案件49:宣戦布告!
始まった。アウトランドのアイドルたちによるスペシャルライズ。
挨拶を終えた劇場支配人のエンペラー・ジョンが舞台下手に引っ込むと、ライトが一旦消され、そしてまた花開く。光の元に立っているのは一人の少女。
一番手を務めるのは愛川セツナだった。
彼女がステージに現れるなり、すでに温まっていた客席から一斉に歓声が上がった。
アウトランドの歌姫。セントラルには初来訪でなおかつ実力派の彼女には、一家言あるうるさ方も四の五の言わずに飛びつくしかない。
〈センターナ劇場〉ライズ専用屋内ホールは、アイドルがステージを発現させることを前提とした独特な舞台の形をしている。
彼女が生み出したシックなデコレーションステージに合わせ、周辺の外装も大きく変化。劇場を支配するペンギンスタッフたちの見事な連携が光る。
セツナの最大の武器である哀切な歌声がホールを満たす。
加熱していた客席は、一瞬、その温度差に戸惑いの乱気流に飲まれた。が、それもすぐに彼女の世界へと吸収され、奥へ奥へと引き込まれていく。
この深い世界観は、セントラルがよく知る城ケ丘葵と似ていた。馴染みがあり、そして新鮮な歌声。一旦は鎮められた熱が、客席の根底でじわじわと力を取り戻していく。
続く曲は少しテンポアップ。客たちも少しだけ力の解放を許される。だが、まだまだ足りない。もっと爆発させてほしい――。
街で唯一PVPが許された場所〈闘技場〉から直接会場に駆けつけたセントラルアーマーAは、複数のペンライトを合体させたバスターペンライトを緩く振りながら、しかるべき時に備えて力を溜めていた。
お目当ては、もちろん〈ワンダーライズ〉。しかも日中に本物のイトと話なんかしちゃって、今日はもう屋根に隕石が降ってきても現実には戻らないと心に決めていた。
そんな彼は、ある危惧をしていた。
〈ワンダーライズ〉は、多分そんなに人気がない。
デビューから破竹の勢いを保つ歌姫、愛川セツナ。不動の最強ユニット〈サニークラウン〉に挟まれ、客席の収容人数に限りがあることも考慮すれば、彼女たち目当ての客の割合はどうしたって小さくなる。
しかし、声のデカさなら我ら〈闘技場〉勢は負けない。
今もアーマーAからGまで、無駄にでかい鎧の仲間たちが客席の一部を占拠している。全員でコールを送れば、たとえ他の誰もが彼女たちに興味を示さなかったとしても、大きなレスポンスを届けられるはずだ。
そうして待つ。二番手〈ワンダーライズ〉の出番。
セツナは数曲を歌い終え、次で最後。〈ワンダーライズ〉の登場と共に、アーマーAは今日一番の力を爆発させるつもりでいた。
しかし――。
ウオオオオオオオオ!?
本来自分たちが上げるべき雄叫びを一足先に放ったのは、隣を埋める愛川セツナのファンたちだった。
「な、何だ……!? 何が起こった!?」
セントラルアーマーAは戸惑い、そして、隣のヤツAに問いかけた。
「なあ、一体どうしたんだ? まだ曲の途中だが……!?」
「どうしたっておまえ、わかんねーのか!?」
隣のヤツAは興奮に目をバッキバキにしながら応じてきた。
「いいか。〈過ぎ去りし者たち〉から始まって今のこの曲ってのは、セツナちゃんがデビューライズをした時のプログラムとそっくりなんだ」
「ふうん。それがどうした?」
「そのライズはばっちり動画に残ってて、これが伝説の始まりになった」
「まあわかる。しょっぱなからあの歌声だからな」
「そうだ! だがそれだけじゃなかった。彼女は、歌っていたんだ」
「うん……? そりゃ歌うだろ」
断片的な物言いに、アーマーAは首を傾げる。
「違うバカ! 彼女は初ライズであろうことかPKプレイヤーに襲撃された。その時、自分のステージを守って戦ってくれている天使たちのために歌ったのが、今流れている『孤独の熱情』なんだ!」
「!!」
「そして……そして、おぉ……この曲の次はッ……! その時にセツナちゃんのステージを守っていた天使たちの出番……! セツナちゃんからの応援を受けて、彼女たちがまたやってくるッ! あの時と同じようにッッッツツツ……!」
「そ、そういうことだったのか!」
セツナのファンたちが異様な盛り上がりを見せるわけだ。あの時の動画をアーマーAは見ていない。グレイブアイドルにあまり興味がなかったからだ。しかし今ならわかる。すべての発火点となった場面の再現を目の前でされたら、こうなるのも必然。そしてセツナに続く〈ワンダーライズ〉への期待も問答無用に高まる……!
「はっ……! だがちょっと待て……!」
親切な隣のヤツAは、突然、何かに気づいたように頭を抱えた。
「〈ワンダーライズ〉の次は、トリの〈サニークラウン〉が来るよな……!?」
「そりゃ順番的に言えばそうだろうな」
ユニットは三つしかないので当然だ。しかし隣のヤツAは、そんな当たり前のことでも慎重に確認するように続ける。
「〈サニークラウン〉をいつもPKから守っているのは〈ワンダーライズ〉なんだ」
「なにっ」
「初めは、〈ヴァンダライズ〉っていう傭兵団だと思われてたんだけど、それが〈ワンダーライズ〉と同じメンバーだと最近判明した」
「なんだとっ」
〈ヴァンダライズ〉。大剣の初期スキルと同じ名前だ。現代の対人シーンではまず見られない大振りの大技。しかしあの魔女との共闘で見せたダブルヴァンダライズは、同じ大剣使いとして最高に震えた。
「セツナちゃんが〈ワンダーライズ〉を歌声で守り、〈ワンダーライズ〉がその次の〈サニークラウン〉を守る……! このバトンパスは……アウトランドそのもの! この並びはアウトランドのアイドルの在り方そのものを表しているんだよッ!」
「う、うわあああああああ!」
「ユニットの順番は、順当に並べた結果かもしれない……。しかし、曲の順番は明らかに意識しているッ! か……神だ。この構成を考えたヤツは、神だッ……!」
持ち歌の中で一番のアップテンポを披露したセツナが、手を振りながらステージ袖に退場する。この時点で会場はもうどうしようもないくらい沸騰していた。そして入れ替わるように入ってくる〈ワンダーライズ〉。
始まる。彼女たちのステージ。
ウオオオオオ!
闘技場勢はあらん限りの声で彼女たちを出迎えた。
〈ワンダーライズ〉もまた、とびきりの笑顔でそれに応じた。
前奏、そしてパフォーマンスの開始。
彼女たちのライズは、確かにクオリティとしては凡庸だったかもしれない。並のセントラルアイドルの方がよほどいい。劇場に相応しいレベルには届いていない。
しかし。
“生”の彼女たちは違った。
そこには彼女たちの活躍が、歴史があった。ステージ背後の三面巨大モニターのうち、左右の二つに、よりにもよってセツナのファーストステージを守った時の動画が流される。曲の展開と完璧に同期した編集はAIの仕業か。少女たちの戦う姿に、セントラルアーマーAも、誰もかれもが、呑み込まれる、引きずり込まれる。
アイドルはパフォーマンスがすべて? いや違う。彼女たちはステージの外でも生きている。生きて、戦っている。その価値を無視することは今この場においては決してできない。
中央のモニターに、ライズ中の彼女たちの輝くような笑顔が映し出される。戦っている時の勇ましい表情、そしてライズの今の顔が交互に目に入ってくる。そのたびに物語が思い浮かぶのだ。彼女たちが織り成してきたストーリーが。
力強い。笑顔が、まぶしい。
これを一夜限りの夢でとどめろってのか?
※
「す、すごい……!」
野蛮。蛮性。ヴァンダライズ。そう自然と繋がっていく言葉を胸の中で流しながら、今川キリンは舞台袖からステージを見つめていた。
超越的な葵や、あるいは他のセントラルアイドルたちとは一線を画すライズ。客席はおサルの山祭りみたいな状態になっているが、その客は普段はすまし顔のセントラルの住人たちだ。
「これが、わたくしと一緒に初級試験を受けていた人たちの力なの……」
実力ならば大差なし――いや、自分の方が上だと自負していた。持ち歌や装備も、クランの借り物だけどこちらの方がずっと豊富。しかしこの勢いは……。葵にだって出せないのではないか。あるいは、月折六花率いる〈サニークラウン〉にだって……。
「…………」
意図せずスカートのポケットから取り出していたのは、一枚のカードだった。
名刺というよりカードと言った方が正しい気がした。怪盗が犯罪予告に突き刺していくような、黒百合のカード。
それを見つめる。
あの動画に出演したアイドルたちも、何でもするという心意気だったのか。あまりにもリスキー。どんな報酬を提示されたとしても、すべてを失いかねない危険な賭け。……しかし今なら彼女たちの気持ちがわかる気がした。
急き立てられる感情。焦りや恐怖ではなく、自分ももっとやりたいという衝動。ハートに火をつけられた。そんな感じ。
と。
「ちょっと、そこのあなた」
「!?」
不意に後ろから肩を掴まれ、キリンはぎくりとして振り返った。
そこには〈センターナ劇場〉を管理領内に置く、第二自治クランのメンバーが立っていた。警備員だ。
「そのカードは何? 黒い、百合のマーク……? まさか……!」
「あっ、こっ、これはその、ち、違うんです、あの……!」
黒百合動画はすべての自治クランで共有される問題だ。アイドルの聖地でもある劇場では特に神経を尖らせている。そんな場所でこんなものを取り出すなんて、しまった――!!
「こっち来て。顔を見せなさい!」
「違います違います!」
「こらっ、逃げるな!」
頭の中を真っ白にされながら、キリンは自分でも最悪だと思える方へ走り出してしまった。
ステージ。
〈ワンダーライズ〉がたった今、持ち曲のすべてである三曲をやり切って退場してくるところの、その真正面に。
※
夢のような時間だった。まだ夢の中にいるのかもしれない。今を上手く言葉にできない。
出迎えられた熱波。客席はなぜこんなに自分たちを歓迎してくれているのか。まるで魔法にかかったように。いや、実際かかっていた。セツナが魔法をかけてくれたのだ。
登壇直前に烙奈が明かしてくれた。セツナのファンを丸ごと〈ワンダーライズ〉に引き継ぐ秘策。それが炸裂した結果、ああなった。
溶けるような会場。自分たちはその一部分でしかなかった。主役には程遠い――でもなくてはならないピース。
物怖じせずに済んだのは、少なからずアウトランドのステージ(物理戦)を経験していたからだろうか。それをすべてやり遂げて、客席に手を振る。
汗が滴っていた。AIが今をそう演出してくれた。心地よい疲労と熱の放出。横を見れば、千夜子が涙ぐんでいる。烙奈も笑顔だ。舞台袖に退場したら、みんなで泣き出してしまうかもしれない。セツナにもいっぱいお礼を言わないと。
そんな気持ちで、舞台下手に向かおうとしたところ……。
「ぶおっ!? キ、キリちゃん……!?」
「ああっ、イトさん……!」
なぜか退路口から飛び出てきたキリンと正面衝突した。
「その子を捕まえて! 黒百合のカードを持ってる!」
舞台の端から飛んでくる、警備と思しき女性の声。
泣きそうな顔のキリン。手には黒百合の名刺。
瞬間、何かがガッチンと頭の中で接合した。
華やかな大舞台。隠れ潜む黒百合。彼女を決戦に引きずり出すには。
イトはキリンの手を取ると、ステージ中央に駆け戻った。拍子に、彼女の頭を覆っていたスカーフがほどける。
舞台の上手からインしようとしていた六花たちが、つんのめるようにしてブレーキをかけるのが見える。
会場が激しくざわついた。まだ何か起こるのか? そんな戸惑いと期待。
どよめきが無尽蔵に押し寄せる中、イトはキリンを守るように抱き寄せたまま、黒百合のカードを突き出した。
浮遊するボールカメラが、それを特大アップにして背後のスクリーンに映し出す。
黒百合……!?
今、セントラルでアイドルを推すのなら、その名を知らないはずもない。
どうして彼女が、黒百合のアイコンを持っている!?
「黒百合さん。見ているのなら、わたしが誰かもわかるでしょう」
イトは後戻りできない声を、しかしわずかに乱れることもなく客席へと貫かせた。
「大きい魚を逃がしたのはお互い様です。しかし――」
カードをさらに高く掲げ、声高らかに宣言する。
「今日より三日間、わたし〈ワンダーライズ〉の白詰イトは、黒百合動画に宣戦布告します!」
!!!!!?????
とんでもない爆弾発言に、客席は噴火するような叫び声に包まれた。
と同時に、後ろのモニターの映像が乱れる。
ノイズの後に現れたのは、黒スーツにマスクをつけた女性。
あごの下で指を組んだ彼女が、まるで見下ろすように、ステージ上のイトにニヤリと笑いかけた瞬間、すべての照明が落ちた。
ホール内が暗闇に覆われ、劇場を丸ごと揺るがしかねないどよめきと怒号が膨れ上がったのは、その直後のことだった。
次回、イトちゃんめっちゃ怒られる。




