案件58:武器クラスタのPVに出演せよ!
「あれ絶対そうだよチョコちゃん」
「うーん、どうかな……」
「かなりの確率でそうだと思う」
「そうとも言えるしそうでないとも言えるような……」
「何だ二人ともインするなり。おはよう」
ホームのリビングに入って来るなり議論を始めたイトと千夜子に、紙製のジャーナル越しに目線を寄越した烙奈が訝しげな声を上げる。
数日間のセントラル活動を終え、何だか久しぶりな赤レンガアパートからのスタート。
ミニマルな〈モカ・ディク〉のリビングとはうって変わってハズレガチャで溢れる室内から目を背け、イトは挨拶の返事がてら、これまでの経緯を烙奈に話して聞かせた。
「実は学校で、わたしたちのことを見てる人がいたんですよ」
「ほう」
「一学年上の、ちょっと大人しそうな男子の先輩で。でも何だかすごく話しかけたそうなオーラを放ってたんです。あれ絶対、わたしたちのファンですよ!」
「ふむ。それだけでは何とも言えないが……」
「で、その先輩が意を決してついにわたしたちの方へ足を踏み出したら! 同じく二年生の女子の先輩たちが現れて、その人を引っ張っていっちゃったんです」
「何か事情がある人物だったのかもな」
「その後、女子の先輩たちが揃ってこっちに敬礼してました」
「ファンだ」
イトは「やっぱり!」と歓声を上げた。
「ほらチョコちゃん、ついにわたしたちの目に見える範囲にもファンが現れたんですよ!」
「う、ううん……」
「嬉しくないんですか?」
「ゲームの中ならまだしも、リアルでそういう目で見られるのはちょっと……。わたし、アシストがないとライズもできないし、取り柄もないし……」
そう言うと大きな胸に手を当ててうつむく千夜子。イトはそれをきっかり三秒間じっと見つめ、
「いえ! チョコちゃんはそこに存在するだけでまず一つ取り柄を持っています! そこから無限のプラスアルファ! なので胸を張ってください!」
「そ、そうかな?」
「はい!」
「ありがとう……えへへ」
千夜子はほっとした様子でソファーに腰かけた。そしてノールックでメニューを開くと、ガチャ→上級ガチャ→一回引く、と流れるように操作を――。
「千夜子!」
「わあ!」
烙奈の制止の声を受け、千夜子はすんでのところでボタンから自分の手をもぎ離した。
「ガチャ禁するのだっただろう?」
ふうとため息をつく烙奈に、千夜子はひどく緊張した顔で、
「……あ、危なかった……。つい手が勝手に……」
「わたしも何気ない日常風景だとばかり……」
そう。千夜子は先日のセントラルの一件でガチャ禁を決意し、計画的にバフ曲を引くことにしていた。昨日まではセントラルにいたから緊張感が持続していたものの、見慣れた赤レンガホームからのスタートに、ついうっかり日常ムーブが出てしまったのである。
「アウトランド使節団の仕事を全うし、我々の環境も変わった。今度はわたしたちが変わっていく番なのだろう。じっくりと、やっていこう」
そう言った烙奈がジャーナルを裏返し、イトはそこに大々的に書かれた記事を目にする。
大文字で、『アウトランドとセントラルの本格交流始まる。その裏側に〈ワンダーライズ〉八面六臂の大活躍』との見出し。
昨日、活動終了報告で会ったケンザキ社長も言っていた。
〈ワンダーライズ〉は今、セントラルでもっとも有名なアウトランダーユニットだ、と。(〈サニークラウン〉はグローバルすぎてアウトランドという枠組みには入っていない)
リアル世界でこちらを認識してくれるファンが現れたように、確かに環境は変わった。今後はもっと多くの人たちに注目されるのだろう。自分たちも今まで通りではいけない。足が走り出したのなら――腕も強く振らないと。
「おはようございます、お嬢様方」
ぺたぺたと足音を立ててスパチャがリビングに現れた。
頭に載せたトレイの上には人数分の紅茶。カップの縁にレモンが刺さっているので、レモンティーにグレードアップしている。これも小さな環境の変化か。そしてその横には光る小型のデジタルブロック。
「公式サイトのフォロワーには反映されないファンからのメッセージが、今日もたくさん届いておりますよ」
「わあい!」
イトたちは喜び勇んでデジタルブロックを開いた。中から大量のウインドウが飛び出し、いずれもセントラルでの活躍を称賛する文面ばかり。
「そ、それなら案件の方も何か――」
期待を込めてスパチャを見やると、彼はオホンともったいぶった咳払いをし、
「何と――一件の案件が来ております」
「ホントに来たぁ!?」
「いや……一件だけだぞ? これならセントラルで黒百合の手伝いでもしていた方が仕事が来たんじゃ……」
呆れ顔の烙奈の目線を、「いえ! 今、他のクランでも全力で企画会議が行われているはずです! まずはここから!」との前向きな意思で完全ガードすると、イトはスパチャに先を促した。
「はい。少々変わり種――というか、これはイトお嬢様お一人への案件でございまして」
「えっ、わたし一人だけ?」
イトはきょとんとして、それから目元をギギュッと固くし、
「それってダマシテ案件では?」
「いえ。話をお聞きいただければ納得していただけるかと。――これは武器PVの撮影でございます」
「武器……PV?」
「あっ、それってもしかして武器クラスタの?」
ぽんと手を打った千夜子には思い当たる節があるようだった。
「おっしゃる通りです千夜子お嬢様。まずはこちらをご覧ください」
スパチャがそう言って、虚空にウインドウを展開する。
軽快なBGMと共に映し出されたのは――。
「六花ちゃん!?」
イトが愛してやまない月折六花だ。彼女は滅多に振るうことのない片手剣を華麗に操り、トレーニングダミーと思しきモンスターたちをばったばったと薙ぎ倒していく。
そして最後は勇ましくも愛らしい笑顔で、「ソードクラスタは、いつでもあなたを待ってるよ!」の宣伝文句。
「続けてこちらもどうぞ」
今度は結城いづなとなずなのコンビ。二人が手にしているのは――珍しい薙刀という武器だ。舞いと一体化した独特の攻撃モーションを披露し、終わり際にシャキーンと刃を重ねながら、「おいでませ、薙刀クラスタ」の一声を合わせる。
二つの動画を見終え、イトは大きく息を吐いた。
「はえー。六花ちゃんたちこんなお仕事もしてたんですね。武器の宣伝ってことですか? どこかのクラフト系クランの。それにしてはクランの名前が出てこなかったですけど」
イトの推測に千夜子は「ううん」と首を横に振り、
「これは武器クラスタ。同じ種類の武器を愛用してる人たちの集まり。自分たちと同じ武器を使ってほしくて、ちょくちょくこういう宣伝してるんだよ。交流サイトでもよく集会のご案内とか出してる」
「へえー。情報通ですねチョコちゃん!」
「いや、そんな……」
照れ笑いする千夜子を視界の端に置きつつ、イトは試しに交流サイトで検索をかけてみる。するとかなりの数がヒット。どうやら今千夜子が教えてくれた集会とは、同じ武器の愛好家たちだけでパーティを組み、グレイブ攻略に出かける催しのようだ。これはクランを越えて結成され、スカグフ内における緩くも大きなコミュニティとして認識されているらしい。
「お嬢様に大剣クラスタからのPV出演依頼が来ております。しかも主演として」
「主演!?」
片手剣と薙刀のPVには、天下の〈サニークラウン〉が使われていた。持っている武器が基準となるのなら、ユニット単体ではなくメンバーが小分けに出演しているのも納得。いや、そんな話よりも知名度だ。多くのプレイヤーにアッピルするために、より知名度の高いキャストを起用するのは当然。それに選ばれたということは、つまり自分は大剣使いの顔として〈サニークラウン〉と同格の扱いを受けたということだ。
「すごいよイトちゃん」
「やったなイト」
「でへへ……」
もちろんここでの評価は人気>腕前。結城姉妹の戦闘技術はちょっとわからないが、六花の剣は完全にへっぽこでPVEもPVPもできない。それでも、「自分もあんな風に戦ってみたい」と思わせる魅力がある。人を惹きつける力。これは正にアイドル向きの仕事だ。
「お受けしますか?」
「も、もちろんです! 撮影はいつ!?」
「案件説明によりますと、明日以降、都合のつく日ならいつでもということですね。PV自体は複数人の演者による大がかりなものになるそうですが、そのあたりは編集でどうとでもなると……」
「では明日! 最速でいきましょう!」
武器クラスタ。単純な人数で考えれば、大型クランをしのぐ大規模組織との案件となる。
新生〈ワンダーライズ〉、幸先の良いスタートとなった。
※
「……!?」
暗闇の中、ぱちりと目が覚めた。
「……なに?」
驚きを口からこぼし、周囲を見回す。
リビングの明かりは消えていて、月明かりがカーテンを裏から弱く押している。
ゲーム内時刻は夜。リアル時間でも深夜のはず。
しかし――。
烙奈は強い戸惑いを覚えながら、自分の手のひらを見つめた。
違う。
これは自分で起きたのではない。
呼び出された。誰かに。
誰だ? 誰がこんなことができる。
何かの気配が窓枠をがたがたと鳴らした気がした。すぐさま押し開き、タウン6の夜気を招き入れる。奇妙に押し黙った町に動くものは見当たらない。だが何か異様な胸騒ぎがする。
上から物音。烙奈は壁を伝って屋上へと這い上がった。
「――!」
そこにいた。
屋上の風見鶏の上。大きな月を背景に、真っ直ぐ佇むシルエット。
やや短めのコートと、その表面に光るサイバネのディテール。目深にかぶったフード。その姿を知っている。
「……ノア、か?」
烙奈はつい最近セントラルで知り合ったばかりの友人の名を呼んだ。
応えるようにフードが取り払われると、青白い月光が、ふわりと広がった白髪に色を混じらせる。そこからピンと持ち上がるケモミミ、逆光でよく見えない顔の中で唯一対輝くグリーンの瞳は、まぎれもなくノアのアバターの特徴だ。
「どうした? 今はリアル時間でも真夜中だ。イトも千夜子もとっくに寝てる――」
何かの間違いで訪ねてきてしまったのだと思い、そう伝える。
しかし相手はすぐに応答するでもなく、わずかの間こちらを見据えそれからようやく唇を動かした。
「“ブルーダイヤモンド”……」
烙奈の体が、雷に打たれたようにビクンと震えた。
モンスターがめまいを起こす!




