案件60::バスターソード・ガローラ
「えー、ええっと? 今イトちゃん、このお姉さんのこと黒百合って呼んだか? 黒百合って、あの〈黒百合動画〉の黒百合さんか……?」
戸惑いの色が強い声で問われ、イトははっとしてモズクの方へと向き直った。
烙奈とユラの態度は気になるが、今は一旦、クライアントの疑問に答えねば。
「はい。あの〈黒百合動画〉の黒百合さんですよ。今日はわたしの応援に来てくれたみたいです」
「マ、マジかよっ」
他の大剣ユーザーたちからもどよめきが起こる。
「じゃあ、隣の子は“あの動画”でセーラー服の生徒役だったケモミミの子か……?」
「エッッッッ!」
「続編! 続編!」
なんか変な鳴き声が混じるのに対し、軽くサングラスを押さえてうつむく黒百合。
「これだから今は人前に出たくなかったのよ……。昨日の今日よ? そりゃ騒ぎにもなるっつうの……」
顔が赤くなっているが、サングラスのおかげでそれはまあまあ隠せていた。ひょっとするとそのためにつけてきたのかもしれない。
「わたしは恥ずかしくないよ。むしろ噂されたら嬉しい……」
そんな黒百合の羞恥心をまったく無視して、ノアが黒百合に腕を絡める。甘えるように頭を摺り寄せながら、
「先生、後で今朝の続きしようね……」
「何でそんな含みのある言い方なの!? 朝の続きって引っ越し作業じゃない!」
「ゴクリ……。な、なんかすげーな……。これが本物の〈黒百合動画〉か。い、いやっ、あたしはいいと思うぜ。本人たちがそれでよけりゃな。うん……」
近くでその新婚さんみたいな空気に当てられたモズクが、顔を赤らめながらつぶやいた。
どうやら彼女もあのボーナストラックを視聴したらしい。
黒百合とノアはセントラルを中心にどんどん活躍していくだろうし、こちらも負けていられない。とりあえず今日、黒百合たちが撮影現場に遊び来てくれたことはブログに書いて仲良しアッピルしておこう……。
「はー……イトちゃんが来た途端、ビッグネームが次々に集まってきちまった。このまま待ってたら六花ちゃんが大剣引きずって現れたりしねーかな……?」
「いやそれはさすがに……」
「まあ、だろうけどよ。でも大剣クラスタのPVにこんなに華があるの初めてじゃねーかな。少なくともあたしは知らねえ」
そう言って周囲を見回すモズクにつられ、イトも視線を走らせた。
この案件を受けるにあたって過去のPVをいくつか予習してきたが、モズクが一回、後はだいたい重装備の男性プレイヤーがメインのものだった。今の現場にも女性プレイヤーはほぼ見当たらない。
「やっぱ重さとか見た目とか、女子に好かれねーんだよな大剣。その点ソードクラスタはいいよなー。元から人気あるし、六花ちゃんが広告塔になってくれるしで」
「片手剣は扱いやすいし可愛いの多いっすからねー」
「大剣はどうしてもごつくなってしまう……」
うんうんと悩ましげにうなずくクラスタメンバー。
スカグフは五感で味わう没入型のゲームだが、実際に重さを感じたり、筋肉が疲れるということはない。ただ、手応えの大きさや動き出しの遅さなどで重量に関するパラメータを補完しており、この感覚を嫌って大剣を選ばない人が多いことはイトも知っていた。
女性プレイヤーにも大きな武器をカッコイイと思う人はいるが、自分でそれを使うとなると話はまた別なのだ。
「でも、イトちゃんがバスターソードぶん回してくれてるおかげで、女子ユーザーも確実に増えてきてんだよ。魔女のエメラルドグラットンもあれば百人力だ。このPVで一気に盛り返すぞおめーら!」
ウオオオオオオオ! とまたも雄叫びで応える大剣クラスタの面々。
現場が盛り上がっていると、出演する側としても気持ちがアガってくる。いつの間にか烙奈とユラの様子も元通りになっているし、これで心配事は何もなしだ。
それでは早速撮影開始――といきたいところだったが、ここで突然モズクがボールカメラとにらめっこしながら固まってしまった。一体どうしたのか。
「いや、最初の予定じゃイトちゃんにいい感じにアクションしてもらって、ケルベロスで締めようと思ってたんだけどよ。せっかく〈ワンダーライズ〉のライバルが来てくれたんなら、もっと別のことできねえかなって」
「わかってんじゃん」とは、生き生きした様子でこちらの腕を取るユラの返答。
「撮るなら当然、ボクとイトちゃんのバトルだよねー」
「それだよそれ!」
指を突きつけて興奮を露わにするモズク。その指を拳の中に折りたたむと、「あの〈ヴァンダライズ〉VS魔女の決戦は大剣クラスタみんながシビれたんだぜぇ……」と語り始める。
「〈ヴァンダライズ〉じゃありません」
「おいおい」
「あの社長!」
ケンザキに怒りをぶつけたところで、ぐいと腕を引っ張られる。犯人のユラは目をキラキラ――いやギラギラと光らせながら、すでに人のいない場所へと連行しようとしている。
「ねえ早くヤろ……? ボクもう体が火照って我慢できない」
「わ、わかってますけど、あんまり派手に暴れてカメラ吹っ飛ばさないでくださいよ? これはあくまでPV撮影のお仕事なんですから」
「わかってるわかってる。先っちょだけね先っちょだけ……」
早くも背中にエメラルドグラットンを表示オンにするユラ。イトもつられてバスターソードを表示させるが、
「んー……ちょっと待ってくれ」
そこでまたもモズクからストップがかかってしまった。
二人揃って振り向けば、さっきまで大盛り上がりだった大剣クラスタの表情が何とも言えないものに変わっている。
「どうかしましたか」
「いや、さ。悪かねえんだよ? イトちゃんつったら初期装備でアイドル無双するってのが定番だし。でも最近コスチュームも新しくして、おまけに相手がエメラルドグラットンだろ? どうしてもバランスがな……」
他のメンバーもうんうんうなずいている。
「あー……」
それは……確かにそうかもしれない。高原に集まったクラスタの面々を見ても、「おれを見ろ!」と言わんばかりに強そうな装備で身を固めた上で、背中に立派な大剣を背負っている。
新規に武器をアピールするためにもヴィジュアルは必須だ。特にこの場合、一番宣伝したい大剣が見劣りしてしまっているわけだから、気になるのは当然と言えた。
誰かのを借りる、という手もなくはなかったが、武器はプレイヤー個人に紐づけられており、持つことはできても戦闘で性能を発揮させることはできない。それではユラとのバトルシーンも撮れなくなってしまう。
「あの――」
と、ここで大剣ユーザーたちの人垣の後ろから、か細い声が上がった。
彼らが道を開けると、そこに立っていたのは線の細い女性プレイヤーだ。長い黒髪の上にナースキャップみたいな帽子をちょこんと載せ、何と魔法職のローブを着ている。
撮影の見物に来ていた一般プレイヤーかと思いきや、「おっ、メナさんじゃねーか」とモズクが嬉しそうな声を上げ、彼女をこちらに引っ張り出してきた。
「この人はあたしのクランの臨時ヒーラーだ。人手が足りねーからよそから出向してもらってんだよ。どした?」
「はいクラン長さん。これ、うちの商品ですけど、もしよければ」
そう言って彼女が取り出してみせたのは、細身のヒーラーには似つかわしくない大剣だった。
「あっ!?“ガローラ”じゃねえか!」
モズクだけでなく、他のメンバーも「おおっ」と声を膨らませる。「あら懐かしい」とは黒百合の発言。
「ガローラ?」
「なんでぇイトちゃん知らねえのか? バスターソード・ガローラ。結構前のシーズンの武器なんだけど、他の大剣とは一線を画す幅広い拡張性を持った可能性の獣なんだぜい! ただその分強化が難しくて、後続にもっと扱いやすい武器が出てきた上に、アイテムドロップもあんましねえで、すっかり幻の武器になってたんだよ。まだ持ってるヤツいたのか」
こういう武器はスカグフに山ほどある。昔は人気だったけれど、今はもう見向きもされない武器。特に大きいのは、こうした古い武器を持ったユーザーが、倉庫に眠らせたまま引退してしまうことだ。そうして絶対数を減らしていき、いつしか攻略サイトでしか見ない過去の遺産となってしまう。
「そういやメナさんの所属クランって、武器工房だっけか」
「はい。もうわたし一人しか残ってなくて、実質動いてませんけど……」
メナさんは少し寂しそうに言う。
「ただ、昔作った武器がいくつか倉庫に残ってて、店売りだけはしてたんです。今時、旧シーズンの武器なんてほしがる人はいませんけどね」
「それを貸してくれんのか?」
「はい。これ、イトちゃんにもしよかったら使ってほしいなって」
「わたしに……!」
イトはバスターソード・ガローラを受け取った。
商品だと言っていたためユーザー登録はされていない。ただ「試し切り」という取引システムがあり、短時間ながら所有権を得ることができる。
ガローラは、初期武器のデザインを踏襲しつつも、鍔の部分に猛々しい狼の頭があしらわれた大剣だった。他にも随所にディテールアップが見られ、今までのものを二段も三段もカッコよくしたような形だ。
「イトちゃん似合ってる」
「イメージそのままで順当にバージョンアップした感じだな。いいと思う」
千夜子と烙奈が褒めてくれたように、イトも妙にしっくりくる感じがした。二、三度素振りしてみて、さらにその感覚を強める。
「イトちゃん、そんなんじゃわかんないよ。とりあえずボクに一発打ち込んでみて」
ユラがエメラルドグラットンを防御の形に構えながら催促してきた。
彼女の言う通り、使い勝手というのは普段と同じように使って初めてわかるものだ。撮影のパートナーであるユラとの相性も知っておく必要がある。断る理由はない。
「じゃあ、ちゃんとガードしてくださいね」
「はいはい。いつでもいいよ」
気楽に言ってくるユラに対し、ガローラを構える。
ユラはしっかりと地面を踏みしめた防御態勢。いい加減そうに見えてそういうことは怠らない。これなら変な事故は起こらない。
「それじゃ、いきまーす」
大事なのは威力ではなく、思い通りに動くかどうか。
姿勢に意識を集中させ、しっかり踏み込んでからの一撃を――。
ズドン!!
『!!!!!????』
大砲のような音がして、完全防御体勢にあったユラの大剣が跳ね上げられた。
青空をゆく空墓の破片を映し出すエメラルドグラットンの刀身。その勢いに負け、ユラはぺたんと尻餅をつく。
「え……?」
誰もが目を丸くする。吹っ飛ばされたユラも、もちろんイトも。
イトちゃん、新しいヴァンダライズよ!




