案件54:セントラルのライズ会場
「おっ、おおおおお!」
その光景を見るなり、イトの背後に多重にかかっていた闇の手たちは一斉に吹き払われた。
「す、すごいね。綺麗だね!」
「うむ。まるで一つの巨大なステージのようだ」
千夜子と烙奈も感嘆の声を漏らすのは、スカイグレイブ〈東の旅人〉の前に広がる“和”をテーマに作り上げられたアイドルステージの数々だった。
〈東の旅人〉自体が、巨大な千本鳥居から始まる和モチーフの空墓。このライズ会場はそれに合わせて各ステージがきっちりと模様替えされているのだった。
「セツナちゃん、ほらあそこのステージ。お店みたいにお面がたくさん並んでますよ!」
「イトさん、あっちのステージは壁に金魚が泳いでます! すごい、縁日みたい」
「イ、イトちゃん。あの、このライズが終わったら、夜の神社の裏で、二人きりで、あの、あの……」
ここに来るまでの道中、不穏な暗黒を放ち続けていたセツナと六花も、すっかりこの祭りの空気に邪を打ち払われていた。〈ワンダーライズ〉のメンバーに加わって、みんなでSSを撮りまくる。こういう時、浴衣のコスを持っていないのが本当に残念に思えた。
「すごい凝りようだな。セントラルはこれを毎回やっているのか……?」
烙奈がボールカメラを頭上に掲げながら問いかけると、案内役としてついてきたサツマがオホンと一つ咳払いし、
「クラン内でのアイテム共有の賜物ですね。個人でこんな季節イベントみたいなことを毎回やっていたら、リアル破産待ったなしです」
セントラルのライズ会場ではステージのカラーも毎回決まっていると、いまだサツマの背中でノビているキリンも語っていた。それはセントラルの象徴的な色である白一色というわけではなく、グレイブに合わせた雰囲気作りをしていると、そういうことだったのだ。
「とは言え今回は特別です。和モチーフは人気が高いですからここまでやりますけど、普段はもうちょっとばらけてますよ」
「馴染みがあるというのも大きいわね」
と、これはいづなからのアイドル視点。
「テーマが“西洋風ファンタジー”とか“SFサイバネティクス”とかだとどうしてもぼんやりしたイメージになりがちだけど、日本の神社がメインなら、小物もオブジェも細かく選びやすい。裏をかいたアレンジでアクセントを入れたりね」
言われてみれば、一般的な縁日の様相に、こっそり妖怪っぽいイメージや逆に現代的なアートを取り入れたりしている。全体のカラーを守りつつ、そこに自分たちのセンスを一点凝縮させているのだ。
「うおお、ハイレベルです。アウトランドのみんな見えてますか。これがセントラル流のライズ会じょ――ぬぬっ!」
ボールカメラを抱いてウッキウキで縁日を歩いていたイトの顔に、不可視の波動が吹き付けた。
バフライズがすでに始まっている。そこで目に付くのはアイドル同士の距離の近さだった。中には際どく密着する者もいて、バフを受けるシンカーたちからも歓声が上がっている。
「ムウッ、ここでも百合営業がお盛んです!」
「イトちゃん、あれ見て」
千夜子が指さす先。ライズ会場の上空にボールカメラが浮いている。ご丁寧に天辺に黒百合のアイコンを載せて。
「複数飛んでいる。黒百合はあれらすべてを見ているのか」
言った烙奈が素早く視線を地上へと戻し、アイドルたちの動向を注視する。
ステージは正しく縁日の出店のごとく、通りの左右に隙間なく出店されていた。黒百合がオーディション会場を限定しなかったのは、少女たちの自然なキャッキャウフフ性を観察するためだが、これらを抜けなく評価するのはかなり骨が折れそうだ。AIサポートマシンをフルに雇用しても相当にきつい。
「それにしてもこのライズは、どこもレベルが高いです……!」
「うん。使われているバフ曲も強力なら、パフォーマンスも高品質。アレンジの利いていない舞台なんて一つもない。コスチュームは言わずもがなだね」
六花が同意してくれたように、セントラルのアイドルはどこもハイレベル。数こそ絶対数で勝るアウトランドには劣るが、それでも選りすぐりのエリートたちの会場というイメージは揺るがない。
しかもまだここはダンジョン入り口から離れた場所。つまり立地としては下座なのだ。これより先にはさらに優れたアイドルたちが陣取っている。
「本当にここでライズするの……?」
「立っているだけで圧倒されそうな空気だ……」
と、千夜子と烙奈も二の足を踏んでいると、
「あ、皆さんにはダンジョン前の特等席を用意していますので、場所取りに関しては気にしないでください」
『特等席!?』
サツマの発言に〈ワンダーライズ〉は思わず三人で身を寄せ合って防御体勢を取った。
不自然なことではない。〈センターナ劇場〉でも多くのセントラルアイドルを押しのけてライズを開催した。しかしここはある意味戦場のど真ん中。今の会話内容が届いたのか、周囲のステージから一斉にアイドルの視線が雪崩れ込んでくる。
ゴゴゴ……。
「ううっ、こ、これは……」
圧だ。特に〈ワンダーライズ〉に向けられた圧。
アイドル職を務める者なら、昨日のライズ中継は間違いなく見ている。そこで一つだけ実力不足なユニットが紛れ込んでいることを、彼女たちは一瞬で見抜いたはずだ。
どうしてあんな子たちが。
嫉妬というのが率直な言い方だろうが、その憤懣はあまりにも正しい。アイドルの最低ラインがすでにハイレベルなセントラルで、ほとんどアレンジもないバフライズをやるなんて狂気の沙汰。それなら今の自分たちの苦労は何なのか。しかも結構盛り上がり、勝手にぶち壊れた。これで黒百合オーディション後に敵となる可能性があるのなら、お友達になれる理由はもはや何一つとしてない……。
ビリビリと肌を焼く感情の波。イトもこの特別扱いはあまり嬉しくなかった。
劇場では一つのチームだったから、あの場所にいられた。しかしここは慣れ親しんだグレイブ前ライズ会場。ユニットが個々の地力を見せるところだ。
〈サニークラウン〉やセツナ、そして葵は特等席を争う権利がある。しかし自分たちがそこに平然と立ち入るのは……。
「やっぱりわたしたちはいつも通り、このへんの隅っこでライズすることにします。みんなは気にせず奥の方で……」
そう言って三人でそそくさと一行から抜け出し、会場のはずれにステージを構えようとした。すると、
「イトたちはここでやるの? わかったわ。わたしも付き合う」
ズン! とよりによって〈ワンダーライズ〉の真正面に葵がステージを顕現させた。
「ちょ、ちょっと葵さん!?」
「イト。もう百合営業勝負は始まってる。わたしにはまだパートナーがいないからできないけど、あなたたちはその隙にアドバンテージを取る権利がある」
「武士道か!」
まずい。葵が目の前にいたらイヤでも人が集まる。そして〈センターナ劇場〉というブーストもなく通常ライズをやった場合、〈ワンダーライズ〉の前には閑古鳥しかやってこない……。この対比は普通にキツい!
何とか葵たちには従来の立地に向かってもらおうとした、その時。
バシュウ!
「ほあっ!?」
ドウン!
「へああっ!?」
イトの左右で突然ステージが立ち上がる。何やら妙に殺気立った紫電と煙幕を纏って現れたのは、〈サニークラウン〉と愛川セツナのライズステージ。
「……前はアンバサダーの立場で十分に戦えなかった……。でも今回は、やる……!」
ギン! と眼光を滾らせる六花。
「ふしゅー……!」
同じく、聞いたことのない音を口から吐き出しているセツナ。
「あっ、これ絶対まずいやつですぅ!」
イトは白目になって叫んだ。
さっきまでお祭り気分になっていた二人が、多分葵の「百合営業勝負」という単語に邪悪なるものを呼び戻してしまった。
しかも当の葵が、
「そう……。前哨戦から全力で戦ってくれるのね。ありがとう」
なんて挑戦的にうなずくもんだからもう誰にも止められない。
『ライズ開始!!』
ドゴオオオオオオ……!!
そう圧を感じるほどのステージが、〈ワンダーライズ〉の左右そして正面で始まった。
最初からフルパワー。ウォーミングアップなし。
まるで三匹の巨大水蛇が身をうねらせながら渦を作っているかのようだ。
「ひ、ひえええぇ……!」
〈ワンダーライズ〉のステージは、その三匹の水妖の真ん中にぽつんと浮いた笹舟みたいなものだった。
〈サニークラウン〉が魅せれば右に吹き飛ばされ、セツナが聴かせれば左に弾かれ、葵が繰り出せば後ろに突き倒される。転覆というか、もうその場で水車みたいに表と裏が回転状態。粉々にならないだけ有り難いと思えという惨状だ。
無論、居合わせたセントラルのプレイヤーたちもすぐに異変に気づいた。
「何だ何だ!? すごいパフォーマンス合戦してんぞ!」
「城ケ丘葵……ってことは、これって黒百合陣営VS鉄百合陣営の前哨戦!?」
「どこを見たらいいんだ!? 全方位すごすぎんよぉ!」
集まった人々は、突然始まった第十七地区アイドル頂上決戦に酔いしれる。しかしそんな彼らとて油断すると吹っ飛ばされる。それくらいのパワーの大渦。
と。
「イトさぁーん」
そんなパーフェクトストームに翻弄される〈ワンダーライズ〉の前に、明るい声が響き渡った。
イトがはっとして自分たちのステージ前を見れば、セントラル風の重装甲に身を固めたアーマー集団が集まっている。
「バフくださーい」
「お願いしまーす」
街歩きの時も声をかけてくれた〈闘技場〉プレイヤーだ。劇場にも来てくれて、ここにも足を運んでくれた。
「あ、あの、いいんですか。まわりで物凄いバフもらえますけど……」
イトは恐る恐る問いかけた。
今吹き荒れている嵐のやべーところは、パフォーマンスも極上な上に配っているバフも特級なところだ。わざわざ初級バフしかないここに来る理由はほぼない。しかし彼らは口々に、
「いいんです、オレたち守備系のバフの方がほしいし」
「それからやっぱ、あれっすよ」
「そうそう――」
「推しのバフに守られてるってのが一番テンション上がるんで」
「――!!」
ああ、そっ……か。
今まで〈ワンダーライズ〉のバフエリアに来てくれる人たちは、バフに大したこだわりがないとか、空いてるスペースが広いからとか、そんなだった。
そんなでも嬉しかった。
でも、そうだ。アイドルにはもっともっと大切な役目がある。
ピンチの時、推しに守ってもらえたら。
チャンスの時、推しに手伝ってもらえたら。
推しの言葉が、バフが、いつもそばにいてくれたら。
そう感じられたら。それはとびきり幸福な時間に違いない。
これはスカグフの中でしか結べない絆。
それを守らなきゃ。
「あっ、おれの推しは、何してても可愛い千夜子ちゃんDA!」
「ぼくはクールな烙奈ちゃん!」
アーマーさんたちが言ってくれる。
推しにされるってこういうこと。
「わかり――ました」
まわりで吹き荒れていた暴風が止んだ。
「それでは防御バフいきます!」
〈ワンダーライズ〉、始動――。
※
「イトちゃん」
たかだかジョブレベル10でもらえる安いバフを宝物のように抱え、彼らが去った後。
呆然とした顔で、千夜子がそうつぶやくのをイトは聞き逃さなかった。
「わたし、衝動ガチャやめる」
「!」
「日当貯めて、天井の引き換えチケットもらうまで一気に引いて、それでちゃんとしたバフ曲と交換する」
「チョコちゃん……」
「だってそうでしょ?」
振り向いた千夜子の目には頼もしいほどの力が宿っていた。
「そうしないと、せっかく推してくれた人たちに申し訳ないもん」
「そうだな」
横から同意した烙奈が、そっと彼女に手を添える。
「わたしたちが、彼らの“嬉しい”を守るんだ」
「――はい!!」
イトは元気よく答え、三人で体を寄せ合った。
昨日のスペシャルライズの大爆発は仲間たちのおかげ。でもこれは違う。自分たちで掴んだ小さな成果。きっとアイドルの最初から最後まで必要になる想い。
セントラルに来てよかった。
心からそう思う。
※
一方その周辺では。
「これについてこれる!?」
「負けはしない!」
「わたしだって……!」
ズゴオオオオオ……!
うわあああ……!
きゃあああ……!
依然としてファンを吹っ飛ばす嵐が吹き荒れていたのである!
推しに吹っ飛ばされるファンも嬉しいでしょ多分……(震え)




