案件39:シャドウフォロワーズ
それはそれは見事なライズステージでございました。
詰めかけた観客はバフエリアの軽く数倍。今日だけは推しも掛け持ちと、この時期のライズ会場としては異例の大混雑となりました。
やはり皆様のお目当ては城ケ丘葵様。
ユラ様の危機にいち早くライズを始めた勇敢さに加え、圧巻のパフォーマンス、そしてアウトランドでは生ライズをまず見られないという希少性も相まって、この時ばかりは〈サニークラウン〉の会場を凌ぐ盛況ぶりでございました。
ちなみに隣に並んでいた我が主たちのステージも、いつにない人だかりができておりました。「生配信で見たステージの並びだ!」というのが一番の理由だったのが少し引っかかりますが、ご本人たちが大変喜んでいたのでよしといたしましょう。
いくつか会場を回りつつ、いずれのグレイブ前でも好評を博した結果、初級アイドル試験の課題が一日でほとんど片付いたのも、従者として安堵できる事柄の一つでございます。
そう言えば、移動する主人たちに合わせ、フードとサングラスとマスクのアクセサリーで顔を隠した観客が二人ほど一緒にツアーを完遂したとの情報もありますが、真偽のほどは定かではございません。ちなみに〈サニークラウン〉と愛川セツナ様は当日オフだったとのことで、一体何者なのでしょうね(すっとぼけ)
ともあれ、セントラルのお嬢様たちをエスコートすることから始まった一連の出来事は、こうして無事幕を下ろしたのです。
※
こんなにドキドキしながらスカグフにログインするのはいつ振りだろう、と、ダイブ用デバイスをセットしながらイトは思う。
昨日は寂しい一日だった。
葵とキリンがセントラルに帰る日だったのだ。と言っても、元々セントラルからログインしてきていたので、正確にはアウトランドで活動する最終日という意味だが。
「この遠征はわたしにとってとても実りあるものになったわ。ここまでの学びができるなんて想像以上だった。どれもあなたたち〈ワンダーライズ〉のおかげ」
「わたしたちこそ、とても勉強させてもらいました。そして何より――楽しかったです!」
「ええ。わたしも」
素朴な笑顔と共に差し出された手の柔らかさを、多分一生忘れることはないだろう。
そしてもう一人。
「今川キリンちゃん」
「…………」
「キリンちゃん? おーい?」
「っっ! な、なんですのいきなり?」
「へへへ……アイドル初級試験、ほとんど終わらせられましたね」
「とっ、当然ですわ。この程度の? 課題なんて? クリアできて当然ですの! ……ま、まあ、あなたたちの力添えがあったことには感謝いたしますけれども」
キリンのライズも、葵ほどではないが人を集めていた。珍しいセントラルのアイドルということに加え、端々から滲み出る偉そうさが生意気可愛いと評判になったのだ。もちろん、アクセサリーやエフェクトの付け方もセントラル流によく工夫されていた。
「一緒にライズができてとても楽しかったです。キリンちゃんは?」
「わ、わたくしも……。それに、カ、カッコよかったですわよ……」
「へ? 何が?」
「あなたがユラさんと一緒に、ライズ会場で悪者をやっつけていたところ……ですの……」
あの時の配信のオマケを、彼女もばっちり見ていたようだ。
「あんなことをいつもしていますの?」
「え、ええっとぉ……。まあその、なりゆきというか、ハイ……」
「…………なんですの。いつもは百合営業とか邪道なことばかり勧めてくるのに、あんな…………」
「ハイ?」
「なっ、何でもありません! それより、結構ですわ!」
「へ? 何が?」
「もう! さっきから鈍いんですから! 今さら“今川キリンちゃん”なんてかしこまらなくても、いつも通りで結構です!」
「――! キリちゃん!!」
「ひゃっ……きゃああ! いきなり抱きついてこないでくださいまし!」
「ええー? そんなこと言っても抵抗が弱いですよぉー? ぐへへ、もしかしてまたやりたかったんじゃないんですかぁ? 前のことが忘れられなくてぇ……」
「ちっ……違います違います! わたくしは決してこんな……邪悪な百合営業なんかに屈しませんわ!」
そんなしんみりする別れ。
またグレイブの前で――なんてお決まりの挨拶も、どこか遠くに感じられた。それでも、あの生配信とライズでアウトランドとセントラルの壁はちょっとだけ低くなった気はした。少なくとも、気にしない者同士は気にしなくていいんだという程度には。
そんな歴史的かもしれない出来事から一夜明けた今。
〈ワンダーライズ〉にはもっと目に見える、劇的な変化が期待されて当然だとイトは思っていた。
フォロワーの爆増。
例の生配信はとてつもない注目を浴びた。
アーカイブ化は案の定というか上から待ったがかかってしまい、今現在、事務所同士で調整が行われているとスパチャは言っている。
我らが〈ハニービスケット〉事務所は、最下級アイドルの思わぬ金星に行け行けゴーゴーだが、葵側の事務所が難色を示しているようだ。イメージ戦略とかリアル世界のスポンサーとの兼ね合いとか色々あるらしい。そのあたりは大勢が関わる事情だし、こちらとしてはあの生配信だけでも十分だった。
後で録画を確認してみたが、凄いデキだ。特に終盤の戦闘シーン。
その時初めて知ったのだが、烙奈と千夜子がこっそり大量のボールカメラを投げていたらしく、バトルPVと見まごうような大迫力の画面が、本気を出したAIによって見事にリレーされていた。その後のスナッチャー一掃も含めて、まるで映画みたいだった。
これは来る。ワンダーウェーブ(命名イト)が。
こんなの、人気投票を待たずして、百票なんて目じゃない激烈な支持層が出来上がってしまうに違いない。
そんな確信にも似た期待を抱きつつログイン。赤レンガのホームへと到着する。
「! イトちゃん!」
「イト!」
たちまち眼前に現れる、仲間たちの興奮した顔。
すべてを察し、イトはこれまであえて見るのを我慢していた〈ワンダーライズ〉の公式サイトを立ち上げる。
そこには、想像を超えた数字が!
「ん?」
いち、じゅう、ひゃく、ひゃく…………ひゃく……。
「んんんん?」
増えた。確かに増えていた。元の数が倍増するくらい。それでも。予想していたものとはだいぶ違う。だって百の位より上のケタがない。
「えっ……えっとぉー? 二つくらい数字の列が足りないような……」
有志ジャーナルによると、例の配信で葵のフォロワーは十万単位で跳ねあがったという。自分やキリンはまあ初心者なのでニュースで取り扱われないのもわかるが、もっとこう、一時的にしろ人気の急上昇があってもいいはずだ。セツナちゃんみたいに。
「今回、ちゃんと〈ワンダーライズ〉の名前で配信してましたよね?〈ヴァンダライズ〉と検索して何も出てこないなんてオチありませんよね?」
イトが目を白黒させていると、千夜子がおずおずと、自前のメニューウインドウから、
「あの、イトちゃん、これ……」
見せられたのは交流サイトのトピック。トレンドタブの中身を埋め尽くすのは、
『〈ヴァンダライズ〉は本当にアイドルだった……?』
『〈ワンダーライズ〉は実在しない! 脳科学者が集団幻覚を指摘』
『君は幻のアイドル〈ワンダーライズ〉を知っているか』
「誰が幻だ!?」
イトは思わず叫んだ。が、そんな指摘一つでは全然追いつかないほど、〈ワンダーライズ〉だか〈ヴァンダライズ〉だかよくわからない話題が乱立している。
特にヤバイのはトレンドのトップ。
『生配信見た人絶対見て! 裏稼業が明かす〈ヴァンダライズ〉と〈ワンダーライズ〉を混同してはいけない三つの理由』だ。裏稼業と自白していることにイヤな予感がバリバリに立つ。
中を開いて見てみると、こんな「理由」が挙げられていた。
1:裏稼業界隈では有名な話だったが、アイドルユニット〈ワンダーライズ〉は傭兵クラン〈ヴァンダライズ〉の隠れ蓑なため、ここで話題性が出てしまうとアイドルの護衛がしにくくなる。
2:いつも言ってる「〈ヴァンダライズ〉じゃありません」は、最後まで敵を欺こうとするプロ意識の表れ。最後になると内幕をペラペラ話し出すヤツの多いこと多いこと。その点、ゲームだからと手を抜かない彼女たちの信頼度は非常に高い。
3:今回は城ケ丘葵サイドから配信しにくかったため(アウトランダーが見ない)、仕方なく〈ワンダーライズ〉名義で発信した。これは十七地区プレイヤーのモラルを信頼しているからこその奥の手だったことを理解したい。
追記4:そもそもバッファーとして大して活躍してない〈ワンダーライズ〉を持ち上げるのは健全なゲーム環境を歪める。
「いやそんなわけないでしょう!? 普通にアイドルですから! たまにPKに巻き込まれてるだけの、普通のアイドル!」
イトは思わず反論したが、無慈悲にもこんな滅茶苦茶なトピックが異常な数のコメントを集めている。
投稿されたのは生配信が終了した直後。交流サイトが熱湯のように沸き立っていたであろうタイミングだ。
多くの視聴者が配信に続いてここを訪れたことが、圧巻のコメント数からもわかる。話題が激速で通り過ぎていくトレンド欄で、二日前のトピックが生き残っているのも異常だった。
このトピック主のトンデモな主張に対し、閲覧者からは、
「確かに、本気でアイドルするつもりならもっとそっちで知られてるはずだよね」
「やっぱ隠れ蓑か。気づいたらスナッチャーしばいてくれてるし完璧な作戦」
「城ケ丘葵についてたのも完全にPK防止目的でしょ。答え出てる」
「やってんじゃん団長!」
なんて賛同する書き込みがずらりと並ぶ。
「これはまずいですよ!」
イトはポータルを掴んで叫んだ。
今までと似たような流れだ。こうして〈ワンダーライズ〉の活動はなんかうやむやにされてきた。
しかし今回はこのままでは終わらないはず。証拠がある。ライズだ。初期バフとはいえ、あのナチュラルに始まったライズを見ていた人の中には、「いやアイドルが本業でしょ」と見抜いてくれる慧眼の持ち主がいるはず。
だが――ここで、やたら真顔でスッと出された四つ目の理由が、奇妙な作用を起こしていた。
「人気ばっか先行でバフ役が疎かなアイドルはマジで邪魔。ちゃんとゲームしろ」
という誰かの一言から、
「リアルから擦り寄ってきたアイドルの典型よな」
「そういうのが幅を利かせるのはスカグフ的に良くない」
などの賛成派と、
「可愛ければそれでいいじゃん。人のプレイにケチをつけるな」
「グレイブアイドルはルール無用だろ」
の否定派が衝突を開始し、理想のアイドル論で殴り合いを始めている。
これはスカグフにおいてアイドル職の永遠のテーマとも言える内容だ。アイドルなのか、ゲームプレイヤーなのか。元々公式からして線引きが曖昧――あるいは両取りな性質上、ユーザーが出せる別の答えなんてない。
それをベースで言うと、〈ワンダーライズ〉は確かに今回アイドルっぽいことはあまりしていなかった。バフだって実際はかかっていない。アイドルとしてはるか高みにいる葵が真横にいたのも、痛いくらいの対比になってしまっている。
今アイドルとして〈ワンダーライズ〉を評価するのはなんか違うのでは……そういう世論が、コメント欄で知らないうちに形成されていた。
議論終盤――つまり最近の書き込みでは、「〈ワンダーライズ〉の正体が何であれ、フォローするのは少し待とう」という軟着陸が賛同を得ている。そしてその結果は、公式サイトのフォロワー数にはっきりと反映されてしまった。
「そ、そんなぁ……」
これは罠か? 陰謀か? こんな一つのトピックで、あれだけの大反響がなかったことになってしまうなんて……。
ここでふと、イトはポータルのメールフォームに新着のマークが点灯していることに気づいた。
確認してみれば、それは〈ワンダーライズ〉の友と言っていいほどの相手――機織り星さんだ。
メールの内容はこう。
「今、イトさんたちは不当な評価を受けてとてもがっかりしていると思います。でもわたしはちゃんと見ています。本当にカッコよかったです。あと、こんなことを言うと怒られそうですが、わたしだけがイトさんたちの良さをわかっていると思うと、すごく得意になってしまいます。ごめんなさい。えへへ……」
「あー!! クッソ可愛いなあ機織り星さん!! わかってくれるのはあなただけですよ! 会いたいなあ、会って濃厚なファン交流したいなあ!!」
唯一の理解者に思わずイトは涙を流す。顔も姿もわからないが、多分、白い翼が生えて頭の上に輪っかが浮いている人種に違いないのだ。
と。
「あの、お嬢様。そのことなのですが……」
「あっ、スパチャ」
どこかよたよたとした足取りで、リビングに入ってくるイワトビペンギン。スパチャだ。
彼はおもむろに手? を差し出す。その上には何やらデジタルなエフェクトを散らすブロックが載っていた。
「実はあまりにも多くのメールが届いたため、お知り合いの方をのぞいてこちらでデータを隔離しておりました。ご覧になられますか?」
「そんなこと言って、どうせまたダマシテ案件のメールなんでしょう? わかりました見ますよ。見て全部削除してやります!」
イトはよくわからずにブロックをむんずと掴んだ。
「あっ、いけませんお嬢様! 緊急隔離したため保管状態が不安定で――!」
瞬間、ドッバアアアアアアアとブロックからコメントウインドウが溢れ出た。
「ほぎゃー!」
圧縮されていたメールデータの洪水だ。それが手紙みたいに山盛りになってリビングを埋め尽くしていく。
「あはは……。イトちゃん、こんなに反響が」
「大人気だな。我々は」
ソファーの上まで足を持ち上げさせた千夜子と烙奈が、メールを確認しながら困り笑いを浮かべる。
見せられたウインドウには、
「死ぬほどフォローしたいけど本業に差し支えるなら我慢します!」
「フォローはできないけどすっげえ応援してます!」
「フォローできないの苦しいです……でも大好き」
いまだに放出の止まないコメントウインドウに頭をポコポコ叩かれながら、イトは泣き笑いの顔で叫んだ。
「だったらフォローしてくださいよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
※
某所。某時刻。
壁全面に下ろされたシャッターが外界と人目を遮っていたが、後者については最初から気にする必要はなかった。ここは地上数十メートル。人が目視でのぞくには空飛ぶホウキにでもまたがらないと無理だ。
「やあ盟友。今回の結果はどうだったかな」
男は気楽に呼びかけた。だだっ広い空間に浮いているのは、大きなモニター。映っているのは「sound only」と書かれた板だ。ちなみに百均の材料で作られた手製。
その板から好意的な返事があった。男は机の上の指を組み直し、微笑む。
「それはよかった。こちらも思った以上の成果だった。まったく、そちらのアイドルにも驚かされたが、こちら側からはもっと驚かされたものだよ。若い子たちのパワーは本当にすごい」
少しの間笑ってから「それで、どうかな」と一言挟む。
「いいきっかけになると思わないか。配信、見ただろう? アウトランド代表として彼女は。もちろんアイドルとしてはまだまだ不足だけど、人として十分受け入れられるはずさ」
モニターはしばし沈黙。それから意外な返答。
「何、また依頼かね。……ふん。……ほう……? セントラルでそんな事件が。“黒百合”……。それは是非とも彼女たちに解決してもらわないといけないね。わかった。調整してみよう。……おっと……下が騒がしいな。どこかのアイドルたちが殴り込みに来たかもしれない。あのトピックを書き込んだのは私じゃないとちゃんと説明しないと。〈ヴァンダライズ〉を熱烈に支持しているのはうちだけじゃない。――それでは、また」
モニターが閉じ、部屋が暗闇に包まれても、男の楽しそうな忍び笑いはしばらく止まらなかった。
副業の実績と信頼度だけが異様に上がっていくアイドル。




