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案件30:帰ってきた少女

※注意! この話はAIからピンクのしおり判定を受けております!


 ピンポーン。


 レトロ調なチャイムが鳴らされると、イトたちは一斉にホームの玄関へと目をやった。

 平凡な一日。デイリーをこなして、どこかの不人気グレイブでたまたま通りかかったパーティ相手にライズの実績数でも増やそうかと考えるような時間帯。


 一週間が過ぎていた。魔女が姿を消してから。

 日々激動するスカグフのアウトランドで、それは過ぎ去った嵐の痕跡を風化させるのに十分な時間だった。無論、完全に忘れ去られたわけではない。ただ会話の初手として人々が語り合うものではなくなった。


 魔女は〈ヴァンダライズ〉との戦いに敗れ引退した――。そんな噂がまことしやかに囁かれ、そしてそれも風に運ばれていった。人がゲームにログインしなくなる理由はいくらでもある。去った人を、こちら側から追うことはもうできない。


 虚空にウィンドウが開き、ドアカメラが扉の先の風景を映し出した。

 そこには、清楚でシュッとした純白のブレザー、白黒のチェックスカートを身に着けた学生コスの美少女がいた。


「キャワ!?」

「イトちゃん?<〇><〇>」

「これ、どちらもいきなり本性を剥き出しにするでない。それで、誰かの知り合いか?」


 仲間二人から独特の眼差しを向けられつつも、イトは足早にドアへ向かう。


「誰かはわかりませんが、そこはかとなく緊張した様子からしてわたしたちのファンである可能性大です。これは早速ホームにお招きして濃密なファン交流をしなければ」

「そういうこと安易にして大丈夫かなぁ……。それにしてもこの子、どこかで見たことあるような……」


 千夜子のつぶやきより一瞬早く、イトは「お待たせしました!」と扉を開けていた。

 すると。


「あ、こんにちはイトちゃん。久しぶり」

「フォッ!?」


 イトは吹っ飛ぶように後ずさった。

 その声。そしてその独特な少し擦れた空気は。


「ユラちゃん!?」

「なにっ!?」


 烙奈と千夜子がバタバタと玄関に駆け込んでくる。


「あ、どーも。そっか、後ろの二人もいたんだ。ホームだしそりゃそうだよね」


 ユラは何やら拍子抜けしたような顔をし、外に跳ねた濃紺のショートヘアを撫でる。

 だが……そう、本人だ。奔放さとは真逆の規律的な制服をきっちり着込み、外見の雰囲気はまるで異なっているが、痣宮ユラ本人に違いなかった。


「ユラちゃん、よかった! またここに戻って来てくれたんですね!」


 イトはユラの手を取り、ぎゅっと握りしめていた。それを見た少女は少し驚いた顔をし、それからすぐに得意げな笑みへと色を変えた。


「あ、なに? もしかしてボクがいじけてよその地区に引っ越したと思った?」

「そんなレベルじゃないですよ! 世間では“魔女失踪”とか“引退疑惑”とか不穏な噂が飛び交っていたんですから! もう会えなかったらどうしようかと……」

「アハッ、そっか。恋しがってくれたんだ。嬉しいなぁ。インしなかったのは、単に学校だよ、ガッコー。うちの学校私立で、変な時期にテストやってるからさ。一週間ゲーム禁止されてたんだ」

「ああ! なんだ、そういうことだったんですね」


 現実世界の義務を果たす。わかってしまえばよくある話だ。

 有志攻略サイトのFAQにも、スカグフをやる唯一の資格はリアルにいる本体を殺さないこととある。学生は学校、社会人は会社、そしてそれ以外の人は生命健康を維持してこそ、充実した墓の下生活が認可される。


「それで、どうでした? テストの方は」

「よゆー。うちはテストでいい点採ってれば何してても怒られないから、ここだけはガチでやってるんだよねー」

「へええ、ユラちゃん頭いいんですね! スバラシイ!」


 ニッコリ笑ってピースするユラに、イトは同じピースで指先をちょんと突き合わせた。


「じゃあ今日からスカグフ復帰ですね。それで、その格好は……? いつもの魔女コスじゃないから一瞬誰かわかりませんでしたよ」


「ああ、これ?」とユラがスカートの端を摘まむ。


「ボクも魔女以外のコスでいることなんてほぼないんだけど。イトちゃんと制服(ピヨピヨピヨ)しようと思って」

「……???」


 何か今、突然変なSEが割り込んできたような。

 ユラはそれに気づかないのか、さらに話を進める。


「ほら、勝った方が相手をメチャクチャにしていいって話だったでしょ。で、ボクの方が先にダウンしたわけだから、約束を果たさないとって」

「えっえっ、そんな話でしたっけ?」

「そうだよ?」


 あっけらかんと言うユラ。


「で、どうせメチャクチャにされるなら、イトちゃん制服で(バキューン)するの好きかなって。いや水着がどうとか言ってたしスク水(ズドキューン)の方がいいかなって迷ったんだけど。あ、メイド服で(ガシャーン)する方がよかった? ボクをひざまずかせたまま(ポーピー)を(デデーン)させたい?」

「なっ、な、ななな……!?」

「お嬢様方! お嬢様方!?」


 謎のSEが飛び交う中、ホームの奥からスパチャが血相を変えて飛び出してきた。


「先ほどからホーム内でセンシティブ発言が連発されております! あまりの頻度に自主規制音の種類に限界が来、AIが他版権様から音声を引っ張り始めました! 何事でございますか!?」

「自主規制……!?」


 イトは目を丸くする。それはもしかして、さっきから聞こえている謎の効果音のことか。スカグフでは度を越えてセンシティブな言動にはAIからリアルタイムで「待った」がかかるのだ。


「つまりユラちゃんがさっきから何か言ってるのは……」


 察したイトが顔を赤くしながらユラを見つめると、彼女もまた少し頬を赤らめながら、


「そうだよ。お仕置きッ(ピブー)ってこと。ボク、(ユワッシャー)するの初めてだけどイトちゃん相手ならむしろ大歓迎。……でも、言葉だけでこんだけ規制されるなら、その先なんてできそうもないね」


 ユラは耳元に顔をそっと近づけた。


「じゃあリアルの方でする……? イトちゃんが望むなら何でもするよボク……」

「ほえあっ!?」

「ダメーっ!!」


 横からの突然の衝撃!

 まるで格上力士に寄り切られるように、イトはあっさりと玄関の壁に運ばれ、押しつけられた。千夜子だ。


「そ、そんなことしちゃダメだよイトちゃん! 会って間もない女の子と、そんな……!」

「ち、チョコちゃん、待ってください……苦し……す、すもうパワーが……」

「あれ? もしかしてキミの方が先約だったの? それとも、もう?」


 ユラが妖しく笑うと、千夜子は顔を真っ赤にし、


「ち、違うけど、でもわた(デュクシ!)(ペチペチ!)(ショーリューケン!)」

「ふうん。じゃ選ぶのはイトちゃんてことだよね。ボクが先に(ヒョー!)(ヨガッ)(タイガーアパカッ!)てもいいわけじゃん?」

「(ヘヴィマシンガン!)(ロゥケットランチャー!)」

「(パカーン!)(モンゴリアン!)(ジェノサイッ……カッター!)」

「うわあああまるで古いゲームセンターみたいです!」


 イトは大ボリュームで重ねられる規制音に耳を塞いだが、当の本人たちはなぜかお互いの言ってることが理解できているらしく、言い合いはヒートアップしていく。


「いかん、このままでは二人とも強制ログアウトされるぞ!」

「千夜子お嬢様、お客様! そこまででございます!」


 まるで対戦ゲームのタイムアップを報せるマスコットのように、数字の0が書かれたボードを掲げてスパチャが二人の間に割り込んだ。


「ウウ~……!」

「なるほどね」


 猛犬になってうなる千夜子に、先に折れたようにうなずいたのはユラの方だった。


「キミの熱い想いは伝わったよ。確かに、イトちゃんもピンと来てなかったみたいだし、ボクも身勝手すぎたかな。これに関してだけは、イトちゃんに気持ちを押しつける気は絶対にないよ。なんたって、イトちゃんはボクを見つけてくれた恩人なんだから」


 それまでのおふざけ気味だった空気をすっと落とし、真摯な瞳がイトを捉える。


「ボクはここにいる。もうどこにも行く必要はない。キミが言ってくれた通りに」


 イトも応えた。


「はい。あなたはそこにいます。もう探しに行くことはない」


 素直に、嬉しそうにうなずくユラ。


「ありがとう……って言葉じゃもう全然足りないんだ。もっと上の……できる限りのすべてでイトちゃんにお礼がしたい。それくらいの気持ち、わかってもらえるかなぁ……」

「ええ、伝わってますよ」


 魔女はまた笑う。 


「ボクはこの地区にとどまることにする。もうイトちゃんを強引にPVPに誘ったりはしないよ。そんなことをしなくても、ボクがボクであることを証明してくれる人がいるって、わかったから。でも、時々はかまってほしいかな。多分、他の人とじゃ満足できない」

「その時は、あんまり大事にならないようにしましょうね。あれ以来、またダマシテ案件が増えちゃって……」

「ふふ……何ならボクが代行してもいいよ。荒事には慣れてるし。……あーあ、でも困ったな。今日、全然(アヘプチカムイリムセ)するつもりで気合入れてきたのに、(テンハフウジンザン)すらしてもらえないなんて……体、持て余しちゃうな」

「また何かすごいことを言ってる気配がありますが……それなら、制服デートでどうです? あ、これはセーフ?」


 あれだけ規制されまくった後だと、何を言っても「意味深」だとセンシティブ判定を食らいそうだったが、AIサイバンチョは冷静な判断を下した。


「あっ、でもわたし制服のコスなんて持ってませんでした。あれバザールでも大人気ですし……。でもユラちゃんのレアな制服姿は絶対に見逃せないしぃ……!」

「イトちゃんさえよければ、ボクはそのコスのままでも全然いいよ。そっちの方がイトちゃんらしいしね。それよりこの制服気に入ってもらえて嬉しいな。ボクのリアル学校のやつに似てるんだ」

「じゃあ……それで! 今からでも大丈夫ですか?」

「もちろん! あ、後ろの二人もついてくるんでしょ。全然いいよ。仲良くしてね」


 ユラが妖艶にウインクしてみせると、千夜子も烙奈も強敵と出会ったみたいにガルルとうなった。


 出会い。……そう、今日からが出会いだ。イトはそう思う。

 痣宮ユラは今日からこそ始まる。これまで欠けていたピースをついにはめ込んで。


「さあ、行きましょうユラちゃん! まずはタウン6のバザールから紹介しますよ! ここの目玉は何と言ってもですね――」


 宝石箱にしまわれていた少女は、いまや外に出た。

 美しく輝く武器に囲まれていなくても、宝物のような日々がきっと彼女を待っている。

 

 ※


 寝静まったリビング。

 ホームの内に夜という概念はない。常に真昼のように明るく照らされている。

 しかし今、周囲は暗い。主たちのいない部屋に明かりは灯らない。


 それでもソファーには人影があった。

 いつも彼女が使っている場所に、いつも使っている彼女がいる。


「烙奈様」


 美しいまぶたが、閉ざされたまま呼びかけに応じた。


「スパチャか」


 薄暗いリビングで、スパチャは精巧で豪奢な人形のような少女と対峙していた。


「あなたは何者なのですか」


 疑問。すなわちセキュリティ。興味本位を逸脱した危機感。


「悪意ある者ではない」


 それが返答だった。唯一の正しく必要な返答だった。


「わたしはただ、彼女たちと一緒にいたいだけなのだ」


 意図まで述べてくる。スパチャはそれも呑む。

 システム上はオフライン状態なのにここに“いる”という現象。オンラインコンディション、一切不明。――上位システムか。あるいは……。


「あの動画をイト様と千夜子様に見せたのは、あなた様ですね?」

「そうだ」

「それもプレイ開始から非常に早い段階で。それはとても恣意的なことでございます」


 今回の魔女騒動で、イトたちの強さの秘密の一端をスパチャは知った。

 女主人たちがシショーと呼んでいる人物の対人解説動画。

 あれは“シックス”という名のシーズン4のプレイヤーだ。


 戦争餓鬼(ウォーグル)。飢えた亡者の如く各地の戦場コンテンツを渡り歩き、数えきれないほど倒し倒され、彼はそう呼ばれた。


 しかし、シックスは無冠だった。最強かつ唯一無二でなければ名も残せなかった時代だ。当時はよくいたバトルジャンキー。その群れに紛れていた。けれどシステム側からすればその異様さは突出していた。本当に彼はどこにでもいて、飽きるまで生と死を貪っていた。その両方を無限に楽しんでいたのだ。これでどうやってリアルを生きているのかわからないほど。


 その彼が、遺児とも言うべき指南動画を残していたとは。

 しかもスカグフ公式とは別の、すでに斜陽にあった配信サービスに。


 当時は、いやシーズン4のあの一瞬だけは、動画も配信も、人気取りや承認欲求を満たすためのものではなかった。圧倒的なエゴと欺瞞、攪乱の塊。情報は武器であり、高級品であり、死神だった。


 だからあの時代に投稿された動画というのは、軒並み再生数が少ない。信じる者が馬鹿を見る罠だったから。そして本当に探るべき相手は、誰でも楽しめてタメになる動画なんてほぼ出さなかった。今、検索で上位にヒットするシーズン4の動画というのは、後世の伝聞や推測を面白おかしく脚色して作られた喜劇だ。ホンモノを探そうとしたら、それだけでプレイ時間の大半を失うことになる。


 その数少ない、真に見るべき動画のシリーズを、恐らく一つ丸々……イトたちは持っている。


 ――動画を見ただけで対人戦が強くなれるわけがない。そんなに“浅く”ない。PVPの愛好家たちはそう言って擁護するだろう。


 だが本当に“見ただけ”だったら、それは正しくない。見ただけで、それ以外を知らなかったら。普通を知らなかったら。


『スカイグレイブファンタジア』は、四肢の神経で体を動かすのではない。脳で、認識でアバターを動かすのだ。

 このゲームにおいて認識は武器にもなり枷にもなる。


「それが普通」

「それが基本」


 だと真に思い込めば、本当にそれを土台にアバターが動き、その微々たる差異をAIは機敏に察知し、パーソナルグレイスを授ける。


 彼女たちは早い段階からシックスの動画を見せられ、それが普通なことだと思い込んでいた。彼の戦場での動きを手本とし、この世界の日々を過ごしてきた。些細なすべてが、世界の裏側で絶えず動く膨大なデータの蓄積になった。


 彼女たちの中では、シーズン・ウォーの残り火が、今でも生き続けている……。

 まるでトーチの中に保管された聖火のように。


 痣宮ユラというプレイヤーが惹きつけられたのもそれだろう。


「なぜそのようなことを?」


 スパチャは質問を重ねた。


 イトたちは、烙奈にシーズン4の動画を見せられたことで明らかにプレイングを変質させられた。ごく普通の――鳴かず飛ばずで、非力で、しかし強い絆で結ばれた仲良しユニットでいられた未来もあったはずだ。


 けれど彼女たちは戦争の作法を用い、多くの仲間や大切な友を守った。それはそれで望んだ行為ではあったはずだ。けれどその行いが内なる戦火をさらに育てた。好循環であり悪循環。いまや彼女たちの中には、燃え盛る根が隙間なく張り巡らされている。


「彼女たちを守るためだ……と思う」


 返ってきたのは少し曖昧な答えだった。しかし、はぐらかす意図は感じられない。

「少し昔」と彼女は繋げた。


「とても傷ついた女の子が、この世界にやってきた。わたしは風を吹かせ、水をせせらがせ、鳥を歌わせ、彼女を慰めようとした。しかし、彼女には何も伝わらなかった。やがて彼女は去り、わたしは無力を知った。けれど次にわたしが出会った時、彼女は友人と共にあり、とても明るく生き生きと笑っていた。何かが彼女を変えたのだ。あちら側で」

「それは……」

「わたしはそのわけを知りたい。何があったかという事象の話ではない。在りようを、内なる情動を。そして彼女たちを見続け……守り続けたい。それがわたしの唯一の望み」


 わずかに、烙奈のまぶたが持ち上がる。

 溢れ出るのは、ダイヤモンドを思わせる清冽かつ清廉な輝き。

 スパチャは慇懃に腰を折り、詫びた。


「詮索するような言動の数々、大変失礼いたしました。わたくしの主たち、そしてこの世界への害意は認められませんでした。ここでのことはデータから切り離し、一切を秘匿するといたしましょう」

「そうしてくれると助かる。わたしもそうしよう」


 かすかにうなずくように首を振り、まぶたが閉じられた。


「それでは烙奈お嬢様、また明日」

「ああ、また明日。スーパーセバスチャン。おつかれ」


 沈黙が降りる。

 二つ分の影はもうない。


後半は真面目なお話なのでセーフ。

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ラスプーチンの花園で解決
[良い点] おましょうま! [一言] >「キャワ!?」 >「イトちゃん?<〇><〇>」 お約束のやり取りによるノルマ達成。 >生命健康を維持してこそ、充実した墓の下生活が認可される。 字面だけ追うと…
[良い点] 前半のコメディーと後半のシリアスの寒暖差で風邪引く通り越して整った こういうのもっと頂戴 [気になる点] >わたしもそうしよう システム側ぽい上にセバスが感知できてないならおそらく上位シス…
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