案件31:アイドル試験を突破せよ!
魔女の嵐も落ち着き、いつも通りの活気と混乱が戻ったアウトランドのその日。
〈ワンダーライズ〉のAIマネージャー、スパチャは、いつも通りのタキシードに寸分の乱れもないことを確認し、スタッフルームから女主人たちのログインを出迎えた。
「ご機嫌麗しゅうございますお嬢様方。ログインお疲れ様です。それでは本日のスケジュールをご連絡いたしま――」
そこまで述べて、彼はリビングの異変に気づいた。
暗い。いや、部屋の照明がではなく、主人たる少女たち三人の顔が。
「お嬢様方……?」
『スパチャアアアアアア!!』
少女たちはラグビーボールを取り合う巨漢のように勢いよく飛びかかってきた。
「わたしたち、ユニット解散させられるかもしれないいいい!!」
主人の一人、イトが発した泣き言に、スパチャは事の状況をほぼ完全に理解した。
※
「そうでございますか。事務所からの連絡の方が一足先に……」
折りたたみ傘の需要を高める曇り空の顔でイトが説明を終えると、スーパーハードペンギンのスパチャは同情するような、憐れむような一声を返してきた。
「わたくしからオブラートで包んだ上に石棺で封印を施した後、やんわりとお伝えするつもりでございましたが、ダイレクトにメールを見てしまったのならば仕方ありません」
もうじき、スカグフでは「アイドル試験」が行われる。
これはジョブ育成プログラムとも呼ばれるゲーム内の催しで、早い話がジョブレベルをある一定のラインまで簡単に上げてくれるボーナスイベントだ。
スカグフのジョブレベルは100でカンストとなるが、一般的な技能に関しては50でほぼ揃い、上位技能も60で会得、それ以降は各々のやり込み具合や名誉的な意味合いが強くなる。
その分、序盤にはジョブの重要なスキルがみっちり詰まっており、一端のプレイングがしたければまずはそこまで駆け上がらなければいけない。
ジョブ育成プログラムでは、初級、中級、上級と試験があり、レベル10、20、30、までのレベルスキップを認可してくれる。育成の大幅な時短が狙えるため、後発組や、先行したフレンドと同じランクのグレイブに行きたい人には必須のイベント。操作技術よりもまずは戦法の選択肢を広げたいという人にも見逃せない機会となっている。
イトたちが所属する事務所〈ハニービスケット〉からもオススメのイベントとしてお知らせが来ていたわけだが、そこ余計な一文が追加されていた。
「結成してから時間がたち、初級試験以下の水準のユニットには、新たな活動プログラムを予定しております――」
新たな活動プログラム。これはグレイブアイドル業界では、ユニット再編、事務所の移籍、最悪の場合クビ、といった特大規模の方針転換を意味していた。
一日500コアグレブンと言えど、ちりとりに平気で回収されるような泡沫アイドルにいつまでも居座られては困るということなのだ。実質的な足切り。最後通告。
そして現在結成一か月の〈ワンダーライズ〉は、このラインに見事に引っかかっているのである……!
ユニットを解散させられるかもしれない。そのプレッシャーが、楽しいはずのログイン直後からイトたちの肩に超重力でのしかかっていた。
「わたし、二人と離れたくありません……!」
「わたしだって。イトちゃんと違う人と組むならアイドルやる理由なんてないよっ……」
「わたしも気持ちは同じだ」
「みんな!」
ソファーでヒシシッと団子状態になる三人。それを見たスパチャは一つ咳払いを挟み、
「落ち着いてくださいお嬢様方。初級試験などは、準備さえすれば始めて三日のプレイヤーでもクリアできるような簡単な内容。要はここをクリアすれば問題ないのです。まずは冷静に突破条件を確認してみてはいかがでしょうか?」
イトは「そういえばそうだった」と我に返り、ポータルから試験の内容をチェックする。
アイドル初級試験。
内容――。
ライズの規定回数のクリア。
ライズ会場の規定数のクリア。
ライズバフ付与の規定数のクリア。
推薦人一名の獲得。
グレイブ探検。(クリア・バトル不要)
試験最終日の人気投票で100票以上の獲得。
以上だ。
「むむ! これは……何とかなりますかね……?」
ジョブ育成プログラムは当然、職によって試験内容が変わる。アイドル職はスカグフでも変わり種なので独特な条件が多く、人気投票はその最たる例。
また、中級や上級になると期間内のコラボ回数や動画閲覧数、コスチュームの着こなしといった、他者からの評価にまつわる項目が多く追加される。初級はそこまでは求められず、当人たちの努力でほぼ何とかなるような内容だ。
「最終日の人気投票以外は、な……」
烙奈が腕を組む。
これは、試験参加者に限らず地区の全グレイブアイドルを含めた突然の総選挙大会となる。アイドル試験が他ジョブの試験と違い、多くのプレイヤーを巻き込むビッグイベントになる理由がここにあった。
ただ、正直これはイトたちにはあまり縁がない。〈サニークラウン〉のような雲上人たちの戦いの場であり、ちりとりアイドルはただただ既定の票数が目標。
「ライズの回数とライズ会場の数は、とにかくあちこち回ればいいとして、バフ付与したお客さんの数もちょっと不安……」
千夜子が不安そうに眉根を寄せるも、
「しかし規定数は十人だ。これくらいなら、普段のわたしたちの活動でも何とかなるはず」
烙奈は落ち着いた意見。
「推薦人っていうのは……あ、アイドル同士で推薦するみたいですね」
「うむ……。言い方は悪いが、身内調査のようなものか。アイドルとして真っ当な活動をしているかどうかを、同業者から見てもらうのだろう。同じ事務所所属でも良いとあるので、これは実質無条件だな」
「ムフフ……これはせっかくですから、とっても有名な人に頼みましょう。もしかしたら推薦人の知名度にボーナスとか付いて、他の条件が緩和されるかも」
善は急げ。
とりあえずサイン一つで完了できるこの推薦人の項目を達成すべく、イトたちは試験用のクエストボードを持ってタウン4へと飛んだ。
※
「ごめんなさい」
「ひいっ!?」
イトは廊下に尻餅をつき、震えた。
タウン4、花丸マンション最上階の玄関前。
イトの眼前では、一人の少女が裸で土下座していた。
「り、り、六花ちゃん!? 何の真似ですかこれは!?」
「誠に申し訳ございません……」
頭を深々と下げたまま、六花はそう繰り返す。
ただ事ではない。スカグフでもリアルでもスーパーアイドルとして君臨する、一挙手一投足が宝石のように価値ある少女が、芯から屈服させられたようなあられもない姿で、手をついて詫びているのだ。
「あわわ、ダメです六花ちゃんがそんなことしちゃ! 他の人にでも見られたりしたら……! って、み、水着? 水着を着てるんですか? その格好は一体……!」
「イトちゃんに対する最大限の謝罪だそうよ」
玄関の先、室内から呆れを含んだ半笑いで告げてくるのは、事務所のおかんこと結城いづなだ。
「このような形で親愛なるイトちゃんを裏切ることになってしまい、本当に言い訳のしようもなく……」
「ひいい、やめてください六花ちゃん! 六花ちゃんを全裸――じゃないか、半裸で土下座させたとか、ファン心理としてわたしが一番に耐えられません! さあ立って。どういうことか説明してください!」
「さあ六花も気が済んだでしょ。〈ワンダーライズ〉ちゃんたちを部屋に入れてあげて。話はそこでしましょう」
いづなと共に六花を立ち上がらせると、意気消沈のミラクルアイドルを左右から支えながら、イトたちは室内へと足を踏み入れた。
こざっぱりとしたリビングが出迎える。
ローテーブルを挟んで置かれたソファーにも特別高級感はなく、マンションの空に時価数兆グレブンレベルの物体が浮いているとは思えないほどの質素さは、〈サニークラウン〉の活動最初期からほとんど変わらぬ風景だという。
「わたしはイトちゃんの推薦人にはなれません……」
布面積の少なめな、しかし健康的な水着姿。桃色の艶が浮いて見える膝を掴んで身を強張らせた六花は、顔を伏せたままそう切り出した。
「わたし月折六花は、今回アイドル試験公式アンバサダーとして任命され、アイドルのみんなに対して不干渉を貫かないといけなくなってしまったのです……」
「それはまた……」
「わからなくもない……」
話を聞いたイトたちは理解を示す。
六花が運営側に。簡単に言ってしまえば殿堂入りだ。強すぎて排除。
前回のアイドル試験にて、六花は最終日の人気投票であまりにも票を独占してしまい、他のアイドルたちの条件クリアを圧迫するという不名誉な伝説を打ち立ててしまったという。
これに対する運営からのこの采配は、特例的とはいえ柔軟ではあると言える。ファンは不満だろうが、彼女の人気が圧倒的なのは他のあらゆるイベントでも明らかだ。
「ホントはね、イトちゃんの推薦人になりたいの。イトちゃんを推せるなら事務所辞めたっていい。あ、待って、やっぱり辞めたくない。イトちゃんがいるから」
「多大なる愛の天使……。ありがとうございます六花ちゃん」
「こんなことになるなら、仕事なんて引き受けるんじゃなかった……。イトちゃんに絶対一票入れたかった……わたしの全想いを込めて……」
「あの……あんまり気にしなくて大丈夫ですよ、そこまで落ち込まなくても……」
迫真の涙を浮かべる六花があまりにもつらそうで、イトは自分たちの窮地も忘れてフォローに入る。
彼女の涙目が、恨めしそうにこちらを見た。
「ぐすっ……。だってイトちゃん、そうしたら他の女の子のところに行くんでしょ……?」
「えっ……。それはまあ」
行かないとアウトだ。それは六花もわかっているはず。
「誰のところに行くの? わたしの知ってる人?」
「ええと、多分そう、ですかね? これから考えますけど……」
「試験が終わったら、ちゃんとわたしのところに帰ってきてくれる……? こんな薄情な女のところに」
「な、何を言ってるんですか六花ちゃん。この白詰イト、いつだって六花ちゃんのおそばにいますよ」
「じゃあ誓いのハグして」
「六花ちゃん!」
「イトちゃん!」
二人はギューと抱き合った。
「これはだいぶメンタルにきているな……」
「しばらくライズが荒れそうで心配だわ……」
烙奈といづながそれぞれ心境を嘆息に混ぜるのを聞きながら、イトは肌面積多めの六花の体温を心行くまで堪能した。
※
「それで実際問題、誰に頼むかという話をしているところに、あなたが来てくれたわけですよ」
所変わって、再び〈ワンダーライズ〉の赤レンガホーム。
ある時期まで綺麗に整頓されていたリビングも、いつの間にかクソガチャ景品による侵略が再開され、今では統一性のないヴィレッジなんとか本屋の状態へと戻っている。
そのソファーに、一人の少女が腰かけていた。
パステルブルーのふわっとしたロングヘアー。
愛川セツナだ。
驚いたことに、イトたちがホームへとファストトラベルして来た時に、扉の外で体育座りで待っていたのだ。それに気づき、慌てて室内へと招き入れた。
聞けば彼女もアイドル試験を受けるつもりだという。
「いやあ、ちょうどいい時に遊びに来てくれました! どうですかセツナちゃん、ここは一つ、相互に推薦し合って条件を突破というのは……」
「ちょうどいい、ですか……」
セツナの対応は静かだった。
さっきまで試験のことで大いに盛り上がっていたのだが、推薦人の話題に入ったあたりから急に彼女の表情が曇り始め、今は何やら耳が詰まるような気圧の違いすら放ってきている。
「わたし、都合のいい女の子ですか……」
「へ? な、何を言うんですかセツナちゃん。そんなことないですよ」
イトは手を振りながら否定する。
「でも、最初には思いつかなかったんですよね……わたしを推薦人にって。違う人のところに行ってたんですよね」
「そ、それはその、セツナちゃんは別の事務所ですし、ゲーム始めたばかりですし、こういうこと頼むのはちょっとその、空気的にあれかなあって……」
「わたしはイトさんたちに推薦人になってもらいたくて来ました。空気読めてないですねわたし……痛い子ですか……?」
「あああ、違います違います。それはあくまでわたしたちサイドからの問題で、セツナちゃんからそうしてくれるのは大歓迎です。何回でもサインしますよ」
「じゃあ三回くらいサインしてください」
「は、はいぃ……」
無論、そんなことをしても意味はないが、冷静に指摘できる空気でもない。
メニューウインドウから立ち上げるクエストボードに渾身のアイドルサインを書き込み、イトはセツナの様子をうかがう。
「そ、それでは、わたしたちの方にも推しの一筆を……」
「イヤだと言ったら――」
「ええっ」
「――言ったら、また違う女の子のところに行くんですよね」
「そ、それはそのう……」
何だか六花にも同じ――そして当然のことを聞かれた。だが今回は何か違う。黒雲が迫り、急に冷たい風が吹くような前線の到来。
「聞きましたよ。白いブレザーを着た可愛い女の子と、手を繋いで歩いてたって」
「そ、それは」
ユラだ。たった一日の制服デート。なぜ知られている。……いや、それはさすがに無理もないか。痣宮ユラが復帰したと誰かが気づいたら大騒ぎするに違いない。
「すっごく仲良さそうで、友達以上みたいだったって……」
「あうあうあう……」
確かに濃厚だった。ユラからのスキンシップが。
イトも望むところではあったが、彼女のあれはタイーホ案件すれすれだったように思う。子猫のように体を摺り寄せては甘い息を吐きかけてきた。
しかしそれも仕方ないことだと思ってもらいたい。彼女はあれだけの激闘を経て、新たな日々を始められたのだ。それくらいテンションが上がっていてもおかしくない状態だった。
けれども、そんな話を今のセツナに聞かせたところで意味があるだろうか。いやない(反語)
理屈が通る隙間なんてない。それくらいみっちり詰まった圧を感じる。猫のヒゲがあったらピリピリしているに違いない。ど……どうすれば……。
「セ、セツナちゃんにどうしても推してほしいなあっ」
ここでイトは唐突に話をぶった切って、大袈裟な声で言った。
ピクッとセツナの頬が動く。
「ほっ、ほら、セツナちゃんとは私生活コラボまでした仲ですし、やっぱり他の人たちの知らないところまで知ってもらってるというか、見ているというかっ……」
ピクッピクッ。
「そういう人に認めてもらえるなら、わたしたちもアイドルとして自信がつくなあって。あー、困りました。セツナちゃんに断られたら、もう誰も味方してくれないかも」
「……もう一声」
「お願いしますよぉぉセツナちゃん。セツナちゃんとわたしたちの仲じゃないですかぁぁ」
イトはセツナの隣に腰かけると、すがるように身を摺り寄せた。
そっぽを向いたセツナの耳が、じわじわと赤くなっていくのが見える。
「し、仕方ないですねイトお姉ちゃんは。中学生の女の子にそんなお願いまでして……」
「じゃ、じゃあセツナちゃん……!?」
「はい。サインしてあげますから、クエストボードを出してください」
「やったー!」
クエストボードに書き込まれたセツナのサインは、可愛らしくもきっちりとした彼女らしいものだった。何を思ったか何度か書き直していたが、やがて納得がいったのかイトにボードを返してくる。
月折六花にも負けない、大切な友人からのサインだ。イトは何だか誇らしくなって、それをしげしげと見つめた。
「な、何ですかイトさん。そんなに推薦人に困ってたんですか?」
「え? えへへ……いえいえ。これ、そういうの抜きに大事にしたいなあって思いまして……」
セツナの白い顔がかあっと赤くなる。
「も、もうっ。そんなの別に何度だって書いてあげます。そんな大袈裟に言わないでください」
「ブヘヘ……照れてるセツナちゃんちゅっちゅ!」
「相手は中学生だよイトちゃん?<〇><〇>」
非営利目的の百合営業が始まろうとした、その時だった。
「お嬢様方、ご歓談中のところ大変申し訳ございません」
突然、スパチャが慌てた様子でリビングへと入ってきた。
「クラン〈ペン&ソード〉のケンザキ様から、“非常に重要”なメール形式にて連絡が入っております。至急、本社に来てほしいと……」
「非常に重要?」
“非常に重要”は郵便の書留に近いシステムで、AIマネージャーやシステムメッセージを介して確実に相手に通知を届かせるサービスだ。行うには有償のチケットが必要になるため、たかがメールのためにそこまでするプレイヤーはほぼいない。
「今わたしたちアイドル試験の真っ最中なんですが……。あの人、わかってますよね?」
イトが唇を尖らせるも、スパチャは緊張した空気を変えず、
「はい。先方の話というのはそのアイドル試験にまつわることで――どうやら〈セントラル〉のトップアイドル“城ケ丘葵”様が、このアウトランドに遠征に来ているようです……!」
歩くだけで百合がこじれる女、イトちゃん。
※お知らせ
次回投稿は一日遅れの4月28日になる予定です。




