案件40:アウトランド使節団に参加せよ!
『交流……使節団?』
イトたちは揃って同じ顔を見合わせる。驚きと関心。
場所はもう物事の始まりとして定番になりつつある、クラン〈ペン&ソード〉の社長室。
下手をすれば社員よりもここにいる回数が多いのではないかと思えてくる中、社長のケンザキはいつも通りの執務机の上で「そうなんだ」と指を組み直す。
「アウトランドとセントラルの間では元々、細々とした交流が行われていた。有体に言えば我々だ。何かあればお互いに情報を融通しあおうとね」
「えっ、社長そんなことしてたんですか」
イトが驚きの声を向けると、ケンザキは好機とばかりにニヤリと笑った。
「でなければ、前回のように城ケ丘さんを君たちと都合よく引き合わせることなどできんよ」
どうやらそういう裏のツテがあって、あの出会いはあったようだ。であれば社長たちの緩い繋がりは非常に有効に機能していると言える。
「ちょうど城ケ丘さんの話が出たけれど、彼女たちのおかげでアウトランド住人とセントラルの垣根はだいぶ低くなっている。そこで、今度はこちらからアイドルを送って一気に交流を深めようというわけだ」
「! そのアイドルに、わたしたちを……!?」
イトの期待の声に、ケンザキはうなずいた。
「〈ヴァンダライズ〉じゃありませんよ!?」
「わかってるよ。今回ばかりはマジで〈ワンダーライズ〉の出番だ」
「やったー!」
思わず諸手を上げ、仲間たちと顔を見合わせる。千夜子はやや緊張気味、烙奈は普段通りのすまし顔だが、それでもはっきりと喜びを共有してくれた。
「もちろん、アウトランド最大の偶像である〈サニークラウン〉や、今話題沸騰中のスーパーノヴァアイドルうちの子も参加予定だ。いやこれは私がゴリ押ししたのではなく、マスコミクランの総意として正当に選ばれたメンバーだがね」
六花やセツナとも一緒に。これは俄然わくわくしてくる話だ。セントラルには葵とキリンもいて、まるで何かのフェスを開くみたいな気分になってくる。
「でも大丈夫かな。わたしたち、曲も装備も全然揃ってないけど……」
ここで千夜子が現実を直視して来た。
先日、アイドル試験の最終日を越えて、〈ワンダーライズ〉はめでたく全員がジョブレベル10となった。
最後まで関門となった人気投票は二十位以内に入るという大健闘ぶり。交流サイトでは「フォローできない鬱憤を晴らしたった」という意見に激しい同意が集中し、それだけで得票数を倍上回るという怪奇現象を起こしてイトをモヤッとさせた。
レベルアップボーナスとして二つの新しいバフライズがプレゼントされ、現在の持ち歌は三つ。実に三倍ものボリュームアップ。しかしどちらも守備系の強化曲であり、需要の大きい「攻撃力バフ」や「レアドロ率アップ」のような神バフには程遠い。ライズ用のコスチュームだって揃えられていない。
それを見越したように、ケンザキはこんな発言をする。
「曲目に関してはそこまで神経質にならなくていい。それと、コスチュームに関してはこちらで準備を進めている。使節団のユニフォームみたいなものだよ」
「そんなものまで! すごいですね……」
「だろう? フフフ……いや、やっぱりここぞとばかりに張り切らないとさ。わかる? 家の中では気体でも、ここに来れば一端の社長なんだよ私は」
「あっはい……」
このイベントを誰よりも楽しんでいるのは、彼だということだけはわかった。
しかしそれならこちらも負けてはいられない。六花やセツナと一緒にセントラルを精一杯堪能しなければ。
葵やキリンとも会って。セントラルの街も案内してもらって……そんなふうに、イトは胸の中で期待を育て続けるのだった。
※
「だからって雪が降ることないと思うんですけどね」
赤レンガのホームの窓から外を眺め、イトはほうとガラス窓に息を吹きかけた。
「スカイグレイブ〈ツンドラの賢王〉が接近中でございますから」
三人分のホットコーヒーを頭に載せて現れたスパチャが言い、イトの目線を自然と雪の夜空へと向かわせる。〈ツンドラの賢王〉はスカイグレイブの中でも最大級の大きさを誇り、天候さえも変えてしまう特殊な空墓だ。アンカーを上る作業は地獄の行軍になるという。
「今頃はセントラルも雪でございましょう」
「じゃあ、わたしたちが行く時には積もってますかね」
「恐らくは」
「雪のセントラル! 何だか期待できます!」
ケンザキから話を聞いてはや数日。スケジュールの調整も終わり、いよいよ明日、使節団はセントラルへと向かう。
アウトランドでもこの話題は大いに注目されていた。
あの生配信――アーカイブ化は未だならず――は伝説と化し、リアタイ視聴した者は語り部となり、機を逸したプレイヤーたちはただただ自分の間の悪さに悪態をついている。そんな中、その再来を思わせるビッグイベントの告知。セントラルとアウトランドの関係を変える歴史的な契機としても、今一番ホットな話題となっていた。
使節団のメンバー選定については、今でもわりと異論が出ている。
推しのユニットが出られないのはどういうことだ。“異”の部分はこれに尽きる。
今回は交流第一弾と銘打たれ、少数精鋭での編成となっていた。
つまり、〈サニークラウン〉、愛川セツナ、そして〈ワンダーライズ〉だ。
アウトランドには〈サニークラウン〉よりも活動歴の長い老舗のアイドルユニットがたくさんある。彼女らを差し置いて、新人の愛川セツナが選ばれたことへの不満が噴出していた。
むろん、セツナの人気は万人の知るところではある。実力も抜きん出ているし、選抜メンバーとしてこれほど相応しい人選はないと、本当のところはみんなわかっている。しかしそれでも推しの晴れ舞台を見たいのがファンの性。このビッグイベントを足掛かりにリアルへの飛翔も――そんな夢を誰だって見てしまう。
しかし、セツナでダメなら〈ワンダーライズ〉はどうなんだ――というイトの不安は、一向に実現しなかった。こちらの選抜への疑義は“なぜか”一切示されていない。それどころか「頼むぞ」とか「ご武運を」とか妙に勇ましいテイストのメールが山ほど届いている。いや、あの……セントラルはゲーム中一番安全な場所なのですが……。
「何だか緊張してきました。いよいよ明日なんですね……」
イトは確かめるようにつぶやく。
空墓が降らす雪を、暗い色の月が照らしていた。美しくも少しだけ不安を煽る景色だ。明日、大きな出来事が待っているというのにあまりにも静かな夜。
「大袈裟に考えることはない。葵たちがしたことを今度はわたしたちがするだけだ。グレイブでのライズと、少々のファン交流……セントラルの流儀にならうとなると、勝手の違いはあるだろうが……」
紙のジャーナルに目を落とす烙奈がそう言った直後、ホームのチャイムが鳴った。
「こんな時間に誰でしょう?」
スカグフの時刻は現実世界と同期しているわけではない。が、外が夜だとついつい口にしてしまうセリフだ。
モニターウインドウを開いてドアカメラを確認すると、頭巾をかぶった少女らしき人物が映っていた。うつむいているため顔は見えない。ただ、頭巾や肩には雪が積もっており、わざわざ夜道を歩いてここまで来たことがうかがえる。
「ホントに誰……?」
頭巾からは真っ直ぐな金髪がはみ出ている。綺麗なストレートロング。ぱっと思い浮かぶ人物はいない。どことなく陰鬱な空気から、誰かが明日の激励に来たというわけでもなさそうだ。
「はーい、ただ今」
とりあえず出てみることにする。
扉を開け、「どちら様でしょう?」と問いかるより早く少女が顔を上げた。
「イトさん……!」
涙に濡れた、すがるような眼差し。申し訳ないが滅茶苦茶可愛い。
「あ、あの、どちら様で……」
イトが今度こそ呼びかけると、少女は驚きの答えを寄越した。
「わたくしです! 今川キリンですわ!」
「ほあっ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
今川キリンと言えば、代名詞は小生意気な――もとい、お優雅で手の込んだ縦ロールだ。しかし今の彼女は飾り気のないストレートロング。そして、見ればコスチュームも少々みすぼらしい初期装備の平民服だ。
これはただ事ではない。そう直感したイトはすぐさま彼女をホームへと招き入れ、事情をたずねた。
そしてその返答に、イトたちは全員大声で叫ぶことになる。
『セントラルから……追放された!?』
セントラルのお話、始まり始まり……。




