案件50:アイドルたちの三日間戦争
「大変申し訳なく何の申し開きもできません」
腕をぴっちり体の横につけ、気をつけの姿勢のままイトはうつ伏せに倒れていた。
古の作法、土下寝である。
「わたしがあのようなことをしてしまったために、みんなのライズが台無しになってしまいました。本当にごめんなさい」
「元はと言えばわたくしがステージの方に逃げてしまったのがいけなかったのです。大人しく捕まって事情を説明していればこんなことにならずに済みました。誠に申し訳ございません……」
その横では同じ姿勢でキリンが倒れている。
ここは〈モカ・ディク〉の客間。街の喧騒から遠ざかった静けさが部屋を包み込んでいた。
アウトランド使節団によるスペシャルライズは、あの後中止になった。イトの宣戦布告と黒百合のモニタージャック、そして停電。群衆事故など起こらないゲーム内だからよかったものの、そうでなければパニックからのケガ人続出まであり得る危険な事態だったのだから当然のことだ。〈ワンダーライズ〉の次に出るはずだった〈サニークラウン〉の出番も当然無しにされていた。
「今度ばかりは許せないよイトちゃん」
そう言って腕と足を組む六花は、イトのお尻の上に座っている。
「はい……。わたしは〈サニークラウン〉の皆さんに許されないことをしました。本当にすみませんでした」
「それだけじゃない」
ハラハラした様子の千夜子とセツナ、思案顔の烙奈と結城姉妹が見守る中、六花は今までにないほど真剣な口調で語る。
「イトちゃんが上を目指せば目指すほど、ライズは〈ワンダーライズ〉だけのものじゃなくなる。楽しみにしてくれているファンはもちろんのこと、裏方さん、事務方さん、支えてくれる大勢の人たちの努力の一番先端に、アイドルのライズはある。その人たちに媚びろとは言わない。ある種の傲慢さもアイドルには必要だから。でも感謝を忘れないで。そしてみんなで戦っていることも」
「はい……」
「よし……じゃあお説教終わりっ」
六花は重石役から離れると、イトの手を取って立ち上がらせてきた。
「ごめんね、ちゃんと謝ってるのにキツいこと言って。でも悪いことをしたら、それがどういうことかをちゃんと説明しておくことも愛だと思うの」
「愛……! キツくなんかないです。六花ちゃんは当然のことを言ってくれました。ありがとうございました」
イトは六花の手を握り返し、もう一度深々とまわりに頭を下げた。
「セツナちゃんもごめんなさい。わたしたちのためにあんなお膳立てまでしてくれたのに……」
「わ、わたしはいいんです……。イトお姉ちゃんたちのライズは大人気でしたから……」
「もういいの? お優しいこと」
一連のやり取りを見ていたいづなが、微笑みながら声を投げ入れる。六花が応えた。
「うん。だって、ライズが中止になった一番の原因は停電だもの。イトちゃんのあの発言だけなら、まだ何とかなった。ああいう無茶する子、リアルの方にもいたでしょ」
「そうね」といづなが小さく笑い、「それに話題性という点なら、イトちゃんはとんでもない正解を引いた」との言葉に繋げる。
「大爆発、と言うべきでしょうね」
いづなから話を引き継いでリビングの壁に大モニターを展開したのはサツマ。映し出された交流サイトは、一ページ分が丸々今回の事件で埋め尽くされている。
『〈ヴァンダライズ〉、〈黒百合動画〉に宣戦布告』
『〈ヴァンダライズ〉VS〈黒百合動画〉。笑うのはどっち』
『そもそも〈黒百合動画〉って何? セントラルで今起きている事件』
『さあ傭兵、仕事の時間だ』
……などなど。
「あの宣戦布告はアウトランドにも一瞬で広まったようです。セントラルのローカルな交流サイトはこれ以上の沸騰状態ですよ。こんなお祭り初めて見ました」
スペシャルライズは生配信で第十七地区全体に伝えられていた。アウトランドでも多くが視聴し、そしてあのアクシデントだ。イベントの演出の一環かとも思えるほどの劇的な展開。日々の話題を希求するプレイヤーたちがスルーするはずがない。
「歌やダンスが上手い人というのは少なくないわ」と、いずなが画面を見ながら言う。
「でもその人たちが注目を浴びるとは限らない。人の耳目を集めるには、そういう常識的な物差しを超えた何かが必要になる。悪さをして炎上するのではなく……誰もが興味を示す花火を打ち上げる。イトちゃんは今回それをやった」
「だね。初めてイトちゃんが敵に思えたかも」
六花の発言にイトは肝を潰し、
「わっ、わ、て、敵にならないでくださぁい……!」
「そういう意味じゃないよイトちゃん。良きライバルってこと。同じ事務所の仲間であると同時にね」
言って、少し挑戦的な笑みを浮かべる六花。〈サニークラウン〉は以前から、グレイブアイドルたちは仲間であり、足を引っ張り合うほどの苛烈な争いをする敵同士ではないと言っている。本当に真剣勝負と言えるのは墓穴を這い出てから。まるですでにそれを見据えているかのような発言だった。
「確かに“持ってる”のでしょうね」
サツマが一つうなずき、同意を挟む。
「劇場の停電は〈黒百合〉からの妨害ではなく、本当に突発的な事故でした。モニタージャックに驚いた総支配人のエンペラー・ジョンが、椅子から転げ落ちてバウンドした拍子に配電盤の一部を傷つけてしまったという……。あちらからも正式な謝罪がありました」
話題の拡大に拍車をかけた停電。黒百合の仕業ではなかったのだ。元はと言えばモニタージャックが原因なため、まったくの無罪とはいかないだろうが。
「ちなみにあのモニタージャックは、かなり古いガチャ産のアイテムによるものです。当時でさえかなりのレアものだったらしく、今は博物館くらいでしか見られません」
アウトランドにも町のモニターをジャックする悪戯用アイテムがある。AIはセントラルでもそういうプレイヤー同士のサプライズを期待していたのか。
「タブー視されていた〈黒百合動画〉の問題は、これで完全にオープンになりました。しかし、ある意味チャンスなのかもしれません。内々で処理しあぐねていた問題を、大勢で取り掛かるきっかけになったわけですから」
前向きに言うサツマに、千夜子が「あのう」と不安げに質問する。
「自治クランの人たちは怒ったりはしてないんですか? 面目を潰された、とか……」
「大丈夫ですよ。大事にならないうちに解決したかったのは事実ですが、今回のこれは、アウトランドから来たアイドルがなぜかいきなり〈黒百合動画〉に勝負を仕掛けたという、いわば他人と他人のケンカです。勝手に争って内情を暴露してくれる分、むしろ大助かりでしょう」
微笑みながらそう返し、彼は、一人いまだ倒れたままで反省していたキリンを起き上がらせた。
「それとこれは個人的にありがたい点ですが、この状態ではもうキリンの疑惑など誰も気にしないでしょう。木を隠すなら森、騒ぎを隠すならもっと大きな騒ぎ、とは恐れ入りましたが」
「うぅ……。全然嬉しくありませんわ……。これから一体どうなりますの」
「ひとまずは〈百合戦争〉の継続……だろうな」
ぽつりと答えたのは烙奈。〈百合戦争〉? と誰もが問う目を向けると、彼女は大写しになっている交流サイトをあごで差し、
「すでにそういう名前が付けられて認知されているようだ。どちらが勝つか、賭けを始めている者もいるぞ」
イトが改めてモニターに目をやると、確かに〈百合戦争〉のワードがいくつかのトピックのタイトルになっている。〈ワンダーライズ〉VS〈黒百合動画〉より覚えやすく、キャッチーな名称だ。
「で、では相手が〈黒百合〉ですから、わたしたちはさしずめ〈白百合〉という感じでしょうか?」
清楚で可憐な白い花をイメージしたイトが、ソワソワしながらたずねると、
「ワード検索によると我々の陣営は〈鉄百合〉と呼ばれることが多いようだが……」
「鉄!?」
「後は〈鉄花〉……〈傭兵花〉……〈何やってんだよ団長〉……とか。ばらけていて、まだこれという呼称は決まってなさそうだ」
「普通に白でいいでしょ今のコス的にも! 何のイメージに引っ張られてるんですか!?」
イトが憤慨すると、なぜか全員がこちらの背中を見つめたような気がしたが、深く追求しないことにする。
「でも戦争だなんて、一体何をすれば……」
千夜子が戸惑い顔で質問を投げかけてきた。すぐ隣にいるセツナも同じ表情だ。平和的な彼女たちにピンと来ないのはわかる。
「それはもちろん、動画勝負です」
さすがにこれくらいまでは考えてイトも宣戦布告していた。
「〈黒百合動画〉に勝る真の百合営業を見せつけてやるんです。こっちの方が優れていれば、黒百合さんは撮影をやめますよきっと」
確かな根拠があるわけではないが、彼女はきっとそうする。少なくとも今のやり方は変える。
「確かに〈黒百合動画〉が格下だとわかれば、セントラルの裏市場でも価値が下がり、アイドルも出演を躊躇うようになるでしょう。が……それならもうイトさんたちの陣営は勝ち確かもしれません」
そう言うなり、サツマが手早くモニターを操作した。
映し出されたのは、スペシャルライズ前にみんなで撮っていたセントラルの街歩き動画。ライズ終了後に自動配信されるよう予約投稿していたので、今では誰でも閲覧できる状態だ。
「えっ……」
イトは絶句した。その再生数が――ほんの一時間足らずで十万を超えている。
「す、すごい大ヒットです! スパチャ!? スパチャやりましたよ!?」
これの動画編集は彼に任せていた。だからこれは彼のお手柄でもある。そんな頼れるAIペンギンの姿を探すイトだったが……。
「スパチャさんならあそこでノビてますよ。イトさんの宣戦布告の瞬間から倒れたままです」
「スパチャアアアアア!」
サツマの指さす先、部屋の隅っこで白目を剥いているペンギンへとイトは駆け寄った。
恐らくショックで倒れたのだ。六花の言う通り、迷惑をかけたのはアイドル仲間だけではなかった。この大舞台を共に喜んでくれたマネージャーにもダメージを負わせてしまったのだ。
「動画はよく仕上がっている。役目は十全に果たしたな」
実際に再生したものを眺めながら、なずなが評する。
楽しげに街を歩くアイドルたち。非常に仲睦まじく、通った道に花が咲き誇るかのようだ。テロップやSEもいい感じで、チャット欄もかわいいbotで溢れている。
やがて動画は例のアクセサリー店へ。六花とイトのツーショットが丹念に映し出された。
感想欄はここで一気に加速する。
「何だこのいやらしい女の子は!?」
「こんなに堂々とノロケるアイドルが今までいたか?」
「おまえらの知らない恋人の前だけで見せる顔だぞ」
「彼氏横にいるけど」
そんな内容ばかり。
「何だか大好評だな。リピートされたのが一番多いのもこのシーンのようだ」
「ええっ、そんな仲良く見えるかなぁ?」
両手を頬に当てた六花が、突然ウネウネしながら声を上擦らせた。
「こんなのわたしとイトちゃんの普通だけどぉー。そっかー。まわりからは特別に見えちゃうかー。普通なのになー。エヘッエヘッ」
「これはひどい」
「さっきは珍しくプロっぽい発言していたのにね……」
結城姉妹からの呆れ顔をものともせず、六花はアクセサリー店のシーンを何度も再生し、リピート率に貢献し始める。
「フム……」
不意にサツマがチキ……と眼鏡の位置を直しつつ、真面目くさった顔で言った。
「確かにこれと〈黒百合動画〉を比べると差は歴然ですね。〈黒百合動画〉は綺麗すぎる。まるで無菌室の百合です。しかしイトさんたちは荒野の花畑で花と花が戯れているよう……」
「お兄様が突然分析キャラに!?」
「言い方は悪いですが、イトさんたちはだらしないくらい自然体です。動画の外でも同じことしてるんやろなあ……と容易に想像できてしまう。それが百合というものの実存を感じさせる……」
「だらしなくなんてないですよぉ。普通です普通ぅ。ねえイトチャァン?」
「あの、六花ちゃんがさっきから元に戻らないんですが……」
イトの心配をよそに、サツマは手元に自前のモニターを開いた。
「セントラルでもこの動画は大人気のようです。アイドルの普段は見られない表情が見られるという〈黒百合動画〉への需要を、月折さんという最大の出演者でアンサーしている」
確かに、誰もが気になるアイドルといえば彼女しかいない。スカグフでもリアルでも可愛くてカッコイイ女の子。その裏側を赤裸々に映したリーサルウェポン動画を、開戦前に置き出撃させてしまっていたとは。
「さらに〈黒百合動画〉の存在が公にされて、アイドルたちもこっそり出演とはいかなくなったはずです。出てくれるアイドルがいない……黒百合陣営は実質詰みですよ」
彼の分析には説得力があった。
特に、出演者がいないというのが致命的。ケンカを売っておいて相手の手足を縛るというのは何だか意地悪な気もしたけれど、結果としてそうなってしまっただけなのだから仕方ない。
「だとしたら、初日はこれで十分ではないかな。後は、使節団の予定を消化しつつ、黒百合の応手を待とう」
烙奈の提案に誰も反対しなかった。
アウトランド使節団の活動はまだ一日目なのだ。もう何日もこの問題に取りかかっている気がしてしまうが。二日目はスカイグレイブでの通常ライズが予定されており、そちらも大事な仕事になる。
ちょうどイトたちのゲーム時間も終わりが近づいてきていた。今日はゆっくり休んで明日に備えた方がよさそうだ。
「さあ六花。帰るぞ」
「もうちょっと待って、この指輪のシーンだけあと一回……」
なずなに後ろから抱きかかえられて退場する六花を見て、ふとイトの脳裏に言葉が蘇った。
――女の子が一番可愛いのは、頬を赤く染めたテレ顔。
今の六花であり、動画の中の六花も同じ表情。
黒百合は本当に今、詰みの状況に頭を抱えているのか。
いや……これで終わるとは思えない。何となくそう思いつつ、ログアウト。
イトちゃんあんまり怒られてない。




