案件41:追放された少女
「ぬおおン……こ、これはぁっ……」
「よくお似合いですよ」
壁一面を占める大鏡に映った自分の姿を見て、イトは感嘆の震えを全身に満たした。
清楚な白を基調とした軍服風正統派アイドルコスチューム。黒の細いラインで各所にディテールを追加しつつ、金の刺繍で煌びやかさも出していく。スカートも可愛い。
ヘアバンドやブーツにも同様の衣装が凝らされており、統一感は完璧の一言だった。
初期装備のドレスレザーアーマーからは比較にならないほどの躍進。ヒノキの棒が王笏になったような見違えぶりだ。
「こ、これ、本当にもらっちゃっていんですか」
「はいもちろん。気に入ってもらえて何よりです」
にっこり笑った女性シンカーは、コスチュームアレンジの大手〈ショップ・シュナイダー〉のクランメンバー。そしてここはそのホームにして本店の大型試着室。
彼女たちは既存のコスチュームに多数のアクセサリーを取り付け、まったく新しい衣装を作り上げてしまう職人集団だった。元からそういうデザインだったように見えるこのコスも、アクセサリーの拡大・縮小機能を駆使し、また複数のアイテムを重ね合わせるなどして疑似的に作られた加工品である。
たった今、その作業現場を目の当たりにしつつ“着付け”してもらったわけだが、地味だった過去のガチャ産コスがあれよあれよという間にアップグレードさせられていく様子は、ゲームの中にあっても魔法としか表現しようがなかった。
こうしたアレンジ作品は、普段は設計図の形でバザールやクランのホームで販売されている。
ベースとなるコスチュームや後付けされたアクセサリーは、ユーザーが頑張って集めないといけない。しかし今回はすべてがセットでのプレゼント。その上、デザイナー自らアレンジメントを調整してくれるとなれば、これはもう破格というより異例のサービスとしか言いようがなかった。
「イトちゃん」
ずらりと並んだ更衣室のカーテンが一つ開き、千夜子が出てくる。
「ぐはあ!」
イトは血を吐いた(イメージ)。
アイドル衣装はこちらと同じだが、元の魔女っ子コスへと近づけてくれたのか、鍔広の三角帽子もセットで付いていた。こちらも白と黒と金のカラーリングで非常に豪華であり、聖属性魔法を主軸とした魔法使い〈ホーリーウィッチ〉のスタイルを連想させる。
しかしそれだけでは終わらなかった。ミニスカートから伸びた、清楚で清らかな魔女っ子のむっちり太ももに、一点、本来の魔性を示すような黒いベルトが巻かれている。
自分を締め付けるような、しかし同時に、ここを見ろと自己主張してくるようなこのアクセサリーこそが、千夜子にプレゼントされたコスチュームの真骨頂――。
「ど、どうかな。似合ってる?」
「エッッッッ! エエエエエエッッッッッ!!」
イトは謎の言語で千夜子を称賛しつつ、彼女の周りを飛び回った。
「あ、ありがとう。イトちゃんもすごく可愛いよ。すごく甘くて、おいしそう……」
千夜子も恥じらいつつ、謎の感想を述べる。
「何やら異星人が地球に来ているようだが……」
と、そこに三人目の烙奈も登場。
コスチュームは皆お揃いで、彼女の場合、頭の上に豪奢なリボンとバラをあしらったミニハットが載っていた。彼女のいつものゴスロリドレスを思わせるアクセサリーだ。
「う、うわあああ……! いつになく新鮮なイメージの烙奈ちゃん! けど可愛い! 美しい!」
「ありがとう。二人もよく似合っているな。まるで別世界の貴女たちと会っている気分だ」
ある意味で、別世界に来ているのかもしれない、とイトは思った。
〈ショップ・シュナイダー〉の商品なんて、ものによってはガチャの高額アイテムと同じ値段がつく。ましてやここは本店の試着室。壁にぶつかりそうなほど真っ白な部屋で、デザイナーさん直々にコスチュームのアレンジをしてもらうなんて、墓王でもそうそうない経験だろう。
もちろん、この姿はしっかりマイセットに保存し、いつでも呼び出せるようにしてある。一応設計図はもらえたものの、さっきの着付け作業の繊細さを見る限り、ミリ単位の誤差から生じる違和感は多分素人には一生消せない。
これがケンザキ社長が言っていた、アウトランド使節団のユニフォームだ。
ライズの時に使ってもいいし、自前のコスに戻すのも自由。初期装備が一張羅の〈ワンダーライズ〉にこれほど有り難い支給品もなかった。
実質そのための救済策と捉えても、買い被りではないのだろう。社長は何やら影のフィクサー的存在に憧れているようだが、根は娘想いのお父さんだ。こういう世話はかいがいしく焼きそうだった。
「ぐはあ!」
突然、部屋の入り口から新たな叫び声が聞こえた。
見れば月折六花と結城姉妹。〈サニークラウン〉のお出ましだ。
「六花ちゃん! 見てくださいよこれ。わたしたちもついに初期装備から卒業です!」
イトは嬉々として駆け寄ったものの、六花は両手で顔を覆ったまま、プルプルと肩を震わせている。
「あ、あれ? 六花ちゃん? 六花さん?」
イトが顔をのぞき込もうとすると、六花は必死に首を横に振った。隠した顔は耳まで真っ赤だ。
「とても似合っていて可愛いって言ってるわ」
いづなが代わりに証言すると、六花はコクコクうなずいた。
「えっ、でも入って来て一瞬しか見えてないんじゃ……」
ブンブンと首を横に振る六花。
「一瞬で脳内に焼きつけたらセーフと言っているわ」
コクコク。
「何という記憶力……。さすがは六花ちゃんです」
イトが感心していると、「では、わたしたちも着付けをお願いしてくる」と、なずなが断りを入れ、三人はそれぞれ、スタッフと共に更衣室へと入っていった。
「あっ……!?」
「今度はセツナちゃんですかこんにちは! 見てくださいよ、ほら、わたしたちの新コスチューム――」
セツナは肩をプルプル……(以下同文)
そうして全員の模様替えが終わり、使節団の準備は整った。
このまま、いざセントラルへ。
出発は〈ショップ・シュナイダー〉本店があるここタウン2からペガサス馬車でとなる。二頭立てで、車体部分もリムジンのように大きいという豪華仕様。これも〈ペン&ソード〉を含むマスコミクランからの奢りだ。
細かい出発時刻や場所は知らされていなかったのに、雪の降り積もった本店前には大勢のプレイヤーが集まっていた。
イトたちが店から顔を出した途端、歓声と拍手が沸く。
「す、すごい。まるでアイドルみたいですよ、わたしたち!」
「イトちゃん、それは……」
「傭兵稼業が長すぎたのだな……」
「聞こえてくる声もほら!」
――「頼むぞ〈ヴァンダライズ〉!」
――「ナメられたらケルベロスをくれてやれ」
――「そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?」
「わたしたちのあいどるとしてのかつやくがきたいされています!」
「うむ、そういうことにしておこう……。さあ、馬車へ」
烙奈と千夜子に背中を押され、イトは〈ワンダーライズ〉のファンたちに手を振りながら馬車へと乗り込んだ。
この時、多くの人間は気づかなかった。
イトたちの陰に隠れるように、小さな人影が馬車に滑り込んだのを。
イトたちもまた、その人物を隠すような位置取りをしていたことを。
ハンカチを頭巾代わりにして顔を隠した少女は低くつぶやく。
「お兄様、お許しください……」
※
「セントラルを追い出されたって、どういうことですか?」
今川キリンから驚きの事情を聞かされたイトは、理解もまともに追いつかないままオウム返しにその問いをぶつけていた。
セントラル訪問前夜。〈ワンダーライズ〉のホームは思わぬ事態に揺れていた。
「そのままの意味です。わたくしはクランから追い出されたのです……」
ソファーの上で膝を揃えて座ったキリンは、雪夜をここまで歩いてきた寒さ以上に身を縮こまらせながら現状を口にする。
「その髪やコスチュームはどうした? まるで初期アバターのように見えるが」
烙奈が別観点からの一声を発し、イトははっとなった。
前回会った時の彼女は、優雅な縦ロールのツインテールに、あか抜けたブラウスとスカート姿だった。それが今では街角でマッチでも売ってそうな身なりをしている。
「……あれらはすべて没収されました。というより、クランの貸し出し品だったのです……」
「貸し出し品?」
イトが仲間に目をやると、千夜子が応じるようにうなずき、
「クランの中でアイテムを使い回せるサービスがあるんだよ。ただ、髪型とかアクセサリーに関しては、高いクランレベルと毎月のコアグレブンが必要みたいだけど……」
「クランにそんな機能が……!」
MMORPGでは髪型一つとってもアイテムとなる。というよりガチャの主力商品の一つ。自分でカットすることはできず、何とか結び直そうとしたりしてもすぐにほどけてしまう。それを共用できるとなれば、見た目にこだわる初心者にとってこれほどありがたい機能もない。
キリンはクランから追い出されたことで、それらを使う権利を失ってしまった。この金髪ロングは彼女がアバターを作った際の初期装備なのだ。
「セントラルで何かあったんですか? もしかして、葵さんにも何か……」
「……葵お姉様にお変わりはありませんわ。むしろ前にも増してパフォーマンスに磨きがかかって絶好調……」
「それじゃあ、なおさら一体何が……」
イトが視線を向ける中、キリンは膝の上に置いていた拳をぎゅっと握った。
「……試験に、落ちましたので……」
「えっ」
「わたくしがアイドルの初級試験に落ちたせいですわ……」
「……!? え、いや、まさか! だって、あの一日でだいたいの課題をクリアできましたよね?」
人気投票の結果でもキリンは百票なんて余裕で超えていた。落ちる理由がわからない。
「ライズ会場数……」
「会場数……?」
キリンの言葉を復唱する。つまりどれだけ多くのグレイブを回ったかだ。
「まさか、それが足りなかった……?」
彼女はこくりとうなずいた。
まさか。これは各課題の中で一番簡単なものだ。ただ足で稼げばいい。一番難しいとされるお客さんからの反応を一切必要としない。それが、どうして。
「……ですもの」
「ん?」
「だって、葵お姉様の神ツアーをどうしても客席から見たかったんですもの!!」
ですものー。
ですものー……。
その叫びは、雪夜の寒さのように安普請のホームに深く染み込んでいった。
「つまり……葵さんのライズを追いかけてたら、期限が過ぎてしまったと……」
「ですわ……」
イトは目を閉じ、そして開いた。
『えぇ……』
全員の声が重なる。
これはわたしでさえしない、とイトは思った。
いくら六花ちゃんの神ライズツアーが開催されたとしても、〈ワンダーライズ〉の活動を疎かにはできない。何より仲間がいる。見に行くにしてもすべきことをした後でだ。
しかし……キリンはそれができなかったのだ。いや、彼女もアホではないので試験の日程から逆算くらいはしていたはず。何かの事情でログインできない状況ができてしまったのだろう。そのへんはプレイヤーならままありすぎて考察すらいらない。
わからなくはない。葵がツアーを組むのなら、キリンもアイドルとして会場を回ればよかったのでは……とはならない。客席から見るライズはやはり違う。というよりそちらがファンの本番。ステージを横に並べて見える景色とはまったく別のものなのだ。イトだってどうせなら六花のライズは客席から見たい。
「装備も衣装も取り上げられてしまって、どうしたらいいかと……。こんな姿、葵お姉様には見せられませんし。その時、イトさんたちのことを真っ先に思い出したのですわ」
「なるほど……」
ある程度の経緯はわかった。
セントラルは色々厳しいところのようだし、キャラクリアイテムの貸し出しにはリアルマネーが絡んでいる。半ばサボるような形で試験を落としてしまったキリンに、何らかのペナルティがあるのは理解できた。
クランから追放されればホームを失う。ホームを失えばセントラルにはいられない。PKの危機のあるアウトランダーになるしかない……。
(しかしなんというか、これは……)
あのちょっと生意気でキラキラしていたキリンが、みすぼらしい(言うほどでもないが)町娘の格好に飾り気のないロングヘアでうな垂れている。その凋落した貴族のような姿が、本人には大変申し訳ないけれど何ともいじらしく、庇護欲を誘った。
可愛い。全力で手を差し伸べたくなる。イトはどんと胸を叩いた。
「安心してくださいキリちゃん。わたしたちを頼ってくれた以上は、このホームできちんと保護してあげられます!」
「ほ、本当ですの……? もうPKを恐れることもありませんの……?」
キリンがかすかに光を見たような目を向けてくる。
「もちろんです! ……ところでロングヘアだとだいぶ雰囲気変わりますね。なんていうか正統派お嬢様みたいな。これはこれで全然ありな気が……。どうですかキリちゃん。せっかく遊びに来たんだし、百合営業の予行練習というのはグフフ……」
「そ……それは……。ハイ……わかりました……。ホームに住まわせてくれるのなら……」
「イトちゃん。そこ座りなさい」
「それは笑えんぞイト」
「あああウソです悪質な冗談でしたごめんなさい! キリちゃんもごめんなさい! ここに住むことに対価なんていりません! 自由に使ってくれて結構です本当に!」
イトは悪質な発言を平身低頭して詫びた。
「……ただ、ちょっと困りました」
下げた頭をちらと上げ、キリンに目を向ける。
「明日からわたしたち、セントラルに行くんですよ」
「セントラルに!?」
「はい。葵さんとキリちゃんが門戸を開いてくれたから、アウトランドからもアイドルを出そうみたいな流れになって。わたしや六花ちゃんたちが代表団に選ばれたんです」
別にセントラルで寝泊まりするわけではないが、数日間アウトランドでの活動はしなくなる。このホームにもほとんどいないだろう。その間キリンはどうするか……。
「でしたら……」
キリンは拳を再び強く握り、訴えるように告げた。
「わたくしも一緒につれていってくれませんか? どうしても会いたい人がいますの!」
生意気ちゃんは没落かわいい。




