案件51:竹槍持ってイノシシ追いかけてても誰ももんく言わない女
「たっ、大変ですわ大変ですわ大変ですわあっ!」
「うわあああログインするなりキリちゃんが襲いかかってきました!」
リアル基準で、セントラル活動二日目。
クラン同士の連携、いわゆる“同盟”システムによりゲーム開始地点を〈モカ・ディク〉に移していたイトは、リビングに到着するなりキリンによる騒々しい歓迎を受けた。
が、これは予想できた事態だった。今は〈百合戦争〉の真っ最中。何も起こらないことの方がよほど驚きだ。
「黒百合さんが動いたんですか!?」
「その通りですわ。早くあれをご覧になって!」
手を引かれてリビング中央のテーブルまで連れていかれる。そこにはすでに、アウトランド使節団と〈モカ・ディク〉の主要メンバーが揃っていた。
「こ、これは……!?」
壁のモニター用スペースに映し出されている人物を見て、イトは目を丸くする。
カラスの濡れ羽色の髪。象徴とも言えるブルーのケープ。セントラルのトップアイドル城ケ丘葵。彼女がソファーに礼儀正しく腰かけ、真正面から何かを話している。
「イトちゃん、大変だよ……」
さっき学校で会ったばかりの千夜子が狼狽した様子で手招きしてくるのを受け、イトは神妙な面持ちで仲間たちに会釈しつつ、彼女の隣に座る。
「ついさっき始まった生配信だ。地区全体に流されている」
そう補足してくれる烙奈にうなずき返し、モニターを注視。配信にはコメントモジュールも用意されており、目では追い切れないほどの速さで視聴者の言葉が流れていっている。注目度が一瞬で理解できる光景だ。
《――わたしはアウトランドで新たな友と学びを得ました。そしてわたしは今、自分の殻を破りたいと強く感じています――》
「まだ殻の内側にいる気だったの? あの自由度で?」
「ダチョウだって卵の中にいる時はもっと大人しいだろ……」
〈モカ・ディク〉のメンバーが頭を抱える。彼女が今座っているソファー、壁も無地の白とは言え見覚えがあった。どこで撮影されているのか、イヤな予想が心音一回と共に鮮明になっていく。
「頼むからおかしなことはしないでくれ……」
祈るようなサツマの声が聞こえた直後、葵はこれまで話してきた内容を次の一言で帰結させた。
《よってわたしは、〈黒百合動画〉への参戦を決意しました》
『!!!』
激流のようだったコメント欄が一瞬停止するのをイトは見た。セントラル中の声なき悲鳴が生み出したような沈黙。そして、さっきよりもさらに増したコメント群が押し寄せる。
《〈ワンダーライズ〉や〈サニークラウン〉との対決が、わたしをより高みに導いてくれることを確信しています――》
「マジですか……!」
イトは声を絞り出した。他の面々もだいたい同じような顔で、静観できているのは結城姉妹くらい。
かすかに読み取れたコメント欄では、
「城ケ丘さんの〈黒百合動画〉! 見たい!」
「本人が決意表明とか度胸ありすぎ」
「戦の始まりじゃあ!」
などと驚き半分、そして期待の声も多く見受けられる。
《ありがとう、城ケ丘さん》
画面外から声が聞こえ、葵がそちらに会釈をしつつ席を立つ。代わりにカメラ中央へと姿を現したのは、あのプロモーションビデオと同じくスーツ姿の黒百合……いや、これは!
「マスクをしてません!」
黒百合が素顔のまま出てきた。そういえば、さっきの声にも加工はされていなかった。
『九栗山さん!?』
しかしもう一段上の驚きがイトの耳に突き当たる。突然、六花たちが叫んで立ち上がったのだ。
「六花ちゃん。知ってる人なんですか?」
イトが問いかけると、彼女は動画に目を釘付けにされたままコクコクうなずき、
「この人……本物のアイドルプロデューサーだよ!」
『プロデューサー!?』
これにはその場の全員が声を張り上げる。本物。黒百合はゲーム内のロールではなく、本物のプロデューサー……!
「大手プロに入社するなりいくつものユニットを立て続けに立ち上げて、そのほとんどで成功してるすごい人。若き敏腕プロデューサーとして業界じゃ知らない人はいない……!」
「そ、それが黒百合さんの正体……!?」
「つい最近、充電期間って言って突然休職したそうだけど、まさかスカグフをやってたなんて……」
六花だけでなく、あのいづなやなずなまでもが目を困惑にしばたたいている。これは本当にとんでもないことらしい。
《彼女が勇気を出してカメラの前で決意表明をしてくれたのに、わたしが素顔を隠しているわけにはいかないからね。初めましてセントラルの皆さん。わたしが〈黒百合動画〉の企画者、黒百合です》
悠然と微笑みながら、視聴者に自己紹介をする。
アイドルプロデューサーとはいうが、彼女自身もかなりの美人だ。年齢は二十半ば頃だろうか。これで有能ときたら、それは放っておかれるはずもない。
《城ケ丘さんの協力を得て、わたしたちの動画はより強力になった。もう仲介役を挟んで動画を販売する必要もないでしょう。次の配信を期待していてください。…………》
黒百合――九栗山が女豹の眼差しで微笑むと同時に、配信は終わった。
最後、音もなく動いていた唇が、イトには読めた。
――期待していてください。“バスターソーコ”。
名指しでぶっ放してきた。昨日のお返しと言わんばかりに。
昨日一日大人しかったのは、葵とコンタクトを取っていたからか。〈黒百合動画〉の出演者を探しあぐねて頭を抱えているなんてとんだ幻想。黒百合はすでにセントラル最大のヒロインを射程に収めていたのだ。
やってくれるぅ……!
「あわわ、まずいよイトちゃん……!」
「何がですかチョコちゃん! まだ勝負は始まったばかりです!」
「そうじゃなくて。芸能界の凄い人にケンカ売っちゃったんだよわたしたち……」
「ほあっ!?」
そう言えばそうだった。事務所付きのグレイブアイドルなら誰もが夢見るリアル進出。そのリアル世界で一目置かれる業界人に、生意気にも真っ向勝負を挑んでしまったのだ。
「ほ、干される……!? 釣り上げられる前からすでに干物になってる……!」
そこそこ聞く話。デビュー前に粗相があって立ち消えになったアイドルやアーティストたち。厳しい実力勝負を本筋に置きながら、関係各位にも気を配って立ち回らなければいけないのがプロの、大人の世界……!
「そこは大丈夫」
戦慄するイトにそう救いの声をかけてくれたのは六花だった。
「九栗山さんはそういう人じゃない。多分、今の状況をすごく楽しんでる」
「ほ、本当ですか? もしかして六花ちゃんは会ったことある……?」
「うん。一度だけだけど。気さくで明るい人だったよ。それと、イキのいい子が大好き。イトちゃんみたいなね」
そ、それならセーフか……? 少しだけ安心するイト。
が、救いを得たこちらに対し、完全に白目を剥いてチーンと仏壇の音を鳴らしている人物もいた。
ソファーの端に仲良く座っているキリンとサツマだ。
「おっ、おおおお、お姉様が、葵お姉様が、ゆ、ゆ、百合営業動画に……」
キリンのアバターから操作権がログアウトしかけている。これまで散々、邪道とされる百合道に葵が落ちるのを阻止しようとしてきた彼女だ。それが、ここまで後戻り不可能な会見を開いたとなればこうもなろう。
「まずい……まずいぞこれは……」
しかし、もう一人がこうまで真っ白になる理由をイトは知らない。
「どうしたんですかサツマさん。サツマさんも葵さんのことが心配で……?」
「彼女のこともそうですが、黒百合の正体の方が厄介でした」
サツマは何とかデフォルトカラーを取り戻し、うな垂れた姿勢のままかろうじて目線だけを持ち上げる。
「本物のプロデューサーが主催しているとなれば、〈黒百合動画〉への出演を躊躇う理由は一気になくなります。ここでもし気に入られたら、一足飛びでリアルデビューも考えられるわけですから」
「あっ……!」
一言で言えばスカウト。ネットで目について、路上ライブで偶然見かけて、場末のスナックで歌っていて、そんな導線は今でも立派に存在する。むしろスカグフからのデビューの方がよほど裏道。
コンシェルとか、〈センターナ劇場〉とか、そういうゲーム内でのランクアップをすっ飛ばして、一気にデビューへの道が開ける……それを無視できるグレイブアイドルがどれだけいるか。
「確かに……九栗山さんの最大の武器は、その人の意外な魅力の発掘だと言われているわ」
それを後押しするかのようないづなの証言。
「それまであまり関係のなかったアイドルたちをマッチングして特異な化学変化を起こす。それであの人は成功を重ねてきた。選ばれた本人たちですら、最初は半信半疑だったくらい。あの人にはアイドルたちの赤い糸が見えている……そんなふうに言われてる」
リアル芸能界には鵜の目鷹の目のプロデューサーがたくさんいるはずだ。その人たちですら見逃していた相性を、黒百合は見抜いてくるというのか。
それを聞いたサツマがさらに顔をしかめる。
「その話がアイドルたちに伝われば、誰もが自ら望んで動画への出演を願うでしょう。クラン追放を賭けてもワンチャンあって余りある話。すでに城ケ丘さんがエントリーしているというのもハードルを大きく下げている。いまやセントラルは、〈黒百合動画〉のオーディション会場です……!」
「サツマ君!」
と、そこに一人の女性シンカーが駆け込んできた。
「ゆぴのさん?」
前にサツマとキリンの誤解を解いてくれた人物だ。〈モカ・ディク〉ではサツマの側近的役目を果たしている。
「たった今、街の掲示板を含むすべての告知フォーラムに黒百合から連絡があったわ。これからセントラルの街中すべてを使ってオーディションを行うって……!」
「おあああ!? ホントにやんのぉ!?」
「具体的にどういうことをするのだ?」と、サツマに代わって烙奈が聞き返す。
「指定は特になし。できれば百合百合してくれていれば。このくらいよ。多分、その様子を黒百合たちがどこかから観察するのだと思う」
「天国か!?(黒百合さんなんてことを!)」
「イトちゃん本音と建前が逆ぅ!」
千夜子に心を読まれつつも、イトの中には「やられた」という思いが先走った。
そう……そもそもこの〈百合戦争〉の勝敗を決めるのは、実は動画の再生数ではない。それはあくまで対外的な評価にとどまる。真の決着は、動画を見た相手に「参りました」と思わせること。
どちらが真の百合営業者か。もしその時になって負けを認めないのなら、それは自分の中の尺度がその程度であることを自白するようなもの。そこから計測した今回のダメージは……“なかなか”!
「街を丸ごと百合庭園に……! これが芸能界の発想……!」
「いや……さすがにリアルでそれやったら役所がすっ飛んでくるわ」
いづなのツッコミも深くは届かず、イトは静観できない胸の内をそのまま叫びにして仲間たちの頭上に広げていた。
「わたしたちも街に出ましょう! 一体どうなっているか、この目で確かめるんです!」
注意:サブタイトルがネタバレです!




