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案件32:セントラルのアイドルを護衛せよ!

 セントラルのトップアイドル「城ケ丘葵」。

 彼女がアウトランドに来ている――。


 その話をスパチャから聞かされたイトたちは、大慌てでクラン〈ペン&ソード〉のビルへと向かった。

 もうすっかり顔なじみになった受付けのBOTと軽い挨拶を交わし、最上階の社長室へ。

 一体、このアイドル試験に何が起こっているのか――。


「ケンザキさん!?」


 そこで社長室に直付けされているエレベーターから駆け出たイトたちが最初に見たものは。


「あら? あらあらあら? 一体どんな優秀なガイドがやってくるかと思えば? 初期? 装備の? スーパーへっぽこ三人組ですの!」


 !?


 人をメチャクチャ小馬鹿にした態度の、小柄で、お目目パッチリで、ロール式の金髪ツインテの女の子。それが白いふわふわブラウスのリボンを揺らして左右に行き来しながら、人をメチャクチャ小馬鹿にしにくる姿だった。


 突然の出迎えにイトたちは言葉を失う。

 こ、この女の子は……!?


「今川さん。そういう失礼な態度はよくないわ」


 その後ろ、社長の執務机から、凪いだ水のように落ち着いた声が飛んだ。

 イトの目は自然とそちらに引かれる。


 瞬間、何かの御旗がそこに立っているのかと錯覚した。いや、フラグとかそういうのではなく。


 目印。人を先導するもの。そこに存在を知らしめるもの。

 実際、イトにはその少女の黒のロングヘアーが、風にはためいているように思えた。艶のある髪がその優雅さ、しなやかさを、もっとも表現できるように自ら形を作っている――そんな錯覚。実際はそんなことはなく、一筋の歪みも見せずに背中を滑り落ちていたのだが。しかし、それくらいに強いオーラと、異質感。


「イ、イトちゃん、あの人……!」


 千夜子が気後れしたように後ろに隠れ、イトはうなずいた。

 あの人だ。城ケ丘葵。リアル世界で見た姿そっくりの。


 背は高く、すらっとした長い手足。目は切れ長のグリーンで、鼻は高く唇はすっきり。可愛いというよりは美人寄りの顔立ちだ。髪は漆黒の姫カットで、月桂樹を思わせるカチューシャが、ティアラのように輝いて見えた。


 服装も隙がない。鮮やかなブルーが目に染みるケープは細かな金刺繍入り。そこからのぞくミニスカートの白がまぶしい。ブーツは派手過ぎず、しかし単調でもない瀟洒なデザイン。どれも高級かつ人気のアイテムというのが容易に推測できるが、本当に恐ろしいのは、それらをすべて集めても、着ている本人の引き立て役にしかなっていないというところだ。これらがライズの時に一斉に動き出したらと思うと、スカウターの耐用年数がマッハ。


「あっ、ごめんなさい葵お姉様!」


 注意を受けた金髪ツインちゃんが、帰巣本能に従う蜂のように城ケ丘葵の元へと飛び戻っていく。


 イトたちもそれでようやく部屋の奥へと進むことができた。

 視線の先には、机の上で指を組み合わせながら悠然と微笑む社長のケンザキ。この状況の理由を何より知っているであろう人間。


「やあ、来てくれたね。〈ヴァンダライズ〉」

「〈ヴァンダライズ〉じゃありません」

「おい、おい」

「何ですかその恒例のやり取りみたいな顔は!? 初めてですよね!?」

「そろそろ必要ではないかと思ってね」

「これ自体が不必要なんですけどォ!?」

「ハハハ、いやしかし、忙しい時期に来てくれてありがとう。意味不明な有料チケットを使ったかいがあったよ」


 こちらの反応を綺麗に受け流し、ケンザキはいつものように勝手に話し始めた。


「いきなりのことで聞きたいことは山盛りだろうが、まずは紹介しよう。こちらセントラルのアイドル、城ケ丘葵さんと、今川キリンさんだ」

「どうぞよろしく」

「よろしくお願いしますわ」


 ぺこり、と二人揃ってお辞儀をするが、その動作は対照的だ。

 城ケ丘葵の方は、礼儀正しく、一分の隙もない所作。頭を下げた際にさらりと流れた前髪さえ、SSを撮って保存しておきたいほどサマになっている。


 一方の小生意気ツインテールちゃん――今川キリンというらしい――は、見た目も優雅で可愛らしくはあるのだが、挨拶一つにも人をなめくさった態度が滲み出ている。隣の清楚な少女と比べると、その態度はさらに顕著に。


「ほ、本当に、セントラルの城ケ丘葵さんなんですか……?」


 イトが恐る恐るたずねると、「失敬な!」とすぐさま叱責が飛びかかってきた。

 今川生意気ちゃん――ではなくキリンちゃんだ。彼女は実際に飛びかかるような姿勢で、


「一目見れば10キロ先からでもおわかりになるでしょう? この美貌、この気品! たとえ人間国宝アバター師がそっくりなものを造ろうとしても、決して真似できない内なる輝きが、まさか? あなたには? わからなくて?」

「今川さん」


 シームレスに煽りモードに突入したキリンを、冷静な城ケ丘葵の一声が窘める。


「でっ、でも葵様……」

「わたしたちがアウトランドを訪ねるなんて滅多にないのですから、この人たちが驚く気持ちは十分に理解できます」

「はぁい……すみませんでしたぁ……」


 渋々といった様子で引っ込む。先ほどの称賛と言い、少女が城ケ丘葵に心酔しているのが一目でわかる態度だ。


「話を止めてごめんなさい。わたしがセントラルのアイドル、城ケ丘葵で間違いありません」


 これがその証明とばかりに、城ケ丘葵は真っ直ぐな眼差しでこちらを見てきた。

 イトは慌ててうなずく。


 城ケ丘葵――。

 セントラル住みだからと言って知らないわけがない。


 彼女もまた、現実世界に活動の場を広げたグレイブアイドルだ。単純な人気でいえば六花には及ばないものの、各芸能――音楽や演劇等のベテランからの評価は軒並み高いという。実戦値に優れた少女。

 ある芸能記者によれば、彼女のタレントとしての寿命は六花よりもずっと長いとか何とか……。は? 六花ちゃんは永遠に生きるが?


「続き、いいかな?」とケンザキが場に咳払いを挟み込み、紹介を再開した。


「こちらの三人が、先に説明した〈ワンダーライズ〉のイトさん、千夜子さん、烙奈さんだ。表向きはアイドルをしているが、裏ではアイドル専門のボディーガードやトラブルシューティングをしている」

「してませんけど」

「うちの記事の切り抜きでよければ、これまでの活躍を全部提示するよ?」

「うぐっ!?」


 うめくイトに城ケ丘葵と今川キリンの目が向くも、


「先日襲来した痣宮ユラから月折六花を守ったと言えば、信用は十分だろう」


 その意図を察したケンザキの一言で、その目は信用と、それからさらなる疑念へと枝分かれした。もちろん、疑ってくるのはキリンちゃんだ。


「今回、アイドル試験で忙しい君たちを呼び出したのは、彼女たちの護衛を頼みたいからなんだ」

「護衛、ですか……」

「セントラルとアウトランドの確執については知っているかね?」

「知りません」

「だろうね。だからこそ君たちが適任なんだ」


 ケンザキが軽く手を持ち上げると、虚空にモニターが点灯した。本日も黒子との連携はバッチリなようだ。


 画面には十七地区のマップが映っている。セントラルとアウトランドを色分けしただけの簡素なものだ。大部分がアウトランド。セントラルは名前の割りに結構端の方に小さく映っている。


「知っての通りセントラルはPK禁止のセーフゾーン。だからこそ地価は上がり、ホームを構えられるのは最大手(おおて)レベルのクランか、長年スカグフに根を張ってきた超ベテランプレイヤーだけだ」


 そこはイトも知っている部分だ。アウトランドの墓王(ワイト)クラスでようやくセントラルのこぢんまりとした一軒家を買えるくらい。それほど高額ということもあるが、まずセントラルの住人が物件を手放さないのが一番の理由。


「セントラル住みという肩書き(ステイタス)にはそれだけの無条件の破壊力があるんだ。正に特権階級。長くこのゲームをやればやるほどその感覚は散り積もって、山の手、下町の関係じゃないが、お互いが張り合うような空気ができてしまったのさ」

「張り合うだなんて。わたくしたちはアウトランダーたちとケンカをしたことなんて一度もありませんわ。争う理由がありませんもの」


 キリンが小振りな胸を張って割り込んでくる。その背後に「争うカンガルー」と銘打たれたスタンプエフェクトがポンと出現した。これは古のネット壁画、争いは同じレベルでないと発生しない、という格言が元になっている。あのスタンプ、バザールでメチャ高いのに……。


 熟練のスカグフプレイヤーならこれで十分な挑発行為になるのだろうが、確かにイトはピンと来なかった。PKがないのは羨ましいけれど、ただ何となくお金持ちが住む町というイメージがあるだけ。


「セントラルは言うほどアウトランドを意識していないものだ」とケンザキが話を引き取り、「しかしアウトランドはセントラルを潜在的な脅威と見なしてきた」との発言と同時に新たなモニターを点灯させた。何かの棒グラフだ。


「セントラルは金持ちのお嬢さん、お坊ちゃんが住むところだというイメージもあるが、実のところアバターの平均レベル、平均ジョブレベル、平均装備グレード、ハウジング評価、すべてでアウトランドを上回っている。セントラルのクランは代々引き継いできた潤沢な資金や人脈があり、特定の相手としか取引しないバザールなんかもあって、質の高いプレイ環境を維持しているんだ」


 グラフを見た限りだと、各項目、倍以上の差がついている。

 アウトランドの方がはるかにユーザーが多いことを加味しても、セントラルが高水準なプレイヤーで満ちていることがわかった。


「もし足りないものがあるとすればハングリー精神だが……。もしそれらを剥き出しにしてグレイブ攻略に乗り出されたら、資金力と装備の質で劣るアウトランドは、クリア一番乗りの手柄の多くをセントラルに奪われてしまう――そんな心配を、アウトランドの住人たちはこっそりしている」

「はえー、全然知りませんでした……」

「フフン。ゲームの楽しみ方は人それぞれ。慌ててお墓に駆けこまなくとも冒険はできます。セントラルの真上に来るのをゆるりと待てばよいのですわ」


 キリンがここでも得意げにセントラルの気持ちを代弁してくれた。攻略一番乗りに血道を上げる破天コウやジェネラル・タカダを見ていると、確かに少し枯れた考え方のようにも思える。


「あれ? じゃあ来なかった場合はどうするんですか? そのグレイブはスルー?」

「必ず来ますわよ。どのグレイブも必ず通過する地点がある。そここそが、セントラルなのですわ。まさか? そんな基本的なことも? ご存じないとか?」

「はい! ご存じなかったですね!」

「まあ素直」


 キリンから返答を得たところで、ケンザキがまたまた話を再開。


「そんなわけで、セントラルをついつい敵視してしまうプレイヤーは多い。しかも今は、アイドル試験の真っ最中。最終日の人気投票に向けてファンたちも神経を尖らせている時期だ。そんな中に、セントラルのトップアイドルが現れたらどうなる」

「それは……なかなかバーニングしそうです」


 城ケ丘葵がアウトランドの票を取りに来た――ファンたちがそう解釈しても不思議はない。しかも今回は六花が投票先から除外されているから余計に。


「むしろ、ではなぜそんなタイミングでアウトランドに?」


 と、イトの横から冷静な声が飛んだ。烙奈だった。

 すかさずキリンが言い返そうとして、相手を見て口ごもる。まるで烙奈の豪奢なゴシックドレスに恐れをなしたように。見た目を気にするタチなのかもしれない。


「その理由についてはわたしからお話します」


 城ケ丘葵が口を開く。

 楚々としつつも凛として真っ直ぐな声音。生き方がそのまま喉から出てきているように、イトには思えた。


「今回、月折六花さんが公式アンバサダーになり、人気投票も辞退となったことは知っていると思います」


 うなずく。ついさっき聞いたばかりだけれど。


「わたしも彼女ほどではないけれど、占める票は多いです」


 これにも同意。キリンは赤べこみたいに何度もうなずき、緩いドリル風ツインテで社長室の空気を掘っている。


 前回の人気投票では、六花が全体の四割、城ケ丘葵は二割ほどを獲得したという。セントラルの住人は地区全体の1%もいない。つまりアウトランドにも城ケ丘葵のファンはちゃんといるということだ。

 この二人で総投票の六割。残った半分以下のパイを他のグレイブアイドルで分け合わないといけないと思うと、三位以下が修羅の道すぎる。


「試験の公平性を考えると、人気投票は試験参加者だけで行う方が正しいと言えます。わたしもいずれ除外されるかもしれません」


 それはありそうだった。AIの今回の裁定は個人を狙い撃ちにしすぎている。後程もっとフェアなルールに改訂されることは十分考えられた。


「わたしはこの時期になると上級試験と同じ内容を自分に課しています。自分が現状に甘えていないか、再確認するために」

「!」


 ぴん、と空気が張り詰める感覚があった。これだ。この刃のような気迫が、さっきから彼女の周囲を鋭利に覆っているものの正体だ。


 六花は正しくサニー――太陽の輝きのような明るさ、優しさのアイドル。一方でこの城ケ丘葵は、氷の刃のような鋭さを持つのだ。ステージ上では無論アイスソードで人をぶった斬ったりはしないだろうが、ファンに振り向ける笑顔の裏には、凍てつく冬山を単独行する彼女の努力が潜んでいるに違いない。


「プレイヤーからの正当な評価を受けられる今のうちに、これまで行かなかったアウトランドにも足を運んで、自分の本当の力を知っておこうと思ったのです」

「素晴らしいですわ葵様……」


 キリンがうっとりと女神像に祈りを捧げた。

 しかしその実、今の城ケ丘葵の発言は「全員ブッコロシテヤル!」という宣言と大差なかった。リアルにまで進出したアイドルが、本気でこの試験の課題に乗り出すというのだ。アウトランダーが警戒心を抱いたとしても、それはむしろ正しいことになる。


「六花さんが抜けた後で、空き巣と蔑まれても構いません。〈ワンダーライズ〉の皆さん、どうかわたしに力を貸してください」


 城ケ丘葵は深々と頭を下げた。


「ううっ……」


 これは、極めて重大なお願いだった。気安い頼みごとではない。信念と向上心の塊のようなこの少女が、初対面の弱小ユニットに心を込めて下げた頭なのだ。

 断れっこない。それは人として不誠実だ。何よりこの人は、今よりもっと自分を輝かせるために惜しみない努力をしようとしている――。


「わかりました……。お引き受けします」


 イトは答えた。この返答に関しては、仲間からも前もって決定権を委ねられている。

 城ケ丘葵が顔を上げる。そして、ぱあっと笑顔になった。


「ありがとう……!」

「フオッ!?」


 それは、凍てつく刃だった少女の、春を告げるような微笑みだった。極寒の冬山で偶然見つけた陽だまりのような、想定外に素朴な表情。イトは思わず後ずさる。


 あかん……これはあかんやつです! このギャップ、この高低差! こんなん見せられたら、誰でもイチコロでファンになってまいます! 六花ちゃんというものがありながらッ……!


「あっ、あのう、ところで城ケ丘葵さん……!」


 イトは離れた分の床を、達人のようにじわりと詰め直した。


「葵と呼んでくれて結構です」

「それじゃあ葵さん? ちょっとうかがいたいんですけどぉ……その、百合営業っていうのに興味は……?」

「イトちゃん!? さすがにそれは勇気ありすぎるよ!?」


 千夜子から驚きの声。そして肝心の葵からは――。


「百合営業?」


 きょとんとした、不思議そうな反応。

 しかし、その直後に。


「はあ~? 百合営業?」


 嘲りを含んだ声が耳に飛び込んできた。

 豹変した葵――からではない。その隣のキリンからだ。

 彼女は最大級の生意気さを放出し、鼻をそびやかして強引にこちらを見下ろしにきた。そして悪を裁くように断言する。


「百合営業なんて邪道ですの」

「なにっ!」

「本物のアイドルなら歌とパフォーマンスでファンを魅了するもの。百合営業なんて? 正道から外れた? まがいもののすることですわあああ!」

「なにいいいいいいっ!!」


 イトは震えた。

 何だこの女の子は……!? 何だこの生き物は……!

 百合営業が否定される!? 否定される要素が……あった!? 地球上に!?


 城ケ丘葵と今川キリン。

 イトにとっては別々の意味で衝撃的な出会いが、ここで起こったのだった。


趣向なんて自分にしか通用しないと思っておけばいいんだよ!

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[良い点] >人をメチャクチャ小馬鹿にした態度の、小柄で、お目目パッチリで、ロール式の金髪ツインテの女の子 メスガキ悪役令嬢風アイドルだとぉ…! これはまた特定の人に需要が高くてやばいから早くわからせ…
[良い点] おましょうま! [一言] >左右に行き来しながら リアルねぇどんな気持ちムーブとな こやつやりおる。 >裏ではアイドル専門のボディーガードやトラブルシューティングをしている もう既に表と…
[一言] 他の感想欄にレスするのがマナー違反とわかっていても、 これだけは言わせて欲しい... 「これはゆゆ式事態」←誤字にしろ意図したものにしろ、やはり君は天才だ... 百合営業大いに結構、た…
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