案件4:奇跡の一枚を激写せよ!
「クラン〈ケミカルヒーラー〉のオリジナル商品、がぶ飲みポーション! これまで難しかったクールタイムの大幅短縮に成功し、私のような体力オバケでもがぶ飲みで一気に全快可能!」
「今なら発売記念で十二本入りセットに三本のオマケ付き! 特に生傷の絶えない傭兵職は見逃すな!」
「わ、わたしたちも使ってます!」
筋骨隆々。装備の厚みなのか筋肉の厚みなのかもはや見分けがつかないマッスルパワーな男たちに紛れて、イトたち〈ワンダーライズ〉は新商品のポーションを笑顔の隣に並べてみせた。
「はいOKでーす」
撮影用のカメラを宙に浮かべていた男性シンカーがOKサインを出すと、その前にずらりと並んでいた出演者たちは一斉に砕けた笑顔を向け合った。
「お疲れしたー!」
「おつおつー!」
「はー緊張した!」
それまでの型にはまった空気から一転、リラックスした体勢になる。
「傭兵の皆さんありがとうございました。おかげでいい宣伝PVが撮れたと思います」
気さくな拍手をしながら歩み寄ってきたのは、一目で高級品とわかる金刺繍入りヒーラーローブを身に着けた男性プレイヤーだ。
クラン〈ケミカルヒーラー〉のリーダー、ポンダ・マクスウェル。ポーション精製に精力的に取り組むクランで、業界のシェアとしては小さいものの、用途特化型のポーションで一定のファンがついている。イトたちの前に宣伝文句を読み上げていたマッスルパワーたちが、正にその層だ。
「〈ヴァンダライズ〉の皆さんもありがとうございました。他のクランの話によると、皆さんにはあまり案件を受けてもらえないようなので、オファーの返事をもらえた時はかなり緊張しましたよ……」
「あ、あはは……。いえ、そんなことはないんですよ……」
イトたちは恐縮したスマイルでマクスウェルの言葉を苦笑いで受け流す。
ヴァンダライズじゃないって言ってるだろォン!? のツッコミは今は絶対禁止。そして、彼の言う他のクランというのが確実に傭兵関連であることも口にすべきではない。
「はーっ。それにしても皆さんのアバター、ホント可愛いっすねえ」
そんな話の途中。一緒に撮影していた傭兵の一人、虎獣人アバターのプレイヤーが、こちらを見つめてしみじみと言った。依頼主や他の傭兵たちも腕組みしつつウンウンうなずく。
これはイトたちも悪い気はしない。アイドルにはルックスも重要なのだ。
「これでPVPバリ強いって反則じゃないすか? もしかしてアイドルにもなれたりして!」
ベシィ!(小ダメージSE)
「ばっか、アイドル職って事務所付きになるとアバターメイクにも制限つくんだぞ。普通の人がなれるもんじゃないって」
グワシャ!(中ダメージSE)
「ハハハ、そうでしたっす。それに、皆さんがアイドルなんかになったら宝の持ち腐れっすよね……」
ドグゴシャア!(大ダメージSE)
「それじゃあ、本日はご一緒できて嬉しかったっす! 次はどこかの戦場で……。その時は味方でいられるといいっすね!」
イトたちはぜんめつした……。
※
「うおおおおお――」
「悪気はなかったのだ。許してあげるのだぞ」
ホームのソファーにダイビングヘッドバッドしようとしたイトを、冷静な烙奈の声が押しとどめた。
「だけど烙奈ちゃん。わたし悔しいです……!」
「気持ちはわかる。だが、ルックスは良いと褒められたではないか」
「そうだよ。それに一応、数ある案件の中ではまだアイドルっぽい内容だったし……」
「くそう! わたしは深い悲しみに包まれました! チョコちゃん、慰めのハグください!」
「よ、喜んで!」
千夜子とギューと抱きしめ合いながら、イトは今回のいきさつについて思い返す。
〈空疎なる湖底〉の一件で、一時的にだが〈ワンダーライズ〉の知名度は上がった。常に何らかのビッグニュースが飛び交うスカグフ界隈でこれは大きい。たとえ半日後には別のニュースに流されてしまうにしても。
そして、メールフォームには他クランからの案件が多数届けられたのだが――。
・無法者撃滅依頼
・迷惑クラン襲撃
・最新兵器奪取(全額前払い)
「だからそういうんじゃないんですよおおおおおお!!」
どれもこれも確実にイトたちを傭兵扱いする内容ばかりだった。
「しかも全額前払いとか絶対罠だるうお知ってんですよおおおおおお!?」
しかし、せっかく存在が認知されたのに、すべての依頼をスルーするわけにもいかない。案件を受ければ事務所からのポイントが付き、日当もちょっとは上がる(かもしれない)。事務所内のランキングだって少しは良くなる(といいな)。
だからイトは、その中でも比較的まっとうな案件っぽい、傭兵たち御用達のポーション屋のオファーを受けた。
まさか本物の傭兵団の皆さんとご一緒するとは思わなかったけど。
最後まで傭兵団だと思われてたけど。
仕方がなかった。この場合、もし傭兵でないとバレてしまったら、それはそれで仕事の繋がりが切れてしまう危険があったのだ。
幸か不幸か――多分、不幸が勝るのだろうが――「傭兵」という職業はこのゲームには存在しない。
それは遊び方の一環だ。プレイヤー間で報酬金額を設定し、仕事を代行する。そういうロールプレイング。だから事実上、どんな職が傭兵をやっていても不思議はない。その手の仕事ばかり引き受けていたら現実世界でのデビューなんて遠のくばかりだろうが。
千夜子から妙に濃厚なエネルギーを吸引してから、イトは改めて端末を確かめた。
メールフォームに今日のお礼が届いている。
イトも慌ててお礼のメールを作った。こういうのはAIマネージャーのスパチャに任せてもいいが、本人からの直接の返事の方が喜ばれるに決まってる。コンゴトモヨロシク……と期待と念を込めて送信し、ここでようやく、久しぶりにまっとうな仕事を終えた気分になる。
「そういえば、むこうがメイキングの動画を送ってくれているぞ。良い具合に編集されているようだし、先方から許可も出ているから、このまま投稿してしまおうか?」
「えっ、いいですね! さっそくやりましょう!」
撮影したばかりのPVはすでに地区のコマーシャルチャンネルに流されているようだ。このあたりはAIの補助が本当に優秀で、全部丸投げしてもそれらしく仕上げてくれる。編集技術のないイトたちには有難いことこの上ない。
イトはまず〈ワンダーライズ〉の公式サイトのトップページにメイキング動画を上げ、続いて投稿サイトにも同じものを流した。どちらも現実・ゲーム内両方で閲覧可能だ。
こうした発信もアイドル職にとって重要な業務の一つとなる。ホーム内での様子を配信しているユニットもあれば、一日中どこかのグレイブ前でライズをやってそれを流すところもある。すべては知名度のために。
「あっ、もう高評価一つつきましたよ! コメントも!」
「早っ! あ、いつもの機織り星さんだね」
「投稿から十秒しかたってないのだが、大丈夫なのかこやつは……」
この機織り星というプレイヤーは、数少ない、希少価値SSSRな、〈ワンダーライズ〉の固定ファンだった。
こちらが何か発信すれば、光の速さで反応して高評価や好意的なコメントをつけてくれる。
ただ、ライズ会場でそれらしき人物を見たことはない。空墓探索だけがスカグフの楽しみ方ではないが、これだけ熱心に追いかけてくれるのなら、ただの観客としてパフォーマンスを見に来てくれても全然いいのに、とは少し思う。
その機織り星さんの評価以降ほとんど動かない評価欄をしばし見つめたイトは、ふと拳を握って仲間たちに呼びかけた。
「よし……何かしましょう!」
「えっ、今お仕事したばかりなのに?」
目を丸くする千夜子に、イトは真摯な眼差しを向け、
「機織り星さんが、この子らはワシが育てたって大手を振ってライズ会場に来られるように、わたしたちはもっと頑張らないといけないと思うのです。疲れてるかもしれないけど、お願いチョコちゃん!」
「な、なんでもする!」
「言い切ったな千夜子よ……。それで何かアテはあるのか?」
「これです!」
イトはポータルに映っていた画面をそのまま指先で引っ張り出し、虚空へと浮かばせた。
とある投稿サイトのSS企画。
イベントバナーには『逃がさんおまえだけは……! 奇跡の一枚コンテスト!』の文字が大々的に描かれ、三人の目の前でデジタルな紙吹雪を散らしてみせた。
「ほう、奇跡の一枚ときたか」
優雅に髪をいじりながら興味を示す烙奈。
奇跡の一枚とは、奇跡的な一枚のことだ。
奇跡的に撮れた、神がかったSS。
このワンショットを皮切りに、リアル世界にまで羽ばたいたグレイブアイドルも実在する。息を吸うようにSSを撮りまくって投稿するアイドルたちにとっては、非常に身近で、憧れでもあるカテゴリー。
「どれ……応募作を見たところ、お笑い系のSSが大半を占めているようだな。アイドルたちのものはまだないか」
「一発勝負になるからね。みんなぎりぎりまで粘ってとっておきを出してくるはず」
言いながら、イトはメカニカルなボールを虚空へと配置する。SS撮影用のボールカメラだ。続けて、照明用のボールもてきぱきと設置。
「みんな撮りますよぉ。はい、ジョーズ」
「何でサメ?」
「シャークネードの方がよかったですか?」
「いい要素あるか?」
カシャッとレトロなシャッター音がし、ボールカメラが早速一枚の写真をベーと吐き出す。見るからにアナログな写真だが、実際のところはゲーム内データとしてきっちり保存され、メニューウインドウからいつでも鑑賞可能だ。
斜め上から撮られたセルフィー。三人ともアイドルなだけあって、自然と上手い具合に位置取りし、角度もつけられている。
「良い感じだとは思うが、まあ普通の一枚だな。これでいくのか?」
「いえ、単に撮ってみただけです。でもこれでわたくし確信いたしました」
イトはキラリと目を光らせた。
「大事なのは光源です!」
「それは、まあ」
「そのためにこうして撮影用のライト配置の勉強もさせられたわけだしな」
烙奈が空中に浮いている照明ボールを指で軽く押す。
今は、左右斜めの二点から光を当てる複数人の配置だ。アイドルたちはまとまってSSを撮ることが多いので、まず真っ先にこの三次元配置を教わる。
「でもこれではまだ……“浅い”」
「ほう」
「今熱いのは、自然光!!」
ポータルから攻略サイトを開き、再び二人の前に持っていく。
「意図して置いた光源では出せないナチュラルかつ特別な雰囲気! これがライバルとの差をつけるポイントです!」
「つ、つまりどういうこと?」
「フフフ……お二人は知っていますか。古来より、印象的なSSを撮ろうとしたら、それは明るいフィールドや町中とは限らないのです」
イトはカッと目を見開いた。
「ダンジョンです!」
『ダンジョン!?』
目を丸くする千夜子と烙奈の前で、ズバッと窓の外を指さす。
「実は、さっきヒーラーの人たちが話をしているのをこっそり聞いたのです! スカイグレイブ〈蛍火の魔術師〉。この洞窟の光源がSSに最適だと! 今からそこに乗り込みますよ!」
キャラメイキングのあるゲームでは一般的な撮影場所となります。




