案件27:魔女VSアイドル
「そういうわけですのでスーパーアルティメット百メガショックアイドル月折六花ちゃん様におかれましては、本当に、本当に大変ご迷惑をおかけすることになり申し訳なく……!」
イトは土下座しながら六花オタク特有の早口でまくし立てていた。
場所はタウン4。天を指さす巨大ドヤ顔六花ちゃん像を宙に係留する、花丸マンション内の扉の前。
痣宮ユラによる月折六花襲撃宣言は、一部界隈をのぞき内密にされていた。マスコミクランとしてはこの大特ダネでムカ着火ファイヤーしたいところだが、「発端がイト君たちだとわかれば、君たちに誰かのひん曲がった矛先が向く可能性は十分にある」からとの理由で、PKKクランや警備クランにのみ、詳細を伏せて伝えられたのだ。
もちろん、月折六花本人にも。
だからイトが今しがた伝えた内情も、すでに本人は把握済みだった。本当の要件はただただ、六花に「巻き込んでごめんなさい」と謝りにきたのだ。
「イトちゃん」
部屋の扉前の冷たい床に平伏していたイトは、上から降ろされたその冷静な声に、「ひゃい」と蚊の鳴くような返事をしつつ頭を上げた。
来訪からの突然の土下座と謝罪をそれまで黙って見つめていた六花は、不意に、イトと同じくその場にぺたんと座り込むと、手を取ってきた。
「そのユラさんって子、可愛かった?」
「へ?」
突然そんなことを聞かれ、イトは当惑しつつも懸命に答える。
「は、はい。そりゃもうすんごい可愛いですよ。何であんな怖い事言うのかわかんないくらい。なんかちょっと渇いた感じがあるんですけど、普通に笑ったら超可愛くて、そのギャップがまた、たまらんたまらんタクラマカン――」
「ふうん……」
「あ、あの……それが何か……」
今振り下ろされる話題はそういうのではないはずだった。もっと、どうしてくれるんだとか、この落とし前は体で払ってもらおうかブヘヘとか、そういうのだと。しかし、六花は握った手にさらなる熱を込め、真剣な顔を近づける。
「勝って」
「えっ」
「絶対勝って、その子からわたしを守って」
「! はっ、はい! もちろんです! それはマスト!」
イトがコクコクうなずくと、六花はぱっと笑顔になり、
「じゃあ、この話はこれでおしまい」
「えっ、い、いいんですか……。わたしのせいで六花ちゃんが……」
「“わたしのせいでイトちゃんが”これまで何度も戦うことになってるんだよ。だったら、一回くらい逆になってもどうってことなし!」
「り、六花ちゃん……!!」
天使かな? 天使だな(確信)
何やら顔を背けた六花が「わたしを巡ってイトちゃんが。わたしを巡ってイトちゃんが……フヒヒ……」とぶつぶつつぶやいているのが聞こえた気がしたが、天使の言葉なのでよくわからない。今はただこの寛大さと慈悲をねっとり味わいたい……!
「うへへ……」
「フヒヒ……」
「あの~、二人でアブないプレイみたいなのをしてるところ悪いんだけれど~」
六花の奥、マンションの室内から声がした。見れば、いつの間にか巫女服姿の結城いづなが半笑いで立っている。
「い、い、いづなさん。すみません、今回のことは……」
イトが慌てて前転からのローリング土下座に入ろうとすると、いづなは両手を振ってそれを止め、
「話は聞こえてたし、六花本人が納得してる時点で、わたしからあれこれ言うことはないわ。ただ、今後の活動について色々すり合わせておこうと思って」
「あっ、そうだね。いつユラさんが来るかわからないから、イトちゃんたちについてきてもらわないと。ライズだけじゃなくて、案件とか、ホームにいる時とかも。あとはお風呂とか寝る時とか……」
「エッッッッ!?」
イトが奇声を上げるといづなは苦笑いを深くし、
「後半二つはいいにしても、ライズと案件はね。〈ペン&ソード〉がこの件を内密にしてくれてよかったわ。六花が〈宝石箱の魔女〉に狙われてるなんて知られたら、ファンは暴動、スナッチャーは便乗って、悲惨なことになってたと思うから」
「それで、勝ち目はあるのか〈ワンダーライズ〉?」
いづなの隣にふらりと顔を出したのは妹のなずな。
「聞くところによれば、痣宮ユラはPVP愛好家たちの間でも手がつけられんほどの強さらしい。イトたちがこれまで勝ってきた相手とは格が違う」
「それは……」
「無理をせず、怖い目に遭う前に退くことも考えておいた方がいい。彼女の目的は六花ではなくイトたちと戦うことだ。さっさと降参してしまえば、相手も萎えてそれ以上は手出ししてこないだろう」
それは一つあり得る話だった。こちらが涙ながらに謝って許しを乞えば、ユラは白け切ってどこかへ行ってしまうだろう。六花のためなら、それくらいのことは朝飯前にできる。
「いえ……でも戦います。わたしにも彼女と戦う理由ができましたから」
イトはなずなを真っ直ぐ見つめて伝えた。
「そうか。何だかアイドルというより一端の戦闘職みたいだな」
「えぇ……それは困ります……」
「そうだよなずな。イトちゃんは愛されアイドル! それは間違いない!」
「六花ちゃん!」
「イトちゃん!」
イトは六花と手を握り合った。
「イトちゃん……一番に狙われてるのに大丈夫かな……」
「我々でしっかり守っていこう」
そんな仲間の声が聞こえたような気がしたが、それより六花ちゃんの手がマシュマロすぎる件。
その後の落ち着いた話し合いの結果、警護はライズと案件中。それ以外は、六花が常に安全なホームにいることで落ち着いた。
行動を制限されるのは不自由かもしれないが、長くはないだろうという予想では、誰もが一致していた。あの痣宮ユラがそんなに間を置くはずがない。
方針は決まった。
しかし、イトたちにはもう一つしなければいけないことがあった。
※
「おや、お帰りでしたかお嬢様方」
何やらコソコソと帰ってきた三人を、イワトビペンギンのスーパーセバスチャンことスパチャは、たった今気づいた口振りで出迎えてみせた。
その気になれば、メモリの海たるスタッフルームから女主人たちの動向を探ることはたやすい。しかしそれは、自分のタスクの否定。ひいては存在の否定にも繋がる。あてがわれた役割を全うすべく、知らないことは知らず、見ないものは見ないままに振る舞う。
「あっ、スパチャ、いたんですか……」
「ええそれはもちろんいますとも。わたくしがいない日など今日までありましたでしょうか」
三人は何やら、データ用のポータルを囲って何かしていた。
品のない言い方をすれば、薄いほよ本を隠れて読んでいたような、そんな後ろめたさが背中から漂う。
「い、今秘密の作戦会議中だから、スパチャは見ないでください」
「そ、そうそう。お疲れ様です~」
「たまにはマネージャーにも休息がないとな」
「おやおや、おやおやおや」
三人から背中を押され、部屋から退散させられる。
一体何を隠しているというのか。このゲーム世界と直結しているAIマネージャーに対して。
部屋から押し出されてから、スパチャは静かにスタッフルームへと戻った。
この世界のすべてが集まる場所だ。無論、彼女たちの秘密も。
知らないフリは貫徹できる。ゲーム内のNPCはすべて疑似人格を持っているが、同時にデータの集合体という自覚もある。知っているという情報自体を疑似的に自分から切り離してしまえば、どんなポーカーの達人にも見破れないウソがつける。
だから少しだけ、部屋の様子をのぞこうと思った。
「仕えるべき主人が悪さを企てているようなら、それを止めるのも従士の役目。何もなければ忘れればよいのです」
開いたウインドウが、リビングの様子を映し出す。
三人はポータルで何かの動画を開いたようだ。状況はわかっている。三重武器という異色のPKプレイヤーからの挑戦状。その対策に追われている。
「あっ、これ。これなんかピッタリじゃないですか?」
「わっ、対三重武器用だって。シショーすごいね」
「早速見てみよう」
どうやらPVP用の対策解説動画らしい。
普段からドタバタしている彼女たちらしからぬ、よい判断だ。
しかし悲しいかな、現代においてまともな三重武器の使い手などほとんどいない。よって、検索上位で引っかかるような対策の程度も知れている。
あの三重武器の少女は、現代では規格外だ。それこそ戦争の季節にいてもおかしくないレベル。果たして今時のカジュアルな対策動画がどこまで通用するか――。
動画が始まり、それまで内緒話でもするようにソワソワしていた主人たちの口が止まる。
「おや……?」
スパチャはすぐに気づいた。動画の形式がスカグフ内の投稿サイトのものではない。これは、外部から直接持ち込まれた動画ファイルだ。ただ、それ自体は違反でも何でもない。もし悪いものであればAIが速攻で弾く。しかし……。
「ん……?」
シークバーの進みと共に徐々に匂い立つ鉄。
「これは……?」
それから血。データから一滴一滴滴るような……。
「そんな、まさか」
どうしてこんなものがある。
いや、そうじゃない。
どうしてこんな動画を、彼女たちが持っている……?
※
グレイブ前は異例の厳戒態勢だった。
ゲーム初期から見ても初めての――いやこれはイトの勝手な想像だが――緊迫感が、ダンジョン前の広場を凍てつかせていた。
天候はあいにくの曇り空。
場所は再びスカイグレイブ〈熱光の火竜兵〉。奇しくもユラが初めて十七地区を襲撃した場所。
今回は墓守を見事打ち倒し、残りの脇道アイテムを総ざらいという締めの攻略になる。しかしそちらに本腰を入れるプレイヤーなど微々たるものだろう。
情報が漏れたのか、噂が立った。
〈宝石箱の魔女〉が六花を狙っている。
これまでの辻斬り三昧から、その理由を深く考える者などいなかった。ただ六花ちゃんが危ない、ということで大勢がライズ会場に詰めかけたのだ。
交流サイトでは、今回初めて対人ビルドを組んだというプレイヤーも多く見られた。斜陽コンテンツの住人であるPVP勢は、動画の閲覧数も爆上がりして「不謹慎ながら超嬉しい」と発言している。
ただ、それで明らかになったのは痣宮ユラの弱点……どころか異様な戦闘力の方だった。
誰かが言った。「普通、PVPってもっと難しいもんだぜ……」と。
倒されることを前提に作られたエネミーと違って、自分と同様あるいはそれ以上に思考する人間に勝つのは大変で、勝負に時間もかかるものだ。一対多などもう無理ゲーもいいところ。それを単身、短時間でこなしてしまうというのは、そもそもスキル構成と戦闘技術が桁違いということを意味している。
痣宮ユラは単なる暴力の化身ではない――。その考えは、少数だが確実に存在した。
「何だか、普段はあんまり見ない装備の人たちがいるね」
曇天でいつもより少し暗いライズ会場を見回した千夜子の言葉に、烙奈がうなずく。
「PKK、賞金稼ぎ、対人勢までが集まってきている。彼らの本来の活動場所は闘技場や町中だ」
さすがにこれではユラも手が出せないのでは……と思いきや、もっとでかい規模の集会をすでに襲って粉砕しているというのだから魔女恐るべしだ。
「元気でやってるかね。〈ヴァンダライズ〉」
イトの背中にかかる声があった。
「違います」
言いながら振り向いた先には、ジェネラル・タカダの紳士的な佇まい。〈コマンダーV〉は魔女への不干渉を公言している。今回も目的はグレイブ探索の完遂だ。
彼はあたりのライズステージを見回す素振りを見せ、
「しかし今はアイドル活動をしていないようだが」
「うぐっ……」
そう言われては反論できない。今日の〈ワンダーライズ〉はクソガチャで引かされた「警備」の腕章まで付けて、〈サニークラウン〉のステージ周辺を露骨に巡回している。
「表と裏の名前があるのは男子からすればカッコイイと思うのだが、違うのかね」
「わ、わたしたちは裏表なんかない普通で清らかなアイドルです」
「聞くところによるとよく女の子にベタベタしているとか……」
「百合は清らかだろォ!?」
「そうか、君が言うのだからそうなのだろう。それでは君たちの健闘を祈る」
静かに敬礼を決めると、タカダは離れた位置のテントへと戻っていった。完全にライズ会場襲撃を予期した距離感だ。見れば、そうしたシンカーたちも少なからずいた。誰もPKに巻き込まれたくはない。
アイドルたちのライズパフォーマンスはすでに始まっていたが、しかしやはりどこか空気が重い。客の入りがいつもよりも悪いというのもあるかもしれない。空模様と合わせて、まるで嵐の前の沈黙。
「イトちゃん」
会場を絶えず巡回する中、千夜子がふと声をかけてきた。
「あの子と戦うの、怖くない?」
「怖いとかは、あんまりないですね。ほら、わたしたちって最初、PVPとPVEの違いもわからずにただただ動画の通りにやってたじゃないですか。それが染みついちゃった……んですかね?」
イトは少し笑って答える。
「わたしはちょっと怖いかな……。まあ戦ってくれるのは折り鶴たちなんだけど」
「前衛はわたしが務めますから。チョコちゃんは無理しないでいつも通りで……」
「それが怖いの」
「え?」
「イトちゃんだけが無理しそうで。あの子に対しては」
少し驚いたところに、続けて千夜子が言った。
「わたしはいつでもイトちゃんが無事な方に賛成。それだけ覚えておいて」
「……ありがとうございます」
イトは微笑み返し、それからは肩が触れ合うような距離で黙々と巡回を続けた。
「ん?」
最初にその異変に気づいたのは誰だったか。
いつ降ってくるかわからない雨粒に不安を感じたのか、シンカーの一人が天を仰いだことが始まりだった。
「あれ?」
「雷か?」
一人、また一人と空を見上げる者が増える。
頭上を覆った曇天に、小さな光の粒が宿っていた。
この空模様だ。雷だってあるだろう。
しかし奇妙なのは、それがあまりにも静かなことだった。
黒雲がどれほど光の粒で彩られても、何一つ音がしない。
やがて、誰かが不吉なことを口にする。
「おい、ひょっとしたらあれって……」
暗雲から魔力の爆雷が降り注いだのは、次の瞬間だった。
爆発に次ぐ爆発。地面が爆砕し、プレイヤーが岩盤の外まで吹っ飛び、マグマ溜まりがあちこちで火柱を上げる。
高空からの一方的な爆撃だった。一発一発の威力もさることながら、相手を人とも思わないそのやり口は、少なくとも標準的なPVPでは起こらない。
ステージ上で六花に覆いかぶさったイトが恐る恐る顔を上げた時、周囲は魔界と化していた。そこら中にシンカーたちがノビている。多くは、六花を守るべく集まった新米対人勢だ。生き残った者たちはわずか。
一方でアイドルたちのステージはどこも無事だった。狙って襲い、狙ってはずしたということ。多分、月折六花がどこにいるかわからないから。
ズタボロの荒野に、一枚の羽のように魔法のホウキが舞い降りる。
「よっと」
階段を一段飛び降りるような軽いかけ声で着地したのはこの爆撃の犯人、黒紫の魔女。痣宮ユラ。
「魔女ユラ!」
「〈宝石箱の魔女〉、覚悟!」
途端、あの爆撃を逃げ延びたシンカーたちが一斉に襲いかかった。
いずれも装備をその身に馴染ませた熟練プレイヤーたち。空からの攻撃にいち早く反応し、退避していたのだ。
「なんだ。なんか人が多いと思ったら、一度ボクに負けた人たちばっかじゃん」
ユラはそれを悠然と見返すと、足元に向かってロッドの魔力を炸裂させた。舞い上がる粉塵が魔女の小さな体を隠す。そこへ覆いかぶさるように、シンカーたちが殺到した。
緑、青、赤。まるでイルミネーションのような光が、土埃の中で連続して瞬く。
そのたびに誰かが外へと吹っ飛ばされるのをイトは見た。
それは決まってユラ以外の誰か。地面に這いつくばってうめき声を上げるのも彼女以外の誰かだ。相手は十数人。しかし彼女が負ける様子はまったくない。
「これは……何か妙だな」
ステージ上からそれを呆然と見つめていたイトは、下からのその声を偶然聞いた。
目を向ければ、ジェネラル・タカダが腕組みしながら思案顔で戦いの様子を見つめている。グレイブ攻略を第一にしながら、しっかり野次馬はしたいらしい。
「彼女は同時に武器を二つ使っているように見える」
それを聞いた他のギャラリーがざわつき始めた。
人垣と土埃ではっきりとはわからないが、イトからも魔法剣とロッドが繰り出す光のエフェクトはほとんど重なっているように見えた。
スカグフの武器は、基本的には一つしか使えない。右手に剣、左手に杖のような戦い方はできない。もしそれが可能だとしたら、それはAIが個人に授ける特別な恩恵のみ――。
「まさか、それが魔女の強さの秘密か?」
「多人数相手でも負けないってのも……」
そんなささやきが横行する中、
「やっぱりこんなもんだったね」
晴れた土埃から一人の少女が姿を現す。
手には緑に輝く宝石の大剣。エメラルドグラットン。
地には動きを止めた挑戦者たち。
彼女はほとんどその場から動かずに全員を沈めていた。
「弱っちいキミたちなんか後後。今、用があるのは一人だけ」
歩き出す。倒れた相手にはもう目もくれず。
真っ直ぐ〈サニークラウン〉のステージへと向かってくる。
イトたちもステージから飛び降りた。
対峙。遠雷が鳴った。
「さ、やろっか。〈ワンダーライズ〉」
「……今日は〈ワンダーライズ〉じゃありません」
イトは安物のバスターソードを構える。
これがグレイブアイドルの心意気。
入り来るならば死あるのみ!(ナコルルの物騒なセリフ)




