案件59:大剣使いの集い
“ブルーダイヤモンド”
なぜその呼び名を知っている。
驚きと衝撃の中で、知らず烙奈は月を背に立つ人影から目を離せなくなっていた。
白い髪、褐色の肌、ケモミミ、すべてノアという少女の特徴と一致する。
しかし、ブルーダイヤモンドの名を知っているのは、今のところこの世界に一人しかいない。それは決してノアではない。
「わたしの邪魔をしないで」
唐突に声が言った。
おかしい。耳の内側がわんわんと鳴っている感覚。認識が閉塞する。これが本当にノアの声だったかどうか思い出せない。内側を狂わされているという焦りの中、烙奈は「何のことだ」の反論をどうにか絞り出し、抵抗を試みた。
「わたしはイトが好き」
「え……?」
「イトをわたしだけのものにする」
「……な、何を言っている……」
ますます混乱させられる。ノアが慕っていた相手は黒百合のはずだ。それがどうして。
確かに、黒百合との動画を撮らせてもらったことで、ノアはイトに深く感謝していた。それがきっかけで好意を? 友達として好きというのならわかる。しかし、自分のものにするとまで言い切ったこの感情は……。
「ブルーダイヤモンド」
くそっ……。またその呼び名だ。もう絶対に聞き間違いや勘違いではない。こちらを“そう”認識している……。
「あなたもイトが欲しいの? イトが好き?」
「そっ……それは」
そんなことをしている場合ではないというのに、あらゆる感情を押しのけて熱が膨らみ、烙奈を焦らせた。答える義理さえないと気づいたのは言い返した後。
「べっ、別に、貴女にそんなこと言う必要はないし……」
「何であれどうせ無駄になる」
瞬間、焼け付くような危機感が背中を駆け抜けた。
「…………!?」
深夜の闇に沈むタウン6。月明かりが周囲の建物の屋上を、小島のように浮き上がらせている。そしてその上に……いる。いつの間にか何人も。全員がサイバネのギミックをコートの上に光らせて。
「さようならブルーダイヤモンド。あなたの宝物はわたしがもらう」
――消される!?
拒否を許さない結論が頭に弾けると同時に、ビルの屋上にいた人影が一斉に動いた。
そして目の前のノアも一直線に躍りかかって来る。彼女の武器は居合刀。ここはもう攻撃範囲の内側だ。
「くっ……!」
覚悟さえ追いつかず、何も納得できないまま意識の断絶を予期した烙奈の視界内で、突如、無数の光が膨れ上がった。
爆轟!
ビルの狭間で行われた迷惑な打ち上げ花火のような爆発は、こちらへ殺到しようとしていた人影をすべて吹き散らしていた。
「こ、今度は何だ……?」
飛び散る火の粉から体を屈めて身を守っていた烙奈は、次に上から浴びせられる声を聞いた。
「真夜中のお茶会とか、シャレてんじゃん。烙奈」
見上げた空にあったのは、夜空とそっくりな色のボロのローブ。
レトロなホウキ型の乗り物に横向きに腰かけ、妖しく光る二つの瞳が楽しげにこちらを見下ろしている。
「ボクもまーぜて」
破壊の魔女、痣宮ユラは、いつもと変わらぬ不穏当な陽気さで、その言葉を投げかけてきた。
「ユラ……! どうしてここに」
さっきから予想もできない登場人物ばかり現れる。繰り返すが今は深夜。健全な学校生活を送っている少女が、何の偶然でもふらっと現れるようなタイミングではない。
果たしてユラは、楽しげに首を傾げて返答を寄越す。
「不健全だから?」
「おい……」
「あははっ、冗談冗談。いや不健全なのはホントだけど。散歩だよ、真夜中の散歩。リアルでやったら危ないけど、ここなら誰に怒られることもないし、それに――」
そうして蒼い光を滾らせた瞳で、周囲を一睨みする。
「――ここではボクが一番の危険人物だから」
この娘――と、烙奈は苦虫を噛み潰した笑みを浮かべてしまう。
さっき上から降り注がせた爆雷。あれは一瞬で用意できるような攻撃ではない。ホウキで周囲を一周、せめてそれくらいの手間はいる。
つまりユラはもっと前から頭上に陣取っていて、こちらが襲撃されるのを見越して準備していたということだ。
洒落っ気があり狂暴。実力は随一。味方としてこれほど頼もしい人物もいない。味方ならば――。
「で、あの人たち誰? SFコートのPK集団なんてこの地区にいたっけ」
「それは……」
烙奈が意味のないつぶやきを口にした直後、ノアたちが一斉に動いた。
退く。蜘蛛の子を散らすような全方位への撤収。そのままビルの谷間の闇に飛び降りると、タウン6は今までのことがウソのように完全に夜の静寂を取り戻した。
「あっれ、帰っちゃった。何だよー、せっかく楽しいパーティになりそうだったのに」
構えかけていた赤光のロッドをバトンのようにクルリと回し、臨戦態勢をオフ。唇を尖らせたユラは、本当にこの不発を残念がっているのだから恐ろしい子だ。
「やあ、不健全な烙奈」
しかし、次の瞬間には何の未練も感じさせない顔がこちらを向いた。烙奈はわずかに緊張した。
「さっきの人たちって、烙奈の知り合い?」
「…………」
知り合い、程度では済まないかもしれない。ブルーダイヤモンドという呼び名を知っている以上、もはや……。いや……だが、あれが本当にノアだったという確証もない。わかることは少なく、答えられるものはもっと少ない。それならば。
「……ユラ、お願いがある」
「お願い? 烙奈がボクに? いいよいいよ。言って」
「ここでのこと、誰にも言わないでほしい。特にイトと千夜子には」
「…………」
それまでウエルカムの姿勢を見せていたユラが、途端にむっとしたような顔になった。
「ふーん……。そういうこと」
ダメか……? ユラは完全に気分屋で、イトと千夜子には特に気を許している。二人に秘密を作るなど、とても約束してくれないか。
「じゃあさ、烙奈も努力してよ」
「え……?」
予想外の返しに固まっていると、少し拗ねたような顔で彼女は言った。
「今みたいなピンチになんないで。今度ああいうことになったら、ボク遠慮なくみんなに言いふらすから。それがイヤなら、あんな簡単にやられそうになんないで」
「……!」
唖然として言葉が出なくなった。
なんてことだ。どうやら、ユラの性格を読み違えていたらしい。気分屋であり……それ以上に彼女はわたしの友人だ。
心配させるなと、言ってくれている……。
「……ああ。努めてそうする」
助けに来てくれたのも、偶然ではないかもしれない。
烙奈が微笑んで返事をすると、ユラも月のような微笑でそれに応えた。
※
翌日。
大剣クラスタPV撮影場所、〈ユンドラの庭〉。
「イトちゃん……? ホントに〈ワンダーライズ〉のイトちゃんか……?」
「は、はい。本日はお招きいただきありがとうございます」
「うおおお、本物だ! おいおめーら! 本物のイトちゃんが来たぞ!」
『ウオオオオオオ!』
一人の少女の雄叫びに呼応し、高原の空に歓喜の声が打ち上がる。併せて掲げられた大剣がまるで御旗のように人々の頭上で踊った。
〈ユンドラの庭〉は、白と黄色の花が隙間なく敷き詰められた大草原だ。色々な武器の紹介PVに使われる定番のスポットで、アバターの動きに対して草花が揺れるリアクションが、動画の見栄えをよくしてくれるらしい。
イトは、本日は見学のみの千夜子と烙奈と一緒に、この場所を訪れていた。
「すっげー! 本物はやっぱちげーな!」
大声で喜びを爆発させているのは、声のボリュームとは反対に背の低い少女。
「大剣クラスタ代表、モズクだ。今日はよろしくな!」
「〈ワンダーライズ〉のイトです。どうぞよろしく」
分厚いガントレットの手と、しっかり握手をする。
モズクはなかなか特徴的な少女だった。
顔は可愛いのに、なぜかべらんめえ口調。そして小さな体に似つかわしくない重鎧を身に纏っている。その鎧にも大きく目立つ青い十字のマークがあちこちに入っていて、遠くからでも彼女を簡単に見つけることができた。
「なんか……思ったよりたくさん人が集まってますね」
イトは周囲を見回しながら言う。この場には二十人は下らないシンカーたちが集まっていた。全員が立派な得物を表示オンにした大剣ユーザー。もっと少人数での撮影かと思っていたが――。
「ああ、元々ただの野次馬だけど、イトちゃんが案件受けてくれるって知って一気に人が増えてな。うるさかったらすまねぇな」
「そ、そうだったんですね。みんな、見に来てくれてありがとう!」
『ウオオオオオオオオ!!!』
本当にうるさい。モズクの声も大きいし、多分これが大剣クラスタの特徴なのだろう。
と。
「やあイトちゃん。おひさー」
「ええっ!? 何で!?」
そこに思いもよらぬ人物が現れた。滅茶苦茶ナチュラルに、スイーとホウキで降りてきたのはあの痣宮ユラだ。
大剣クラスタのメンバーがさっき以上のどよめきを上げる。破壊の魔女ユラと言えば、下手なアイドルよりもよっぽど有名だ。
「ユラちゃん、どうしてここに?」
ユラとぺたーっと両手を合わせながらイトが問いかけると、
「へへーっ……。ボクだって大剣ユーザーの一人だからね。なんかここで撮影してるって聞いて見に来たんだよ」
「お、おい、もしかして、おまえも一緒にPV出てくれんのか?」
横で唖然としていたモズクが、今度は期待にソワソワしながらたずねてきた。
「いいよー。そっちさえよければね」
『ウオオオオオオオ!!』
「うるっさ!」
周囲から沸き起こった歓声が答えのようなものだった。
見た目にも美しいユラの大剣エメラルドグラットン。陽光にきらめくあの武器を想像するだけで、良いPVになるという確信は誰にでもあったのだろう。
「ユラちゃんと一緒に撮影ができるなんて楽しみです!」
「うんうん、ボクも嬉しいよ。セントラルで真面目な仕事をするっていうから大人しく待ってたのに、なぁんかあっちで葵やキリンと楽しそぉーな動画撮ってたみたいだしさぁぁぁー……?」
「あっ……」
「ウフフ……すごくイヤらしい動画撮ろうね? イトちゃん(はあと)」
「セ、センシティブはダメです!」
せっかくの初出演PVが発禁なんて、事故ってレベルじゃない。
そこに。
「ちょっとごめんなさい。大剣PVの撮影会場ってここでいいのよね?」
またも新たな声が割り込んできた。しかも、これはまさか――。
「く、く、黒百合さんん!?」
「久しぶり……って、昨日会ったばかりねバスターソーコ。いえ、イト。お疲れ様」
「お、お疲れ様です!?」
スーツ姿の、ロングウェーブヘアの赤髪の女性。サングラスはしているが、もうそれは変装のためのものではないだろう。
〈黒百合動画〉の主催者にして、リアル世界では本物の芸能プロデューサー、黒百合その人だ。ユラの登場に驚かされた大剣クラスタの面々も、さらに動揺を露わにする。
「どうしてここに!? ってこのセリフさっきも言いました!」
「ノアがどっかからPV撮影の話を聞きつけて、見に行きたいって言いだしたの」
「こんにちは。イト……」
黒百合の背後にやや隠れるようにしていたノアが、頭を隠したフードの奥から気弱な声を投げかけてくる。
「ノアちゃん! もしかして応援に来てくれたんですか?」
「うん。イトのカッコイイところ見たくて……」
ユラが手伝いに来てくれて、ノアが応援に来てくれた。こんなに嬉しいことはない。
しかも見学組とはいえ、ノアは〈影刀〉なんていう特殊なビルドを組み、実力も折り紙付き。もしこれで撮影に協力してくれたら、とんでもないPVが出来上がるかもしれない。
「これは楽しみですね。ね、みんな!」
イトは期待に胸を膨らませ、仲間たちに振り返った。
(あれ……?)
なぜか……烙奈とユラがピリピリしていた。
┗|┳|┛「ウオオオオオオ!!」←この人は関係ありません。
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褪せ人よ、エルデの地に戻るのです……。本日DLC発売。




