案件52:百合営業バトルシティ!
「こ、これは!」
セントラル有数のオシャレショップ店が軒を連ねる大通り。
そこに足を踏み入れたイトが見たのは、道行く仲睦まじい少女たちの群れだった。
ある者は手を繋ぎ、ある者は触れ合うほど肩を近づけ、お店を覗いたりベンチで休憩したりと思い思いの時間を過ごしている。
「すでにオーディションが始まっているのか」
「うわあ、みんな物凄く気合入ってる……」
「なんと美しい世界!」
烙奈と千夜子が驚く中、イトはほとばしる熱情を言葉に表した。
世界はそれを愛と呼ぶ。しかし――。
「あの……でもなんか、多くないですかこれ……?」
セツナの発言に、はたとなる。
確かに、“群れ”という時点でちょっとおかしい。見える範囲でも十組はいる。オーディションは場所を指定されているわけでもないので、いくら見栄えのいい大通りとはいえこれは集中しすぎだ。
「! アイドルではない子も多数混ざっていますわ……!」
キリンがそのことに気づき、はっとなったサツマが眼鏡を光らせる。
「そうか……。黒百合はオーディションに何の条件もつけてはいない。アイドル職という今までの大前提ですら……!」
「イトちゃん、これ見て!」
千夜子が開いた交流サイトを見せてもらうと、そこにはこんな話題が立ちあげられていた。
『黒百合オーディションは城ケ丘葵のパートナー探し?』
『オーディションに条件無し! 他職でもリアルデビューの可能性!?』
『アーマー氏語る、「一夜明けても〈ワンダーライズ〉の夢から覚めない……」』
「やった! わたしたちのファンの話が取り上げられてます!」
「違う! 嬉しいけど上の二つ!」
オーディションに受かれば、葵と一緒に〈黒百合動画〉に出られるという噂。そして、アイドル職でなくともリアル世界でデビューできるという可能性。これが今の光景の原因か。
前者の説は濃厚。お相手がノアで済むならオーディションは不要だ。後者の真偽はわからないが、内容からして黒百合が現実のプロデューサーだということは早くも割れたらしい。本物のPが見てくれるというのなら、瓢箪から駒はあり得る話。
グレイブアイドルは一応、最低限の審査を通過してはいるものの、そこまでぶっ飛んだ人種ではない。話題半分、ちょっと本気の期待半分の女性プレイヤーが、あわよくばと参加してきているのだ。
ここまで広がってしまうと、アイドルに対してもクランのしきたりがどうとか言ってられない。下手に処罰すれば、プレイヤー同士の協力で成り立っているセントラルの自治自体が崩れる。
「くっ……セントラルの街が……セントラルの気高きアイドルたちが百合営業に堕ちるだなんて……!」
「いやキリちゃん、素晴らしい光景ですよこいつは! 百合の精神が形になったようです!」
「そんなものはない!」
そんなふうにキリンと言い合っていた時だった。
近くを歩いていた少女たちが一斉に振り返り、はっとした表情になる。
「!」
そして今まで以上に強く手を結び、腕を組み、肩を寄せ合う様子が見られた。まるで、こちらに見せつけるみたいに。
「ムムッ……! この動きは……!?」
思い当たる節はあった。
自分は昨日、〈黒百合動画〉に宣戦布告している身だ。黒百合オーディションを受けに来ている彼女たちからすれば将来的な対戦相手。当然、それ以下の百合力では黒百合からの合格は得られない。その能力を誇示すべく、アッピル力を高めてきているのだ。
「ならばこちらも力を見せねば無作法というもの! さあキリちゃんご一緒に!」
「なっ……!? なんでわたくしなんですの!? イチャイチャしたければ他の子となさればいいでしょう!」
名指しされたキリンが真っ赤になる。
「気づかないんですか? あの子たちが見ているのはわたしとキリちゃんです」
「ど、どうして……」
「ほら、昨日一緒に挑戦状を叩きつけたから。証拠もここにあります!」
イトはメニューから昨日のスペシャルライズ動画を立ち上げ、キリンの前に示す。
トラブルのあったライズ動画は普通、配信停止されるものだが、一部のマスコミクランが原本を握っていて、それをそのままサイトにアップしたようだ。事件性もあって再生数はとんでもないことになっている。
「こ、こ、これがわたくし……」
その、ある意味クライマックスとも呼べるワンシーン。黒百合のカードを掲げるイトの隣で不安げに――しかししっかりと身をゆだねるキリンの姿は、まるでどこかの儚いお姫様のようだった。
コメント欄にも、
「この子可愛いな」
「どこ国のプリンセス?」
「初期ヘアーのストレートロングとか超硬派じゃん」
と好意的な意見が並んでいる。
民意が好意的ということは、ライバルたちにとってはそれだけ厄介な相手ということだ。今やキリンは立派なターゲットの一人となった。
「というわけで、彼女たちにわたしたちの真の百合力を見せつける時です!」
「ひゃああっ、ちょっとイトさん! 人前で、そんな……!」
イトがキリンを抱き寄せた瞬間、そこを中心に巨大な百合の花の幻影が一気に開花した。
ドゴオォ――!
「きゃあああ!」
「うわあああ!」
生半可な百合を披露していた者たちが、花弁の風圧に巻き込まれて吹っ飛んでいく。
「何だこのエフェクト!?」
「生成AIがイカれちまった!」
「バグ報告! バグ報告ううう!」
プレイヤー間暴力とは無縁のオシャレストリートはたちまち混乱に陥った。プラットフォームからバグ報告をして報奨金をゲットしようとする者、SSを撮影するもの、満足げな顔で吹っ飛ぶ者、様々だ。
「見ましたか、これが真の百合力です! さあキリちゃん、このままストリートを練り歩いて――!」
「イトちゃん?<〇><〇>」
「気持ちはわかるけどそのへんでね?<〇><〇>」
「ぅびゃおおお!?」
千夜子と六花からのアイビームをもろに受け、イトはキリンを手放した。
途端、周囲にポコポコ咲きまくっていた小さな百合のビジョンも、そこで世界が正気を取り戻したように消えていく。
「サツマさん。ひとまずキリンさんだけでも何とかならないかしら。このままじゃ人に会うたびに誰かを吹っ飛ばすことになるわ」
「ええ。キリンの髪を元に戻しましょう。これで遠目からはまず気づかれないはずです」
いづなの冷静な呼びかけに、サツマがうなずくや否や。
「封印がとけられましたわ!」
キリンはすぐさま髪型チェンジを実行する。
メニューを開くと同時に、なぜか高々とジャンプした彼女の金髪ストレートロングが光に包まれ、左右へと分散。
「百合!」
別れた髪が二つの房を作り、繭のようにクルクルと巻き上がった後、ガシィンと凝固。
「営業なんて!」
固まったかに思えた巻き髪がフワッとほどけ、自然な縦ロールの仕上がりに。フローラルな香りが周囲に広がる。
「邪道ですわああああああっ!」
目のすぐ脇に横ピースを添え、キメのてへぺろ顔。
「セントラルの麒麟児、今川キリンちゃんとはわたくしのことですの! 目指すは葵お姉様に次ぐセントラルナンバー2! ライバルは月折六花ちゃんですわああッ!」
ビシィィィィと、背後にコミュニケーションエフェクトNo26「ビシィィィィ」をポップアップさせてポーズを決めた彼女は、どこから見てもあの時〈ペン&ソード〉の社長室で見た最初のキリンそのものだった。
「なんか……これまでの経緯を無視して一気に強気になったようだが……」
「だ、誰……」
「いえ、これはスカグフあるあるですよ!」
烙奈と千夜子がぼそぼそ言い合うのを聞くなり、イトはすぐに擁護に走った。
「女の子はヘアピン一つでも変わるもの……! 服装、髪型なんていったらもう性格そのものが変化してもおかしくありません!」
「わからなくはないが……」
「スカグフのように五感で味わうゲームはそれがより顕著に出るものなんです! モノノフ職を選んだ人が突然ござる口調になったり、ナイト職の人が突然謙虚になったり、ニンジャ職の人がさすが汚くなったり!」
「なんか一人だけディスられてるような……」
「ある意味、キリちゃんはこのゲームにとても適応できた人間の一人と言えるでしょう!」
「確かに……」と同調の声を差し挟んだのは肉親のサツマ。「妹は服飾に気を遣うあまり、身に着けているものの影響を受けやすいようです」との説明を加えつつ、「縦ロールヘア解除」の指示を出す。
するとキリンはスン……となり、
「セントラルのアイドルに百合営業なんていらないと思います」
「縦ロールオン」
「百合? 営業? なんて、貧弱貧弱ですわああああああ!」
「解除」
「いけないと思います……」
「上昇幅大きいな」
「疲れそう……」
しかしこうまで露骨に変わっては異論の挟みようもない。
そして実際、ストレートロングを見失うと、キリンは周囲から目の敵にされなくなった。依然としてイトに対する視線は強かったが、それでもキリンとセットでいるよりははるかに大人しい。
これで多少は落ち着いて街の様子を確認できる……。はずだったのだが、
ぶっすううううう……。
「あのぉ……六花ちゃん? チョコちゃんにセツナちゃんも……。なんでそんなに不満そうなんですか……?」
イトは後ろを振り返り、頬を膨らませてむっつりしている三人に呼びかける。
「なんで今川さんは敵視されて、わたしはされないの? イトちゃんとわたしだって仲良しなのに」
六花がそう言うと、並ぶ千夜子とセツナもうんうんとうなずく。
いづながクスクスと笑った。
「まあ、みんなとイトちゃんの仲の良さは知れ渡ってるだろうけど、あくまでアウトランドの身内の話だからね。それよりセントラル出身とわかるキリンちゃんの方が、ライバルとしてはピンと来やすいのよ」
すると話を聞きつけたキリンが偉そうに胸を張り、
「フフン、確かにわたくしのポテンシャルを恐れるのは、わからなくはありませんわ。けれどわたくし、百合営業なんて邪道に手を出すつもりはありませんから」
これまでストレートロングだった鬱憤でも溜まっているのか、キリンの尊大な小言は続く。
「真のアイドルならば実力で評価を勝ち取るもの。わたくしはその王道を行きます。まったく、葵お姉様がその手本を見せてくださっているというのにこんなオーディションにほだされて。みんなだらしないですこと。そんなことではアウトランダーにすら後れを取りかねませんわ。プププ……」
「その城ケ丘さんが今やセントラルの百合リーダーだけれど」
「ぶふう!」
いづなからの素っ気ない指摘に、キリンの小さい体がくの字に曲がる。
「ついでに君は、その実力とやらで初級試験に落ちたのだろう?」
「ぐぶぅ!」
続くなずなからのブロウにより、さらに深く折りたたまれるキリン。
「ううっ、こっ……これはそのぅ……そう貴種流離譚の一つですわ。麒麟児たるキリンちゃんに対して運命が与えた試練……。多分、そういう、なんか、それっぽい感じの……」
生まれたての小鹿の足になりながら、こそこそとこちらに逃げてくる。
「ちょ、ちょっとイトさん……? あのお姉様たち当りが強くありませんこと……?」
「いづなさんとなずなさんは元気な子が好きなんですよ。わたしもよく……」
ひそひそと言い合いつつチラと目を向けると、『ん?』と二人揃ってニッコニコの笑顔を向けてくる。
「ヒエッ……。何でもないですう……」
「あの人の話を聞かないイトさんがここまで……。どうやら恐るべき相手のようですわね。ま、まあわたくしも大人ですから? あの方たちの前では大人しくしていることにしますわ……」
などとやり取りしながら、足は自然と別のストリートへ。
店の華やかさでは一段大人しくなるものの、ここでも仲良さそうな女性プレイヤーが目立つ。
しかし、少し様子がおかしい。
道行く誰かに見られて慌てて距離を詰めるベンチの二人や、それらを離れた場所から眺めて腕を組み直す少女たちなど、不自然な動きが見られる。
「何だか、みんな無理してそうです……」
セツナのその一言がイトの胸に重く沈み込んだ。
そうだ。みんなどこか無理をしてる。自然体ではない、まるで造花。
普段の彼女たちが不仲と言ってるのではない。それまで培ってきた距離感を踏み越え、無理に仲良しを演じてしまっているところに息苦しさを覚えるのだ。
オーディションの開始から時間もたってきて、百合の演技にも疲れが出る頃合い。女の子たちに無理をさせて黒百合は一体何を考えているのか……。
「でも……」と反対の言葉を投げかける六花が、「ほら、あそこの二人」とベンチで指さした。
女子が二人、砕けた口調で話をしている。
「いやー、やっぱ必要以上にべたべたすんのって性に合わないな」
「そうだよミキ。あんた何か気持ち悪かったよ」
「ごめんごめん。オーディションとか面白そうだったからさ。ジュース買ってからクエスト行こっか」
「うん。あたし黄色リンゴジュース」
「あれ、それわたしがいつも飲んでるやつ。どしたん急に」
「い、いいじゃん。今日だけなんかそんな気分なだけ。ほら行くよ」
そう笑い合いながら、手も繋がずに脇道へと去っていく。
「逆にちょっと仲良くなった人もいるみたい。ああいうのでいいんじゃないかなって思う。変にくっついたりしないでお互いがちょうどいい距離感で……」
「――そうね。ニセモノはいらない」
声は、突然後ろからした。
悠然と、しかし強い意志を秘めた声。
数回しか聞いていない。けれどわかる。
「黒百合さん!?」
慌ててイトが振り返った先に彼女の姿はなかった。
代わりにフード付きのサイバネコートで身を隠した人物が一人。ボールカメラを大事そうに抱え、こちらにレンズを向けている。
「あなたは先生を裏切った……」
フードの闇の奥で、グリーンの瞳が剣呑に輝いた。
黒百合の最強のボディガード、ノア――。
百合が争う必要はない……しかし降りかかる花粉は払わねばならない!




