案件28:三重武器の殺し方
三対一。数の上では圧倒的優勢。
しかし装備の性能差で並ばれ、プレイングで突き放される。その公算大。
唯一の勝ち筋は、試合運び。
シショーの言ったことを忠実に守ることだけ。
「イトちゃん、どうか負けないで……」
レザードレスアーマーの背中を摘まむような六花の祈りを受け、イトはバスターソードを低く構えた。
「行きます!」
「わっ、イトちゃんから来てくれるなんて」
突っ込むイトに、ユラは艶やかな笑顔で体を後ろに流す。
羽でも生えているかのように軽やかに後退した魔女目がけ、大剣の基本攻撃を二度、三度。エメラルドの大剣で受けるまでもなく、ユラはひらりひらりと蝶のように攻撃の真横を抜けていく。
「積極的なの嬉しい。でも、そんな普通なのじゃつまんないよ。ボクには何してもいいんだよ?」
「物事には順序がありますから!」
イトはわずかに体を横へとずらす。
空いた空間をなぞるように、後方の烙奈からの射撃が走った。
「おっと」
大剣をブルーの長剣に素早く持ち替え、以前のように撃墜。
かぶせるように千夜子の殺人レーザー。これもロッドの魔法障壁でガード。
レーザー末尾の飛沫がユラの視界を大きく塞いだ瞬間を狙い、イトは再度バスターソードで攻撃した。
ガツッと壁でも打ったような重い感触。晴れたレーザー片の光の先に、盤石なグリーンの大剣が現れる。
「イトちゃん、ぬるーい」
「……!」
クスクス笑ってくるユラへ、攻撃順を変えながら再度アタック。が、それらもすべて的確な対処で防がれる。タイミングにも遅れはない。
「なーに? もしかしてボクがミスるのを待ってるの? ダメダメ、そんなことしないよ」
確かに、こんなことを何百回やっても彼女は失敗しないだろう。もっと大人数からの猛攻を彼女は凌いでいるのだ。
攻撃を視認してからの装備交換が早すぎる。まるで同時に二つの武器を操っているかのようだ。これは――。
「おい、何か予想と違くないか……」
「確か二刀流系のパーソナルグレイスなんだよな? あいつ……」
見守るシンカーたちからも戸惑いの声が漏れ始める。
異なる武器での同時攻撃。それらしきものを彼女はしていた。だから、そういうパーソナルグレイスを持っているのだと思われていたが。
「あれ……? 何だ、もしかして誰も気づいてなかったの? ボクのパーソナルグレイス」
周囲の声を聞きつけたのか、ユラは薄笑いの目をあたりへ向けた。
「〈アドバンスドシフト〉。普通でしょ?」
……!!?
驚きの波紋が場に広がる。
イトも自分のパーソナルグレイスを調べていた時期があったから知っている。
それくらい有名。
〈アドバンスドシフト〉。
それはもうメチャクチャに――平凡で凡庸なパーソナルグレイスだった。
個人に一つだけの特別なスキルと言いながら、実際にはいくつかの“カブり”が報告されている。〈アドバンスドシフト〉はその中の一つ。
機能はシンプル。武器の持ち替えと同時に攻撃を一発繰り出せる。それだけ。
通常の武器交換にはわずかなタイムラグがあり、即攻撃とはいかない。これはその時の隙を完全に消すもの。二重武器以上のスタイルに対応したパーソナルグレイスで、それゆえ該当者への発現率は妙に高い。
そして効果も小さく、地味だ。
もっと派手で決戦的なパーソナルグレイスが数多く発見されている中、あまりにも小さい恩恵。
そう思われていた。今までは。
「もしかして、二刀流か何かだと思われていた? そんなのダメダメ。同時に二つ持ってたら交換する楽しみがないじゃん」
ケラケラ笑うユラ。
その常識を、これから彼女が壊す。
「これはさ、こう使うんだよっ」
一足飛びに襲いかかってくるユラ。
振り下ろされるエメラルドグラットンをバスターソードで受ける。飛び散る緑の魔力光。直後、視界の下から迫る青い光にイトは目を剥いた。
「あっ……つッ!」
ギリギリ。ギリギリで、無理矢理下げた柄頭でのガードが間に合った。持ち手に当たらなかったのは奇跡だ。しかし、そこで弾けた青い魔力光が終わらぬうち、ロッドの赤い光が眼前で膨れ上がる。
「イトちゃん!」
背後から耳元を閃光がかすめ、目の前の赤光へと突き刺さる。
貫通と共に霧散した赤い粒子から、転がるようにしてイトは退散した。
「ありがとうございますチョコちゃん!」
エメラルドグラットン、深海石の青剣、終わりなき日没の赤光の三種武器による連続コンボ。千夜子が防いでくれなかったら最後はもらっていた。
「見たかイト。彼女の攻撃は変幻自在だ」
「はい……!」
烙奈の緊迫した呼びかけに応じて、イトはユラを見据え直す。
常識的な考えとして、攻撃を受け止められた場合、それを元の位置に戻す工程が存在する。たとえば振り下ろし攻撃を受け止められてしまったら、もう一度振り上げるか、引くか、どちらかの動作が必要になる。
しかしユラの場合、武器を即座に持ち替えることでその動作を吹っ飛ばす。攻撃モーションの終わり際をキャンセルできるのだ。直前の姿勢などほとんど関係ない。だから次の攻撃が読めない。次の武器も読めない。そしてそれは〈アドバンスドシフト〉によって最速で飛んでくる。
攻防一体の一人コンビネーション。
その複雑なルートを、本人が正確にコントロールしている……!
場に新たな戦慄が染み渡るのをイトは体感した。
これは技術だ。スキルの恩恵は微々たるもの。それをユラというプレイヤーがここまで磨き上げた。
対人戦で好成績を残す者の中には、ただただパーソナルグレイスがチート級というプレイヤーも少なくない。ただそういう人物は、「本来そのレベル帯ならできていて当たり前の技術」がないため、より高位のプレイヤーに簡単に突き崩される。
ユラにそうした隙はない。とんがり帽子の天辺からブーツのつま先まで、暴力という名の実力がみっちり詰まっているのだ。
「誰も勝てねえわけだ……」
「サイッキョ……!」
そう。三重武器は最強。
こと攻撃面に関しては。
つまり、
(ここまではシショーの動画通り……!)
一昔前に流行った、キャラクターボイスチェンジャーの声が淡々と述べる。
――二重武器は「対応型」です。苦手な距離を作らないため、遠近両方の武器を持つのが基本です。したがって攻撃の時は一つしか使わないケースがほとんどです。
――対して三重武器以上は「対応強要型」です。防御の時よりも攻撃の時に頻繁に武器を切り替えてくるため、受け手は多くの対策を強いられますが、騙されてはいけません。あいつらはそれが楽しいからやってるだけで、作戦でも戦法でもありません。元々攻められたらまともな防御なんてできないので、いっそ放っておきましょう。
ではどうすればいいか?
「あれ……? イトちゃん思ったより魔力ダメージ受けてないね」
「ええまあ、一応対策を……」
イトはわずかに襟元を下げた。
無節操にジャラジャラとネックレスが下げてある。
「使い捨てのアミュレットをそんなに? でもそんな安物だと貫通ダメージを抑えられるくらいだよね。そっか、直撃は全部手動で防ぐ気なんだ?」
「予算の都合上……そうなります」
「あはっ。いいなぁその覚悟! ぶっ壊しがいがあるよ!」
ユラが緑の大剣を担ぐ姿勢で再び跳躍。いよいよ本格的な攻勢に入る。
アミュレットで魔法耐性を上げているとは言え、直撃は厳禁。イトたちは防御に専念することを強いられる。
ユラの攻撃は予想通り、三つの武器を駆使しての多彩なものとなった。距離感もへったくれもない。至近距離でも平気でバンバン遠距離魔法を撃ってくる。
最初はイトたちに声援を飛ばしていたギャラリーも、その猛攻にだんだんとトーンダウンしていった。あまりにも一方的。これではなぶり殺しだ。
しかし――。
「あれ……?」
イトのライフバーが六割以上削れたところでユラが気づいた。
「何かおかしいな。イトちゃんはともかく、他の二人がまだ倒れてないって」
周囲もはっとなる。
イトたちのHPは、三人ともほぼ横並びだった。
均等にボコられているとも言えるが、前衛を務めるイトが後衛二人と同じというのはいささか奇妙。
「攻撃を散らされてる? ボクとしては普通にやってるつもりなんだけどなー……」
怪訝そうに首を振るユラに何も返さず、イトは静かに作戦を続行する。
――三重武器は攻撃が大好きです。なので、攻撃させましょう。
――攻撃の初撃が相手に触れた場合、三重武器は必ず連携行動に入ります。感覚的にそう動くようにできてます。でないと武器三つなんて扱えません。
――なので、もしこちらが複数いる場合、ダメージ係を決めておくと、他のプレイヤーはその間安全になります。ただし横から隙を突こうとすると反撃してくるのでプレッシャーをかけるだけにしておきましょう。まともな三重武器ならそれで引きます。
(本当にそうなってる)
イトは内心での驚きを隠せずにいた。
どうしてシショーはユラの動きをここまで正確に言い当てられたのだろう。まるで彼女をどこかで見たことがあるみたいだ。
ダメージコントロール。イトたちは必死にそれを行っていた。
その時一番HPが残っている者が囮になり、ダメージを受ける。受ける攻撃はとにかく全力ガード。下手に回避など考えずガード姿勢で受けることが重要。そうすればユラはそのまま攻撃に移行する。
無論、全部一撃必殺なユラの攻撃。何度も受けられるものじゃない。実際のところ、ダメージ係を担当したのはそれぞれ二回だけだ。攻撃を捨て防御に徹してこの窮地。ジリ貧なのは誰の目にも明らか。
しかし。
――その間に意地でも探してください。
「まあいいや、後ろの二人に用はないし、そろそろ倒れてもらおっと」
ユラが狙いをつけたのは千夜子だった。あの折り鶴は彼女から見ても厄介なシロモノだったのだろう。
残りのライフバーは皆短い。次はもう受けきれない。一人ダウンすれば、二人目も三人目もすぐだ。
イトはユラの動きに目を凝らす。最大限注視する。
――三重武器は単調なバトルが嫌いです。三つの武器というスタイルがすでにそう白状しているようなもの。なので必ず攻撃のパターンを変えてきます。その中に見つけてください。足払いが差し込める隙を。
(来たっ……!!)
大剣の大技の一つ。深く踏み込んでの強烈な縦斬り“ハンニバルバルカ”!
ここで差す!!
「ッッ!?」
すでにスキルのモーションに入っていたユラは、イトの繰り出した“くるぶし割り”を回避できなかった。ここまで我慢に我慢を重ねた一撃だ。絶対に外さない。
たまらず転倒するユラ。
「チョコちゃん、烙奈ちゃん!」
イトはすぐにバスターソードを振りかぶる。
ヴァンダライズの構え!
わっとギャラリーが沸いた。
それと同時に千夜子と烙奈が倒れているユラ目がけて追い打ちを開始。転倒中の追撃はゲームシステム的に大幅なダメージ軽減が入る。しかし、二人がかりの総攻撃となればバカにならない。ユラが間合いを離すように転がって逃れる。
強制的にケルベロスの位置!
「でやああああああっ!」
イトはチャージしていたヴァンダライズを解放した。スリー・ワン・ワンの入り口、チャージ3。
「ぐっ……!」
ヒットした。転がり退避の終わり際に入る強烈なゴアカウンター。ユラの表情が歪む。
ギャラリーが歓声を上げた。大勢がこの光景を見てきた。ごっそり削れ落ちるユラのライフバー。人々からの『スリー!』の大合唱。
(もう一回……!)
よろけるユラ目がけ、ヴァンダライズチャージ1。ダメージ硬直中に確定する一撃。軽装の彼女なら、これでほぼ致命傷――!
しかし。
「!?」
大量の光を撒いて、ユラの体が急速に後退した。
「“エスケリュージョン”!」
誰かが叫んだ。
ロッドのスキルで、一度だけダメージ中でも完全無敵&高速後退できるエスケープ技。間合いを詰められたら一気にピンチになる魔法職の切り札だ。しかし――。
いつの間にロッドに持ち替えていた?
彼女が直前に握っていたのは大剣だったはず。
転倒中にも、よろけ中にも、そういった操作は不可能できない。
「ギリギリ……」
ユラが興奮と憔悴をない交ぜに声を絞り出す。
「ハンニバルバルカが一瞬早く、その子に触れてた。だから切り替えられた……」
「……!」
イトは思わず奥歯を強く噛んだ。
ユラの攻撃は千夜子に届いていたのだ。そしてその瞬間、攻撃をキャンセルした。あの一瞬でユラはそこまで判断した。嗅覚がケルベロスを察知したのだ。
(ここまでたどり着けたのにっ……!)
三重武器プレイヤーの心理を突いたシショーの作戦は正しかった。
しかし最後の最後で、彼女の瞬発力はそれを上回ってきたのだ。
「全部罠だったなんてね……」
ユラの目が輝きだす。滾る興奮を抑え切れないみたいに。
「どうしてだろ。ボクのすること……ううん、したいことまで全部読まれてたみたい。すべてはこの攻撃を当てるため。……ケルベロス。そんなレトロな一発のために、ここまでずーっとずーっと我慢してたなんて」
魔女は最高にギラついた笑顔を見せた。
「やっぱりキミは最高だよイトちゃん。ボクは今、自分がここにいるってことを誰より強く感じてる!」
突然、地響きが足元を襲った。
ここはスカイグレイブ、空飛ぶ岩塊だ。地震などではない。空墓そのものが震動している。周囲からマグマが噴き出した。
「ステージもボクのテンションに合わせてくれるらしいや。空気読めるよねここのAI!」
あたりから流れ込んでくるマグマを前に、シンカーたちは慌てて避難する。同時に、隆起する岩盤がユラを上へと連れ去った。道が二つできる。上か、下か。
「イトちゃん、逃げないと溶岩に呑まれちゃう!」
マグマの川の向こうで六花が必死に呼びかけていた。
「そうだよ! もう十分やったよ! 戻って来て!」
「これ以上はどちらも自滅するだけだ。ドローで十分だろう!」
千夜子も烙奈もあちら側。
彼女たちの判断は正しい。今ならまだ逃げられる。先に進んでは焼き殺されるだけ。ユラがそうなるように。
「まだです。まだ終わってない」
イトは友人たちを見据え、バスターソードを強く握り直した。息を呑む表情。
「どうしてそこまでするの……。これ以上は何にもならないよ……?」
悲愴感さえ漂わせる六花の問いに、イトは優しく微笑んだ。
「わたしは彼女を見つけました。わたしがそうしてもらったように。だから……行ってきます!」
きびすを返し、頂上でユラが待つ坂を駆け上がる。
背後からの悲鳴も、岩の破砕音に掻き消された。
最終ステージが暴れ出すのはSNKの特権




