案件44:セントラルの街並みを撮影せよ!
「うおおおエレガント! エレガンティック・バスター!」
「ちょ、ちょっとイトお姉ちゃん声が大きいです……。何ですかその変な技みたいなの……」
「でもすごい綺麗じゃありませんかセツナちゃん! こんな街並み見たことありませんよ!」
「そっ、それは。はい、確かにすごいです……! どこを見てもお城みたいです!」
最終的にセツナも巻き込んで、イトはセントラルの街並みに打ち震えた。
空からは巨大な宮殿のように見えたセントラル。地上の大通りから眺めてもその印象は変わらなかった。いや、細部がはっきり見えるようになった分、クオリティはさらに増して感じられた。
汚れ一つない、歪み一つない白い石畳。街灯は単なる棒ではなく鳥や動物の装飾が付いた豪華版。広場の噴水もデコレーションケーキ並に繊細で、ここまで来るとAIが露骨にセントラルを贔屓し、アウトランドの外観をあえて貧乏臭く作ったのではないかと勘繰ってしまうほどだ。
「視聴者の皆さま見えてますか。これがセントラルです。すごいですね!」
イトはボールカメラを優勝トロフィーのように掲げつつ、興奮をマイクに吹き込んだ。
ここはセントラルの大通りの一つ。老舗のショップが並び、各種オブジェも充実と〈モカ・ディク〉のメンバーからも太鼓判を押された撮影スポットだ。
ひょんなことから黒百合動画の調査に一定の協力を果たしたアウトランド使節団は、本来の目的である交流活動へと入っていた。
一つ、セントラルの今をアウトランダーの目線から発信する。
二つ、街を観光しつつ、セントラル住人に来訪をアピールする。
これらを達成しつつ、今夜スペシャルライズが行われる劇場を視察すること。それがイトたちの初日の活動内容だった。
「これ、二人ともそんなにはしゃぐでない。転んでしまうぞ」
「そ、そうだよ。まわりの人すごい見てるよ……うぅ恥ずかしい……」
烙奈と千夜子からのステイがかかるが、イトはまだまだ溢れる感情を出し切れていなかった。
宮殿を丸ごと街に落とし込んだような景色。住める美術館。それでいてここは“それ用”のテーマパークではなく、自分と同じプレイヤーが日々スカグフを楽しむ場所なのだ。
このゲームには本物の冒険がある。山ほどの未知がある。その一端を今、感じられている。
「あれって六花ちゃんじゃないの?」
「あっちは愛川セツナじゃん! 実物初めて見た……」
道行く人々がこちらを振り返り、口々に噂した。
特に注目されるのはやはり六花。セツナもセントラルでは有名なようだった。彼女の動画はリアル側でも再生されまくっているので当然のことか。
それが嬉しい一方で、〈ワンダーライズ〉への反応がないことが気がかりではあった。
アウトランドのメインヒロインたちに比べると「誰?」という扱いになるのは仕方ない。実際に実力も曲数も足りていないし、不釣り合いなのは明白。今夜のスペシャルライズでのお客さんの反応は、少し怖いところでもある……。
と。
「あの、イトさん、ですよね?」
そんなタイミングで声をかけられたものだから、イトはつい「ハイ!!」と大喜びで振り返った。
するとそこにいるのは、縦幅も横幅もこちらを二周分は上回る特大重甲冑……。
「ほあっ……!?」
「ああ、やっぱりそうだ。オレ、あの生配信見ました!」
嬉々とした声にイトは我に返る。このロボットみたいな鎧の中にはちゃんと人が入っているのだ。
「見てくれたんですか? ありがとうございます! あの三つのライズステージが並ぶ神シーンを――」
「はい! あのPKプレイヤーを全員ボコボコにするゴッドシーンを!」
「あっ……」
「オレも〈闘技場〉でPVPやってるんですけど、あんな複数相手にマジすごいっす! 普通二人相手だってムリゲーですよ。なのに! 滅茶苦茶感動しました! 応援してます!」
「アッ。アリガト、ゴザマス……」
言いたいことを言い終えると巨大甲冑は跳ねるように離れていった。するとその先には同じ格好の仲間がおり、みんなで「うおお話しちまった!」「マジで本物か!?」「すげー!」とか好き勝手に盛り上がっている。
「〈ヴァンダライズ〉じゃ……ないんです……」
「イトちゃん、気にしない気にしない。人気者には違いない」
そばに来た六花が頭をナデナデして慰めてくれた。
「意外に知られているのだな、アウトランドのプレイヤーも」
烙奈が先導役のサツマに呼びかけるのが聞こえる。
「とりわけこの前の生配信の影響が大きかったようです」と彼は、今の一連の流れに笑顔を見せ、
「城ケ丘さんが単身アウトランドに武者修行に行ってしまったというのは、我々自治クランでも大騒ぎになりましたからね。噂はすぐに広まって、その後すぐにグレイブでの生配信でしょう。見た人は見たはずです。僕も大学のレポートなんかほっといてログインしてりゃよかったと後悔してますよ」
「そう言えば、キリンはあの配信でひんしゅくを買ったようだが、葵は大丈夫だったのか?」
その問いには苦笑じみた反応のサツマ。
「あの人はもう“ああいう人”という扱いですからね。竹槍持ってイノシシ追いかけてても誰ももんくは言いませんよ」
「表現の自由……!」
そんなこんなでひとまず〈ワンダーライズ〉もちょっとは知られていると判明しつつ、一行はボールカメラと共に劇場への道を進んでいった。
セントラルの街並みは本当に綺麗だ。しかし、住人たちはそこまで気にしていないようにも見える。さすがに毎日見ていたら飽きてしまうということなのか。
「おいそれとリフォームできない、という事情もあるんです」
とサツマがこっそり教えてくれた。イトはボールカメラの両耳(多分両脇にある)を塞ぎつつ、話を聞く。
「今の尖塔風ホームってシーズン3だか4だかに実装されたやつで、並べて建てると物凄く見栄えがいいっていうことに誰かが気づいて、盛大な呼びかけを行ったみたいなんですよね。街中をこれにしようって。で、セントラル住人って結構ノリがいいので、最終的にみんなが塔にしちゃったっていう過去があるんです。今から自分のとこだけ変えようものなら一人だけ浮きまくった挙句、クランの看板に泥を塗ったとか言われて、その後の付き合いでも甘く見られたりしてしまうと思います。都会的に見えて実はすっごく田舎の関係性なんですよ、ここは」
閉じた狭い社会。コンシェルのような本来のゲームにはない制度を作れてしまうくらいだ。プレイヤー間の繋がりは濃く、長く、複雑なのだろう。さすがに今の発言はオフレコにしておこうと思った。
「ね、ねえ、イトちゃん。セントラルのお店とか、興味ない?」
ボールカメラで街の撮影を続けるうち、ふと六花がそんなことを言い出した。そわそわと肩を揺らしている。
「もちろんありますよ!」
「ホント? じゃ、じゃあ、あそこ! アレンジアクセサリーが可愛いの! 行こ!」
言うが早いか六花の指がするりとイトの指に絡みついてくる。隙間なく密着した手に引かれ、小走りで脇道に。突然の行動に、案内役のサツマもルートを変更してついてくる。
「おほぉ……これはしゅごい……」
連れ込まれたお店の中では、デザイナーがアレンジしたアクセサリーが、それ自体がセンスフルな幾何学の配置で陳列されていた。
「これ、バザールでは死ぬほど高いやつですよね……」
そんなダンジョン産ブローチが別の高額アクセサリーと組み合わされて、さらなる天額商品へと生まれ変わっている。アレンジ設計図のみの販売ではなくどうやら実物込みだ。正直これ一つでアイドル職のスタートダッシュセットが余裕で整う。そんなアイテムばかりの高級店。
「初期装備だと悪目立ちしちゃうけど、今のイトちゃんなら全然似合うよ……!」
六花が熱っぽい目を向けてくる。
「これ試しにつけてみて。後、こっちも。それからこっちも」
「り、六花ちゃん。そんなに試着したらお店に迷惑じゃ……」
「どうぞご自由に、月折六花さん。いつもご贔屓にしていただき、ありがとうございます」
カウンターから店員さんがニッコニコで言ってきた。どうやら六花はここの常連のようだ。きっとこのお店が近づくにつれ、紹介したくてたまらなくなっていたのだろう。
「はぁぁ……。これ絶対似合うと思った。ねえ、プレゼントしたらもらってくれるかな?」
「だ、ダメですよこんなに高いの。そういうアイテムのやり取りはよくないっていづなさんも普段から言ってるし……」
「じゃあせめてSS撮らせて。あっあっ、この指輪! この指輪、わたしと一緒につけて撮影……。指輪がちゃんと見えるように……そうそう……手をこう繋いで……体ももっと寄せて……」
「い、いつも以上に六花ちゃんが積極的です……!」
たじろぐように結城姉妹に目を向けると、「何か!?」というふうな堂々とした真顔を返された。
「やっぱり仲の良いお友達と来ると違いますね」
ショップの店員さんがほっこりした顔で話す。
「普段来られた時は、ただ眺められているだけのことの方が多いのですが。こんなに楽しそうな月折さんを近くで見られてわたしも嬉しいです」
「ふうん、そうなんだ……」
「そうなんですね……」
ビービビビビビ……。
「ひいい、チョコちゃんとセツナちゃんのビームがすぐそこまで来てェ……!」
そんな様子も、ボールカメラ君はしっかりと見ていた。
ややあって。
「はぁっ……これダメぇ……ふぅ……こっちもマジやばいょぉ……」
やけに艶めかしい吐息を繰り返す六花が、自前のボールカメラで撮影したSSのチェックを一通り終えた後、ようやくイトは解放された。入店から結構な時間が過ぎていたが、六花の濃密な時間が止まることは一秒たりともなかったらしい。全身がなんかツヤツヤしている。
「これ本当に配信して大丈夫か?」
「本人が満足してるからいいんじゃないかしらね」
「事務所が頭を抱えるかもな……」
烙奈の質問に結城姉妹が顔を別方向に背けながら答えたのが、イトの記憶に残った。
「イトお姉ちゃん、今度はこっち。こっちが気になります」
「イトちゃん。次はあっち見よう。ほら、うちにあるアイテムと似てるオブジェがあるよ」
「ふのおおお待ってください。右と左には同時に行けませええええん」
「ふへへへ……これ待ち受けにしよ。あっ、でもこっちも……。ああっ決められないからスマホもう一台買って二つの画面を同時に――」
「なんだあの集団!?」
こうして人々を驚かせつつ寄り道は続き、劇場はもうすぐそこだった。
これがセントラルの今だ!




