案件47:息を合わせて
「こいつ!」
「やる気か!」
出鼻をくじかれたスナッチャーたちが、それでも防御の構えに入る。
そこに正面から突っ込んでいくノア。相手はいずれも斧やハンマーといった大物。ガードの構えはいかにも頑丈そうで、ノアが持っている薄くて細い居合刀では、ビジュアル的にも不利に見えてしまう。
しかしこの時、イトの脳裏に不可解な閃きが走った。
それはシショーの声。かつて見た動画の一節。
――えー、本日は〈影刀〉というビルドについて紹介します……。
刀というと居合スキルが派手なのでスピードと技の武器と思われがちですが、一点だけ注意するビルドがあります。それが〈影刀〉です。これは超パワー型の刀です。ぱっと見ではわかりませんが、もし攻撃の時、“肩に担ぐ”みたいなモーションが見えたら、ただの素人でない限り十中八九〈影刀〉ビルドを組んでいると思ってください……。
刀武器は出が早い、という先入観から、ついガードが間に合えば安心と思いがちですが、この場合はしっかり足を踏ん張ってください。だいたい大斧と同じくらいの威力があるので、半端なガードでは吹っ飛ばされます。戦場で転がされたらまず負けです――。
イトは刮目する。
果たしてノアの動きは――。
(担いだッ……!)
ベギャア!
そこから振り下ろされた豪快な一閃が、防御体勢のスナッチャーを叩き潰した。
「え……?」
目撃した仲間たちが唖然とする。それはそうだろう。
細身の少女の頼りない刀での一撃。対するスナッチャーは、太い棍棒を水平に寝かせて完全なガード体勢にあった。直前まで余裕の表情を見せていたほどだ。
それが叩き伏せられた。まるで巨人に踏み潰されたように、あっさりと。
ビジュアル的にも間違っているとしか言いようがない。
動揺が時を止める間に、ノアは転倒中のスナッチャーの胴体を思い切り踏みつけた。容赦ないトドメの一撃にライフバーが消し飛ぶ。プレイヤーからの操作を受け付けなくなったアバターが、奇妙な姿勢でバウンドする。
「よーし、その調子でやっちゃいなさいノア!」
ウキウキと発令された黒百合の命令に従い、すぐさま他の敵へとターゲットを移行するノア。彼女の〈影刀〉を理解できない男たちは、次々に同じ目に遭わされていく。
強い。
やってることは滅茶苦茶パワータイプなのに、動きは正確無比で迷いがない。これに比べたら、ユラの方がまだ動きに遊びがあった。黒百合が常に余裕だったのは、こんなに心強いボディガードがついていたからか。
勝負はほぼついていた。
スナッチャーたちは防戦一方。
黒百合は腕を組んで悠然と彼らが倒されるのを待っている。
「ウヒャヒャ、スキありィ!」
撮影所の窓を突き破って人影が飛び込んできたのは、そんなタイミングだった。
スナッチャーの仲間。外にも潜んでいたのだ。
ターゲットは、勝利を確信し油断していた黒百合。
「しまった!」
虚を突かれて身を固くする彼女。
「!? 先生!」
同時にノアの動きも激しく乱れる。これまでの正確な攻めが止まる。
確定していた勝利が急に姿を消し、一気に窮地に陥る気配。
その一秒前に。
グワッシャア!
横合いから突き出た鉄塊が、襲撃者を壁へ天井へとバウンドさせながら家の奥へと吹っ飛ばした。
やったのは――イト。
「バスターソーコ!?」
「大丈夫ですか、黒百合さん」
間に合った。直前、なんか窓から入る光が陰ったような気がしたのだ。だから咄嗟に体が動いていた。
結果的に、追い詰めるべき黒百合を助けてしまったが、スナッチャーはとにかく敵だから仕方ない。寄らば斬る。寄らなくても斬る!
「まだ終わりじゃねえぜ、次もいる――おぐへぇ!?」
新たに飛び込んできた男の一撃も半歩下がってかわし、フルスイングで窓の外へとお帰りいただく。ちゃんと目で見えているのなら、この程度はなんてことない。増援はさすがにこれで打ち止めのようだった。
「……ろっ君?」
不意に、黒百合が奇妙な言葉を口にした。「え?」と見返したイトの視界に、ぽかんと開いた彼女の口が映る。
「ああ、いえ、ごめんなさい。あなたの動きが昔の知り合いに似てたもんだから。そんなわけないわよね」
黒百合は慌てて手を振り発言を撤回した。
「それより助かったわバスターソーコ。いい腕持ってるわね。ノア、二人で協力して一気に片付けちゃいなさい!」
「はい、先生!」
「わかりました。いきます!」
蘇った〈影刀〉と共に部屋中を暴れ回る。
その時イトが感じたのは、怖いくらいのやりやすさだった。
草刈りでもするみたいにスナッチャーが吹っ飛んでいく。狭い室内ということもあるが、ライズ会場を襲う狼藉者たちだってもう少し抵抗を見せる。
(この子……!)
その秘密は、自分の横にぴたりとついたノアだと気づいた。
彼女が絶妙なタイミングで敵の動きを抑制し、攻撃後のケアまでしてくれている。まるで〈ワンダーライズ〉のメンバーがすぐそばにいるみたいだ。
息の合ったコンビネーションとは言えない。こちらは何も意識していないからだ。ノアだけが、吸い付くように動きを合わせてくれている。
「く……曇り顔……キボンヌ……」
謎の言葉を残し、最後のスナッチャーが倒れた。
パーティの全滅を理解し、復活待ちをしていた死体たちもホームへと帰還していく。
こちらの完全勝利。ほっとした様子で、キリンも壁からようやく身を剥がした。
「やれやれ……。一度見つかった以上、ここも引っ越しね。悪くない場所だったのに」
乱闘で転がった酒のボトルの中身を意地汚く確認しながら、黒百合がぼやく。
「申し訳ないけれど、こうなってしまってはすぐに撮影とはいかないわ。この話はなかったことにしてもらえるかしら」
確かに、これからキャッキャウフフな動画が撮れるような状況でもない。何より黒百合本人が一番残念そうにしていては異議も唱えられない。背中でほっとしたキリンのため息を受けながら、イトは首を縦に振った。
「次のチャンスがあるかどうかはわからないけれど、もし声をかけることがあったらよろしくね。それからこれは迷惑料」
渡されたのはコンシェルだった。
得られる報酬の中で一番大きなもの。イトが真偽を確かめる目線を送ると、
「助けてくれたお礼も兼ねてね」
ポンと肩を叩かれる。
「あの……」
そしてもう一人、目の前にやってきた。
ノアだ。戦闘中とはうってかわり、どこか気弱でしおらしく見える。
ここで初めて、彼女がフードを取った。
少し癖のある白い髪がふわっと広がり、その上にピンと二つの尖った山が生える。これは――ケモミミ!
「先生を助けてくれてありがとう」
ノアはここで初めて、屈託のない笑顔を見せた。
「キャワ!?」
「おい」
ぎゅうとキリンに脇腹を掴まれ、イトは顔を歪める。
しかし本当に可愛い。これまで彼女は、ずっとこちらを気にする素振りを見せていた。それはきっと黒百合を守るためでもあったのだろう。それがこの笑顔。あんな正確無比な暴力を振るっておきながら、これ。
多分、元々ものすごく気遣いのできる子なんだと思った。
うわべだけの接し方じゃない。初めての共闘でも完全に息を合わせてくれた。下手したら「この子もしかして自分のことが好きなんじゃ……」と誤解してしまうような距離感。
こんないい子に親しくされたら、誰だっていい気になってしまうに違いない。ましてや、仲の良いところを動画に残すなんてなったら……。
そんなやりとりの一方で、黒百合がアイテム欄から何かを撮影所の外に引っ張り出していた。エンジェルゴンドラだ。
「行き先はセンターナ劇場にしておいたから二人はこれで帰って。わたしたちは後片付けがあるから」
そうか。撮影ができないのなら、アイドルをそばに置いておく意味もない。てっきりまた車で戻るのかと思っていたイトは、ここで急に二人と離されると気づいて少し慌てた。
「それじゃあ、またいつかどこかでね」
「さようなら……」
しかし、ここで変に話を引き延ばそうとすれば怪しまれるのは確定的に明らか。二人に見守られながら、大人しくゴンドラに乗り込むしかない。
ゴンドラがすっかり地上から離れると、黒百合たちは家の中へと戻っていった。それを確認するなりイトは素早く言う。
「キリちゃん、お兄さんに通報……!」
「えっ、あっ! はい!」
キリンは我に返ったようにカゴの中に身を隠し、フレンド欄を開いた。
黒百合たちと離されてしまった以上、潜入捜査は不可能。ならばすることは一つしかない。今〈モカ・ディク〉に通報すれば、ギリギリ駆けつけられるかもしれない。
が。
「……!? このゴンドラ、プライベートサービスがオンになってますわ!」
「プライベートサービス!? 何ですかそれ!?」
「外とのやり取りを一切封鎖するサービスですの! ゴンドラに乗った二人の時間を誰も邪魔できないように……!」
「気が利くゥ!?」
そんな機能知らない。てっきりアイドルが空を飛ぶためだけのアイテムだと思っていた。もしかして元々そういうものだったのか?
……やられた。親切に送り届けるフリをして、実質ここに閉じ込めたのだ。逃走の時間稼ぎは十分。悪質プレイヤーの酒にすら手を出すダメさ加減なのに、この狡猾さ。これが黒百合という人物――!
しかし……。
イトはエンジェルゴンドラの手すりを強く握り、彼女の言葉を思い出す。
「女の子が一番可愛いのは、頬を赤く染めたテレ顔……か」
「はっ、はい? いきなり何を言い出しますの?」
キリンが目を白黒させる中、深くため息をつき、そして。
「わっっっかるううううううううううううううう!!」
「本当に何なんですのあなたは! それよりこれ帰ったら絶対お兄様たちに滅茶苦茶怒られるやつですわよ! 何か言い訳を考えないとおおおおおおおお!」
慌ただしい二人の叫びを聞かされながら、エンジェルゴンドラは、この世に焦ることなど何もないというように、優雅にふわふわとアウトランドの空を飛んでいくのだった。
イトちゃんが怒られる理由は他にもありそう。




