案件61:92.7%の執念
「ユラちゃん、大丈夫ですか!?」
イトは大慌てでユラに駆け寄った。彼女は尻餅をついたまま動かず、どこか呆けた顔で草の上に寝かせたエメラルドグラットンを見つめている。
「すみません、なんか自然と力が入っちゃって……」
「イトちゃんの――」
つぶやくように言ったユラの頬がじわじわと赤くなり、目はうっとり、口元にだらしない笑みが浮かぶ。
「イトちゃんのすっごいおっきいのがボクのナカにズドンってきて、ぐちゃぐちゃに掻き回されちゃったぁ……」
「大変です、ショックで言動がおかしくなってます!」
「いや、いつも通りのユラだが」
集まってきた人々の中、烙奈が忌憚のない意見を述べる。
「烙奈ちゃん、シーッ! こうすればAIからセンシティブ判定受けずに済むはず……!」
「無駄な抵抗はやめろ。ユラ、大丈夫か?」
「うん、ボクは平気。ちょっと驚いただけだから」
実際、ユラのライフバーはミリも減ってはいなかった。吹っ飛ばされはしたものの、ガード自体は成立していたようだ。
ユラの使う二本の剣はどちらも魔法剣に分類される武器。バスターソードのような物理属性オンリーの攻撃は防ぎにくい面がある。ただこれは逆もしかりで、物理剣で魔法剣を受ける方がむしろ衝撃は大きい。
「ホントにごめんなさいユラちゃん。振り方を確かめるだけのつもりだったんですけど、予想外に勢いがついちゃって」
「ちょっと失礼」
再度謝るイトの横から、黒百合が指先でバスターソード・ガローラ付近の空間をタップする。
ウインドウが開き、武器の簡易ステータスが開示された。
「うげっ……!」
集まってきていたクラスタメンバーの誰かが絞り出すような声を放つ。
黒百合もサングラスでは隠しきれない驚愕を露わにし、
「強化達成度92.7%……! これ、相当いってるわよ……」
「マジかよメナさん……」
「うん。そうみたい」
息を呑むモズクに、少しはにかむ様子のメナ。イトはその意味がよくわからなかったが、空気を読んだ黒百合が「ガローラって、強化がすごい難しいのよ」と補足してくれる。
「武器強化は最大十段階。その中でどれだけ高い強化値を引けたかが達成率になるわ。ガローラは強化のブレ幅がやたらでかいから、素材を食い尽くして50%未満なんてザラ。ちなみに普通の武器だと、60%が実戦ライン。70%で傑作、80%は自己満足を超えた何か。90%なんてもう前世の呪いの類ね……」
「武器スキルも見ていただけたら」
どこか得意げに、メナが先を促す。黒百合が折りたたまれていた詳細部分をタップすると、細かいテキストと数字がずらっと出てきた。「うわ……」とのけぞる彼女。
「ど、どうかしたんですか」
「これ……“本土決戦仕様”よ」
「マジ?」
とざわついたのは一部の大剣クラスタの人々。しかしイトと同じく何のことかわからないという様子の人も少なくない。
「何ですかその、今度結成しよーって……新ユニットの約束?」
「じゃなくて本土決戦仕様。まあ……簡単に言っちゃうと、攻撃スキル全盛りの武器ってこと」
「はえー、全然聞いたことないです」
「まあシーズン4の古い用語だからね」
黒百合は、まわりで首を傾げる若いユーザーたちにも親切心を働かせ、話し始める。
「対人が盛んな時期って色んなメタ構成が作られるの。つまりは対策装備ね。たとえばケルベロスを最低一発は耐えられる装備、みたいな」
「!」
「本土決戦仕様っていうのは、面倒くせえからそういう防御ラインを全部超えちゃるって意志で作られた最高の攻撃性を持った武器。現実的には全部ってわけじゃないけど、これのメタを作ってたら他の耐性がザルになって別の相手にやられる……。だから対策されない。そういう強みがあるの。もちろん、こっちも捨て身になるけどね」
「物騒だな……」との烙奈のつぶやきが、この場の全員の視線と共に、イトが持つガローラの刀身に吸い込まれて消えていく。その一人であるモズクは真剣な顔で、
「やべー武器作ったな、メナさんとこの職人は。大剣のスキル構成っつったら利便性向上が鉄板だろ。振りが早くなるとか、溜め時間短縮とか。だって攻撃力はもう十分高ぇもんよ。だけどこのガローラはそういうのを全部プレイヤー側に押しつけてる。いわゆる技術介入度の高い玄人向けの武器……。しかも殺意がすげえ。ここまで盛るのは計画性っつうより執念を感じる……」
殺意、執念……確かにそうだ。
イトはさっき、振り具合を確かめるために、姿勢を意識しながらユラに打ち込んだ。攻撃モーションはゲーム側で補正してくれるので、プレイヤーはよほど変な体勢からでなければスペック通りの威力が出せる。力加減はそこからプラスアルファ。
しかしあの瞬間は、ガローラの方からエメラルドグラットンに食らいつきにいくようだった。加減をするつもりが、ほとんど全力のような力を引き出されていたのだ。
「このガローラは、うちのクラン〈槌の音〉の初代クラン長が、シーズン4に作ったものだそうです」
この剣には何かある――と誰もが勘づいたところで、メナが来歴を語った。
「あるプレイヤーに渡すためにクラン長が自ら対人用のスキル設計をして、強化して。でも時間がかかりすぎたせいで完成した頃にはシーズンが終わり、そのプレイヤーも引退してしまったそうです。初代は落胆してゲーム自体を辞めてしまって……。でもそれ以来、このガローラは工房の壁にずっと飾られていたそうです。クランの最高傑作としてこれに続けと……でも結局、これ以上の武器は出なかったと……」
「そりゃそうでしょ。達成率90%超なんてスカグフの博物誌に乗るレベルよ。そこまで仕上げたってどうせ対人戦用のスケーリングでほぼ潰されちゃうんだし。はぁ……でも、なるほどね」
黒百合が何やら感じ入ったようにため息をついた。
「この殺意バリ高のガローラ……ケルベロスで全員殺すための性能をしてるのか。わたしの古い友人が見たら大喜びしそう。イトにもぴったりだと思うわ」
「はい。ケルベロスを使うプレイヤーなんて、もう残っていないと思っていましたから」
そう言って二人の目がこっちを向く。イトは改めてガローラを握りしめた。
不思議だ。全然知らない昔の誰かのために作られた武器なのに、まるでずっと使っていたみたいに手に馴染む。というより剣の方から吸い付いてくるみたいだ。さっきの体が引っ張られるような奇妙な感覚だって、今の話を聞いたら不気味にさえ思えるのに、怖いとは感じなかった。
誰かの、あるいは何かの想いが、この中に眠っている。それは掘り起こされるのをきっとずっと待っていた。それなら――。
「ガローラならイトちゃんのイメージを壊さないし、今の格好にも見劣りしねえ。よーしこれで撮影決定だ! いいよな!?」
「当たり前じゃん! これを却下したらボク許さないよ。だからほらイトちゃん続き! 続きしよ! もう一発ボクにぶち込んでよ!」
モズクの下した決定にユラが鼻息荒く追従した、その時だった。
「ちょっと待ってもらえる?」
新たな声の闖入。
少し高飛車で、けれど凛として嫌味のない声は、盛り上がっていた空気の真ん中を一直線に貫いていった。
人々が振り向き、にわかにざわつく。
それはそうだ――とイトも思う。
現れたのは、不気味な形の大剣を背負った一人の少女。
白く美しい髪はロングポニーテール。肌は滑らかな褐色。
しかし肝心の顔は仮面のせいでわからない。
そして服装は――黒いウェディングドレス。
花嫁衣装で乱入してくるとはとんでもないやつだ<〇><〇>




