案件37:最高のやり方を君に
「ううっ、何ですのあのキモいの!?」
「ビルハガー! このグレイブの大物だよ!」
思わず顔をしかめたキリンに、ユラは嬉々として答えた。
「あいつがいるってことは、ここがゴールだよ。ちょっと行ってくる!」
そしてそのまま一人、大枝の歩行ルートから大きく外れてホウキですっ飛んでいってしまう。
「あ、あった。イトちゃん、これ!」
千夜子がメニューから立ち上げた攻略サイトの画面を見せてくる。
ビルハガーウッド。
種族:樹木系
モンスターレベル:120
サイズ:視界制圧級
弱点:火属、光属
ドロップアイテムは――。
「モンスターレベル120て……! これ、ソロで倒せるものなんですか……?」
「ユラは自信があるようだが……」
モンスターレベルは、ゲーム内でそういう設定がされているわけではなく、四人パーティで勝利した際のレベルの合算から、有志が予測的に弾き出した数値だ。
つまり、ビルハガーウッドは全員がレベル30でようやく勝てる相手。しかもパーティの構成的に破綻がなく、全員が正しく連携できていることが前提でだ。
アバターのレベル30というのはもう立派なベテランとなる。デンジャーランクB以上のグレイブも安定して踏破できるライン。いくらユラでも、腕利き四人分の働きができるかどうか――。
「戦えるのはあの人だけなのですから、任せる他ありませんわ。では、わたくしたちは安全なところから見守って――」
「わたしたちも行きましょう」
「葵お姉様ぁ!?」
足を早めた葵をキリンが慌てて追いかけ、そこにイトたちもばたばたと続く。
その最中、空模様を映して陰るビル群の壁を大きな火球が橙に照らした。弱点にも書かれていた火属性魔法の光爆。ユラがすでに攻撃を開始している。
迂回するように伸びた枝を伝いながら、イトはその様子を目撃した。
ビルハガーウッドが、幹に浮き出た無数の骸骨たちの腕を伸ばし、ホウキで飛び回るユラを捕まえようとしている。
乗り物にも戦闘用と非戦闘用があるが、あのレトロなホウキの素朴な見た目からして、恐らく戦闘の衝撃一つで故障し、落ちる。そうなればユラはあっという間にピンチになるだろう。
それにしても……!
「ひぇ……! あのモンスターすごく怖いよ……!」
声を震わせた千夜子の言葉通り、イトもさっきから鳥肌が止まらなかった。
木というより人間に近い動き。しかも見た目は骸骨だ。まるでこの都市の命が木に吸い取られたようで、モンスターというより幽霊的な恐怖感がある。
それでも、先へと進もうとする葵の足にためらいはない。
「行ってどうするおつもりですのお姉様! わたくしたちは戦いなんてできません!」
「わかってるわ。でも、遠くでただ眺めているというわけにはいかない」
その気持ちはよくわかる。ここまでみんな力を合わせて来たのだ。せめて間近で見届けなければ。
ユラが数秒でかっ飛ばした距離をどうにか陸路で詰め、あと少しでビルハガーの全容が見えるというところで異変は起きた。
ドン! と、突然ユラが眼前の壁に叩きつけられたのだ。
「!? ユラちゃん!?」
いや、受け身は取っていた。ホウキを手放さず、しっかりとビル壁に足から着地している。
「おっかしいな……。あいつ何だか今日は調子がいいみたい」
それだけつぶやくと、再びホウキで宙へと舞い上がり、ビルハガーへと挑んでいく。
苦戦している。それがすぐに伝わる言動だった。
「! そうか、特殊個体……!」
不意に、烙奈が小さく叫ぶ。彼女はコメント欄を見ていた。
どうやら視聴者の中に、何かに勘づいた人がいたようだ。
イトもモンスターについて最低限の勉強はしている。スカグフのモンスターには微細な個体差に加え、もう別人じゃんと思うような強力された個体が存在する。それが特殊個体。
これには単純なステータス面で強化された「暴虐」と、戦法面に秀でた「邪知」の二つがある。
厄介なのは「邪知」。通常のモンスターが「倒される」ことを前提に作られているのに対し、これは「プレイヤーに勝つ」ための動きをしてくる。極めて危険な反面、経験値もレアドロップも破格だ。
恐らく、通常個体であればユラはソロ討伐したことがあるのだろう。
アバターレベル30相当の火力と操作技術があれば、理論的には倒せる相手だ。
しかし特殊個体となると、それまでの常識がどこまで通用するかわからない。
コメント欄にも不穏な発言が流れる。
「ビルハガーの特殊個体って激レアじゃね?」
「攻略情報なさすぎ。これマジで教科書に載るぞ」
「さすがの魔女も無理ゲーすわ」
気づけばさっきから魔法攻撃の光も止んでいる。攻撃するチャンスすら掴ませてもらえないのだ。
「っっっ……!」
再びユラが跳ね飛ばされてきた。
骸骨が振り回す高層ビルは、まだ直撃はしていない。風に煽られただけで吹っ飛ばされてしまうのだ。サイズもパワーも特大。しかもこの隙のなさは「邪知」タイプ……!
「ユラちゃん、無理しちゃダメです! 勝てないなら逃げましょう! もう十分ですから!」
イトは必死に呼びかけ、仲間たちもそれに同調する。けれどもユラは頑なに、
「イヤだ。ボクは、イトちゃんにどうしても見せたいものがあるんだ。今しか見れない景色が……。だから待ってて!」
三度、ホウキと共に果敢に突っ込んでいく。
彼女は真剣だ。単に意固地になっているのではなく、何としてもやり通したいという意志を感じる。懸命に戦う姿がそれを伝えてくる。
「ど、どうしましょう。何かできることは……!」
「何もありませんわよ! 邪魔にならないようここで大人しく見ていることしか……!」
アイテムはとても届かない。初期装備の剣を手に戦闘に参加などもってのほか。
どうする。どうすればいい。
そんなふうにイトが焦っている時だった。
ドンッ! と突然現れる。
ゴージャスなライズステージ。
「!?」
中央にいるのは、城ケ丘葵だ。
そしてためらうことなく大音量でライズが始まった。曲目は大物特効の『ジャイアントキリングを君に』。
「葵お姉様!? 一体何を!?」
目を剥いたキリンが叫ぶも、葵は真っ直ぐ前――勇敢に戦うユラとビルハガーを見据えてパフォーマンスを続ける。
集中状態だ。他の何も目に入っていない。
「そうだ……! わたしたちにはある。今ここでユラちゃんにできること……!」
イトは仲間たちへと振り返る。千夜子も烙奈も、緊張した面持ちながらうなずいてくる。
ライズステージ発動! 唯一の持ち歌である『草原を駆ける』を打ち鳴らす。
「ちょっと……!? あなたたちまで!」
「さっき……! 葵さんから聞かれて上手く答えられなかったことがあります!」
「は!? いきなり何の話で……」
「アウトランドにある貪欲な空気。わたしは葵さんほどそういうことを深く考えられてません。でも! 自分の中からやりたいことを――本当の自分を掘り起こしに行くことは大賛成です! わたしはそういう人を心から応援したい!」
それが、アイドルができる最後の手段。アイドルだからこそできる最高の手段。
「こんなことをして、もしモンスターに目でもつけられたら……!」
「どっちみちユラちゃんが負けちゃったら帰り道だってないです! だったらわたしたちはここから全力で彼女を応援するッ!」
「意味がありませんわ! バフエリアから離れすぎています!」
「それでもやるんです! ユラちゃんと一緒に戦うために! 葵さんはそのつもりでやってます!」
そう。最初にユラの闘志を嗅ぎ取ったのは彼女だった。
絶対に退けないという強い意志。葵はアウトランドのライズ会場でもそれを感じ取っていた。
これはゲームシステム的なバフではない。ここに味方がいる。ここに誰よりあなたの勝利を祈っている仲間がいる。それを伝えるための方法。声援だけじゃない。全身で、全霊でそれを伝えること。アイドルには、そのための力が――舞台がある!
「ああ、もう!」
キリンもライズステージを発動!
「葵お姉様を狙うならわたくしを先に狙いなさいよぉ!」
空疎なビル群に、命を注ぎ込んだライズが鳴り響いた。
大きく旋回するユラを追って、ビルハガーが無数の石材を撃ち放つ。
それらを回避するも、風圧でバランスを崩すユラ。イトたちが勝利を信じてライズを続ける中、彼女は間一髪のところで体勢を立て直し、再び飛翔する。
徐々に、ユラの手数が増え始める。
戦いの中で学び始めたのだ。「邪知」タイプのビルハガーの動きを。この対応の早さは対人戦流。
けれども同時にそれは攻撃時の隙を晒すことにもなる。危ういシーンが増える。
すべての悲鳴を押し殺し、イトはライズに全力を傾けた。
――その時、一つの奇跡が起きた。
三つのライズステージ。三つの曲目。始めたタイミングさえバラバラであったのに、その瞬間、全員の動きが一つになった。
ユラの勝利を確信するかのような全力のジャンプ。一番豪勢な葵のステージから、盛大な花火のエフェクトが爆ぜる。
ビルハガーの動きが一瞬止まった。
見つかった! そう思った瞬間、目の覚めるようなユラの猛攻が始まった。
「うおらああああああああああああああああ!」
ロッドで魔法弾を連射しながら突撃。ビルハガーの幹に取りつき、エメラルドグラットンを突き立てたまま縦横無尽に走り回る。
尾を引く魔法剣の輝きに、一拍遅れてビル群と樹皮の破砕が始まる。
まるで巨大な要塞が爆撃されているかのような怒涛の攻撃!
そこにビルハガーの反撃が来る。風圧でこちらに吹き飛ばされてくるユラ。
あわやステージに衝突というところで魔女はピタリと停止し、イトたちに対してパチッとウインクしてみせた。カメラがその様子を拾っていた。茶目っ気たっぷりのサービスに猛然と沸き立つコメント欄。完全に彼女のペース。
そして。
「沈めえええええええええっ!」
激闘の渦の中、ユラが振りかぶった大剣がその刀身を輝くオーラで延長する。
大型モンスター用。一目で決戦スキルとわかる大技は、過つことなくひび割れたビルハガーの幹に最後の亀裂を刻み込んだ。
「いけえええええええええ!」
イトは叫んだ。みんな一つになって叫んでいた。
押されるようにユラがそのまま腕を振り抜く!
轟音。
建物の崩壊とも、怪物の叫びともつかない音を立て、ビルハガーが崩れ落ち始めた。
虚脱した崩落。痛みや怒りを感じさせる咆哮も身悶えもなく、ただただ崩れていく姿からは、「邪知」を溜め込んだ巨大な怪物の意志は感じられなかった。
「か、勝った……」
「勝ちましたわあの人!」
「やったあー!」
イトたちは叫びながら葵のステージに飛び移り、みんなでぶつかるように抱き合った。
やがてユラがホウキで凱旋する。
それにもみんなで飛びつき、ステージの床に一緒に転がって、抱きしめ合って、また喜んだ。クールな葵も高飛車なキリンもそこにはなく、みんな一緒の笑顔だった。
「届いたよイトちゃん。いや、みんな」
寝転んだまま、ユラがふと言った。
「人に応援されるなんて初めてで……今までそんなのプレイングには関係ないって思ってたけど……そうじゃないんだね。人は、心で自分を支えてるんだ。だからみんなに支えられて負ける気がしなかった。……ありがと。ボクの克ちを信じてくれて」
その時だった。
それまで薄暗かった上空に、光が差した。
悪い空気を溜め込んでいたビルハガーが消滅したからだろうか。
彼がいた地点に、一条の光が差す。
「あそこがイトちゃんと行きたかった場所。でも今なら、みんなも一緒でいいよ」
小さな公園が、そこにあった。
アバターは心で動かすのよ。




