案件33:アウトランドとの遭遇
「それじゃ、早速グレイブに下見に行きましょう」
葵の仕切りにイトたちは素直に同意した。
契約? が合意に達した後、葵はいくつかのことについて提案した。
まず、お互い普段通りの言葉遣いで話すこと。これからは赤の他人ではなく、ライズを成功させる一つの仲間となるのだから遠慮は無用とのこと。
また、護衛期間が終わったら今度は葵が〈ワンダーライズ〉のアイドル試験に協力すること。アウトランドでの活動はわずか三日の予定。アイドル試験の最終日は一週間後と余裕がある。
「もちろん、推薦人にもなるわ」
「あっ、それは大丈夫です。もうお願いしましたので」
「葵様からのサインを断るなんて信じられませんわ!」
「せっかくだからもらっておいたらどうだい。別にサインが二つあったって損はないはずだよ」
「セツナちゃんからもらいましたから」
「一つで十分だね」
そして三つめは、今日はもう出遅れてしまったので、活動は明日からが本番ということだ。ただ、雰囲気だけでも見ておきたいと葵が言うので、今もっともホットなグレイブへと足を運ぶことになった。
――スカイグレイブ〈恩情の都〉。
近未来的な高層ビル群を乗せた空墓で、これに似たグレイブが他にも複数あり、どうやら元は一つの都市だったものが分裂したと考えられている。
ここでは地下ではなく草木の蔓延ったビル自体がダンジョンとなっており、荒廃した近未来の雰囲気から探索地としても非常に人気が高いグレイブだった。
ビル群前の空き地は、予想通りアイドルたちの戦場になっていた。
ライズ本番の緊張感をさらに高めた、決戦の空気。
向き合うファンたち――人の流れも、どこかいつもと異なる。
それもそのはず。ゲーム内でも最大級の人気投票を控える今、ファンたちには推しの活動に集中し、他のアイドルたちには近寄らないようにするという不文律が存在するのだ。
スキャンダル、抗争、妨害工作にPK……。ライバルの好感度を下げる方法はいくらでもある。だからこそしない、近寄らないという紳士協定。非常にデリケートな戦いが始まっていた。
「何というか……雑然としたところですのね」
今川キリンが口元に手を当てながらそう述べた。
いつもと雰囲気が違うとはいえ、ライズ会場の熱気は普段以上にパワフルだ。
「セントラルのライズ会場は違うんですか?」
イトは興味本位でたずねる。
実は、アウトランドとセントラルのアイドルが会場で交わるということはあまりない。
攻略時期が違うからだ。
スカイグレイブが地区に飛来すると、まずはアウトランドが乗り込み、一週間ほど遅れてセントラルが参戦する。すると今度はアウトランダーたちが引っ込んでしまうのだ。ちょうど別のグレイブが地区を訪れるという理由もあるが、アウトランド側が、己の対抗心から無用な衝突を引き起こさぬよう自主的に動いていることが、今なら何となくわかる。
イトたちもアウトランダーと一緒にグレイブを移すため、セントラルのアイドルたちと一緒にライズをするという経験がないのだった。
だから、今のこれは貴重な経験でもある。
キリンは出会った瞬間から変わらぬ、優雅で生意気な態度を崩すことなく答えた。
「フフッ、当然ですわ。セントラルのライズ会場は理路整然。開始前からすでに場所が割り当てられていて、グレイブ前のベストポジションはもちろん葵お姉様の特等席。セットリストやステージのデコレーションもあらかじめ調整されていて、こんな? モザイク画みたいな? でたらめな構成になんてなってませんの!」
「ふむ……。しかし、それだと競争原理が働かぬな」
横から烙奈が口を挟んできた。
「あらかじめ決まっているのなら、各アイドルが独自色を打ち出すわけにもいかないのだろう?」
「それはそういうものですわ。奇をてらった小細工など不要。洗練された王道のパフォーマンスこそアイドルの真骨頂ですの。それが百合営業だなんて……ぷぷっ」
「ぬぬっ……」
再び百合営業をサゲられ、イトは動揺した。
この花園はスーパーヒロインエンジェル六花ちゃんも参入している由緒正しきアイドル活動だ。しかし、どうやら葵はこれに対して関心がないらしく、そしてキリンに至っては見下してさえいる模様。
ライズ会場も空墓まで吹っ飛ぶ衝撃だった。これがアウトランドとセントラルの違いだというのなら、両者の間には底なしの谷が横たわっている(個人の感想)。
「ど、どうやらキリちゃんは百合営業の本当の凄さをわかっていないようですね」
「まがいものの凄さなんてどうでもいいですわ。それよりキリちゃんなんて、ちょっと馴れ馴れしくなくて? 葵様は普段通りとおっしゃってくれましたけれど、わたくしを誰だと思っていますの?」
「知ってますよ。今川キリンちゃん。中学三年生。さっき改めて自己紹介してくれたじゃないですか」
「いいえ。まだ伝え忘れていたことがありますわ」
キリンはバッとマントでも広げるように手を振ると、今度はそれを控えめな胸に当てて尊大にのけぞった。
「わたくし今川キリンは、城ケ丘葵様に次ぐセントラル第二位のスーパーアイドル! 名前が示す通り、稀代の麒麟児!」
「ええっ!?」
「そして最大のライバルは月折六花さん! その実力はお互い承認済み――!」
「ななっ!?」
「――になる予定のニューアイドルなのですわ!」
「予定かーい……って、あわわ、ごめんなさい……」
思わず手刀を振るツッコミを入れてしまった千夜子が、へどもどと後退する。もちろん誰からも非難の声は上がらない。思いは一つ。何ならキリンからも反論はなかった。
「ニューアイドルってことは、まだ始めたばかりなんですね。わたしたちも結成一か月の新米なんですよ」
イトが親近感を投げると、キリンは涼しい顔でそれをカキンと撃ち返し、
「あなたとわたくしでは、ポテンシャルが違いますの。レベルはおいくつ? わたくしはそう、10ほどかしら」
「あっ高いです。じゃあ、今回のアイドル試験では中級を目指して?」
「…………いえ……今回の試験で10になる予定ですの」
言い直す。
「あれっ、じゃあ今は?」
「あ、あなたの方こそいくつですの? 開始一か月なんでしょう?」
「え、ええっと、それは……」
イトは激しく言い淀み、ぼそりと。
「…………3……」
「……わたくしも3……」
『…………』
「これ、急に二人で静かになるでない」
うつむく二人に烙奈がフォローを入れた。
と。
「城ケ丘さん?」
何かに気づいた千夜子の不思議そうな声が、イトたちの視線を引っ張った。
この騒がしさがギリギリ届くライズ会場の端で、さっきから一人、ずっと黙っている人物がいた。
葵だ。彼女はライズ会場を見据えて微動だにせずにいた。キリンのような、少し意地の悪い感想すら口にしていない。
現場を見たいと言ったのは彼女だ。この雑踏めいたライズ会場は、果たして彼女の期待にそうものだったのか。アウトランドのアイドルとしてイトが少し不安になった、次の瞬間――。
ドンッ! と地面から盛大にステージが跳ね上がった。
「ほわあっ!?」
突然のことにバランスを崩し、イトは尻餅をつく。
豪奢かつ、老舗の劇場のような瀟洒さ。このハイレベルなデコレートは葵のものに違いない。しかし他人を乗せてのステージ召喚は非常識。さらにそのままBGMまでスタートしてしまう。これは……最新ガチャで配信中の、今、最も強力なバフライズの一つ『蠍の星』!!
――――!!!
峻烈なボーカルとダンスがステージ上に吹き荒れた。
生歌であり、ダンスもフルと言っていいほどアレンジが利いている。配信からまだ間もないというのに、これほどの改良を――!
「こっ、これはっ……!」
葵の高身長を生かしたダイナミックな振り付けに、墨を伸ばしたような黒のロングヘアーが追従する。時に真っ直ぐ、時に広がり、葵の一瞬一瞬を決定的な画にしていく。
六花たち〈サニークラウン〉のライズは、三人で色とりどりの景色を見せてくれる輝きの展覧会。しかし葵は逆。一人で、どこまでも深く、どこまでも緻密に、一つの世界を掘り下げてくる。引き込まれる……いや、引きずり込まれる!
「すっ……ごい……!」
イトは見惚れた。
すべてのパフォーマンスは正面が最大火力だ。横や後ろから見られるようには作られていない。それなのに、横からでも魅入ってしまう。
それは仲間たちと――そして会場のアウトランダーたちも同じようだった。
場所取りの有利不利もなく突然始まったライズ。そのクオリティに誰もが目を丸くし、立ち止まり、そして自然と足が向き始める。推しのアイドル以外はノータッチを心がけているはずの彼らが。
人々が心を奪われる中――誰かが言った。
「……あれ、城ケ丘葵じゃないか……?」
「え……まさか」
「セントラルのトップアイドルの――?」
小さな泡のようだったざわめきは、あっという間にライズ会場前を埋め尽くした。
セントラルのトップが、アイドル試験期間中にアウトランドに? なぜ? まさか、人気投票を見据えて――。
「はっ!?」
突然、世界の中心を動かしていた葵が停止した。
同時にライズのBGMも止まる。いや、これは彼女自身が止めたのだ。
この異変に客席のざわめきが一層増す。それを見た葵は突然きびすを返し、座り込んでいたイトの手を取って舞台裏へと逃げ出した。
「みんなも来て!」
他のメンバーも慌てて彼女に従う。
葵用にカスタムされたライズステージも引っ込み、どよめきが遠く、イトの耳に聞こえた。
「城ケ丘葵と……〈ヴァンダライズ〉……?」
「どうして我らの守護天使がセントラルのアイドルと……?」
「まさか、寝返った……!?」
ひょっとして主人公もゲストも問題児なのでは……(自問)




