んでくる。
まるで剣の嵐。こんなのガローラでだって受けきれない。回避するしかない!
――瞬間、両目が燃え上がる感覚があった。
目の前で吹き荒れる剣の暴風に、黄金色のラインがいくつも引かれる。
力の斬線。見えた。フロートラッカーが起動している!
迫りくる線をことごとくすり抜けながら、イトは嵐の中を突き進んだ。
耳元を何度も剛剣が通過する。一発でもかすめれば、耳が飛び、頬が裂けることは必至の恐怖。現実なら。そして動きを鈍らせたが最後、続く剣がすべてヒットしてあっという間にズタボロにされてしまう。
進むしかない。フロートラッカーは逃げ道を教えてはくれない。ただ攻撃のための前進の道のみ。
そして。
(抜けたっ……!)
剣閃渦巻く黒雲が晴れ、現れたのは喜びに舞い回る無防備な花嫁。
(――!? まずい!)
ここでようやくイトは我に返った。
これはPVPではない。撮影だ。この後三人は、突然現れた敵に向かって走り出さないといけない。
しかし、ガローラは完全にアビスを仕留める気になっている。手が止まらない!
「アビスちゃんっ!」
そう叫ぶのが精いっぱいだった。
うなるガローラが、アビスのど真ん中を貫く――。
直前。
凄まじい金切り声と共に、ガローラが地に叩き落とされた。
イトの視界を塞いだのは清冽な緑に輝く魔法剣。エメラルドグラットン。
それともう一本。青い十字のマークが入った、清純そうな大剣。これは――?
「……っぶねーな……!」
モズクだった。モズクとユラが二人がかりで、突きの形にあったガローラをはたき落としたのだ。
ギッ……ギギギッ……と、接触部分が震えている。イトの手からまだ力が抜けきっていないのだ。しかしそれは、二人に押さえつけられたガローラが、それでも立ち上がろうと必死にもがいているようにも見えた。
「やりすぎだぞおめーら! こんなんガチすぎて女の子全員ひくわ!」
モズクが一喝する。はい……完全にその通りです。中学生の子が見たら泣き出すまである。イトは何の弁証もできず「すみません……」とこうべを垂れた。
「キミも楽しくなっちゃうのわかるけどさぁ」
一方で、今はもう回転を停止しているアビスに、ユラが好戦的な声を向ける。
「ボクだってやれるもんならガチりたいのに抜け駆けしないでほしいなあ。それに今回の主役はイトちゃんでもう決まってるんだから、引っ掻き回さないでよね」
言われたアビスが、守りの構えから剣を下ろす。
ガローラの攻撃に対し、その防御が間に合っていたかどうかはわからない。ただ、次、お互いの剣が触れていたら、もう誰にも止められないところまで突き進んでいたに違いない。
「……ごめん」
ややあって、申し訳なさそうな声がそう言った。
「わたしの方こそ、熱くなっちゃってすみません」
イトもすぐに謝った。空気が少しどんよりする。アウトランドに生きる者ならわかる。今のはガチPK寸前だった。言ってしまえばケンカ直前の気まずさ。このままでは、リテイクへの気力すら奪ってしまいそうな……。
しかしそれを即座に吹き飛ばしたのは、蛮族めいた歓声だった。
大剣クラスタの面々だ。愛剣を天に掲げて群れさせながら、総勢でこちらに駆け寄ってくる。
「すげーバトルだった!! 興奮した!」
「代表、これでいきましょう! 女の子の新規なんかもういらねぇや!」
「ウオオオオ! ウオオオオオオ!(語彙消失)」
アビスが呆気にとられるほどのはしゃぎぶり。「うるっせえ! 撮り直しに決まってんだろ!」とモズクがすぐさま一喝するも「録画ほしいヤツは後で並べ!」とのフォローも忘れない。
「やー、好き放題やったわね二人とも」
そこに千夜子たちを引き連れた黒百合も笑顔で参戦。
「確かにあれは一部の男子にしか受けないわ。あとイト、あんだけブンブン振り回されて一発も当たらないのキモい」
「うん……。イト、キモかった……」
「いときもい!?(古語)」
ノアにまで言われてイトはショックを受けた。あれは……カッコイイとは言わないのか……。
「わたしの古い友人もゾーンに入ると相手の動きが事前にわかるとかうそぶいててウソこけって思ってたけど、案外本当だったのかもね」
「えっ。そ、その人は、ええと、そういうパーソナルグレイスを……?」
ついつい気になって聞いてしまう。
「いいえ。そいつのパーソナルグレイスは全然別。だからウソくさいと思ったのよ。けど今考えると、パーソナルグレイスでなくて逆によかったわね。そんな能力を任意でオンオフできたらそれこそ怪物だわ」
その発言にイトはぎくりとなる。フロートラッカーについて知っていそうなユラとアビスの反応が気になったのだ。が、ユラはすでにモズクと別の話題に乗り出している。
「キミ、結構やんじゃん。その装備構成“ナイチンゲール”だよね」
「へへ、まーな! 荒事には慣れてるってこった」
鼻の下をこすりながらモズクがえへんと答える。
後にイトが調べたところ、ナイチンゲールとは回復魔法を使いこなす重騎士のことで、これが大剣を持って敵に突っ込むと、移動要塞として相手陣営を散々荒らし回れるのだそうだ。ユラと同調してガローラを叩き伏せたのも、その激闘の経験あってのことか。
「ま、とにかく、今のはナシだナシ! 後でNGシーンとして配信してもいいかもしんねえけどな! おいアビス、おまえも今ので満足したろ。今度はちゃんと打ち合わせ通りにやれよ。それでおまえは十分目立つんだからよ」
ウオオオオオ! と真っ先に応えたのはなぜか大剣クラスタメンバー。どうやらバスターアックスソードなんて難物を自由自在に使いこなす彼女にすっかり虜になってしまった模様。
さっき漂っていた現場の不穏な空気は、もはやどこにも残っていない。
それを束の間眺めたアビスは、どこか優越的な笑みを口元に走らせ、
「そうしてあげる」
と満足そうに答えたのだった。
足りなさではなく過剰すぎてリテイクくらう演者たち。




