案件62:黒い花嫁
「バスターアックスソード……!」
「おい“ヒュベリオン”だぞマジか」
少女が背負った不気味な剣を見て、大剣クラスタの人々が色めき立つ。
「バスターアックスソード? ヒュベリオン?」
イトがこっそりモズクにたずねると、
「アックスソードってのは、斧の攻撃力と剣の扱いやすさを合体させた武器だ。バスターアックスソードはその巨大版、扱いはかなり難しい。ヒュベリオンってのはそん中でも特に強力なヤツでなぁ……。同じ名前の悪魔系モンスターが落とすんだけど、本人が超強え上にドロップがやたら渋くて、あたしも実物見んのは初めてだ。バザールなら軽く数千万、下手すりゃ億までいくんじゃねぇか」
「おくぅ!?」
それはもう一般シンカーには非売品も同然だ。
そしてあのドレス。黒いウェディングをベースに、漆黒の胸甲や腕防具を当てはめたあれは、“アビスブライド”という見た目も防御性能も大変優れた人気のガチャ商品だった。視界の端で興奮気味にしている千夜子がどうしてもほしくて、結局引けなかったという過去がある(無慈悲)。
優美なドレスとマスク姿に、怪物の体の一部を引っこ抜いてきたような異形の剣。黒い花嫁――いやむしろ悪魔の花嫁と言った方が正しいような、とんでもない存在感の少女が現れたのだった。
「白詰イトとのバトルシーンを撮影するなら、わたしも混ぜてもらいたいんだけど」
そんなレアもの尽くしの花嫁は、肘を掴むように軽い腕組みをして、そんな意思表示を突きつけてきた。
「おっ、何だ。撮影に協力する気になったのかよ。さっき話しかけた時はつっけんどんだったのに」
対するモズクは、ちょっとからかうような返し。一部クラスタメンバーも大して動じていないところを見るに、この少女は前からこの場にいたらしい。きっと大柄なバスターソードマンたちに隠されて見えなかったのだろう。身長はこちらと同じくらいで、囲まれたらまず埋もれてしまう。
「さっきは考え中って言ったのよ。白詰イトが本当に来るかもわからなかったし」
つんとすました様子でさらに言い返す少女。
これは。このこだわりようは……ファンだ! そうに違いない。
そう確信するイトに、黒百合が面白そうに寄って来る。
「日中堂々マスクをしてるなんて怪しい子ね」
「そうですね」
〈黒百合動画〉の犯人くらい怪しい。
「仕方ないじゃない」と、ちゃっかり聞こえていた少女がこれにも返してくる。どうやら黙ってはいられないクチのようだ。
「わたし可愛いから。素顔見たら、みんな一目惚れしちゃうもの」
おおー……!
感嘆のどよめきが男性プレイヤーたちから上がる。
なんという自信。
しかしそれは、あながち的外れでもないとイトには感じられた。
褐色のうなじが美しい白のポニーテール。露出した首筋から肩までのしなやかかつ柔らかいライン。隠れていない唇の形の良さも合わせ、この時点ですでに美少女の90%は約束されたも同然の造形だ。
滅茶苦茶上手くいったキャラクリを自慢したがるのは古くからのゲーマーの性。ただその場合、わざわざ顔を隠すのは謎だが……。
誰もが少女の素顔に興味津々な中、イトはふと、他と違って警戒するような眼差しを注ぐ人物がいることに気づいた。
誰あろう、烙奈にユラだ。
「どうかしたんですか?」
「うん、白髪に褐色だなって……」
「ああ、いい組み合わせですよね。それだけで魅力アップみたいな。ノアちゃんもそうだし、大剣クラスタの人の中にも一人二人いますね」
「……それはそうだが……」
二人ともバツが悪そうにこちらから目を逸らしてくる。何だかよくわからないが、今日は白と褐色がアンラッキーアイテムか何かだったのだろうか。
と、千夜子も少女をじっと見つめて動かないでいる。多分ドレスに見とれてるんだろうなと思って聞いてみると、
「そうじゃなくて、なんかあの子……ううん。何だろ……ごめん、やっぱわかんない……」
と、要領を得ない返事をされた。
いずれにせよ、あの少女にみんな首ったけなのは間違いなさそうだった。自分もその一人だが。
「確かに、その装備と見た目なら動画映えするだろうけどさ。イトちゃんもユラも対人戦の動きがちゃんとできるんだよな。おまえそこに入れんのか?」
モズクからの提示に「見てもらえばわかる」とだけ返すと、少女は一人、空いているスペースにつかつかと移動してしまった。ちらとこちらに向けた顔は多分、相手をしろと言っている。
この判断は正しい。
もしバトルシーンの撮影に参加するなら、その相手を務めるのは主演であるこの自分。ならばテストも自らやるのが最適だ。
イトはうなずき、黒い花嫁と対峙した。
バスターソード・ガローラを構える。この剣の奇妙な“狂暴さ”はさっきのユラとのやり取りでわかった。あまりにも使いやすすぎて、気を抜くと引っ張られてしまうのだ。扱いは注意しないと……。
不意に、ざわり、とギャラリーたちが動揺する気配が伝わった。
「……?」
イトは相手を見据える。
剣の切っ先を後ろ側に向け低く構える。いわゆる脇構え。
同じだ。相手はこちらと同じ構えを取っている。
イトがこの構えを取るのは、剣の長さを相手に測らせないためと、初手で薙ぎ払いが出しやすいからだ。縦の振り下ろしは威力はあるものの、かわされやすい。しかし横に振れば、まるで面のような攻撃ができる。足元を狙えれば、そのままヴァンダライズにも移行できる。
しかし、ギャラリーがざわついているのはそこだけではないようだった。
「この二人、何か似てね……?」
「体格も一緒だし、構えの細かいとこまでそっくりだぜ……」
「まるで表と裏みたいな――」
どういうことだろう。背丈が同じくらいなのは察していたが、傍から見るとそんなに似ているのか?
クラスタメンバーだけでなく、千夜子たちも目を丸くしている。これは本当にそうなのかもしれない。しかしとにかく今は撮影に集中しないと――。
「行きますよ」
不意を打つつもりはない。一声かけてからイトは地面を蹴った。素直に横一線の薙ぎ払い。別に相手を倒すことが目的ではない。人からの攻撃にたじろいだり怖がったりしなければ撮影には十分参加できる。
が。
「!?」
少女は受けに回らなかった。それどころか、まったく同じ速さ、まったく同じ位置に、攻撃を打ち込んできている。
ガァン!
鉄のイノシシ同士が正面からぶち当たったような轟音が、周囲の草花を薙ぎ倒す。
これがバスターアックスソードの威力……! ざざっと靴底が滑り、イトは思い切り後方へ押し戻されていた。しかしそれは相手も同じ。
ギャラリーがわっと沸く。
「あのガローラ、ヒュベリオンを吹っ飛ばしたぞ! ホントに旧式か!?」
「いやヒュベリオンも振り遅れてなかった! バスターアックスソードでそれってかなりやべーから!」
「もう一回行きます!」
イトは叫んで再度踏み込むと、縦の振り下ろしを放つ。
対する少女は下からの振り上げ。
ズガァン! と剣同士とは思えない爆発音が響き渡り、熱を帯びた空気が中間地点で渦を巻く。イトのガローラは跳ね上げられ、花嫁のヒュベリオンは地面に叩き伏せられた。
互角だ。またしても剣の威力はまったく同じ。
次は――次はどうする?
「ス、ストォーップ! もういい、もう十分だ! もうわかった! 出演OKだ!」
第三撃目に移ろうとしたところで、モズクから慌てて待ったがかかった。
イトはほうっと息を吐く。
確かにもう十分だった。ただの悪質プレイヤーであるスナッチャーと、ユラやノアみたいなガチなプレイヤー両方と戦ったことがあるからこそわかる。この女の子は強い。たった二回の攻撃だったけれど、迷いも躊躇いも、そしてミスすらなかったのが何よりの証拠。
「一緒に頑張りましょう!」
イトが手を差し出すと、花嫁少女は一瞬それを見つめ、すぐに握ってきた。
「うん、よろしく白詰イト」
不思議な手触りな気がした。温かくも冷たくもない。
「ところで、あなたの名前は?」
「名前? アンタでもオマエでも好きな風に呼んで」
「いやそれは全然名前じゃないですし……。もしかして匿名希望的な?」
「……うん、まあ、そう」
顔を隠しているのだから名前まで伏せても不思議はない。クランやフレンドに秘密にしておきたいとか、理由はいくらでも考えられる。
「さすがに呼び名がないのは不便ですからね……。じゃあ……バスターアックスソーコか、もしくはアビスちゃんの二択ですね……!」
「アビス」
「わかりました! よろしくお願いしますアビスちゃん! いやあ即答でしたね。気に入ってもらえましたか!」
「うん、そうね……」
何だかちょっともの言いたげに返し、ヒュベリオンを背中に戻すアビス。さらりと揺れた大きなポニテが可愛らしく、邪悪さと愛らしさを両立させた、雰囲気だけでも十分に美少女。イトはつい我慢できず、こっそり呼びかける。
「ところでぇ……。こんな時に何なんですけど、アビスちゃんて百合営業に興味あったりはしませんか……?」
「百合営業……?」
見えている口元が少しあっけにとられたように開き、それから、
「別にいいけど、本気で好きになられても責任取らないからね」
「ヒューッ! これ絶対可愛いやつぅ!」
ガローラのイト。エメラルドグラットンのユラ。そしてヒュベリオンのアビス。もしかしたら大剣クラスタ史上、もっとも豪華でもっとも可憐でもっとも特異かもしれないメンバーで、撮影が決定したのだった。
出演者が破壊の権化みたいな子しかいないんですがそれは。




