案件48:スペシャルライズに向けて!
「なるほど……つまり、黒百合動画の首謀者である黒百合とノアという少女に偶然接触し、正体を探るために動画に出演するフリをして潜入捜査をしていたと……」
「ふぁい」
〈センターナ劇場〉控室。格調高い調度品が調和を織りなす小部屋にて、サツマは眉間に寄ったシワを無理やりほぐすように手を動かした。
「勝手なことしてすいまふぇん……」
対するイトは、がんじがらめの拘束を受けている。
『…………』
不機嫌顔の千夜子、烙奈、六花、セツナから首、腕、胴体をがっしりと押さえられ、身動き一つ取れない状態だ。ただ、嬉しくないかと言われれば明らかに嬉しい部類。
サツマはしかめっ面のまま言った。
「すこぶる行動的で、勇敢な行為だったと思います。他に何をすべきだったかと言われれば、正直思いつきません。しかしよりによって、大事なスペシャルライズの直前にそんな大冒険をしているとは……」
「申し訳ありませんお兄様……」
キリンもこうべを垂れる。
黒百合との経緯を話す中で、撮影所のことも当然伝えていた。すぐさま〈モカ・ディク〉のメンバーが急行したが、やはり引き払った後。建物外壁も取っ払われ、地面にわずかな形跡が残るだけだった。
「街中で勧誘し、それからアウトランドに出て、秘密のアジトで撮影……スナッチャーの急な襲撃にも動じなかった……ですよね?」
「肝が据わっているあたり、アウトランドのプレイヤーかしら?」
いづながたずねると、サツマは小さくうなずき、
「もう一つの可能性としては、古参プレイヤーです。しかもシーズン4以前の」
「シーズン4? どうしてそう言い切れる?」
これはなずなからの質問。
「PVPが一番盛んだったシーズン4では、セントラルでも多くの対人戦が行われていました。僕も昔、この時期にインしていたというプレイヤーに会ったことがあるんですが、その人たちはプレイヤーを襲撃する、される、ということに対して何ら忌避感や恐怖感がないんですよ。それはゲームの一部として当然だと」
プレイングの世代差というのは交流サイトでもたびたび持ち上がる話題だ。そしていつも無駄に燃える。
傾向としては、新規プレイヤーほど礼儀正しく、現実と同じようなモラルを持つ。対してスカグフに慣れた者や特定の時期を経験した者は、ゲーム内でできることを最大限やろうとする。
「僕らが平和な日本でまず学ぶことは、人をぶん殴ってはいけないということですからね。仮想現実とは言え感覚がありますから、それをやるのもやられるのも相応の慣れが必要なんですよ。シーズン4は“シーズン・ウォー”なんて呼ばれるくらい対人戦が激しかった時期ですから、それを経験していれば大抵のことではビビらなくなります」
統計によると、近接武器は男性プレイヤーが多く、遠距離武器は女性プレイヤーが多いという傾向が出ている。会場襲撃に慣れているアウトランドのアイドルたちも、いざ襲われると足がすくんで動けないということがままある。
「そして、古参かもしれない理由はもう一つ。コンシェルをこんなにあっさりと渡してきたことです」
「コンシェルが?」
イトはアイテム欄からそれを取り出そうとしたが、ムッとした千夜子に力を込められかなわなかった。
黒百合から受け取ったコンシェルは、サツマに見てもらったところ間違いなく本物とのことだった。つまり彼女は誰かから一度は信頼に足るとされた人物なのだ。
「このアイテムは、実はシーズン3で使われたイベントアイテムの残りなんです」
意外な事実に、イトたちは思わず顔を見合わせる。
つまり、スカイグレイブ〈暮れ色の海賊〉のイベントで使われた多角形の貴石と似たようなものか。
「イベント終了時に高額なレートでグレブンと交換されたため、ほとんどのプレイヤーはそこで手放しました。しかし一部の人間がこれを記念に持っており、数としてもちょうどよかったので、全自治クランが協議して信用の通貨に指定したのが始まりだそうです」
コンシェルにもスカグフの歴史が詰まっているのだ。イトは感心した。そしてそれらを上手く使って街を運営しているセントラル住人にも。
「コンシェルというのは一人が十個も二十個も持つような資産ではありません。しかし黒百合の支払いの良さから言って、彼女は相当数のコンシェルを持っていると思われる……」
「誰かから信頼されたというのではなく、元々のイベント品を持っていた……と。なるほどね」
うなずく結城姉妹。
続けてなずなが「コンシェルの市場価値に悪影響はないのか?」とたずねると、それに対してはサツマは笑顔を見せ、
「幸い、ムラ社会の利点で、システムが崩れるほどのコンシェルがバラ撒かれたらすぐに気づきます。多少の不正利用は目をつむるしかないでしょうが。しかしそれより、勧誘の手口がわかったことの方が大きいですよ」
ここだけは素直な言葉で、彼はイトたちを褒めた。
「コンシェルにつられてアイドルたちが動画に出ているとしたら、コンシェル自体を一時的に使いにくくしてしまえばいい。例えば、ニセモノが出回っている、とか告知してね。さほど有名でもないアイドルがコンシェルを使ったらすぐに噂になるでしょう。せっかく手に入れても使えないなら、アイドルもわざわざ危ない橋を渡りはしませんよ」
「なるほどな。しかし、セントラルのアイドルたちは、何にそんなにコンシェルを使いたがっている?」
「一番わかりやすいのは、センターナ劇場の使用権でしょうね。セントラルではアイテム共有機能のおかげでスタートダッシュはしやすいですが、そこから抜けていくのが難しい。実力はあってもなかなか劇場公演までたどり着けない……しかしコンシェルがあれば話は違ってきます」
やはり、あくまでアイドル活動のため。セントラルのアイドルたちも光に飢えている。最初から多くのものを手にしているからこそ余計に、最後のパーツである劇場までの道が長く感じられるのかもしれない。
今回、手口はわかったものの黒百合たちは闇に潜んだままだ。しかもあの遣りてな様子からして、コンシェルを封じられてもまた何か別の手を打ってきそうではある。何か早期決着の方法はないか……。
「今できる話はこれくらいかしらね」
いづながまとめに入ると、サツマも異論なしとうなずいた。
「お手柄ではあったけど、みんなに心配もかけちゃったわねイトちゃん。反省した?」
「ふぁい。しゅいましぇんでしたぁ……」
こうして仲間たちから拘束される前に、いづなにこってり絞られている。抗弁などできようはずもない。
「よろしい。じゃあみんな、イトちゃんを離してあげて」
『…………』
しかし誰も離れない。
「あ、あら? みんなだいぶご立腹みたいね」
「そうですよ……」
特にムッスーとした顔のセツナが、こちらのお腹に回した腕に力を込めながらつぶやく。
「特にセツナは、わたしたちのためにとっておきの作戦を用意してくれていたからな」
と、烙奈から説明が入った。これはイトも初耳で、
「とっておきの作戦ですか?」
「わたしの動画の視聴者の人がくれたコメントを元に考えたんです。でも、ライズそっちのけで危ないことしてたイトお姉ちゃんには教えてあげません」
「そんなぁセツナちゃん。教えてくださいよぉ~」
「ダメです」
セツナの顔がついた高さ二十メートルもの石扉を押す手応え。これは何が何でも教えてくれそうにない。他のメンバーは皆わかっているようなので、本番で行き違いが発生するようなことはなさそうだが……。
「こう言うと語弊があるかもしれないけど、今夜のスペシャルライズは、〈ワンダーライズ〉が主役みたいなところもあるから」
首にしっかりと腕を巻きつけたまま、今度は六花が言う。
「〈サニークラウン〉はもう何度かここでライズをやってるし、愛川さんも大勢の前でのライズは経験してる。大舞台を踏むのが初めてなのはイトちゃんたち」
「そう言われれば、確かに……」
「だからみんなで協力して成功させたいの。わかってね?」
「ううっ……何たる気遣い。どうもありがとうございます」
人のことより自分のこと。そして自分のことより友のことだ。
黒百合動画のことは一旦脇に置き、今夜のスペシャルライズに全力投球。それしかない。
それからイトは仲間たちとリラックスした時間を過ごし、本番への英気を養うのだった。
※
「シンカー&キーパーズ! 墓掘り人もその番人も、我がシアターへようこそ!」
舞台の上で朗々と挨拶文を読み上げるのは、〈センターナ劇場〉の支配人たるコウテイペンギン。通称エンペラー・ジョンだ。
彼と相対するのは収容人数をフルマックスにした今宵の客席。ペンライトはすでにパワー全開で屈強なファランクスの構えを取っている。
「は、始まっちゃいました」
舞台袖からステージの様子をそっとうかがい、イトはぶるりと身を震わせた。
表の熱気に対し、器具や小道具が置かれたこの場所は少し冷たい空気。その温度差が重たい膜となって体を押し包み、さっきから心臓に奇妙な鼓動を刻ませている。
後には引けない焦燥と、一つたりともミスはできないという強迫観念に喉元を締め上げられながらも、今すぐ飛び出していきたい衝動が常に足の近くをさまよっている。わけがわからない。けれどこれが大舞台の感覚……!
「だ、だだ、だ、大丈夫だよイトちゃん。わ、わた、わたしたちがついててててて……」
「チョコちゃん歯の根が!」
とりあえずひしっと抱き合って、お互いに不足していたエナジーを補充する。よく知っている体温。日常の成分。早鐘のように鳴り続けていた心臓が少しだけ落ち着く。
「じゃあみんな、円陣を組みましょうか」
いづなが音頭を取ってみんなを集める。肩を組むまではいかないが、差し出した手にみんなが手を重ねる。普段の活動は別々。でも今、アウトランド使節団は一つのチームだ。
「今日はセントラルにお招き預かり光栄です、という立場だけど、そんな受け身じゃあ面白くない」
本番慣れというより修羅場慣れした不敵な笑みで、いづなが言った。
「わたしたちは迎える側。あちらはお客さんよ」
全員のうなずく顔を見回し、力強く言い放つ。
「歓迎しましょう。盛大にね!」
一話分があまりにも長くなりすぎてしまったので、ここで一旦切ります。
やっぱ作戦会議のシーンがあると長くなっちゃうな……。




