案件43:黒百合動画
リビングの丸テーブルに皆が集まる中、サツマは壁の大モニター用スペースではなく、小さな動画ウィンドウにてそれを再生した。
現れたのは可愛らしいワンピース姿の少女二人。片方が黒、片方が白という対照的な色分けだ。揃って大きなソファーに腰かけ、最新のガチャ景品についての解説――というか雑談をしている。
「こ、これは……!?」
イトは目を見開く。
ガチャの新アイテムについての紹介動画は、配信の王道と言える内容だ。使用感からアレンジの指南まで、誰がどんな話をしてもいいし個性も出しやすい。
しかしここでイトの興味を引いたのは白黒少女たちの距離感だ。
近い。それでいて話の内容も、視聴者に向けてという体裁をとりつつ、お互いに言及するものが多い。端的に言ってイチャイチャしている。
「これは百合営業動画ですね!?」
「はい」
イトの問いにサツマはすぐにうなずいた。
「あっ、あのー……」
続いて六花も小さく挙手する。顔が少し赤い。
「これ、モザイク入っているのは最初からなんですか?」
「いえ……プライバシー保護のために後からこちらが付け足したものです……」
「なんか、余計いかがわしくなっちゃってるみたいなんですが……」
「そ……そうですね……。失礼しました」
サツマがコンソールを操作すると、少女二人の目元を隠していたモザイクが取れた。
すっきりとした顔立ちがはっきり見える。アバターの造形はとても良い。美少女だ。
「この人……アイドルですの?」
ふと、白ワンピースの少女を指さしたキリンが、驚き交じりの声で指摘した。
「ああ。髪型や化粧は別アイテムにしてあるけど、見る人が見ればわかると思ってた。彼女はセントラルのアイドルである可能性が濃厚だ」
「なぁんだ。百合営業は邪道だとか言われてましたけど、ちゃんといいのがあるじゃないですかぁ」
ついニヤニヤしてしまうイトに、「いえ、そういう扱いです」とサツマの一刀両断。
「だからこそ、この動画は特異なんです。見ててください、この後です」
彼の予告から数秒後、
「はい、カット。お疲れ様」
突然カメラ手前側からくぐもったような声が響いた。
同時に、映っていた二人も姿勢を緩める。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
お互いに挨拶すると、まず白ワンピース――アイドルと思しき少女がそそくさと画面外に去った。続いて黒ワンピースの少女が、ゆったりとした動作で出ていく。
これはトリミング前の動画だったのか? イトがそう思った矢先、新たに一人の人物がフレームインしてくる。
パンツスーツ姿の若い女性だ。思わず息を飲む。女性は目元を隠すために、金属製のマスクをつけていた。声にも若干の加工がされている。さっきカットをかけた人物に違いない。
彼女は二人が座っていたソファーに腰かけると、ぽんと手を打って開いた。
「いかがでしたでしょうか。これが、わたくしどもが提供する“黒百合動画”……」
黒百合動画……! サツマがさっき語った名前の通りだ。通称ではなく自らそう名乗っていたのか。
それから彼女は妖艶な口調で動画の趣旨を説明し、最後にこう締めくくった。
「セントラルでは味わえない刺激をプレイヤーの皆様にお届けできると確信しています。ご注文お待ちしています」
動画は今度こそ終わった。
「これは……業者クラン用のプロモーション動画だったのね」
いづなが言う業者がクランとは、業者が運営しているクラン、ではない。業者みたいな活動をしているクランだ。装備素材の収集代行や、動画用素材の作成など内容は多岐にわたる。この場合は、動画を有料――あくまでゲーム内通貨――で販売しているクランだ。
「しかし、これがどう問題なのだ? アウトランドでは――いや〈ワンダーライズ〉でも似たようなものはいくつも出しているが」
烙奈がたずねると、「何が映っているかではなく、誰が映っているかが問題なんです」とサツマは眼鏡をクイと持ち上げながら返した。何が、ではなく、誰が。「セントラルのアイドル……」との六花のつぶやきに、誰もが答えを見つけた顔になる。
「セントラルのアイドル事情について少しお話します。うちのキリンもそうですが、セントラルのアイドルはまず所属クラン=ユニットという体裁を取っていません」
そう言えばそうだ。〈ワンダーライズ〉も〈サニークラウン〉も所属クランがそのままユニットになっているが、キリンの所属はセントラルの自治を担当している〈モカ・ディク〉。アウトランド風に見れば、キリンは〈モカ・ディク〉の専属アイドルとして映る。
「セントラルに住むためには、どこかのクランに所属しなければいけません――セントラルのホームはほぼすべてがクランの所有物で、個人所有はありませんからね。するとどうなるか――クランからの拘束力が強くなるんです。リアル側に存在するアイドル事務所よりも」
グレイブアイドルたちが所属する事務所は、あくまで『スカイグレイブファンタジア』という超人気ゲームに相乗りさせてもらっている形だ。ゲーム環境――規約はもちろんのこと、クランやプレイヤー同士の関係の方が優先度が高く、事務所の意向はその後にならざるを得ない。スカグフがあってこそ、少女たちはアイドルでいられるからだ。この力関係はアウトランドでも同じ。
ユニット=クランのアウトランドなら、それで大した問題にはならなかった。しかし、アイドル活動とはまったく別の方針で存在しているセントラルのクランの場合、両者の方向性の違いは厄介な課題になる。
「セントラルのクランは、九割が五年以上活動を続けている老舗ばかりです。当然、アイドル職が事務所と提携する今の形になる前から存在しているため、クランの古いルールと現代のアイドル活動が上手く噛み合っていないのが実情なんです」
アイドルは歌とパフォーマンスで魅せるものでそれ以外は邪道! みたいな考え方もその一部というわけか。確かにかつてのアイドル職はあくまで特殊なバッファーであり、リアルでのデビューを求めて無限に人気取りをする必要なんてなかった。
バフ職はバフを撒くことに専念してくれという意見は、プレイングとしては十分理解できるものだ。
「そうした古い体質の中で、こんなイレギュラーな百合動画に出演していることがバレたら、アイドルはクランから追い出される可能性があります。しかし、プレイヤーなら誰でもそうですが、一緒に遊んでいた仲間を追放するなんて普通はやりたくない。そういう事態にならないことが一番なんです」
「! もしかして、キリちゃんは」
イトが慌ててたずねると、
「はい。この黒百合動画の出演が疑われています」
「し、知りませんわ。こんな邪道な動画なんて!」
キリンは慌てて潔白を主張する。食ってかかろうとする彼女を、サツマは手のひら一枚で制した。
「それはわかってる。ただ、そういう噂が持ち上がってることは事実なんだ。ここ最近、キリンはただでさえ奔放な振る舞いが目立った。そして例の生配信だ」
『!』
イトたちは顔を見合わせる。これは〈恩情の都〉の配信に違いない。
「そこで、女の子同士でのそれらしい場面が多数あったという証言が出ている」
「な!?」
キリンからボンと湯気が上がった。サツマがこちらに向き直る。
「アーカイブ化はされていないし、僕も動画は見ていなかったので何とも言えません。いや大半の人間が見ていないでしょう。ただそれが余計に人々の好奇心を刺激してしまった。噂が一方的に膨らみ、裏の交流サイトでは、キリンは黒百合動画の容疑者の筆頭です。だから、一時的に彼女をセントラルからパージする必要がありました。動画に出演したペナルティだ、と騒ぐ者も当然いるでしょうが、それよりも直接的な叩きが本人に来る方がまずい。本人が目の前にいなければ、そういう連中は他を探します。アウトランドにいる方がまだ安全でした」
その説明にイトは青くなった。
「ということは、キリちゃんが追放された一番の原因はわたしとの百合営業に……」
「あなたとそんなことしてませんわよ! 根も葉もない噂でまわりが騒いでるだけですわ!」
震えるイトをキリンは力強く擁護(?)する。
「とにかく、そうして時間を稼いでいる間に、黒百合動画に対処したかったんです。それが終わればすぐに連れ戻すつもりでした。しかし、あの動画についての調査は進んでいません……」
キリンが追放された経緯はわかった。確かに、彼女を守るための正しい判断だった。セントラルの住人にとってPKは恐ろしいことだろうけれど、アイドルに対しての誹謗中傷や過激な批判は、色んな意味で致命傷になりかねない。
「あの黒いワンピースの娘もアイドルか?」
烙奈の問いに、サツマは申し訳なさそうに首を横に振る。
「今のところ何とも……。ただ、彼女は黒百合動画の常連です。自治クランが掴んでいる五つの動画のうち三つに出演しています」
イトは黒ワンピースの少女の容姿を思い出す。
少し癖のある白のロングヘアに褐色肌。特徴的な肌と髪色に思われるが、だからこそ人気のアバターパーツだ。愛好家は山ほどいる。
瞳は翡翠のグリーン。性格は少し大人しめな印象を受けた。白ワンピースの子がすぐに席を立ったのに対し、落ち着いた動作で退席したのも常連の余裕からか。
「あの少女も、マスクの女性も、セントラル住人かアウトランダーかすらわかっていません。自治クランのメンバーだけで個人を特定するのは多分、無理でしょう……」
一地区は広大だ。とんでもない僻地にホームを立てて、他からまったく知られずに孤独なプレイングを楽しむクランすら存在するという。そんなのが相手だったらまず見つからない。
「それならいっそ、クランのルールを変えちゃうっていうのは……?」
千夜子が恐る恐る、しかし画期的な解決法を述べる。
それは名案だった。黒百合動画は別に犯罪を行っているわけではない。ただセントラルの体質に合わないというだけで問題視されているのだ。
「それも考えましたが、難航しています。何しろプレイヤーよりクランの方がスカグフ歴が長いので、おいそれと手が出せないんです。ある種の伝統主義に皆捕まっているというか……」
「なるほどぉ……」
これまで先輩プレイヤーたちが守ってきたものを変えるとなると、ちょっと後ろめたい気持ちになるのはイトもわかる。
それに、他の話題ではそうでもないのに、ゲームの話になると突然「あれはダメ」とか「これはやれ」とかこだわり始める人がいる。そういう人がクランの古参だったりすると、ルール改訂はさらに難しくなりそうだ。
「こうしたリスクを冒してまで黒百合動画に出演する以上、アイドルにはかなりの報酬が支払われていると考えられます。さすがにリアルマネーではないでしょうが……アイドルはお金がかかるジョブですからね。それと同時に、彼女たちが今のセントラルを窮屈に感じている証拠かもしれません。アウトランドではできることが、ここではできないわけですから……」
「あのう。それについてなんですが、一つ……」
イトは小さく挙手した。
「この子、百合じゃありません」
『えっ?』
その場の全員の視線が集まる中、イトはコンソールをお借りして動画のシークバーを動かす。
場面は撮影終盤、「カット」が入った直後だ。
「よく見てください。この白い方の女の子、少しだけ体を後ろに引いてます」
誰もが画面を凝視する。
「え、マジ?」
「……本当だ。確かにしてる……」
「微妙だが、うん」
シークバーをフレーム単位で何度も動かしてようやく、全員がそれを認定した。
「動画が終わった瞬間に離れる……。これは自然な仲の良さではなく、台本ありきのお芝居ということを意味しています。百合営業とは認められません」
「えっ、百合営業ってそういうものじゃ……」
「しかしもっと恐るべきものは他にあります!」
誰かのつぶやきにかぶせるような声で、イトは核心に触れる。
「この“カット”の声が入るまで、二人の距離感や空気感は完璧でした。少なくとも違和感はなかったです。時に、この白い方の子は演技とかで有名なアイドルなんですか?」
質問されたキリンは首を横に振り、
「いえ、そういう話は聞いたことがありませんわ。歌もパフォーマンスも普通くらいで……」
その証言にイトは確信を深めた。
「だとしたら、これを仕組んだ人物がいます。何でもない素人を、短時間ながらそれらしく見せてしまうような、百合営業の何たるかを知り尽くした凄腕の指南役が……!」
「……それがスーツの女性……ただの仕掛け人ではなく、か……! なるほど、これは重要な手がかりになるかもしれません。作劇に通じたクランをいくつかあたってみます」
サツマが仲間に目配せすると、早速一人がその場を離れていった。
感心する眼差しがイトに集まる。成果はまだわからないが、膠着していた捜査をあっという間に動かしてしまったのだ。サツマがほうっとため息をつく。
「すごい洞察力ですね。あの一瞬の動きを見逃さないとは。さすがは〈ヴァンダライズ〉……」
「えっ」
「ケンザキ社長が激推ししてくるはずです。何かあれば遠慮なく頼れと」
「えっ、いやっ。わたしたちは〈ヴァンダライズ〉じゃありません!」
「おい、おい。ええっと、こう言えばいいんですよね? ハハハ……」
「あのやろぉ!」
イトが歯ぎしりすると、〈モカ・ディク〉のメンバーから楽しげな笑いがこぼれた。
キリンの登場以来ずっと硬かった空気が、ようやく溶けだした感じだ。
余計なことまで伝えていた社長は腹立たしいが、こういう時に空気を変えられるのは悪い気分ではなかった。痛しかゆしの面持ちで、イトは別の話題を振る。
「ところでこういう動画ってホントに売れるんですか? アウトランドでは無料でも見てもらえませんけど……」
「アウトランドに比べるとセントラルのアイドルは“堅め”ですからね。普段は見られない“親密”な彼女たちが見られるとなれば、買い手は余裕で付きます。ある意味、独占市場です」
「へえ、独占……。……あのう、キリちゃーん?」
「あなたが模倣犯になってどうしますの!?」
「ま、まだ何も言ってないですけどー」
「言わなくてもわかりますわよ、あなたのことくらい!」
「ええー。もう言葉にしなくても通じる仲でしたかー?」
「ち、違いますわ! ホントに違うんですからっ!」
「へえー? ぐへへ……」
ビビビビ……。
「びゃおおおおお!?」
突如として多数の目から発射されたビームにより、イトは芋虫のように床を転げ回った。
謎の光線現象を見て困惑するセントラルメンバー。そんな中、サツマは一人、
「いやホントに自由だなアウトランドのアイドルは……」
と、憧憬にも似た苦笑を噛み殺していた。
これが荒野で生きてきたアイドルの眼力だ。




