案件34:裏切りのヴァンダライズ!
逃げた先はグレイブのビル群の端だった。
ダンジョンとはいえ、外縁部なら危険は少ない。
そこまで無言で手を引かれていたイトだったが、やがて葵の方が先に手を離し、立ち止まった。しばらくは荒い息遣いだけが響き、音のない当惑が眼前の葵を中心にぐるぐると回る。
一体あの時、彼女に何が起こったのか。
イトがそれをたずねる直前、彼女はいきなりその場にしゃがみ込んだ。
そして、突然自分の頭をポクポク叩き始める。
「あぁぁ~~~っつっ……。やっちゃった。わたしったら、またやっちゃった……ばかばかばか」
「おふうっ!?」
先ほどのゲリラライズよりも強力な電流がイトに走った。
御旗のような完璧な佇まい。そして圧倒的に「深い」ライズ、からの、このドジっ子の一人反省会みたいな可愛らしい動き……! 何が起きているのか依然としてわからない。が、
(こ、殺される……! この人は、心の中の推しを殺しに来ている……!!)
殺られる前にイトは動いた。
「あ、葵さん……!?」
呼びかけると、すっかり落ち込んだ様子の葵が振り向いてきた。その上目遣いも困り眉も卑怯なまでに可愛すぎる。あの凛とした少女が。あの鉄壁の少女が。
「ごめん、イト。みんな。いきなりあんなことして……」
「うぐっ……ハアハア……い……いえ、いいんですよ。で、でも、さっきは突然どうして……?」
イトは心臓へのスリップダメージをこらえながら説明を求める。
「うん……。アウトランドのライズ会場は……とても素晴らしかった」
消沈した態度を陶然とした色に移り変え、彼女は語った。
「決められた枠のない純粋な熱気。それを受け止めるファンたちの器。その無秩序の中に、自然と削り出されたアイドルたちのルールがあった。孤独で、気高く、荒々しい意志……信念こそが正しいというルール。誰からも守られない、何も保証してくれないルール、だからこそ自分が誰より強く突き立てる――。それを見せつけられて、つい体が勝手に……」
「??? え、ええーと……?」
イトが目を白黒させた時、
「す、素晴らしいですわ、さすがは葵お姉様!」
横から素っ頓狂な声を上げたのはキリンちゃんだった。
「アウトランドのライズ会場に眠る真理を感じ取り、それに対してつい体が動いてしまったと、そういうことなのですね!?」
葵はコクンとうなずいた。
わかるのか。さすがは同じセントラル出身だ。
しかし……これはすごい。確かにセントラルのスタイルからはかけ離れたライズ会場だろうが、それをこんな言葉で表現されたのは初めてだった。劇的というか、詩的というか。
しかしこれはカッコつけているわけではなく、その言葉がどうしても必要だったから使っているだけだろう。そして、その感動に反応して体が勝手にライズを始めてしまったと……。根っからの表現者だ。アイドルという以前に、内に爆発的な自己を秘めた――。
キリンはさらに続ける。
「アウトランダーたちも葵様の実力の一端を思い知ったことでしょう。この話題が広がれば――いいえきっと広がります――、次はより多くの人々がお姉様のステージを訪れることになるでしょう。ですから下見は大成功ですわ!」
「でも、無用な騒ぎを起こしてしまったわ。イトたちにも迷惑を」
「あっ、いえ、わたしたちは別に……。それにPKの襲撃とかで、もっと騒ぎになりますから……」
イトもキリンに同調し、やらかしで気落ちする葵を慰めた。
「それに、キリちゃんの言ったことはあってますよ。シンカーはみんな耳が早いですから、多分もう葵さんのライズの様子が交流サイトに上がっているはずです。ちょっと確かめてみましょう……」
そう言って、メニューからサイトを立ち上げる。
葵を敵視するトピックが立つのは避けられない。しかし、それと同じくらい好評もあるはずだ。それくらいアウトランドは新規プレイヤーが多い。期待してイトは表示を見つめた。
「んな!?」
しかし、そこには予想外のタイトルが。
――〈ヴァンダライズ〉裏切りか。
――悲報。イトさん、セントラルのトップアイドル城ケ丘葵とのツーショット撮られる。
――【ご友人】騙して悪いが仕事なんで(part311)【イレギュラーなんだよ】
――イトちゃんお話があります。至急メールください……。
「なんじゃこりゃーーー!?」
葵の目撃談ももちろん話題になっている。生ライズに感動したという話から、この時期に挑発的すぎるという話まで。しかしそれに負けないくらい、〈ヴァンダライズ〉と一緒だったことが大きく取り上げられている。
中には、裏切り者にはPKの制裁をという過激意見も――。
「う、裏切り者だなんて」
「これは偏った捉え方をされたものだ」
千夜子と烙奈も顔をしかめる。
多分、トピ主は面白半分で付けた表題だろう。アウトランドとセントラルの関係をネタにして。コメント欄に書き込んでいる人々も大半が悪ノリのはずだ。しかし、ごく一部の過激派はこれを真に受ける。そして、下手をしたら本当に刺客を送って……。
不意に、すっと影が差した。
ビルとビルの隙間だ。真上から差す陽光を塞ぐには、そこに入り込むしかない。
イトは天を仰いだ。
「イトちゃん、見ぃ~つけた」
降ってくる。あまりにも早く。しかし、彼女ならそれをやりかねないという予感はある。
「聞いたよ~。セントラルの子とデートなんだって?」
陽の光をボロのローブと大きな三角帽子で遮る影。
今、アウトランドで最も危険なPKプレイヤー。
魔女――痣宮ユラ。
「ユ、ユラちゃん……」
イトは思わず葵の前に立ちふさがっていた。
裏切り者の〈ヴァンダライズ〉にPKを、なんて物騒な一文を見た後で、対人戦の化身である少女が現れたらそうせざるを得ない。
「ユラってまさか、最近アウトランドを騒がせた痣宮ユラですの!?」
イトがこくりとうなずくと、声を上擦らせたキリンはさらに身を震わせ、葵にしがみついた。
PK禁止のセントラルにも彼女の名は轟いている。多分、その時は遠い世界の出来事として、檻の中のライオンのように。しかし今は、自分たちがサバンナにいる……。
レトロなホウキにまたがったユラは、決して慌てず、焦らず、野放図で優越的な薄笑いを浮かべたまま、ゆっくりと地面に降り立った。
「なんでそんな緊張してるのさ?」
背中に美しい大剣、エメラルドグラットン。腰に蒼剣と緋のロッドを見せつけながら、彼女がたずねてくる。
「裏切りの現場を見られたから? 浮気の現場を見られたから? 交流サイトにPKの制裁を求める声が挙がってるから?」
様子をうかがう猫のように姿勢を低くし、下から見上げながら、一歩一歩、じわじわと近づいてくる。彼女が仕掛ける速度は正に迅雷。気づいた時には剣が首に迫っている。
そして彼女は、力強く地を蹴った。
「そんなわけないじゃぁ~ん! ボクがイトちゃんにそんなことすると思う~?」
笑顔で。そしてイトの首に抱きつき、猛然と頬ずりしてくる。
「ボクは人類が星ごと敵に回ったってイトちゃんの味方だよぉ。だけどイトちゃんはボクをどう扱ったっていいんだ。だってボクの気持ちはボクだけのものだからね!」
「ユ、ユラちゃん……! はぁあああ……よ、よかったぁ~。焦ったよぉぉ……」
「よくないよ?<〇><〇>」
ビビビビ……。
「あっ、いたっ。いったたた……!」
ユラが突然お尻をおさえて飛び上がった。
千夜子の折り鶴が突然殺人レーザーを放った――のではなく、どうやら彼女の熱視線が刺さったようだった。しかし、そんなスキルあっただろうか。
「ちぇ、何さチョコ。いくら二人でBANされかけた仲とはいえ、ボクの至福のひと時を邪魔しないでよ。自分はホームでいつもイトちゃんとシてるくせに」
「い、今はこんなことしてる場合じゃないから……!」
ビビビビ……バチバチ。と、なんか二人の間で謎の光線が火花を散らしている。
何というか……どうやら彼女たちの間だけで成立する独自の攻撃方法らしい。思えばこの間、規制音だけで会話を成立させていたくらいだから、それくらいは可能なのだろう……か?
「それで、その子が城ケ丘葵?」
出会い頭のやり取りが終わったところで、ユラはイトの背後へと体を傾けた。目線は正確に葵本人を捉えている。
「はい。隣にいる金髪ツインテの子は今川キリンちゃんです。二人ともセントラルのアイドルなんですよ」
「こんにちは」
「ご、ごきげんよう……」
泰然と応じた葵と、完全に腰が引けているキリン。ユラは二人をしげしげと眺め、
「へぇ……。珍しく交流サイトの情報通りじゃん。もしかして、月折六花が人気投票に出ないから残りの票を総ざらいに来たっていうのも本当?」
「コホン、葵お姉様はそんな卑怯な真似はいたしません。これは純粋に、ご自分の力を確かめるための試練ですわ」
優雅に反論してみせたキリンはさすがだったが、顔は毒でも受けたみたいに紫色になっている。
「ふぅん。まあ何でも好きにすればいいと思うけど」
「そう思われることも、騒ぎになるのもわかっていましたので、わたしたちにボディーガードの話が回ってきたんです」
「ま、そうなるよね。ボクの嵐を鎮めたのもイトちゃんだし」
アハハと他人事みたいに笑ってくる。
「ユラちゃんはどうしてここに? 噂の真相を確かめに来たんですか? それにしては爆速すぎる気もしますが……」
「ああ、ボクは最初からイトちゃんを探してたんだよ」
「?」
ユラは周囲から圧する高層ビル群を見回して、
「〈ワンダーライズ〉ってアイドル試験受けるんでしょ?」
「もちろんです。というか、クリアしないと解散の危機で……」
「えっ……」
驚きの声は背後からした。葵だ。
「そうなのイト? そんな大変な時期に、わたしは……」
「あっ、それはいいんです。それを込みで引き受けたお仕事ですから」
気遣う彼女に、イトは慌ててフォローに回る。すると今度は反対方向からユラが目を細め、
「ふーん。“イト”って呼んでるんだ、もう……」
「あ、あの、それで話の続きを……」
「ああそうそう。試験の課題にグレイブ探検ってあるでしょ。バトル、クリア不問で、行ったっていう証拠の動画だけあればいいやつ」
「へえ、そんな細かい条件まで知ってるなんて、さすがですね」
「えへへ、調べたんだ。イトちゃんの力にちょっとでもなりたくて……」
「ユラちゃん……」
「イトちゃん……」
「二人とも?<〇><〇>」
「はいはい。チョコのおモチはどこも大きいなぁ。そんでさ、そのグレイブ探検の動画、配信して人気投票に生かしていいんでしょ? だったらボクと行こうよ。凄いとこにつれてってあげるから」
思わぬユラからの提案だった。
探検動画を宣伝用に使っていいというのは正しい。非戦闘職のアイドルにグレイブ探索のノルマがあるのは、バフをかけるシンカーたちがどんなところで戦っているのかを肌で知っておくためだ。それによって自職と他職への理解度を深められる。
しかしグレイブアイドルたちは一歩先を行き、ダンジョンで悪戦苦闘する姿を配信することで、同じ苦労をしてきたシンカーたちから親近感アップを狙う。
試練を好機に。こうした強かな目論見が先なのか、それとも動画を見たシンカーがアイドルたちをより身近に感じだしたのが先なのかはわからない。ただ、結果として好感度が上がるという事実がある以上、それを意識しないのはあまりにも無策。
その大事な探検動画を、宝石箱の魔女が手伝ってくれるという。
彼女はPVPだけでなくPVEも一流。普通のアイドルでは作れない、物凄い一本が撮れるはずだ。
「それは是非お願いします!」
「そうこなくっちゃ。いつ行く? 今行こうよ」
早くもユラが急かしてくる。ただ、こちらは今、仕事中だ。これはさすがに受けられない。
と。
ここで意外な言葉が場に吹き込まれた。
「その探検……わたしも一緒に行っていいかしら?」
『えっ!?』
葵の申し出に、当人とユラをのぞく誰もが声を跳ね上げた。
「今日は会場の下見をするだけの予定だったし、これから何をしても火に油を注ぐだけだと思うから。それなら有意義な時間の使い方をしたいわ」
火に油を注ぐ。それは今の〈ワンダーライズ〉にとってもそうである気がした。ここでクールダウンの時間を設けられれば、話題の足が速いスカグフだ。騒ぎも沈静化するかもしれない。
「でっ、でもでもお姉様。グレイブ探検なんて危険ですし、それもPKのできるアウトランドでなんて……」
キリンが慌てた様子で異を唱えた。それを見たユラは嗜虐的に微笑む。
「へぇ……キミは、ボクがキミたちをグレイブの奥に連れ込んでキルすると思ってるんだ?」
「ぴいっ!」
ヒヨコみたいに鳴いたキリンに対し、ユラはすぐにその邪悪な笑顔をほどき、
「アハッ、賢いなあキミ。でも安心して。ボクは戦えない人にちょっかい出したりしないよ。むしろ一緒に来るなら守ってあげる。イトちゃんたちを守るついでにね」
「お願いします。報酬はそちらの相場で」
葵が正式に頼みを告げ、話は決まった。
それから彼女はこちらに向き直り、
「イト、もしよければ、これはわたしとのコラボ動画として使って」
「えっ、いいんですか? あの……リアルで活躍してるアイドルの人が、そういうこといきなり決めちゃって……」
「かまわないわ。事務所には後でわたしから話をつける。アウトランドの攻略を間近で見るのは価値のあるものよ。それに〈ワンダーライズ〉にはできるだけ恩返ししたいし」
「し、仕方ないからわたくしも一緒に映ってさしあげますわ。もちろん、わたくしもそれを試験に提出いたしますけれど」
横からちゃっかりキリンも相乗りしてくる。
城ケ丘葵と今川キリンとのコラボ。アウトランドとセントラルのアイドル合作なんて、これはちょっとそこらでは見られないほど貴重な動画になる。しかもトップアイドルとなれば、なおさらに。
(しゃ、社長……! なんかすごいことになってます……!)
まさか、あのいい加減なケンザキ社長に感謝する日が来るとは。いや、セツナと引き合わせてくれた時点で十分感謝しているが。
落ち着け……慎重になるのだ! ここで上手くやれば、一気にファンを獲得できるかもしれない。コンプライアンスに気をつけ、粗相のないように。それでいて自分たちのやりたいこともちゃんと入れて……そう百合営業とか……! うん、いける……いけるはず多分!
「わかりました! じゃあ、みんなのコラボ動画にしましょう!」
イトは覚悟を決めた。試練を好機に。誰もがやっていることだ。
誰も見たことのないアイドル動画を作ろう。そう決心した。
――この時、わたし白詰イトは知らなかったのです。
この先、とんでもないことが起こることを……。
「イトちゃんもう録音してる!?」
最強の守護アイドル&最凶の対人魔女&最高のセントラルアイドル&キリンちゃん




