案件29:わたしはあなたを見つけた
「やっぱり来てくれた」
隆起する岩盤の上。周囲には高熱の溶岩がうねる灼熱地獄の頂で、ユラは火を写し取った瑞々しい双眸を笑わせる。
「誰もここには来てくれない。誰もわたしのところに来てくれない」
歌うように彼女は語った。
「みんながボクに言うんだ。異常だって。やりすぎだって。もっと普通にゲームしなよって。でもさ、ボクに言わせりゃ人なんてみんな異常だよ。お互いを許容できる異常者たちが家族だとか友達だとか言って集まってるだけ。だから親しい人でもイヤなところはとことんイヤでしょ? そりゃそうだよ。だってそれは単なる“違い”じゃなくて“異常”なんだもん。異常はイヤ、異常は認められない」
高価な人形付きオルゴールのように、ユラはその場でくるくると回ってみせた。天に突き立った小さな舞台で、悠然と、優雅に、独りぼっちで。
「ボクはね、この世界が好きだよ。剣が綺麗だし魔法が綺麗だし、どれもボクに味方してくれる。空の景色も幻想的で好き。こんなに好きな世界、他にない。だけどね。だけど一つだけ、イヤなことがある」
ぴたりと回転を止め、静かにエメラルドグラットンを引き抜く。幅広の刃に顔を映しながら、彼女は告げてくる。
「この世界では、もう戦いはずっと昔に終わってた。オワコンだったんだよ、対人戦。これだけボクの好きなものが揃ってるのに、そこだけは足りなかったんだ。シーズン4……ずっと前だよ。キミは経験ない? 楽しそうなコンテンツがあったのに、それがとっくに終わっちゃってたこと」
新しいコンテンツが次々に増設されていくMMOではままあること。どこかでテコ入れが入れば再び日の目を見ることもあるが、放置され、なかったことにされることの方がよほど多い。
「あの時代にいたかったなあ。毎日が戦場で、飽きるほどPVPができて……どんな手を使ったってそれが普通。相手も容赦なくやってくる。そんなヒリつく世界。どうしてボクを置いていっちゃったんだろ。みんなどこ行っちゃったんだろ」
だったらそういうゲームに移ればいい――そんな回答は間違っている。
彼女はこの世界でそれをしたいのだ。好きな武器に、好きな景色に、囲まれて。
「イトちゃん」
ユラの目がこちらを向いた。青白く燃える瞳。
「キミだけ。キミだけなんだ。ボクをそういう目で見てくれるのは。本当に相手を打ち倒すだけの目。その後に何も求めていない目。それはきっとシーズン・ウォーの目なんだよ。きっとそうさ」
そう言われてもイトにはわからない。
スカグフを始めたのは最近だしシーズン4なんて昔のことは知らない。
それでも。
「わたしはあなたを見つけました」
静かに、強く、そう伝える。
ユラの肩がピクリと揺れるのがわかった。
「あなたはずっと探してた。あなたのことを見つけられる相手を。……わたしです。それはわたしです。待たせてしまってごめんなさい」
「イトちゃん……?」
「わたしも同じでした。見つけてほしかった。……見つけてもらった。だから今、こうしてここにいます。だからあなたも……もう旅をする必要はありません」
呆然と見開かれたユラの目から、じわじわと波の感情が顔に広がっていくのをイトは見た。体を覆っていた重い暗闇が、徐々に剥がれていくような感覚。それを知っている。その嬉しさ、その温かさを知っている。
「イトちゃん、それ本気で言ってる?」
彼女が聞いた。野放図な態度の一枚下に、絶えず揺れる心が見える慎重な問い方。
表に出たい。でも出せない。それは無防備な本当を晒すことになるから。
「本気ですよ」
ノータイムで答える。大切な話。
「わたしは今、あなたを見ています」
「ハハッ……」
小馬鹿にしたような笑い顔。でもそれはすぐに、涙で潤んで。
「遅いよイトちゃん。ボク、ずっと待ってた。ずっと探してた……!」
「はい。ごめんなさい。でも、ようやく見つけましたから。もう大丈夫です……!」
どうして自分なのかは、わからない。
けれど、あの〈ペン&ソード〉の社長室で話した時。そしてフレンド登録を断った時、気づいた。彼女が求めているのは、自分を理解してくれる者。自分を憐れみでも許容でもなく受け止めてくれる誰かだと。
彼女の苛烈なまでの対人戦志向は、彼女にとってごくありふれたものなのだ。自然と身の内に現れ、育ったもの。この世界ではシーズン4に置き去られた古い感情。時代遅れの一方的な恋慕。それをずっと抱えている。
そのユラが、どうしてか自分に強いシンパシーを感じている。
理由はわからない。何となく対人戦が強いことと関係しているのかもしれないし、違うかもしれない。
でもそれは重要じゃない。大事なのは、彼女を見つけられたこと。
あの人がわたしを見つけてくれたように。わたしもこの子を見つけた。
もう決して、独りぼっちにはしない。
「さあ、始めましょうユラちゃん。あなたの始まりを」
「……イトちゃん……どうしよう。ボク、すごく嬉しくて……怖い。もしキミがここにいなかったら……もしキミと出会えていなかったらと思うと、たまらなく怖くて……そして嬉しい!」
同時に地を蹴った。
安物のバスターソードと最高級のエメラルドグラットンが激しく打ちあう。
ユラはすぐさま武器を切り替え、矢継ぎ早に連携を仕掛けてくる。
赤光のロッドから至近距離で放たれる魔力弾を、イトは寸前でかわす。バスターソードでの反撃。ユラはのけぞるように避け、即座に持ち替えた蒼のロングソードで下がりながらの斬り上げ一閃。イトはこれも回避――。
速い。やはりユラの動きは圧倒的に早い。常人の1.5倍……武器切り替えの目まぐるしさも含めれば、それ以上の体感。
でも見ろ。よく見ろ。見なければ何も見えない。
イトは自分を内側から急き立てる言葉に従い、瞬きも忘れて相手の動きを凝視する。
相手を見るのが怖かった。相手の気持ちが見えるのが怖かったその両目で。
「ハハッ!」
ユラが笑った。
「すごいよイトちゃん、全然当たらない!」
ここまで、互いの攻撃はすべてかすり傷にも届かなかった。
仲間と戦っていた時とは明らかに何かが違う。イト自身にも違和感。
それに、時折ユラの宝石のような剣に走る、夕焼けのような色は一体――?
「そっか。そっかそっか。イトちゃん、キミはボクの力を読んでるんだ」
蒼い双眸から涙のような光をこぼしながら、彼女が言った。
「……!?」
突然、エメラルドグラットンの幅広の刃が顔の前に突きつけられる。シールドバッシュとは違う無害な行動にイトは反応を鈍らされた。そして、はっとなる。
顔が映り込むほどに研磨された宝石の刃の表面。そこに灯る二つの光。
自分の両目に落日のような橙色の輝きが宿っていることに、イトは初めて気づいた。
「キミの反応は早すぎる。“起きてから”じゃ間に合わない、“起こる前”に動いてる。ボクの力の流れを読んで、それを追跡してるんだ!」
力。追跡者。
フロートラッカー。わたしのパーソナルグレイス。
そういう……ことか!
「ユラちゃん、ありがとうございます。わたしをまた見つけてくれて!」
「ホント? あははっ! ああ……好き! ボク、イトちゃんのこと大好き!」
再びの打ち合い。さっきよりももっと早く。二人が溶け合ってしまいそうなほどに。
足元からの衝撃がイトを襲った。ユラに対しても同様に。
激しい戦いに耐えられなくなったように、狭い足場が崩れ始めていた。下は溶岩の海。ここが沈むまでもう時間はない。
イトは荒く息をしていた。ユラも荒い息遣い。どちらの額にも玉の汗。
このゲームに疲労というコンディションはない。動きが鈍ったり武器を振る腕が重くなったりすることもない。それでも世界は、二人の熱情を余すところなく表した。
「そろそろケリをつけようか……!」
「はい。そうですね!」
異様な充実感がイトの胸を埋めていた。お互いの隅々までを満たし合ったような、そんな感覚。問うまでもなく、魔女も同じ顔をしていた。
最後の集中力を振り絞る。
「さあ来いユラちゃん! わたしとケルベロスが相手です!」
「行くよイトちゃん、これで終わりだああああッッッ!」
双方が防御を捨てた構えで、地を蹴ったその時。
――ガアアアアアアアアアアアオオオオ!!!!
突然、溶岩の中から白骨化した巨大なドラゴンが姿を現した。
!!!??
火竜兵!!?
イトはその怪物を知っていた。グレイブ攻略中、テントの中でたびたび見せてもらったからだ。
巨人型のドラゴン。それがこのスカイグレイブ〈熱光の火竜兵〉の番人。
ユラが倒したと聞いていたのに、この姿――。まさか第二段階があった!?
すでに攻撃モーションに入っている。
止められないし、突進の軌道も変えられない。火竜兵は腕を振りかぶっている。このままじゃ二人とも叩き潰される!
その瞬間。
ユラが武器を持ち替えるのが見えた。
エメラルドグラットンから、深海石の蒼剣へ。
そしてイトの攻撃を受けた。
これまで、ユラはバスターソードの攻撃は同じ大剣でのみ受けていた。衝撃力の違いから、剣やロッドでは受けきれずに吹っ飛ばされることを知っていたからだ。
それを敢えて受けた。そして吹っ飛ばされる。火竜兵目がけて。
「ユラちゃん!!」
吹き飛ばされたユラはそのままの勢いで、火竜兵の頭蓋骨に、今度こそ正しく持ち替えた緑の大剣を突き立てる。耳をつんざくほどの竜の悲鳴。そして空いた穴に赤光のロッドを突っ込むと、内部で魔力を爆発させた。何度も何度も。
――ギャアアアアアアアア!!!
吠え猛り、暴れ狂う巨大白骨竜。しかしユラは必死にロッドにしがみつき、攻撃をし続ける。
何度爆光が弾けただろう。
ついに火竜兵は、断末魔の叫びをマグマのような赤い光と共に世界に放った。
急速に力を失い、マグマの中へと沈んでいく。
「ユラちゃん!! 戻ってください!」
イトは叫ぶ。ユラは頭蓋骨の上。今の攻撃で気力を使い果たしたみたいに、ロッドにすがりついている。
遠い。手を伸ばしても少しも距離が縮まらないくらいに遠い。
「こんな、こんな終わり方……!」
懸命に叫ぶ。
ユラの方だった。あの時、助かる道を模索してくれたのはユラだけだった。自分は何もできなかった!
彼女は帽子を上から抑え、目元を隠すように押し下げた。まるで別れの挨拶ように。
魔女が沈んでいく。偉大なる竜の巨人の亡骸と共に。
それが、彼女が最後に見せた姿だった。
それから一週間がすぎても、ユラは十七地区に現れなかった。
次回が魔女編のラストとなります。




