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案件42:〈モカ・ディク〉への秘密の帰還

 キリンの境遇について話した時は、さすがの六花もセツナもぽかんとしていた。

 そうされるのも当然のやらかしだ。いたって自然な反応。ただ、いづなとなずなが、身につまされるような顔で六花を見ていたのが奇妙だった。


 彼女をセントラルにつれていくことは、全員から賛同を得られた。グレイブアイドルとは競い合いつつも助け合うもの。しかし、その先はセントラル――いや他クランの事情となる、といづなから釘を刺されている。

 何も知らない部外者が横から口を挟むのは、それまでの経緯がある先方に対してあまりにも無責任。イトもそのへんは重々承知だ。


 そうして向かうセントラル。果たしてキリンはどうなるのか。会いたい人とは誰か――。

 ペガサス馬車の窓から差し込む光に、イトは何とはなしに、虹色に輝く小さな巻貝をかざした。


「あら、イトちゃんそれは」


 いち早くそれに気づいたいづなが声をかけてくる。

 ペガサス馬車の内部はリムジンのようなゆったりとした座席配置で、お互いが向き合えるようになっていた。何かすればその行動は丸見えだ。


「はい。これ、葵さんから別れ際にもらったもので……。“何か困ったことがあれば”って言われたんですけど、何かのおまじないなんですかね」

「すごいじゃない。それはセントラルの信頼の証よ」

「信頼の証?」


 ちらとキリンを見やるも、彼女は憂鬱そうな顔で、一人用シートから窓の外を眺めている。

 説明はそのままいづながしてくれた。


「セントラルってアウトランドに比べたらはるかに狭い土地だし、閉じた社会だから、そこで高水準の生活を維持するにはお互いの助け合いが絶対必要になるの。でも、人によっては自分だけがオイシイ目を見て、他人には手を貸したくないなんてことも当然あるから、助け合いを担保する物的な何かが必要だったのね。そこで考え出されたのがその“コンシェル”」

「このゲーミング巻貝が……」


 イトは改めて虹色の巻貝を見た。人差し指の先に乗ってしまうほどの小さな、しかし精緻な巻貝だ。内部まで透き通っており、自然物ではなく工芸品であることがうかがえる。


「コンシェルは信用の通貨。損得勘定を超えた頼みごとをする時に、相手に渡すの。受け取った相手はその頼みを無下に扱うことはできない。そうして助け合いをシステマチックに成立させているのね」

「はえー。詳しいですね、さすがいづなさん」

「まあセントラルへは何度も行ってるしね。お仕事で」

「えっ、そうだったんですか?」


 思わず六花となずなに目を向けると、二人ともうなずき、


「あっちのクランに頼まれてライズすることもあるの」

「あんまり大っぴらには言ってこなかったが、我々が行き来するのは日常茶飯事だ」


 さすが〈サニークラウン〉。そもそもゲームとリアルの枠を超えて活躍するアイドルユニットが、ローカルな垣根に囚われている方がおかしいか。


「もしかして、葵さんからもらったこの巻貝には特別な権力が込められていたりは……?」


 イトが下心を滲ませると、いづなは柔らかく笑い、


「生憎だけどそういう付加価値はつかないわ。元々貴重なものでもあるし、信用に貴賤はない――そうしておかないと、ただのお金と変わらなくなってしまうんでしょうね」


 グレブンでもコアグレブンでもない。セントラル住人が独自に編み出したコンシェルは、お互いの敬意と信頼によって成り立っているようだ。

 葵はなぜ、それをアウトランドの住人に渡してきたのだろう。こちらがいずれセントラルを訪ねることを予期していたのか、それとも単に習慣なのか。


 しかし、もしかしたらこれが事態解決の助けになるかもしれない。イトはコンシェルをしっかりとアイテム欄の一番上にしまい直した。


「お嬢様方、セントラルが見えて参りましたよ」


 室内のアンティークなスピーカーから、レトロなノイズと共に御者の声が響いた。

 御者台に座っているのはなぜかスパチャだ。他のアイドルたちのAIマネージャーはホームで留守番しているのに、どうしてか平然とついてきた。まわりも特に何も言っていない。なんか「傭兵団の窓口だから」とかいう話を薄っすら聞いた気がしたが、空耳だろう。


 イトたちは窓の外を注視する。


「うっわあー!」


 そこに、雪化粧を施した白亜の都市が横たわっていた。

 贅沢! 清潔! 貴族! のイメージを詰め放題にした、まさしく絵に描いたように美しい都市だ。


 四角いビルの代わりに鋭い尖塔が立ち並び、精緻で煌びやかなオブジェがそれらを個性的かつ豪奢に彩る。しかし決してけばけばしさはなく、一つ一つが格調高く、バランスの取れた造形。町全体がまるで一つの宮殿だ。


「これがセントラル……!」


 何となく想像していたゴージャスな町をそのまま全力で投げ返され、イトは驚きに続く言葉を失った。


 同じゲームのプレイヤーが住んでいるとはとても思えない。ここではリアル大富豪、リアル貴族たちが、黄金のミカンを黄金のコタツで食べているに違いない。


「ユ、ユニフォームがあって本当に良かった……」

「これでは、セントラルとアウトランドが仲違いするのもわかるな」


 千夜子と烙奈も初めてのセントラルに大層驚いている様子だ。


「イトさん、あれ……!」


 セツナが指さす先に、多数のうごめく小さな影があった。


「うわっ、どれもペガサス馬車です……!?」


 セントラル上空。尖塔から尖塔を行き来するのは、翼の生えた馬車や、あるいはエンジェルゴンドラに似た乗り物。アウトランドでは、町で一つ見かければいい方。それくらいバザールではバカ高いアイテムだ。それがさも当然のように飛び交っている。


「何年も再販されてない骨董品なんかがホームの前にポンと置いてあったりするから、探してみるといいかも」


 六花がそう優しく教えてくれ、イトたちはますますその光景の虜になった。


 そうしているうち、アウトランド使節団を乗せた馬車は、一つの尖塔へと降りていった。

 発着場は塔の高い位置にある。アウトランドにこんなものを作ったら、速攻で鳥の営巣地確定だ。


 塔の先端に、大きなクジラのアクセサリーを乗せたクランホーム。

 セントラル第七自治クラン〈モカ・ディク〉。


 ケンザキ社長が、セントラルでの滞在場所として紹介してくれたのがこの場所だった。

 発着場の雪は丁寧に掃かれており、馬車は難なくそこに着陸。と同時に、尖塔の入り口から多数の人間が出てくる。出迎えだ。


「いらっしゃい。セントラルへようこそ!」


 そう言って柔和な顔を微笑ませたのは、大学生くらいの男性だった。

 高身長のイケメンで、パーマのかかった長くも短くもない金髪にオシャレ眼鏡。イトにはギリシャの壁画から出てきたように思えた。

 服装は白と基調とした制服風コスチューム。実際仕事着の類なのだろう。一緒に現れた人たちも同じ格好だ。


 聞くところによるとセントラルではプレイヤーによる自治が物凄く発達しており、この自治クランなるものはその代表例。街のトラブルシューティングを請け負い、本当に治安維持がゲームの本編になってしまっているとか。きっちりした身なりと態度からもそれが見て取れる。


「皆さんをお迎え出来て光栄です。〈モカ・ディク〉のクラン長、サツマ・イーモです」


 だが名前はひどい。


「名前が適当すぎるっていうんで、サツマと呼ばれています。どうぞよろしく」

『よろしくお願いします!』


 イトたちは揃って頭を下げた。アイドルの挨拶は甲子園の野球部ばりに一糸乱れない。


「セントラルでの活動中はここを自由に使ってください。皆さん用の個室も用意していますので、どうぞこちらへ」


 そう言って、颯爽と歩き出すサツマ。歩き方すら気品が漂う。これがセントラルの住人か……と思ったら、彼についてきたクランメンバーが、六花やセツナを見てきゃあきゃあ言っていることに気づき、ようやくこの人たちも目玉焼きに醤油をかけて食べる一般人なんだと理解できた。


 空から近づいた時点で薄々わかっていたことだが、細長い外観のわりに塔の内部はとても広かった。〈ワンダーライズ〉の赤レンガアパートなんて相手にもならない。


 内装は清潔感溢れる白。所々に配置されたオブジェや小物は、ガチャカタログのチェックに余念がないイトたちをもってしても見たことのないものばかりだ。これが、六花が言った骨董品だろうか。まるでホームがスカグフの歴史館。


「こちらです」


 サツマが通してくれたのは、開放感のあるリビングだった。一段床を低くしたダウンフロアがオシャレで、中央には大きな丸テーブルが置かれている。


 壁には鑑賞用ウインドウを開くためのスペースがあり、部屋の端にポータル。一見殺風景なようで、よく観察すると何かを引き出せそうな箇所があちこちにある。ミニマルでありながら多機能。ちょっと普通のホームじゃない。


「個室はすべてこのリビングと繋がっています」


 そちらも見せてもらう。

 大きな窓からは宮殿めいたセントラルがよく見渡せ、雰囲気作りのベッドやウォークインクローゼットまで装備。まるでどこかのリゾートホテルだ。実物知らないけど。


「すんごいオシャレホームですよこれは……!」

「気に入ってもらえてよかったです。うちのハウジング勢も喜びます」


 そのハウジング勢が、実際リビングの入り口でイェーイとハイタッチしていた。


「足りないものはありませんか? ベッドの数とか。うかがっていた人数分は揃えたつもりですが……」


 それは形式的な質問だったのだろう。足りないものなんて何もなかった。

 使節団が事前に申請した通りのメンバーならば。


「おや……」


 使節団の接待役として、彼は遺漏なく準備していたはずだ。だから気づいた。

 アウトランドからの来客は七人のはず――しかし、ここには八人いる。


〈モカ・ディク〉のメンバーが戸惑いの目線を交わした直後、八人目の少女がそれまでかぶっていた頭巾をそっと取り払った。


「お兄様……」

「……!? キリン……!?」


 目を剥いたのはサツマだけではなかった。


「お兄様……!?」


 イトたちもまた彼女の発言に驚くことになる。


「ふ、二人は兄妹、なんですか……?」


 イトがあたふたと問いかけると、愕然とするサツマと、うつむき気味のキリンの両方がうなずき、


「実の兄妹です。そして、妹をうちから追放したのも僕です」


 と、兄の方が告白する。


「どうして戻ってきたんだ?」


 冷酷ともいえる問いがキリンに渡される。


「だって、急にクランから追放だなんて……。試験に落ちたわたくしが悪かったことは確かですけれども、それにしたってあまりにも……」

「それだけじゃない。試験に集中するよう言ったのに、勝手に城ケ丘さんにくっついてアウトランドにいっただろう」

「そっ、それはそのう……。だって、あんな危険地帯に葵お姉様を一人行かせるなんてどうしてもできなかったんですもの」


 ここに来て新たなやらかしが発覚した。

 どうやらキリンは、無理矢理葵にくっついてアウトランドに来ていたようだ。


 そこで成果を挙げ、試験にパスまでできれば結果オーライだったのかもしれないが、最終的な結論があれでは言い訳のしようもない。ましてや自治クラン。不真面目なんて絶対に許されなさそうな場所だ。


 早速押し黙ってしまったキリンを見かねて、イトはつい時間稼ぎの口を差し挟んだ。


「あ、あの、キリちゃんは今、うちのホームでお預かりしています。危険はないので、安心してください」


 兄妹ならこの程度の話は家でしているかもと思ったが、何となく二人は別居しているような気がした。お兄さんの方が一人暮らししているようなイメージで。


「ありがとうございます」と、サツマは丁寧にお礼を伝えてきた。しかしやはり、さっきまでの柔和な態度とは違い、硬い。六花も口を開く。


「キリンさんをつれてきてしまったのは、わたしたち全員の判断でもあります。どうかそのことに関しては、叱らないであげてくれませんか」


 これが最大限出せる助け船に思われた。六花がそれ以上を口にすれば、それは相手にとって重圧になりかねない。サツマもすでに難しい顔で押し黙っている。

 硬直した空気。さっきまでの歓迎ムードはどこかに行ったまま戻ってこない。


「キリンちゃん、これはあなたを守るためでもあったの」


 不意に、サツマの背後で成り行きを見守っていたクランメンバーが告げた。


「ゆぴのさん」とサツマがたしなめる声を向けたが、彼女は首を横に振り、


「二人がケンカしてるみたいな状態はよくない。ちゃんと話してあげるべきでしょ」

「それってどういうことですの?」


 初耳だったらしくキリンも問いかける。人間的成長がどうのとかいう話では、少なくともなさそうだ。他のセントラルメンバーも何やら悩ましい顔を見合わせている。


「何か、自治関連でのトラブルですか?」


 いづながすっと踏み込んだ。


「はい……ですが、アウトランドの皆さまは心配いりません。僕らの事情です」

「聞かせてもらえたら、力になれるかも」


 独断専行気味のいづなの発言だが、やはりオカンはわかっている。この場の全員がすでにそういう気持ちを抱いていると。


 真摯な目線を向けられ、サツマが逡巡の気配を示した。いづなは目ざとくそこを追撃する。


「わたしたちはセントラルとアウトランドの交流のために来ました。それは一時的な表敬訪問ではなく、最終的に、いつでも同じゲームを楽しみ、同じ課題に向き合える、一つの塊になるためです。中央と外という考え方をここから古くしていきましょう。聞かせてください」


 聞く相手によってはカチンと来る内容だったかもしれない。セントラルとアウトランドが一つになるなんて。しかし、使節団を迎えた時点で、アウトランドとの融和には前向きな人選のはず。そう信じてイトが事態を見守っていると、やがてサツマがぽつりと言い落した。


「キリンには今、ある疑いがかけられているんです」

「疑い?」


 初耳だったのか、キリンも顔を強張らせる。


「現在、八つの自治クランが総出で追跡しているトラブルがあるのですが、それに関わっているのではとの噂が。それは……〈黒百合動画〉と呼ばれています」

「なにィ!!」


 イトの声が一際大きく響き渡る。

 白く美しいお城のような街で咲く〈黒百合動画〉。

 果たしてそれは、いかなるものなのか……。

わかった、犯人はイトちゃん!

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― 新着の感想 ―
[良い点] おましょうま! [一言] >身につまされるような顔で六花を見ていた この前も変装して観に来てたし、普段もライズのスケジュール被らなかったら観客として観に行きたいんだろうなぁ >ゲーミング…
[良い点] ゲーミング巻貝、周囲に七色レーザー撒き散らしそう > 目玉焼きに醤油をかけて食べる一般人 かけるのが醤油か塩か、はたまたソースか ケチャップやマヨまであるのが一般人やろ なお、雲上人は…
[良い点] 後書きで作者にネタバレ()される主人公がいるらしい [気になる点] プレイヤーメイドのハウス街なのにビックリどっきりトンチキハウスが無い?妙だな……? [一言] 目玉焼きに醤油とはわかって…
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